バレンシアガ 2023年ウィンターコレクション
Image by: courtesy of Balenciaga
コロナの収束によりパリコレが活気を取り戻すとともに、ファッションショーのエンターテインメント化やバズ合戦が加熱している。そこから距離をとったスタンスでショーを行ったのが、今回の「バレンシアガ(BALENCIAGA)」だ。2023年ウィンターコレクションは、吹雪や大量の泥といった過去の壮大なショー演出とはガラリと変わり、何もない純白の会場で行われた。派手なプロモーションを打たず、巷を騒がせるようなスターの来場もない。新作ウェアではいわゆる"ロゴもの"が一切登場しなかったことも、クリエイティブ・ディレクター デムナ(Demna)の服としての本質を見せるという姿勢が感じられた。
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招待状はジャケットの型紙
バレンシアガの新作コレクションは、いつもショーの招待状から始まる。今回、封筒の中に入っていたのはジャケットのパターン(型紙)。レギュラーフィットのベーシックなテーラードジャケットの絵型が書かれていて、使用すべきテキスタイルやボタンなどの副資材といった仕様についても細かく記載されていた。
肝心なショー会場についての情報は書かれておらず、招待客のみにメールで伝えられたのは前日夜。指定された住所は、パリ1区のルーヴル美術館の地下に位置する施設「カルーセル ド ルーヴル」だった。施設を利用する一般客と同じエントランスから入る形で、バレンシアガの会場だとわかる案内板などは何もない。
歴史を辿れば、「カルーセル ド ルーヴル」はかつてパリコレの公式会場だった。1990年代から15年以上、複数のホールをメイン会場として数々のデザイナーがショーを行ってきた由緒ある場所だ。この会場選びにも、原点回帰という意図が見え隠れする。
ホールの中は、広々とした純白の空間。先シーズンの泥が敷かれたランウェイと比べると、真逆とも言えるクリーンな会場セットが用意されていた。
パターンの解体とアップサイクル
静かにショーが始まる。序盤は黒一色で、ファーストルックは一見するとオーバーサイズのベーシックなスーツスタイルだが、近づくにつれて特徴的なディテールが目に止まる。ジャケットの裾にスラックスのウエスト部分の仕様が施されており、またパンツは前身頃にもう一着のパンツがぶら下がっているという構造。テーラリングを解体して再構築する、実験的な手法だ。
ユニークだったのは、1ルック目の女性モデルとと2ルック目の男性モデルが、全く同じデザインのピースを着用していたこと。服がシンプルであるほど、着る人によって佇まいが変わる。
続くスタイルにも、スラックスのディテールが至る所に反映されている。これらは、デムナが過去にも手掛けてきたアップサイクルの手法とも取れる。実際にデッドストックのパンツを解体して作られたロングスカートもスタイリングされていた。
パターンの応用は続く。ルック13のミニドレスは、ネイビーのチノパンを解体して再構築。ルック18のトレンチコートはカーキのチノパンが融合している。袖口、ガンパッチ、ヨーク、そして後ろ身頃の全体にまで、チノパン特有のパターンが繰り返し用いられていた。
空気で膨らむシルエット
ムードを変えたのはルック24のライダースジャケットだ。コンパクトな作りだが、首が埋もれるほど胸から上が膨れ上がっている。これは空気によって膨らませる「インフレータブルライニング」が内蔵。目には見えない空気の層を服作りに応用した。
フーディやダウンジャケットといったオーソドックスなウェアも同様の作りで、付属するポンプで着る人にシルエットを委ねる。今回のコレクションでは唯一のユニークピースとも言える。
クチュールのショルダーラインを引用
後半はクチュールコレクションからシルエットを引用し、特徴的なのが肩の作り。いわゆるパワーショルダーとは異なり、丸みを帯びて立体的なショルダーラインを描いている。マキシ丈のドレスやコートだけではなく、トラックスーツやジャージー素材のセットアップといったカジュアルなスタイルにも引用。従来のコレクションでは、特にストリートテイストのアイテムにはブランドロゴが様々な形で(時にアイロニカルに)施されていたが、それらが排除されているのが今回の特徴のひとつ。シルエットでバレンシアガと認識できるようになっている。
終盤を飾ったのは、クチュールハウスの真髄とも言える繊細なレースや刺繍がふんだんに施されたイヴニングドレス。タートルネックのミニマムなボディにビジューの総刺繍を二重に施したマキシドレスは、職人技が注ぎ込まれた逸品。ラストルックはビーズ刺繍が施されたフリンジが全身を覆い、狂気ともとれるほど細やかな手仕事が凝縮されていた。
巨大化するバッグやピアス
ルックを飾ったアクセサリーは、サイズを変えることで新たな視点を与えた。人気のクラッシュバッグがレザーストラップに変わり、新型のビッグサイズで登場。また、チェーンストラップの巨大なキルティングバッグも印象を目を引いた。
人気のサングラスは流線形の新作が登場。後日開催された展示会では、ピアスが巨大化したようなデザインのブレスレットや、リングの形のイヤカフなど、バレンシアガならではのギミックを見ることができた。
タフなバイカーブーツとヌーディーなシューズ
タイトシルエットを際立たせていたオーバーサイズのブーツは、レインブーツのシルエットにバイカーブーツの要素を取り入れ、エイジング加工を施したデザイン。
新作の「アナトミックシューズ」は、ストッキングやソックスを履いた足がそのままシューズになったように、足の指の凹凸まで表現されていてヌーディーな印象だ。
ファッションの本質に立ち返る
テーラリングを分解して研究・応用し、クチュールハウスならではの技術を注ぎ込むなど、服作りに真摯に向き合ったことがストレートに感じ取れた今シーズン。昨年末のホリデーキャンペーンを巡る問題が影響していると思われがちだが、デムナがメディアに語った内容によると今回のコレクション制作はその前からスタートしていたという。
デムナのファッションに対する情熱と姿勢については今シーズンに限ったものではなく、ただ変化しているのは取り巻く環境なのかもしれない。コロナによって一度活気を失ったファッション界が再び息を吹き返し賑わいを取り戻している一方で、過剰な刺激が求められ過ぎていることは否めない。壮大なセットや話題作りの演出を排除するという選択は、伝統あるクチュールハウスの原点に立ち返り本来の姿を取り戻すとともに、昨今のファッションシーンに一石を投じることになるのではないだろうか。
ショー会場に並ぶ椅子の上に置かれていたデムナの心の声とも取れるメッセージが、その全てを物語っていた。
両親が近所のテーラーで私のためのパンツを仕立ててくれたのは6歳のときでした。 自らデザインし、 生地屋で生地を選び、そしてフィッティングのためにテーラ一へ二度通いました。 これが、私が服に夢中になる始まりでした。私と服との関係を定義づけ、デザイナーになりたいと思うきっかけとなりました。
ファッションは一種のエンターテインメントになりましたが、その側面が、シェイプやボリューム、シルエット、身体と生地の関係の生み出し方、 ショルダーラインやアームホールの作り方、 服が持つ私たちを変える力のあり方など、ファッションの本質を覆い隠してしまうことがよくあります。
ここ数ヶ月、 私はファッションに熱中するためのシェルターを探す必要があり、 服を作る過程で本能的にそれを見つけました。私が幸せを感じ、真に自分を表現できるその驚くべきパワーをもう一度思い出させてくれました。だからこそ、私にとってファッションはもはやエンターテインメントではなく、服を作るという芸術です。
Demna
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