他人の目を気にせず、媚びず、自分が着たいと思った服を堂々と着る女性たち。2000年代後半から原宿に登場した彼女たちの、いわゆる「モテファッション」の対極を往くそのスタイルは、赤系のロゴが特徴的だったモテ系コンサバスタイルを提案する女性誌が「赤文字系」と呼ばれたことの対になるように「青文字系」と称された。青文字ガールたちは、後に原宿を代表する様々なムーブメントを引き起こすほどの影響力を持っていた。
タレントやプロのモデルではなく、ストリートスナップからスカウトした読者モデルたちが多く誌面を飾っていた青文字系雑誌たちは、今では大きく数を減らしている。「キューティ(CUTiE)」は2015年に休刊し、「ケラ(KERA!)」は2017年に月刊を終了し、デジタルに移行。2017年から休刊していた「ジッパー(zipper)」は、2022年に復刊後年4回の季刊制となった。絶滅危惧種となった「青文字系」を牽引した元読者モデルのAMOは、現在2児の母でありながら、2015年に立ち上げた「ルビー アンド ユー(RUBY AND YOU)」のブランドプロデューサーも務め、2024年には新ブランド「ポワニェ(poiregnée)」を発表。ポワニェのデビューコレクションは発売後数分で用意数が完売し、予約販売に切り替わるなど高い注目を集めている。今再び青文字系の真髄である「誰とも違う、自分らしさ」に回帰しているかも知れない、と話すAMOの心境を尋ねた。
ADVERTISING
ひとりぼっちで好きな服を着ている誰かのために
ーモデルになる前はどんな服を着ていましたか?
小学生の頃からおしゃれな服を見たり、雑誌を読むのが大好きで、お小遣いで雑誌や漫画「GALS!」を買っては、可愛い服に憧れていました。でも、可愛いブランドの服は買ってもらえなかったので、実際に着ていたのはスーパーで売られているような服や兄のおさがりばかり。有り余る「おしゃれをしたい!」という気持ちを、着たいお洋服を想像して絵に描くことで発散していました。
中学生になってからは、「セブンティーン(Seventeen)」からギャル雑誌までとにかく色々な雑誌を読み、最終的にたどり着いたのが「キューティ」や「ジッパー」。「人と被らない格好をしたい」という気持ちが強かったので、派手なまつ毛や髪、大胆な重ね着など、載っている人が皆全く違う格好している姿を見て「私も自分だけのスタイルを見つけたい」と思い、お小遣いでも手に取りやすい古着を着はじめました。小学生の時に抑え込められていた分の反動が大きかったです。
ーその後青文字系雑誌の読者モデルとして活躍されます。現在までの15年間で様々な変化があったかと思いますが、「変わらない」点は?
読者モデル時代も、ブランドで服を作っている今も、活動の動機は同じです。昔は一言で言えば、ピンク、ふりふり、ラベンダー、大きなパニエやリボン、ユニコーンのリュック、といった格好をしていたんですが、地元の千葉には、ギャルはいてもパステルカラーでふわふわな人はゼロ。でも、当時通い詰めていた高円寺の「スパンク(Spank!)」(※現在は中野ブロードウェイに移転)という古着屋さんには、同じような格好の子たちがいっぱい集まっていたので、そこが居場所でした。
仲間に出会えて嬉しかったけれど、「私は、高円寺に行けば仲間がいる。でも世界のどこかには、まだひとりぼっちでこういった格好をしている人や、本当はこういうスタイルが好きなのに、まだ知らずにいる人がいるかもしれない」とも思ったんです。
そんな時に、「フルーツ(FRUiTS)」にストリートスナップを撮ってもらったのを見て、ブログにコメントをくれた方がいて、「雑誌に載ると、世界のどこかにいる仲間に見つけてもらえるんだ」という気づきがありました。それから、「ケラ(KERA)」の撮影にも呼んでいただけるようになり、読者モデルの活動を始めました。雑誌に出ると、自分がいいと思ったものを発信できて、それをキャッチしてくれる人がいて、次第にジャンルやコミュニティが生まれる。モデルとしてもブランドとしても、自分と同じような迷いがある方に、好きなものやスタイルを提案できる存在でいたいと思っています。
ー“誰とも違う服装”を目指したファッションラバーたちのひとりひとりの熱量が「青文字系」という一つのムーブメントを生み出していました。一方現在は、漠然としたトレンドを意識した服を好む人が増え、「〇〇系」といったカテゴライズやムーブメントが見られなくなっているようにも感じます。
私が街中でスナップを撮っていただいていた15年前は、とにかくストリートスナップを撮られたくて。そのためにみんながおしゃれをして出かけて、ラフォーレ前の交差点にいるスナップ隊の前をわざと何往復もしていました。それが出かける理由でもあったし、おしゃれをしたい理由でもありました。今は、SNSに載せれば街に出なくてもより気軽に自分のスタイルを世界に向けて発信することはできるため、インドア気味になっているのかも。もっとおしゃれをして出かける場だったりとか、コミュニティが外にもあればいいですよね。でもせっかく、SNSを通して簡単に世界中の仲間と気軽に繋がることができるようになったのだから、もっと自分の好きな服を着て、自分自身が発信者になって、SNS上でもコミュニティが生まれる課程も楽しんでもらいたいです。
何を着たらいいのかわからなくなってしまった
ーご自身のライフステージの変化をきっかけに2015年にスタートした「ルビーアンドユー(以下、ルビー)」は、「少女から大人へのグラデーションにいる同世代の女性」へ向けた提案をされています。立ち上げの背景を教えてください。
ルビーは24歳の頃、第一子妊娠中に立ち上げて、今年で9年目になります。それまで自分の好きなものに振り切った格好をして、ジッパーやケラでファッションアイコンとして多くの人に見ていただいていたのに、妊娠を経て急に、“お母さん”になる自分が何を着たらいいのかわからなくなってしまったんです。「ハイトーンの髪もふりふりもミニスカートも厚底の靴も、もうやめなきゃ」、「“お母さんとして“まともな人に見られたい」と必死になっていたんです。
ブランドを作るお話を最初にいただいたのはそんな時期で。正直、AMOとして発信できるものはないと思ったので一度はお断りしたほどです。でも、自分の好きなものを思い返してみると、母親になったところで変わらず私は可愛いものが好きだと気が付きました。そうして、試しに子どもの頃のように「今着たい服」を想像して絵を描いてみたら、いずれ私と同じ悩みにぶつかるかもしれない方々に向けて、自分なりの発信ができるかもと思えたんです。ルビーでは、ガーリーなものが好きという気持ちと共に歩んでいくために、「大人になったからこそ」の可愛いの取り入れ方を提案しています。
ー新ブランドの「ポワニェ」では、ルビーとはまた別の女性像を提案されていますね。
ルビーを立ち上げた9年前に私が強く感じていた「お母さんだから」といった固定観念や年齢、体型、立場を理由に好きなファッションを諦めるという風潮は、この9年で大きく変化したと思います。時代の変化とともに、私自身ももっと挑戦的な服を作ってみたいし、自分でも着たいと思うようになりました。ポワニェは、年齢を問わずそうした「挑戦したい」マインドを持ち、服で自分の個性を表現したい方に届けたいです。
ー具体的に時代の変化を感じた体験はありましたか?
コロナの時期に好きなものがいっぱい増えたんです。自分自身と向き合う時間が増えた分「自分が本当に好きなものってなんだろう」「今の自分に響くものってなんだろう」と、色々なものに関心を向けてみたら、人生で初めてK-POPアイドルを好きになったんです(笑)。それが直接的な要因ではないですが、それまでは自分がこの先何か新しいものに夢中になることなんてないと思っていたし、想像もできなかったので、未知の自分に出会ったように衝撃でした。まるで、“興味がないと思っていた洋服屋さんに入る”ような新しい扉が開く感覚で、何歳になっても、新しい世界に飛び込むことができると気がついたんです。ポワニェでは、ファッションを楽しむ気持ちから離れてしまっている人にも「もう1回楽しんでみない?」という思いを提案したい。未知の自分に出会えた時のドキドキ、キラキラ、わくわくな感覚を届けたいです。
ー具体的に両者のアイテムはどのように違うのでしょうか?
ポワニェでは、自分では作ってみたかったけれど、ルビーのお客さんに向けたデザインではないよな、と却下してきたアイデアを詰め込んでいます。例えば、ルビーでも度々作ってきてたセーラーモチーフは、ルビーではコットンやレース、ヴィンテージライクな素材などを使って甘めに仕上げますが、ポワニェではスポーティなナイロン生地を使ったり、大胆な肌みせや挑戦的なカッティング、ドロストコードを入れることで少しストリート要素を取り入れています。
ーご自身の心境に変化があっても、ルビーをリブランディングはしなかったんですね。
ルビーを作った頃に感じていた迷いや思いは今でも忘れたくないですし、「ルビーの服で救われた」と言ってくださるお客さまもいたので、ルビーのように「寄り添う感覚」の服作りはこれからも続けていきます。
ーお子さんも大きくなられて、また新たなライフステージの変化のタイミングでもあるのでしょうか?
下の子がこの春で幼稚園を卒園して小学生になりました。上の子も小学生なので、2人とも小学校に入ると自分の時間ができるなと。改めて自分自身に向き合うようになったんです。コロナ禍の時と同様に「自分の好きなものってなんだろう」と考えたり。これまで我慢していたりトライしてこなかったようなものに、今凄く興味が湧いています。
15年ぶりに回帰する、青文字系のマインド
ー今の10代も20代も、年齢を重ねていくことに抵抗感がある人は多いと思います。ご自身は年齢を重ねていくことに対してどういうスタンスをお持ちですか?
私も別に歳は取りたくありません。先日また誕生日を迎えましたが、全然嬉しくなかったですし(笑)。でも、20代後半の時には、30歳になることを漠然と怖いと思っていましたし「もう本当に少女のふりはできないな」と不安でした。でもいざ30歳を超えてみると、何も自分自身は変わっていなくて、むしろ、あの時の感じていた怖さ以上に、「自由だな」と。ある日を境に突然「おばさん化」が始まるわけでもないですし、何に怯えていたのかも今では自分でももうわかりません。好きなものを好きでいることに年齢は関係ないんだなと“大人“になってようやく実感できたんです。
ー感覚の変化に伴って、日頃の服選びの基準にも変化はありましたか?
何年か前までは、今の等身大の自分に似合う服を着ようというマインドでしたが、今はもう、ただ挑戦したいという気持ちが強いです。「こういう服を着てる自分はどうだろう?」という感覚で選ぶようになってきて、15年前ファッションへの気持ちが爆発してた頃のマインドに戻ってきたような気がします。
ー自分だけの好きなものに挑戦する“青文字”的マインドは、周囲の元読者モデルの皆さんの間にも共通しますか?
青文字系ってオタク気質な子が多くて。それはファッションに対してでもあるし、音楽とかカルチャーに対してもそう。好きなものに集中して掘り下げて、自分なりの解釈で取り入れることを純粋に楽しんでいるんです。同時期に雑誌に載っていた子たちの中には、ファッションを離れてしまった人やコンサバ系にシフトした人もいますが、多くの人は今でも、自分の好きなファッションを追求して楽しんでいる印象です。
ーポワニェには「扉を開く」といった意味がありますが、AMOさんのファンたちがファッションの新しい扉を開けるためにはまず何から始めたら良いでしょうか?
「40代でも着られますか」「アラサーでもアラフォーでも着られるアイテムってありますか」とよく質問されますが、とにかく自分が素敵だなと思ったらなんでも着てみたらいいと思います。着てみたら、意外と素敵な自分に出会って、扉が開かれるかもしれない。何が自分の人生や価値観を変えてくれるきっかけになるかなんてわからないので、自分から遠ざけるのではなく、少しでも興味を持ったものにはなんでもトライしてみてほしいです。
edit&text:Chikako Hashimoto
photographer:Yuzuka Ota
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【インタビュー・対談】の過去記事
READ ALSO
あわせて読みたい
RANKING TOP 10
アクセスランキング
イケアが四国エリアに初出店 香川県にポップアップストアをオープン