Aaron Esh, Photo: Cris Fragkou
2000年代初頭のスタイル「Y2K」の次に来る流れとして「インディー・スリーズ」が囁かれている。2000年代後半から2012年にかけてのロンドンのストリートスタイルで、「インディー(Indie)」はインディーロック、「スリーズ(Sleaze)」はいかがわしい、下品な、低俗な、の意。名付け親にはさまざまな説があるが、3年前ぐらいから使われ始め、インスタグラムで@indiesleazeというアカウントが登場し、広がった。
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80年代ファッションや90年代グランジの影響を受けたさまざまなテイストを自由に組み合わせる古着風のミックス&マッチスタイルで、インディーロックバンド「ザ・リバティーンズ」のピート・ドハーティと当時ガールフレンドだったケイト・モス、モデルのアギネス・ディーンやピクシー・ゲルドフらの着こなしがお手本とされている。デザイナーのヘンリー・ホランドやジェレミー・スコット、さらにはエディ・スリマンの美意識がオーバーラップするらしい。正直なところ、今ひとつつかみどころがない。
2、3年前からティックトックなどで紹介され、アメリカで広がり、イギリスに飛び火してZ世代の若者たちの共感を得た。今年に入ってからは有力雑誌でもムーブメントとして紹介している。もっともSNS上では広がっているが、街ではそれほど見かけないフェイクトレンドだという指摘もある。
ロンドンで生まれ育ったZ世代のレポーター、レオンと共に、9月に行われたロンドン・ファッションウィークで感じ取ったインディー・スリーズの現在地について好き勝手に語ってみた。
レオンの過去のコレクション体験記はこちらから。
若月:レオンがインディー・スリーズを知ったのはいつ?
レオン:2年前ぐらいかな。ティックトックでいろいろな人がこれからはこんな気分っていうようなムードボードなどを投稿していて、ファッション好きの人は自然にどんどんそんな投稿に触れている。最初はソフトグランジって呼んでいたように思う。
若月:ぶっちゃけインディー・スリーズって何?
レオン:2008年のリーマンショック後のリセッションの頃に広がったスタイルって言われている。その前のY2Kは陽気でイケイケな感じだけれど、その後ダークでグランジーで古着などをミックスした、Y2Kのカウンターカルチャーのようなスタイルになった。オーバーサイズのトップやレザージャケットに細身のパンツ、タイツは伝線していたりする。
若月:音楽との関係も強いよね。
レオン:昔はミュージシャンが簡単にレーベルとか立ち上げてアルバムをリリースすることはできなかったけれど、インターネットが普及してそれが可能になり、いろんなタイプのインディーレーベルが出てきた。インディー・スリーズのインディーはインディーロックから来ているけれど、なんでもあり、つまりさまざまなものが混ざったインディペンデントなスタイルという意味も併せ持っているように思う。
若月:始まりは2000年代初めという説や2006年、2008年といった説がある。でも、終わりは2012年というのは共通している。
レオン:どうしてだろう。
若月:よくわからないけれど、2012年はメタ、当時のフェイスブックがインスタグラムを買収した年。その頃からSNSが台頭し、ストリートファッションはリアルなスタイルではなくSNSのための作り物で溢れてしまった。それが加速してもうフェイクはたくさんってことかな。インディー・スリーズの時代は、リアルなストリートスタイルが謳歌していた最後の時代。
レオン:そうだよね。でも、ティックトックはみんな簡単にトントン好きなことを投稿しているからリアルだよ。そこから今回インディー・スリーズが広がった。
若月:では、はじまりについてはどう思う?
レオン:よく紹介されているピート・ドハーティとケイト・モスがグラストンベリーのフェスに行った時のスタイルなんていうのは2005年とか2007年だよね。
若月:他にもアギネス・ディーンとかモデルの名前がたくさん上がっている。正直、還暦越えの私世代にとって、2010年前後なんていうのはついこの間。どんなスタイルしていたんだろうと思って、2年前に編集した2001年から2018年までのロンドン・ファッションウィークのスナップ写真集を改めて見てみたら、今とは全然違うことに気づいた。
若月:今、ファッションショー会場で紹介されるのはアンバサダーをはじめとするセレブだったりインフルエンサーだったりするけれど、それ以前、スタイルのお手本として注目されていたのはモデル。ショーが終わってバックステージから出てきた私服姿のモデルがめちゃくちゃかっこよかった。そして2008年のアリス・デラルの写真に目が止まった。
レオン:かっこいいね。この2011年のピクシー・ゲルドフはショーの来場者として撮影されたものだけどインディ・スリーズな気分。
若月:ヘンリー・ホランドがデザインする「ハウス・オブ・ホランド」のショーのバックステージの4人も古着感満載。ショーの前に撮影したもので、ヘアメークが終わって髪の毛にピン止めていたりするけれど、服は私服。
若月:では、本題の今シーズンのロンドン・ファッションウィークにおけるインディー・スリーズの話に入ろう。そもそもの始まりは新進デザイナー「アーロン・エッシュ」のショーだった。
レオン:そう、とってもインディー・スリーズなショーだった。
若月:というか、話はショーが始まる前に遡る。隣の席に座っていたWWDジャパンの木村さんから、「今のロンドンの若い人って何着ているんですか」って聞かれて、「若い人に聞いてみましょう」とレオンに話を振った。そこでレオンからインディー・スリーズという言葉が出て、彼女も私も「え、何それ。新しいワードですね」ってことになった。
レオン:そして、どんなスタイルかと聞かれて、僕たちの前に座っている人たちって答えた。(冒頭の写真)
若月:でれんと椅子から落ちそうに座った男の子にビビッドなスポーツカジュアルの2人、その隣は長いネクタイ垂らしたテーラードジャケットのドレスダウン青年、そしてちょっと着飾っているけどストリートぽいお姉さん。みんな知り合いみたいで仲良く話していたけれど、全然バラバラの格好していた。でも、集団として見ると1つの世界観があってかっこよかった。
レオン:そう、そのばらばら感がインディー・スリーズなんだよ。音楽でもインディーバンドのメンバーはみんなばらばらな格好している。Y2Kは映画「ミーン・ガールズ」みたいに、みんなで同じような格好して楽しんでいる。
若月:実はね、そのあとで繊研新聞の青木さんと、マスイユウ、米WWDのロンドン在住記者のティアンウェイとランチしたのだけど、誰もインディー・スリーズを知らなかった。
レオン:え、なんで!僕の周りのZ世代の子は、全員とは言わないけれど、ファッションに興味ある人だったらみんな知っているよ。
若月:情報量が絶対的に少ないんだよね。ティックトックなどにはたくさん出ていても、それをジャーナリズムがあまり紹介していない。そこでみんなでいろいろ検索して即席にお勉強したのだけれど、レオンが「アーロン・エッシュがとてもインディー・スリーズだった」って言っていたことに対しては、「違うんじゃないの」って口を揃えて反論された。アーロンはエディ・スリマンだって。
レオン:インディー・スリーズは90年代グランジや80年代のマキシマリズムがベースだけど、そこにエディ・スリマンのようなハイファッションが重なるんだよ。だから、アーロンはエディであり、インディー・スリーズなんだ。
若月:さらにその続きがある。ショーが始まってとても個性的なモデルの男の子が出てきた途端、ユウが「ケイティ・イングランドって息子いたっけ」って話しかけてきた。そう、私もピンときた。そこで、手元のショーのクレジットシートを見ると、スタイリストはケイティだった。
90年代にマックイーンのコラボレーターとして注目され、その後も雑誌やビッグメゾンで活躍しているケイティとロックバンド、プライマル・スクリームのフロントマンのボビー・ギレスピー夫妻には2人男の子がいて、そのモデルは次男のラックス・ギレスピー。ケイト・モス・エージェンシーに所属してパリの「アン・ドゥムルメステール」のショーにも出ていたりするけれど、今年9月からセントマーチンのBAコースに入学したそう。
レオン:そういえば。ボビーもインディー・スリーズのアイコンの1人。
若月:それからいろいろ調べたら、アーロンにとってラックスはクリエイションに影響を与えているミューズだそう。で、ケイティはラックスのことをミニミーだと言っている。若い頃の自分と価値観やファッション感が全く同じだって。なんか全てが繋がってこない?
レオン:ラックスが着ていたベルベットのジャケットなんてとてもエディであり、インディー・スリーズ。服は上質な生地で丁寧に作られたテーラードやドレスだけれど、靴はみんな中古だったそう。
若月:ケイティ自身も、全身ブランドでドレスアップしたことがないと言っている。美しいドレスにボロボロのスチレット履いて、ボーイフレンドのコート羽織ったりする女の子がいいって。まさにその世界だね。アーロンのショーは服もコーディネートも観客も全て含めてすごく今を感じた。インディー・スリーズは服のアイテムで語るものじゃなく、ムードというか気分。だから写真じゃなく実際にその場でショーを見れたのはよかった。
レオン:僕たちにとって今シーズン一番のヒットだったね。
若月:インディー・スリーズはアイテムで語れないと言ったけれど、パンツはスキニー。これは外せない。
レオン:僕は自分がはくとしたらスキニーは好きじゃないからそこが問題。でも男の子のパンツは絶対スキニー。で、女の子はそれがさらに細くなってタイツになるんだと思う。
若月:話はエディに戻るけれど、エディは2005年にフォトグラファーとしてピート・ドハーティの写真集「LONDON BIRTH OF A CULT」を出版している。エディはピートのステージ衣装を手がけたり、「ディオール・オム」時代にピートにオマージュを捧げている。そんな具合に、さらに全てが繋がってきた。そういえば、エディもピートもボビーも共通するのは、カッコ良すぎるロックなテーラード。
若月:ラックス・ギレスピーは「ルーダー」のショーにも出ていたの知っている?
レオン:フーディー姿で最初に登場したモデルだ。
若月:私たちはアーロンのショー以降に見たショーでは、これはインディー・スリーズだとか違うとか確認しあっていたけれど、ルーダーはそういえばそうだねって話していた。で、このショーも後からクレジット見たら、スタイリストはタチ・コトリアとあって嬉しくなっちゃった。
レオン:タチって誰?
若月:やはりスナップ本を編集するに当たって、2010年代前半の彼女の写真を何枚もチェックしたんだけど、バリバリかっこいいの。モデル出身のスタイリストで、最初の頃の写真はモデル時代で、後半はスタイリストになってから。ケイティ・イングランドに通じるグランジやミックス&マッチのスタイルが個性的。そういえば独立する前はケイティのアシスタントをしていたそう。
レオン:本当だ。この写真はインディー・スリーズだね。
若月:他にどんなショーにインディ・スリーズのスピリットを感じた?
レオン:「シネイド・ゴーリー」や「アシュリー・ウイリアムス」。アシュリーはすごくグランジーで、いいコレクションだった。
若月:アシュリーは彼女自体がインディ・スリーズの人なんだと思う。2013年にデビューしているからそれなりのキャリアがあるけれど、当時は親友のピクシー・ゲルドフとフラットシェアしていて、同じようなスピリットを持ち合わせている。
レオン:この9月のコレクションではなく6月に見せた「ラウラ・アンドラーシュコ」もすごくインディー・スリーズを感じたのだけど、なんでだと思う?
若月:膨らんだミニスカートのボリュームとか、スクールとか、スローンレンジャーというお嬢様をテーマにしながらもタバコくわえたインビテーションカードとか、はすっぱな感じがそうなのかなあ。
レオン:スローガンとかもインディー・スリーズだしね。
若月:そう、あの時代のスローガンTシャツは「ハウス・オブ・ホランド」の世界だね。
レオン:でも、タイトなロングコートなど、エディ・スリマンとジェレミー・スコットの要素もある。ドレスとかもグランジーな感じ。
若月:彼女自身が、ティックトックとか見ていてインディー・スリーズな気分になっているんじゃないかな。
レオン:「ナターシャ・ジンコ」や「マーシャ・ポポヴァ」もそんな気分を感じた。写真しか見ていないけれど、「バーバリー」も少しそんな感じがした。アンティーク調のスパンコールのワンピースにオーバーサイズのミリタリーパーカ羽織っているルックはケイト・モスのグラストンベリーのスタイルを思わせる。
若月:そうか、そこまでは考えなかったな。
レオン:リカルド・ティッシの頃はロゴを前面に出したりしていたけれど、ダニエル・リーは少し古着感があるスタイル。インディー・スリーズのスタイルという訳ではないけれど、そういうスピリットがあると思う。
若月:そしていまだによくわからないのが「チョポヴァ・ロウェナ」。インディー・スリーズを紹介する記事でチョポヴァのカラビナスカートはいているスナップ写真が掲載されていたりするけれど、どうなんだろう。ロンドンのストリートの匂いがあまりしないんだよね。
レオン:確かに。でもインディー・スリーズなんじゃないかな。グランジーでミックス&マッチだし。古着感もある。
若月:とてもいいコレクションでスタイルはインディ・スリーズ。デザイナーズ・インディー・スリーズって感じかな。でも、そのスピリットはあまり感じない。田舎から出てきた女の子が一生懸命ロンドナーになろうとしている感じってわかるかな。
レオン:わかる。じゃあ、「アーロン・エッシュ」で僕たちの前に座っていた人がチョポヴァ着ていたら、インディー・スリーズだと思う?
若月:うーん、難しい。
レオン:僕は違う気がしてきた。インディー・スリーズはもっとエフォートレスなスタイル。スリーズの雰囲気ってわかるかな。ノンシャランって言う表現の方がいいかな。
若月:チョポヴァは頑張り過ぎちゃってるんだよね。たとえドレスアップしていてもどこか無頓着で楽ちんじゃなければいけない。アーロンにはそういうはずしがある。なんかこれが結論のように思うけれど、もう少し探ってみたい。
若月:今回のロンドン・ファッションウィークのメイン会場には40周年を記念して、昔のファッションやカルチャー本を紹介する本屋さんがあったのだけど、そこでレオンは2010年の「STREET」を買った。とても今の気分だって。
レオン:日本の雑誌だけど、ロンドン特集で写真はロンドンの街やコレクションでのスナップ。インディー・スリーズを感じるいい写真がいっぱい掲載されている。そうそう、僕が今シーズン撮影したストリートスナップも見て。
若月:すごくいいね。
レオン:インディ・スリーズなスタイル感じ取れるかなあ。
若月:それにしても、インディー・スリーズが出てくることはとてもいいことだと思う。パンクもグランジもそうだけど、ファッションって音楽、それもロックと絡み合ったカウンターカルチャーがスタイルに反映されると面白くなる。その背景には経済状況もあって、パンクもグランジも深刻な不況時に誕生した。
レオン:日本はどうかわからないけれど、今のイギリスの不景気は深刻だよね。まあ、当時に比べればそれほどでもないのかなあ。
若月:そうね。2008年のリーマンショックだって、国がさびれるってこういうことかって痛感した90年代初頭ほどではないしね。でも現在の経済状況は無関係ではない感じもする。とはいえ、インディ・スリーズは過去のムーブメントへの憧憬で、今生まれたものじゃないけれど。
今月からファッション&テキスタイルミュージアムで「Outlaws: Fashion Renegades of 80s London」展が始まった。リー・バウリーによる80年代のナイトクラブ「タブー」やボーイ・ジョージなどの世界の服やカルチャーを紹介している。来年9月にはデザインミュージアムで同じく80年代のクラブ、ブリッツの展覧会「Blitz: the club that shaped the 80s」が開催される。
レオン:えー、見たい。
若月:今みんな、フィジカルでリアルなカウンターカルチャーが輝いていた時代を懐かしんでいるのかもね。
あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は30ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員
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