前回のまとめ
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・少子高齢化の影響で、採用市場が売り手有利に変わり、企業が選ばれる立場に
・求職者はワークライフバランス、柔軟な働き方、公平な環境、そして成長の機会を重視
・ブランド企業も応募者数の減少や社員の定着率低下、競合との差別化が難しくなり、採用に苦戦
前回の記事では、社会や経済の変化が採用市場に影響を与え、これまで商品やサービスのブランド力で人材を引きつけることができていたブランド企業でも、採用に苦戦している状況であることを説明した。今回はそのような状況下で企業がどのような対策を取るべきか、エンプロイヤーブランディング(働き先としての魅力づけ)を強化した国内外企業の実例を見ながら考えてみたい。
執筆:土橋 直子さん/ランスタッド株式会社 人事本部 タレントアトラクション エンプロイヤーブランディングマネージャー
英国大学院卒業後、プラダジャパンの社長秘書としてキャリアをスタート。2012年からカリフォルニア州へ移住。日系IT企業の米国支社設立に携わる。帰国後、Googleで人材開発、リシュモンジャパンでDE&Iプログラムマネージャー、 社内広報の経験を経て現職。イギリス近世史に関する書籍の翻訳・出版、コラムの執筆経験を持つ。
日系ファッションブランド企業の例
2000年以降、グローバル展開を本格的に加速させた日系の某ファッションブランドは、各国の文化や市場ニーズに対応するため、多様なバックグラウンドを持つ人材の確保が不可欠となった。しかし、ファストファッションやラグジュアリーブランドがひしめくファッション業界で、競合との差別化を図りながら優秀な人材を引きつけることは簡単ではない。加えて、過酷な労働環境に関する報道などによる働き先としてのイメージの低下に苦しんでいた。同社は以下の取り組みを通じて、働き先としてのブランディングを強化した。
まず、企業ビジョンとブランドメッセージを明確化し、スローガンを作成。製品に対する約束だけでなく、環境への配慮も宣言した。その後、グローバル人材戦略を策定し、世界展開に伴い多様な文化とバックグラウンドを持つ人材が必要であることを認識し、国際的に通用するリーダーシップとスキルを持つ人材の積極採用を進めた。
社内においては、社員の成長支援のためにキャリア開発プログラムを拡充し、研修や自己啓発の機会を提供。社内異動や海外勤務の機会を積極的に推奨し、多様な経験を積める環境を整備した。
また、定期的に社内ミーティングやタウンホールミーティングを開催し、社員が経営層と直接対話できるオープンな場を設けている。環境や社会に対する責任を果たすため、持続可能な素材の使用やエネルギー効率の向上、労働環境の改善といったサステナビリティへの取り組みも強化。
こういった取り組みを社内外に伝えていくことで、成長志向の強い人材や、社会意識の高い人材を引きつけることに成功している。
海外IT企業の事例
2000年代後半から2010年代初頭にかけて、某グローバルIT企業は、官僚的で保守的な企業文化が批判され、イノベーションの停滞や社員のモチベーション低下が問題視されていた。その結果、競合他社に市場シェアを奪われる事態となっていた。
2010年代前半、新しいCEOが就任すると、すぐに企業文化の改革に着手。まず、成長マインドセットを企業文化の基盤とし、失敗を学びの機会と捉える姿勢を強調することで、社員が失敗を恐れずに新たな挑戦に取り組める環境を整え、イノベーションを促進する方針を打ち出した。また、明確なビジョンを掲げ、部門間の協力と統合を強化。さらに、官僚的なプロセスを見直し、意思決定のスピードを向上させるための改革も実施した。
加えて、ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包括性)(D&I)に積極的に取り組み、柔軟な働き方を導入。女性やマイノリティのリーダーシップポジションへの登用を推進し、多様なバックグラウンドを持つ人材が活躍できる環境を整備した。
さらに、定期的なミーティングやタウンホールの内容を公式サイトやブログで公開することで、社内外に透明性のあるコミュニケーションを実施。このような取り組みにより、社員のエンゲージメントやモチベーションが向上し、メディアを通じて企業の魅力が発信されることで、エンプロイヤーブランディングの良好なサイクルを生み出すことに成功している。
現在、この企業は「働きがいのある企業」として高い評価を受け、ランキング上位に位置付けられている。この結果、優秀な人材を引きつけるだけでなく、企業のイノベーションをさらに推進し、市場での競争力を高めることにも成功している。
2社の例から何が分かるか
国内外の2社が行ったエンプロイヤーブランディングの事例を紹介したが、注目したい成功要因を以下に挙げてみたい。
・企業文化とビジョンの明確化企業文化とビジョンの明確化は、エンプロイヤーブランディングの基盤となる。ビジョンを一貫して打ち出し続けることや企業文化を再定義して方向性を示すことが、社員の共感を生み、エンゲージメントを高め、求職者を引きつける一因となっている。
・多様性と包括性を組織の中心に据える多様性と包括性(D&I) は、今日において企業の競争力を強化するだけでなく、働き手を引きつけるための重要な要素である。D&Iへの考え方や取り組みを明確化し、社内外に発信することは、共感を生み、働き先として選ばれるための強力な武器となる。
・社員の成長を支援し、学びの文化を醸成するランスタッドが行っている世界の働く意識調査「ワークモニター2024」でも、研修や成長は世界的に求職者が働き先に求める重要な要素であり, 若い世代ほど求める傾向が強い(Z世代80%、ミレニアル世代79%、X世代70%、ベビーブーマー61%)ことが示されている。社員の成長支援は、エンプロイヤーブランディングの成功に不可欠な要素なのである。社員の成長を企業文化に取り入れ、学習の機会やキャリア開発のリソースを提供することで、社員が自己成長を続けられる環境を作り出すことが重要である。
・社会的責任とサステナビリティをブランド価値に結びつける社会的責任やサステナビリティへの取り組みは、現代の企業にとって重要なブランド価値の一部となっている。ビジョンを明確にし、これらの取り組みを外部に発信することで、社会から評価されるだけでなく、求職者の共感を得て選ばれる企業になることができる。
・社内外へ伝える定期的なミーティングやタウンホールを通して、社員が経営層とオープンに意見を交わす場を作り、またさまざまなメディアを通して、社内外に自社の施策や社員の声を伝えていくことで、透明性や信頼性を高めている。
まとめ
紹介した国内外企業2社の事例から学べるように、企業はまず、自社のビジョンや文化を明確にし、D&I、成長機会、社会的責任といった、現代の働き手が重視する要素を効果的に取り入れることが求められる。これらの施策がすでに存在している場合は、その価値を再発見し、継続的に強化すること、そして適切なチャネルを通じて社内外に発信していくことが重要である。
他社の成功事例を参考に新たな施策を導入することも有効だが、それに先立ち、自社の現状をしっかりと見つめ直し、自社のEVP(Employee Value Proposition: 企業が社員に提供する価値)を明確に認識することが大事である。その上で、どのような施策が本当に必要であるかを慎重に検討し、実行に移すことが成功への鍵となる。
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