アダストリアが、代表取締役会長兼社長 福田三千男氏が社長を退き、現取締役副社長の木村治氏が次期社長に就任する人事を固めた。同社では過去にも社長交代はあったものの数年で終わり、福田氏が指揮を執るために復帰するかたちで同社の経営を支えてきた経緯がある。次期社長の木村氏に託されたものとは? これまでの経歴を振り返りながら、新体制移行の背景、そして社長就任への思いを聞いた。
■木村治(きむら おさむ)
1969年生まれ。1990年に福田屋洋服店(のちのポイント、現アダストリア)に入社し、スタッフ、店長、エリアマネジャー、本部バイヤーを歴任。2001年に独立し、ワークデザインを設立。2007年にドロップ(のちのトリニティアーツ)と経営統合し、2011年9月にトリニティーアーツ代表取締役社長に着任。2013年からアダストリア取締役、2018年3月からは取締役副社長に就任。2021年5月27日付で取締役社長に昇格予定。
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―アダストリアグループに携わったのはいつごろから?
福田屋洋服店時代の1990年からですね。当時は10店舗程度の規模でした。
―2001年に退社しています。その理由は?
当時ポイントというブランドを展開していましたが、プライベートブランドの開発が始まり変革の時期でした。僕はそれまでメインで取り扱ってきたインポートが好きでしたし、あとは一度独立してやってみたかったという思いもあり一度離れました。
―自身の会社「ワークデザイン」を立ち上げた6年後にドロップ(のちのトリニティアーツ)と経営統合しました。
ポイントを離れて独立してからも、福田には決算書を毎年見せに行ったりと交流は続いていました。そのなかで福田から「戻ってきて新しい会社をやらないか」と声がけがあり、僕自身も自分の会社を大きくしたいという思いもあって合流して生まれたのが、後のトリニティアーツでした。
―再入社後はキャリアを重ね、今回アダストリア副社長から社長に昇格します。率直な感想は?
びっくりしましたし、想像もしていませんでした。それにアダストリアは社長が何人か代わっているのを見てきたので、僕がそこに就くイメージはあまりなかったです。
―木村副社長に昇格の打診があったのはいつ頃?
昨年末ですね。福田の方から「今期(2021年2月期)で社長はやめるぞ。お前が次やれ」と言い渡されました。福田は今年で75歳になりますから、しんどかった部分もあったんでしょうね。
―副社長の地位である以上、社長昇格は覚悟していた?
普通の企業であれば役職の地位に順番がありますが、福田はその役職の順番にこだわる人ではないんですよ。ただ今回は福田が社長の座を降りる代わりに、経営基盤の強化として常務を2人体制にしたんだと思っています。
■5月27日付の社内取締役体制
※()は現在の役職
代表取締役会長:福田三千男(代表取締役会長兼社長)
取締役社長:木村治(取締役副社長)
常務取締役:金銅雅之(取締役)
常務取締役:北村嘉輝(取締役)
取締役:福田泰生(取締役)
※新体制は同日開催の定時株主総会およびその終了後に開催される取締役会の決議により正式に決定される予定。
―福田会長は過去に2度社長職に復帰しました。
福田も自身が復帰しなくてはならない状況でしたから、すごく悩んでたんじゃないかなと思いますよ。そういった意味では、いまの経営体制は数年前から作り上げてきたものなので準備をしてきたのかなとも感じます。とはいえ、代表取締役会長として引き続き経営に携わるので、基本的にはこれまでと大きく変わりません。最終の責任は福田が持つというところもあるでしょうから、僕らとしてもやりやすいですね。
◇過去の社長交代 関連記事
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―プレッシャーは感じていますか?
プレッシャーはあまり感じないタイプですが、メディアに出るのが久しぶりなので2〜3ヶ月は緊張が続きそうです。
―社長昇格で期待されている部分は?
僕と福田は2世代ほど年齢が違いますが、お互いの考えが通じ合っている部分があります。潰れそうになったポイントを2度立て直してきたりと、業績が良いときも悪いときも一緒に経験してきましたから、福田からすると安心感があるのかなと。
あとは発想やスピード感、そして経営に対する「勘どころ」は認めてくれていると思いますね。直接褒められたことはないですけど(笑)。僕がトリニティアーツの社長だった頃も福田は自由にやらせてくれていましたし、今回僕をアダストリアの社長にしたということは、経営スタイルを変えてもいい、という考えもあるのではないかと思うので、事業推進のスピード感や領域の拡大といった部分では期待してくれているのかなと感じています。
―新体制後も現在の経営方針は変わらない?
そこはまったく変わりません。基本的にはいま掲げている2025年に向けた成長戦略を進めていきます。
―前期はコロナのマイナス影響を大きく受け、今期は立て直しの重要な年になると思います。
たしかに売上は落ちましたが、自社EC「ドットエスティ(.st)」が一気に成長しました。特にブランドスタッフによる「スタッフボード(STAFF BOARD)」を通じた情報発信が顧客の増加につながり、そこからの流入で売上が伸びている。これはビジネスとしての新しい展開が見えてきたなと思っています。とはいえ、リアル店舗も緊急事態宣言が解除された後は売上が戻り、前期で言えば10月ごろには「このままいけば年間で目指してた利益がとれるんじゃないか」という規模まで回復したので、やっぱりリアル店舗は僕らの強みなんだと実感しました。コロナ禍でもインブランドや子会社を含めると10以上新規ブランドを立ち上げましたし、韓国からは「エーランド(ALAND)」を上陸させたり。そういう意味では攻めに出た年でした。
※スタッフボード:アダストリア自社EC内のコンテンツ。ショップスタッフが投稿したスタイリングを閲覧できる。
今年から来年にかけても、2025年の最高益達成に向けて投資をしていきます。出店も国内外で仕掛けていきますし、海外では中国のほかに東南アジアへの進出も目指します。
―コロナ禍でもゆるがない経営基盤の強さを感じます。
福田の経営は強いなと隣にいて改めて思いましたね。我々は借り入れをしなくてもいいような経営ができましたし、営業部隊は在庫を残さずに消化をしながら利益もちゃんと確保できる体制を整えている。生産本部も自社で生産工場を持っているからこそクイックに状況判断できていますし、工場側の経営状況が苦しい時期には一部取引先への支払いを前倒しするなど協力体制もできています。バックオフィスもリモート化をスムーズに進められました。コロナ禍は業績にダメージはありましたけど、5年先に見据えていた経営をこの1年で一気に実現できた。50年にわたり経営してきたオーナー企業の強みがここに出ているんだろうなと思います。
―今のファッション業界について思うことはありますか?
僕らが現場にいたころより難しい時代になってきました。ファストファッションが生まれ、単価が急に下がったり、ECが台頭したりと、ビジネスの構造ががらっと変わりましたから、業界全体が変わらなきゃいけない。それはデベロッパーにも同じことが言えると思います。経営的発想を柔軟に変えていかないと取り残されていくんだろうなという危機感はあります。
―福田会長は以前のインタビューで「赤ん坊からおばあちゃんまで"女性の一生"に寄り添う服を作りたい」と話していました。木村副社長もこの構想を実現させていく?
もちろんです。幅広い世代のファンを作っていきたいという思いから「Play fashion!」をコーポレートスローガンにも掲げています。とはいえ、服だけではなく様々な方面での提案を強化していきたいと考えています。
―数年後にはアパレルSPA企業ではなくなっている可能も?
まだ方向性は決まっていませんが、数年後に振り返った時に「アパレルの会社"だった"」と言えたら面白いよね、という話は社内でもしています。もともとファッションは洋服だけではないと思っていますし。福田も「変えることはNOではない」と言ってます。「時代が求めているものであればトライしてもいい」という会社がアダストリア。実際にこれまで30以上のブランドを作ってその多くを黒字化できていますし、時代に合ったものを作り続けてきたアダストリアは強い会社だと思っています。
―最後に社長就任への意気込みを教えて下さい。
いまの成長戦略を計画通りに進めたいというのもありますが、社長になるのであれば、福田の経営を継承しつつ、今の時代にあった経営にアップデートしながらスピード感をもってやっていきたいですね。インプットもアウトプットもスピード求められる時代になりましたから、マルチブランドで黒字化できるプラットフォーマーとしての強みを経営にも活かしていきたいと思っています。
(聞き手:伊藤真帆)
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