BIOTOPE INC. 中森友喜代表取締役
Image by: FASHIONSNAP
「香水砂漠」——ヨーロッパを中心としたフレグランスメゾンが資金を費やしても成果が上がらないため、日本のフレグランス市場はこう呼ばれている。そんな状況を変えようとしているのが、「ニッチフレグランス」の輸入総代理店や専門のセレクトショップ「ノーズショップ(NOSE SHOP)」を手掛けるビオトープインク(BIOTOPE INC.)だ。「日本で香水文化を広めたい」と話す創業者の中森友喜氏は新卒で国税局に入局し、その後アパレルのベンチャー企業で代表を務め、独立してビオトープインクを立ち上げた異色の経歴の持ち主。香水市場の拡大が難しい日本で、ニッチフレグランスに特化する意義とは。"カリスマ"との出会い、初めての店舗の失敗、障壁を逆手にとった施策、嗅覚体験を豊かにする新プロジェクトなどから、日本のニッチフレグランス市場の可能性を探る。
国税局、アパレル企業を経て独立
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ー中森社長は国税局から、東京ガールズコレクションの企画運営や、ヤフーとの業務提携で通販サイト「ファッションウォーカー(fashionwalker.com)」を手掛けたゼイヴェル(現:ブランディング)に転職するという、珍しい経歴をお持ちですね。
元々自分の会社を起こしたいと考えていたものの、経営や数字に対して苦手意識があったんです。まずはそこを克服しようと思い、国税局に入局しました。メディアを通じて当時のゼイヴェルの社長の考えやヴィジョンを知っていくうちに、会社に興味が湧き、転職することを決めました。
ーその後のキャリアは?
経営企画などを担当した後、「ギルフィー(Gilfy)」のような109系ブランドを持つギルドコーポレーションの2代目社長を任されました。伊藤忠商事さんとの連携で、「キットソン(kitson)」の日本上陸にも関わりました。
ー独立するきっかけは何かあったのでしょうか。
具体的に考え始めたのは2010年前後です。ファストファッションが急激に勢力を増していた時代で、東日本大震災も起こり、ファッションの必要性と存在意義が問われたタイミングでした。それらを経験して、別のアプローチで生活を豊かにしたいと思い独立し、2011年7月にビオトープインクを設立しました。
化粧品事業が不調、100社に企業訪問
ーファッションからビューティ分野に参入したんですね。
はい。創業当時は、日本では少なかったオーガニックコスメのブランドを立ち上げました。ただ、原料調達が難しく、なかなか軌道に乗らなくて。海外だとオーガニック食品を製造する際の余剰で化粧品を生産するサイクルがありますが、日本は食品もまだ根付いておらず、余剰も何もない状態だったので。
ーどうやって突破口を見つけたのでしょう。
自分たちだけでは糸口が掴めず、市場調査の一環として海外のオーガニックブランドや化粧品会社など約100社に成長の秘訣を聞いて回りました。ヒアリングを続けるうちに、「熱意があるなら僕らのブランドを日本で売って欲しい」という相談を受け、2012年にドイツのライフスタイルブランド「ストップザウォーターホワイルユージングミー!(STOP THE WATER WHILE USING ME!)」の国内販売を開始。それを機にインポーター事業をするようになったんです。
ーその時点ではまだフレグランスは扱っていなかったんですね。
取り扱うようになったのは、ブランドをある程度増やしてからですね。2014年にイタリアのニッチフレグランス「ラボラトリオ・オルファティーボ(LABORATORIO OLFATTIVO)」を扱うようになり、初めてニッチフレグランスというものを知りました。
ーそもそも、「ニッチフレグランス」の定義とは何でしょう。
言葉自体は、2014年の時点でヨーロッパでは普通に使われていました。ただ、明確な基準はなく、インディペンデントや新進気鋭のニュアンスが強いと思います。メゾンブランドとの違いとしては、調香師が経営からディレクション、調香まで担当するブランドが多いことでしょうか。僕がニッチフレグランスの特徴だと思うのは、独創的なコンセプトや素材へのこだわりの強さ、個性あふれるボトルデザインなどです。
ビオトープインクが輸入総代理店のブランド(2021年4月時点)
・ラボラトリオ・オルファティーボ(イタリア):香水、ルームフレグランス、ボディケア
・ケルゾン(フランス):香水、ルームフレグランス、ホームケア
・メゾン ルイ マリー(アメリカ):香水
・アベル(オランダ):香水
・グロウン・アルケミスト(オーストラリア):フェイス、ボディ、ヘアケア
・ストップザウォーターホワイルユージングミー!:ヘア、ボディケア
アベル
日本には香りの多様性がない?
ー現在の主力事業は直営店「ノーズショップ」ですね。出店はいつから構想していましたか?
アムステルダムのブランド「ナーゾマット(NASOMATTO)」を創業したアレックスさん(アレッサンドロ・グアルティエーリ)が来日した際にお話する機会があったんです。2015年のことですが、その時の会話がとても刺激的で、「いつか自分たちで店を出さねば」と奮い立たせられて。
ナーゾマット
様々なラグジュアリーブランドの香水を手掛けた調香師アレッサンドロ・グアルティエーリが2008年に独立して創業。ブランド名は「クレイジーな鼻(調香師)」を意味し、全ての香りのノートが非公開になっている。
「ナーゾマット」は現在ノーズショップで販売中
ーアレックスさんはニッチフレグランス界のカリスマとも呼ばれる方ですね。どんな会話だったのでしょうか。
来日の理由は「富士の樹海で生死の境の匂いが知りたいから」だと言っていました。アレックスさんは日本について「ファッションで自己表現している人はたくさんいるのに、香りにバリエーションが無いのが理解できない」と言っていたのですが、その話が妙に納得できて。僕のニッチフレグランスの原体験を思い出しました。
ー原体験とは?
実は、昔は香水に対して深く興味を持っていなかったんです。販売するようになってから色々嗅ぎ比べてみると、素人の僕でさえ香りの違い、言葉では表し難い深淵が感じられて、純粋に体験として面白かった。だから日常で香りの差異を楽しむことは豊かな経験に繋がるのではとなんとなく考えていて。アレックスさんとの会話を機にその考えが昇華され、「日本で香水文化を広めること」が目標になりました。
ちなみに、アレックスさんは「大体の人の服からムスクの香りがする」とも言っていて。当時は柔軟剤の「ダウニー(DOWNY)」が流行っていたので、衣類に残った香りに気がついたんだと思います。調香師って日常の全てを香りで体験・記憶していて、良い意味で変態なんだなと実感しましたね(笑)。
ー確かに、変態的とも言えるほど突出した能力ですね。出店のきっかけになるような話もあったんですか?
会話の最後、「それで、君はこれからどうするんだ」と詰められたんです。僕が返答に困っていると、「ニッチフレグランスはひとつの商品で世界観が完成しているから、大きな店舗を持つ必要はない。30センチの棚があればできるのに何を迷っているんだ?」と言われて。アレックスさんの言葉には説得力があるので、僕が日本でニッチフレグランスの店を出しますとつい口走ってしまった。今思うと完全に勢いでしたが(笑)。
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