街は常に変化を続ける。特に原宿の変化は目まぐるしいものがある。ストリートスナップを撮られようとたむろする若者の待ち合わせ場所であったティーズ原宿(t's harajuku)が無くなり、Gapフラッグシップ原宿も閉店し、街の様相は大きく変わった。90年代後半、原宿がストリートスナップの聖地としてフォーカスされたのは、服を作ったデザイナーではなく、着用者が主体となった実験の場として機能したからだろう。消費者が着用したいように服を着る(着衣によるカスタマイズ)ことで生まれた、デザイナーにも、着用者(消費者)にも従属しない曖昧なファッション。それが「バルムング(BALMUNG)」がテーマとして掲げる「GREY」の定義だと認識している。
90年代後半の原宿は、ギャルやデコラ、ヴィヴィ子、サイバー系など、大人の認知が及ばない特殊なカルチャーが醸成される場として注目された。大人や当時のメディアは、理解が及ばない原宿を「若者の街」と形容した。翻れば「若者の街」と例えることで、一定の距離を保ち、それ以上知ることを放棄したようにも感じる。2020年に開業したMIYASHITA PARKに対して、一部の人たちが抱いた嫌悪感の正体は、街が変わることへの単純な憂いではなく、「長年『若者の街』と例え、見て見ぬふりを続けていたのに、ラグジュアリーブランドなどが象徴する『大人』や『社会』が原宿に流れ込んできたこと」への拒否反応だったのではないだろうか。
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バルムング デザイナーハチが、方々で「2000年代にファッションにおける青春みたいなものを、原宿で吸収してきた」と話すように同ブランドと原宿の親和性は高い。ハチは「原宿と呼んでいた場所を表参道と呼び始めた」と憂い「原宿は規格外のものであったはず」と心情を吐露した。
原宿の変化に対する憂慮の中「最近、原宿的なものに対してさらに執着するようになった」と話すハチが、2024年春夏コレクションの会場に、原宿ではなく、大久保駅からほど近い、新宿区百人町に位置するアートスペース「ホワイトハウス(WHITEHOUSE)」を選んだことが不思議だった。しかし、かつて原宿の街が担っていた「大人の理解が及ばない街=若者の街」は、いまや「トー横キッズ」に代表される新宿歌舞伎町や、韓国アイドルブームで話題を集めている大久保駅周辺に遷移されたことを考えると、腑に落ちるものがある。
ハチの原宿に対する異様とも言える執着は、モデルの足元に巻きつけられたカラビナを連ねた鎖のようなディテールからも感じ取れる。鎖は、何かを繋ぎ止めるものとして機能する。会場の立地を加味すれば、さまざまな事情で行き場をなくし、そこにとどまるざるを得ないトー横キッズと、かつての原宿にこだわるハチは、どちらも同じく「街に鎖で繋がれている者」と言い換えることもできるだろう。モデルが歩くたびに静寂の会場の響く鎖がぶつかる音は、そこにとどまるざるを得ないこと/執着していることを周囲に対して強烈に意識させる。
ホワイトハウスが、完全会員制のギャラリーであり「部分的に必ず閉じていることが保証されている空間」ということを考えれば、狭い空間に詰め込まれた約15人の観客は「街に鎖で繋がれている者」にとって招かれざる客であり、その構図は「若者の街」と形容して遠ざけてきた大人やメディア側の立場を浮き彫りにしているようにも感じた。
スウェット素材を中心に構成されたー体のモデルもまた、新宿や大久保にたむろする若者のナードなスタイルを思わせる。大袈裟なほど大きいアイテムは、原宿を「規格外」と表現したハチの心情の吐露なのだろうか。ハチは「ユース感やロジックなど、いくつかの根拠が絡み合った上での素材選び」とし「パリの展示会を控えていることもあり、トレンド感を意識しつつ、ブランドの元祖とも言えるスウェット素材を中心に製作した」とコメントした。
近年、バルムングが行う新作コレクションの発表形式は、新宿歌舞伎町の美術ギャラリー&バーデカメロンで数時間にわたってモデルが周辺を歩くインスタレーションショーなど、特殊なものが多い。ハチの奇抜な試みを「バルムングらしい」と思考を止めてしまうのはあまりにも単純で危うく、まさに、原宿の街を「若者の街」と単純に表現した状況に近しくなってしまう。
昨今では「若者の街」という形容は「多様性」という言葉に置き換えられ始めた。ハチがどこまで、多様性や若者の街という言葉に意識的だったのかはわからないが、「多様性」「若者の街」などのわかりやすい言葉がむしろ社会を単純化させていることを自覚し、複雑なものが理解されなくなってきている現状に危機感を抱いての近年のショー形式なのだろうか。
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