

執筆:土橋 直子さん/ランスタッド株式会社 人事本部 ED&I/ エンプロイヤーブランディングマネージャー
英国大学院卒業後、プラダ日本法人の社長秘書としてキャリアをスタート。2012年からカリフォルニア州へ移住。日系IT企業の米国支社設立に携わる。帰国後、Googleで人材開発、リシュモンジャパンでDE&Iプログラムマネージャー、 社内広報の経験を経て現職。イギリス近世史に関する書籍の翻訳・出版、コラムの執筆経験を持つ。
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はじめに
第一回の記事では、製品・サービスブランドだけでは人材獲得競争を勝ち抜けなくなった現代において、エンプロイヤーブランディングがなぜ重要性を増しているのかを解説した。続く第二回では、国内外の先進企業の事例を参考に、私たちが学ぶべきエンプロイヤーブランディングの本質について考察した。
これまでエンプロイヤーブランディングの「Why(なぜ重要か)」と「What(本質は何か)」に触れてきたが、第三回となる今回は、いよいよ「How(どう実践するか)」に焦点を当てる。エンプロイヤーブランディング担当者として、実際にゼロからこの取り組みを立ち上げた経験に基づき、実務担当者が直面するであろう課題とその乗り越え方を含め、具体的な実践ステップを紹介する。
エンプロイヤーブランディング実践の全体像:成功へのロードマップ
筆者が現在の企業で実践したエンプロイヤーブランディングのアプローチは、一連のステップからなる継続的なサイクルである。それは、[1] 目的の明確化と合意形成から始まり、[2] 現状認識と分析で自社の立ち位置を確認し、[3] 戦略立案で進むべき方向を定め、[4] コミュニケーションとコンテンツ作成で魅力を発信し、最後に[5] 評価と改善で効果を測定し、次につなげる、という流れである。
ここからは、各ステップで具体的に「何を」「どのように」進めるべきか、具体的な例を交えながら解説していく。

ステップ1:目的の明確化と合意形成 – 「なぜ」取り組むのかを定義する
エンプロイヤーブランディングに着手する上で、最も重要かつ最初に行うべきは、「自社の経営課題とエンプロイヤーブランディングを結びつけること」である。なぜなら、ここが曖昧なままでは、エンプロイヤーブランディングは「あったら良いもの(nice to have)」と見なされ、日々の業務の中で優先順位が下がり、結果としてリソース不足を理由に形骸化してしまう可能性が高いからである。
まずは、自社の中長期経営計画や事業戦略を深く理解し、その目標達成に向けて、エンプロイヤーブランディングがどのように貢献できるのか、その「必要性(Why)」を明確に言語化することが求められる。例えば、「新規事業立ち上げに必要な特定スキルを持つ人材の獲得」「離職率の低減による組織の安定化」「企業認知度向上による採用コストの削減」といった具体的な貢献である。
この「Why」が明確になり、経営層や関連部署のステークホルダーとその目的意識を共有し、合意形成ができれば、次のステップであるリソース(人、予算、時間)の確保に進む。経営計画に紐づいた提案であれば、リソース確保の交渉も格段に進めやすくなるだろう。専任担当者を置くことが理想だが、難しい場合は、関連部署(人事、広報、マーケティング、現場部門など)のメンバーによるプロジェクトチームを組成することも有効な手段である。

ステップ2:現状認識と分析 – 現在地と自社の魅力を知る
担当者(チーム)が決まったら、次に行うべきは「現状の正確な認識」である。具体的には、以下の点を多角的に調査・分析する必要がある。
・自社のEVP(Employee Value Proposition:従業員価値提案)の把握: 従業員は自社で働くことにどのような価値を感じているのか?(言語化されていなければ、この後の分析で見出していく)
・社内外からの評価:
社内: 従業員満足度調査(エンゲージメントサーベイ)、社員インタビュー
社外: 求職者アンケート、採用面接でのフィードバック、転職口コミサイト、SNS上の評判などを収集・分析し、外部から自社がどう見られているかを客観的に把握する。
・競合分析: 採用競合となる企業がどのようなEVPを掲げ、どのようなメッセージを発信しているかを調査する。
・ターゲット層のニーズ調査: 獲得したい人材層が、企業や働き方に何を求めているのかを理解する。
このステップで、自社独自の「強み」や「魅力」、そして「課題」を客観的に把握することが、後の戦略立案の土台となる。世界の労働者の意識や傾向についてはエンプロイヤーブランドリサーチやワークモニター2025などを参照すると良いだろう。
筆者が実際に行った例では、多様な部門のリーダーやメンバーへの個別インタビューを通じて、「前職の退職理由」「自社への入社理由」「入社後に感じている魅力やメリット、課題」などを深掘りした。これにより、職種や役職、年代による魅力の感じ方の違いなどが明らかになり、分析結果をグラフやワードクラウドなどで可視化することで、説得力のある形で社内の共通認識を醸成することができた。
また、グローバルの取り組みでは、世界39か国で10分の1の社員を対象にワークショップを行い、共通のEVPを策定した。日本においては、約300人の社員がワークショップに参加、日本市場における独自の魅力や競合との差別化ポイントを抽出、グローバルEVPと整合させつつ、日本の「プルーフポイント」(EVPを裏付ける施策・制度群)を明確にし、これらを一体として日本版EVPを策定・導入した。
ステップ3:戦略立案 – 誰に、何を、どう伝えるか?
現状分析で見えてきた自社の強み・魅力・課題と、ターゲット層のニーズを踏まえ、エンプロイヤーブランディングで「何を達成するのか(目標設定)」そして「そのために何を選択し、実行するのか(戦略策定)」を具体的に決定する。
ここで極めて重要になるのが、「ターゲットペルソナの設定」である。ペルソナとは、採用したい理想の候補者像を、スキルや経験だけでなく、価値観、キャリア観、情報収集の仕方、ライフスタイルなども含めて具体的に描いた人物像のことである。ペルソナの解像度が高ければ高いほど、その人物に「響く」メッセージ、コンテンツ、そして発信チャネルを選定することができ、効果的なアプローチが可能となる。
また、エンプロイヤーブランディングは「社外へのアピール」と捉えられがちであるが、社内への浸透(インナーブランディング)も同様に重要である。第一回の記事でも触れたように、その根幹には従業員のエンゲージメントやウェルビーイングが不可欠であり、発信するメッセージと社内の実態にギャップがあってはならない。一時的に候補者を集められても、入社後のミスマッチによる早期離職につながり、かえってブランドを毀損しかねない。
したがって、戦略を立てる際は、候補者が企業を認知し、応募、選考、入社、オンボーディング、育成、活躍、そして退職、さらには退職後(アルムナイ)に至るまでの「エンプロイーライフサイクル」全体を見据えることが重要である。各ステージにおいて、自社のEVPと一貫性のある「経験」を提供するための施策を計画する必要がある。例えば、認知段階では魅力的な企業文化を発信し、入社後はスムーズなオンボーディングと成長機会を提供し、退職者とも良好な関係を築く、といった具合だ。
さらに、戦略の効果を測るために、具体的なKPI(重要業績評価指標)を設定すべきである。エンプロイヤーブランディングは長期的な取り組みとなるため、成果を可視化し、ステークホルダーに説明責任を果たす上でKPIは不可欠である。例としては、以下のようなものが挙げられる。
・採用関連: 応募数、書類選考通過率、内定承諾率、採用単価、リファラル採用数
・認知・関心度: WebサイトPV数、SNSエンゲージメント率(いいね、シェア、コメント)、イベント参加者数
・社内指標: 従業員エンゲージメントスコア、eNPS(従業員推奨度)、定着率(リテンションレート)
・ブランド評価: 外部調査による「働きたい企業ランキング」、口コミサイトの評点
これらのKPIを時系列で計測・分析することで、施策の有効性を判断し、改善につなげることができる。

ステップ4:コミュニケーションとコンテンツ作成 – 魅力を届け、共感を呼ぶ
コミュニケーション戦略とKPIが定まったら、いよいよターゲットペルソナに自社の魅力を伝えるためのコンテンツを作成し、発信していく段階に入る。
ここで陥りやすい失敗が、「何を作るか(What)」から始めてしまうことである。例えば、「営業部の魅力を伝える動画を作ろう」と、手段である動画制作を先に決めてしまうケースである。しかし、本来は「何を達成したいのか(Why)」「誰に伝えたいのか(Who)」が先にあって、そのための最適な手段として動画が選択されるべきである。目的が曖昧なままでは、効果測定も難しく、リソースの無駄遣いに終わる可能性がある。
課題を明確にし(例:営業職の応募者が少ない)、その課題解決のために(例:営業職のやりがいと成長環境を伝え、応募を促進する)、どのようなメッセージを、どのようなトーンで、どのくらいの長さで、誰に語ってもらうか(例:活躍中の若手社員)などを検討した上で、最適なコンテンツ形式(動画、記事、イベントなど)と発信チャネル(自社採用サイト、SNS、求人メディア、イベントなど)を選択する。
コンテンツの種類は多岐にわたる。社員インタビュー記事、オフィス紹介動画、オンライン会社説明会、社員ブログ、SNSでの日常発信、ブログ、ミートアップイベントなど、自社のEVPとターゲットペルソナに合わせて、最適な組み合わせを考えることができる。
ステップ5:評価と改善 – 効果を測定し、次へ活かす
エンプロイヤーブランディングは、「施策を実行して終わり」ではない。効果を測定し、その結果を分析して改善を繰り返すことが、成功への鍵となる。
あらかじめ設定したKPIと実際の結果を照らし合わせ、施策が目標達成に貢献したか、期待通りの効果が出たかを評価する。
・例1:採用広告キャンペーン
・課題: 広告のクリック率が低い。
・分析: コンテンツ(クリエイティブやコピー)がターゲット層の興味関心とズレている可能性、あるいは配信チャネルが適切でない可能性。
・改善: A/Bテストで異なるクリエイティブを試す、チャネルを見直す。
・例2:採用サイトからの応募
・課題: 広告からのクリックは多いが、応募につながらない(CVRが低い)。
・分析: 遷移先のランディングページ(採用サイトの求人ページなど)に問題がある可能性(情報が分かりにくい、応募フォームが複雑など)。
・改善: ランディングページの構成や導線を見直す、エントリーフォームを簡略化する。
このように、データを基に仮説を立て、検証し、改善策を実行するというサイクルを回し続ける必要がある。効果が見られない施策については、改善を続けるか、あるいは中止するという判断も重要である。地道な分析と改善の繰り返しが、エンプロイヤーブランディングの効果を最大化させる。

おわりに
エンプロイヤーブランディングを成功させるカギは、単なる人事や広報の施策として捉えるのではなく、経営課題解決に貢献する戦略として位置づけ、経営層や関連部署を巻き込みながら推進することである。そして、活動の意義や成果をKPIで可視化し、評価と改善のサイクルを継続的に回していくことが必須である。
今回紹介したステップが、これからエンプロイヤーブランディングに取り組む方、あるいは既に取り組んでいるものの、なかなか成果に繋がらないと感じている方にとって、一助となることを期待する。ぜひ、自社に眠るまだ見ぬ魅力を発掘・発信し、未来を共に創る輝く人材を惹きつける取り組みを進めてほしい。
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