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【コラム連載|あがりの服と、あがる服】トラベルバッグ編:永遠の定番 ルイ・ヴィトンのキーポル / タフで上品なエルメスのサックマリーン

【コラム連載|あがりの服と、あがる服】トラベルバッグ編:永遠の定番 ルイ・ヴィトンのキーポル / タフで上品なエルメスのサックマリーン

(文:sushi)

 最後に海外旅行をしたのはいつだったか?と思うほどに、この約一年で旅行から縁遠くなった。大型の飛行機が飛躍的に普及した1970年代から海外の国への渡航も一気に身近なものになったが、まさか2020年代に旅行が非現実的なものになるとは思いもしなかった。とはいえ、わかりやすく非日常へと連れて行ってくれる旅行の魅力はすでに広く知られているので、コロナが収束しようがしまいが人々はあの手この手で旅行に行く活路を見出すのだろう。僕も旅行が趣味で、まとまった時間が取れれば一人でも友人とでも遠出をするのが好きだ。知らない土地を訪れてみるといろいろな物事が目新しく思えるし、現地でのモノや人との出会いが日々の生活や人間性そのものをより豊かにしてくれる。

 「コロナが収束したらやりたいこと」の中に旅行をリストアップしている人は大勢いると思う。今は旅行に行くのは難しくもどかしいご時世だが、ただ悶々と旅行に思いを馳せるのではなく、きたる"Xデー"を存分に楽しむための準備期間とするのはどうだろうか。ということで、今回は旅行に欠かせない相棒であるトラベルバッグについて書こうと思う。

永遠の定番 ルイ・ヴィトンのキーポル

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 僕は旅行に行く際はスーツケースではなくトラベルバッグ派だ。もちろんスーツケースは移動性もセキュリティも優れているのは理解しているものの、映画「ショーシャンクの空に」のラストで、モーガン・フリーマン演じるレッドが主人公アンディに会うためにメキシコ・ジワタネホを訪れるシーンで魅せた「くたびれたタイドアップスタイルに手提げのトラベルバッグ」という出で立ちに憧れがあり、旅行の際はかたくなに手提げ型のトラベルバッグを使っている。

 トラベルバッグのブランドといえば、思い浮かぶのは「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」。1854年にトランク工場として創業して以来、「旅」をブランドのテーマに掲げるルイ・ヴィトンのトラベルグッズは時代とともに移り変わる人々の旅行スタイルに順応しながら進化を重ねてきたが、「キーポル(Keepall)」というボストンバッグは1924年に誕生してから現在に至るまで大きなデザインチェンジを経ずに愛され続けている名作だ。

 名称の由来は「keep all」=すべてを収納するという意味合いから。その名に恥じない大容量が特徴で、トランクとは別に持ち歩く用のカバンとして考案されたため、折り畳んで収納できる点も開発当時は革新的とされた。日本人で初めてルイ・ヴィトンのバッグを手に取ったと言われる板垣退助をはじめ、スペインのアルフォンソ12世やロシアのニコライ皇太子など、時代を超えて世界の要人たちをうならせてきたメゾンの職人芸を感じることができる王道のモデルだ。

 僕もキーポルに信頼を寄せる人間なのだが、初めて手にしたのは生意気にも18歳の頃。県外の大学に進学することになり引っ越しを余儀なくされたのだが、その際に荷物を詰める大きなカバンがないかと両親のクローゼットを漁っていたところ、折り畳んでしまわれたままのかなり年季が入ったキーポルを発見した。両親も気付いているそぶりは無かったため、しめしめと拝借し在学中の旅行や留学など多くの遠出を共にした。大学を卒業した後も大事に持っていたものの、先日とうとう底に穴を開けてしまった。両親も大切にしていたであろうバッグをダメにしてしまった罪悪感もあり、長らく勝手に私物化していたことを白状したところ、両親が新婚旅行で香港を訪れた際に遊び半分で路肩商から1万円で購入したコピー品であることが発覚した。これまでの旅の思い出が急に安っぽく思えてしまったが、今更ほかの旅行鞄を持つ気にもなれないので、意地でも本物のキーポルを自前で購入しようと心に決めたのだった。

タフで上品なエルメスのサックマリーン

 バッグの話を始めておいて何だが、僕は日常的にバッグを持つことは極めて稀で、荷物は最小限に留め、財布はポケットに突っ込んでおけるものが理想的だ。バッグはコーディネート全体を印象付ける大きな一要素になるし、持つとなるとスタイリングはそれを前提としたものになってしまう。故に下手なものは持ちたくないし、かといって日常遣いをするとなると高価なものではコンクリート壁に擦った時のことを考えると身の毛がよだつよう、といった風に、これまではバッグはできるだけ持ち歩きたくないものとして捉えていた。しかし、そんなスタイリングにおけるバランスやデザイン、実用性すべてを度外視して「これを持って出かけたい!」と思えるバッグに出会った。それがヴィンテージエルメスの「サック ド ヴォヤージュ マリーン(Sac de Voyage Marine)」という逸品だ。

 「Sac de Voyage=旅行のバッグ」という名を読んで字のごとく、このバッグも旅行用にデザインされたショルダーバッグだ。巾着のように口を縛って持ち歩くため、見た目の印象はコンパクトだが、紐を解いてバッグ内部をのぞいてみると深さやマチの大きさに驚く。2~3泊の旅行なら、これさえあれば十分だと思える心強い容量だ。

 エルメスのレザーなんて怖くて旅行なぞには持ち出せない、とも思うかもしれないが、このバッグはあえてエルメスお得意のトゴ(雄子牛)レザーではなく、より耐久性と防水性に優れたブッフル(水牛)レザーを採用している。トゴに比べても遜色ない柔らかさや上品さがあるものの、やや武骨に見える印象のブッフルはより革の目が粗く、ちょっとやそっとのダメージはものともしない。

 バーキンやケリーといった定番シリーズに比べるとかなりカジュアルなデザインで、繊細なイメージのエルメスらしからぬタフを感じる仕様であることから、やや変化球的ポジションにあるアイテムかもしれない。だが使い勝手の良さはもちろん、デザインも抜かりなく、レースホールとベルト結合部にあしらわれた金細工や、口を縛った際のギャザーは唯一無二の上品さがある。何より、僕がこのカバンを購入するに至った本質的な理由は、ディスプレイされていた時の佇まいや、紺とも青ともつかない絶妙な色彩など、バッグそのものが放つ雰囲気に衝撃を受け、心を奪われたから。洋服では近しい体験をしたことはあるものの、バッグでこんな感情になれるものに今後出会える気がしない。

 ルイ・ヴィトンに引けを取らず世界のセレブリティを顧客に持つエルメスだが、中でも著名なエルメスラバーといえば、エルメスのアイコンバッグ「バーキン」の由来となったジェーン・バーキン氏だろう。バーキン氏はエルメスのバッグの手入れをせずにボロボロにしながら使う、という有名な話がある。一つのアイテムをボロボロになるまで使い続けるという行為自体はアイテムに対する深い愛情の表れでもあると思う(とはいえ、僕がバーキン氏と同じようにバッグを扱いたいかどうかはまた別の話ではある)。サック マリーンは今の僕にとってはかなり背伸びした風格あるバッグで、"芯の通った年上の女性のような存在"とも表現できる。僕もバーキン氏のように自分なりの愛情を注ぎながら、このバッグに見合う男に成長しなくては、と背筋が伸びる逸品だ。ちなみにエルメスの製品は刻印によって製造された年代を特定できるのだが、僕が持っているバッグは1994年製。年上の女性かと思っていたが、まさかの同い年であった。

■sushi(Twitter)
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。3月よりYouTubeチャンネル「着道楽による備忘録」配信開始。

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