2030年に大阪市・夢洲(ゆめしま)に開業予定のIR(統合型リゾート)。その建設に向けた準備工事がついに今秋、開始された。これにより、一時は危ぶまれたIR計画は一気に確実なものとなり、およそ6年後の開業がリアルなものとなった。日本政府観光局(JNTO)の発表によると、2024年10月の訪日外国人数は331万2,000人、2024年の累計では史上最速で3,000万人を突破したと報じられている。観光立国を推進するIRの導入が現実になった今、日本の観光産業はどうなっていくのか。元国土交通省観光庁長官で、現在日本観光・IR事業研究機構副理事長を務める井手憲文さんにインタビューを行った。
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井手憲文(いで・のりふみ)さん/株式会社安井建築設計事務所 理事
愛媛県出身。東京大学法学部卒業後、1976年運輸省入省。国土交通省観光庁長官、株式会社日通総合研究所代表取締役会長、成田空港高速鉄道株式会社代表取締役社長を経て、一般社団法人 日本観光・IR事業研究機構副理事長を現在務める。2024年に瑞宝重光章を受章。
「2030年、訪日客6,000万人」を日本は達成できるのか
― 2030年に訪日客6,000万人、旅行消費額15兆円を目指す日本ですが、達成できるのでしょうか。
現在の国際観光客到着数トップはフランスで、2023年に1億人の外国人旅行客を迎えました。アジアでは中国が1位、次いでタイ、アジア諸国で見ても、残念ながら日本はまだトップの観光立国ではありません。私が観光庁長官だった2013年に、長年目標としていた1,000万人の訪日観光客数を達成しましたが、これは当時ではかなり大きな数字でした。そこからうなぎのぼりに増えて、2019年に3,000万人を突破。2020年の目標は4,000万人まで上がりました。この4,000万人という数字はかなりアグレッシブな数字。実際のところコロナ禍の影響で達成されませんでしたが、コロナ禍がなかったとしても難しいほど高い目標だったと思います。なので、2030年の6,000万人という数字もかなりアグレッシブな数字だと感じています。
― なかなか厳しい目標なのですね。
ただ、日本には十分ポテンシャルはあると思います。インバウンドというのは、端的に言えば3つの変数によって成り立つものだと私は考えます。X1は、近隣諸国や地域がどのくらい経済力を持っているか。X2は、訪れる目的地としてどのくらい魅力があるかということ。これは、人間でいうと“生まれつき持っているもの”です。そしてX3は、インバウンドを受け入れる国がそのために人為的な努力をどれだけしているか。この三つの変数で成功するかどうかが決まると思っています。
昨今は日本の近隣国が豊かになってきているので、X1は日本においてますます期待できるところだと思います。X2は、世界経済フォーラムが2年に1度発表している「旅行・観光開発指数(Travel & Tourism Development Index)」で、2021年に日本は世界1位を獲得。観光国としての魅力は世界トップレベルであるといえます。X3は、努力の部分ですが、例えば私が観光庁長官だった頃に、ビザの大幅な計画的緩和を試みてASEANに関してはほぼ緩和することができました。そういった人為的な努力の部分については、続けていけば先は明るいと思います。
― 日本の観光立国としての伸びしろは大いにあるということですね。2030年の6,000万人達成に向けて、IRは起爆剤になるのでしょうか。
なると思います。2030年度でいうと残念ながらIR開業するタイミングですから、2030年に限定すると難しいかもしれませんが、2030年“以降”に関していえば、大阪IRの開業は、大きなインパクトを与えることは間違いないと思います。
― 井手さんが観光庁長官だった前に、シンガポールのIR開業がありましたね。シンガポールではIRが開業して、観光客は60%増加したとのことです。
シンガポールは本当に良い例です。リー・シンガポール前首相は当時、「カジノではなくIRをつくるんだ」と意志決定をしました。実はその数年前からシンガポールはインバウンドが伸び悩んでいましたが、IR開業を実現し、以降はうなぎのぼりに外国人旅行客の数が伸びました。
富裕層ツーリズムを呼び込むために必要なもの
― 観光客の増加以外に、IRで期待できるものは何ですか。
今まさに政府観光庁が力を入れ始めているのが、「富裕層ツーリズム」です。「高付加価値旅行」と呼んでいますが、富裕層のインバウンド観光客を伸ばすことで得られる経済効果に期待しています。そういった点からみても、IRはまさに富裕層を呼び込む装置。大変効果のある方法だと思います。
また、もともとIR実現の目的のひとつに「MICE(※)」の推進があります。シンガポールは制度として仕組んで現在の形になったわけではないですが、結果的に実現できた。これをお手本に、日本では最初から制度として「MICE」を要件にしているんです。これは大変素晴らしいことです。制度として「MICE」の推進もでき、日本独自の良いものを大規模に発信できる、この2点に大きな期待があります。
※MICE……Meeting(企業等の会議)、Incentive Travel(企業等が行う報酬・研修旅行)、Convention(国際機関・団体、学会等が行う国際会議)、Exhibition/Event(展示会・見本市、イベント)の頭文字で表す、多様な集客交流が見込まれるビジネスイベントの総称。
― 「富裕層ツーリズム」を呼び込むための課題は何ですか。
日本はまだ土台が弱く、課題が多いですね。私が観光庁長官の頃、ちょうど「富裕層ツーリズム」をし始めた頃でした。実際に欧米の富裕層旅行者を扱う旅行社の方に日本に来てもらい、京都をベースに何ヶ所か訪れるコースを組み、京都ではお寺を借り切ってイベントを開催しました。イベント自体は成功したのですが、コースを委託した日本の旅行会社に3〜4日の旅程で組んでもらった内容を見て、驚きました。富裕層をターゲットにしたツアーなのに、選ぶホテルや訪問先、そしてリーフレットのクオリティについても、「これのどこが富裕層?」という感じだったのです。まだ日本で富裕層を受け入れられる企業や個人が少ないというのが課題です。ハイエンドな宿泊施設があるかどうかも大事ですが、加えてアレンジをする側の意識がまだ低いという現実があります。
2022年には、「高付加価値旅行」の推進に向けて有識者委員会を開催しました。その結果を受けて、2023年に「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりの取り組み」として、モデル観光地域11地域が選定されました。地方で「高付加価値」を提供できるモデル地区を決め、そのモデル地区に対していろんな支援をするというスキーム。北海道から沖縄まで11の地域が選ばれました。たまたま私はそのなかの瀬戸内海エリアをお手伝いしているのですが、やはり同じように抱えているのは「ハイエンドなホテルがない」「迎えるときの受け入れの方法がわからない」といった課題です。
IR申請になかなか手が挙がらない理由とは
― 大阪に次ぐIRの選定がなかなか進まないことも課題でしょうか。
これは選定が難しいというよりも、2つめ3つめの候補の手が上がらないということが課題です。長崎県は残念ながら認定がおりず、最終的に大阪だけが選ばれた形となりました。一回目の募集では、和歌山県は県議会が反対して申請に至らなかったので、結局大阪府と長崎県の申請だけ。コロナ前はもっと多くの地区が申請に向けて前向きだったはずなのですが、コロナ禍によって他国のIR事業者が大打撃を受けたこともあり、「やろう」と言いにくくなった背景もあると思います。
あとは横浜の市長選挙でIR誘致派が負けてしまったことも影響したと思います。さらにいえば、大阪の認定に至るまで約一年も申請審査にかかり、その点数が厳しかったために「大阪があの点数(600点代)だったら自分たちのところでやっても点数がいかないのでは」という思いもあったのでは。こうしたさまざまな影響が少なからずあったと感じます。
― 停滞しているIR推進について、なにか提言はありますか。
1つは、2018年当時に「検討する」と言っていた北海道、愛知、千葉、東京は「やらない」と決めたわけでもないということ。今年も観光庁が12月にかけて自治体から意向の聞き取りを実施している最中です。ただ、おそらく聞かれても自治体も「検討する」としか言えないと思うんですね。それ以上の答えはかえってこないのではと。大事なのは、観光庁が「いずれ次の募集がある」ということをしっかり伝えていかなければ、検討は加速していかない。いつかは分からないけど、2つめ3つめの募集はいつか必ずある、ということをきちんとアナウンスしていかなければならないと思います。
― 最後に、一般社団法人 日本観光・IR事業研究機構の活動内容について教えてください。
一般社団法人 日本観光・IR事業研究機構は、IR整備法ができる以前、2017年にできた一般社団法人です。日本の観光産業の拡大とIRの発展に貢献する実務的な研究を企業の立場から行い、業界を越えたさまざまな提言を国や地方自治体に行い、観光・IR分野における発展を通して日本経済に寄与することを目的とした組織です。
さまざまな業種の企業の方およそ100名に会員になっていただいています。IRプレイヤーだけでなく、IRを実現するために必要なあらゆる業種の方が参加してくださっていて、例えば造園業やデジタルサイネージなど、幅広い分野の方が集まって活動しています。
活動の1つは、例えばワーキンググループをつくり特定のテーマについて会員が研究をして、それを自治体や政府にも提言する、というようなものです。最近の例では、セキュリティ関係について、どのようにやるべきか政府に提言するなどを行っています。また、必ずしもIRに限ったことではなく、東京湾全体の観光をどうしていくか、というワーキンググループでは東京都や千葉県、神奈川県などに提言をしています。そういったさまざまな形で、IRないし観光全般について研究と提言を行っています。会員向けや自治体向けのセミナーも定期的に実施しております。
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