日本を代表するスニーカーショップのキーマンが1年間を振り返る「スニーカートップセラーに聞く」。2023年も本企画の常連、ミタスニーカーズ(mita sneakers)のクリエイティブディレクター国井栄之さんに今年のベストスニーカー3足と、来年のスニーカー市場について話を聞きました。
目次
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FASHIONSNAP(以下、F):ベストスニーカーTOP3を発表していただく前にお聞きしたいのですが、この一年で国井さんの所有するシューズはどれくらい増えましたか?
国井栄之(以下、国井):スニーカーだけではなくサンダルや革靴、ブーツなども含めると100足は増えましたね。
F:その中で、良く着用していたモデルなどはありましたか?
国井:公の場に出る時や取材を受ける際は別として、プライベートでは各ブランドのアイコンのような誰もが知っているモデルを改めて履くことが多かったです。
国井栄之が選ぶ今年のベストスニーカーTOP3
アシックス(asics)×バル(bal)×ミタスニーカーズ/ゲルライトスリー(GEL-LYTE III)
Image by: FASHIONSNAP
F:それでは、ベストスニーカーTOP3の1足目を教えてください。
国井:「アシックス(asics)」の「ゲルライトスリー(GEL-LYTE III)」をベースとした、アパレルブランド「バル(bal)」と僕らのトリプルネームの協業アイテムです。2023年は、いろいろなブランドとコラボレーションをさせていただいたんですが、その1発目として発売されたスニーカーで、バルの設立20周年も祝した1足です。アシックスは、ちょっと前からヨーロッパで火が付いて人気が高まり、「ゲルカヤノ(GEL-KAYANO)」や「ゲルNYC(GEL-NYC)」などのY2Kの流れも感じられるレトロテックなモデルに惹かれて履かれている方が多いと思います。ただ、元を辿るとゲルライトスリーや「ゲルライトファイブ(GEL-LYTE V)」などが発端で、「このモデルも忘れないでほしい」という思いもあって選びました。
というのも、2023年がゲルカヤノの30周年だったこともあり、派生モデルも含めてフォーカスが当たりすぎて、ゲルライトファイブ(ゲルライトシリーズの一種)の30周年が影に隠れてしまったんですよ。アシックスの中でゲルライトシリーズは、「アディダス(adidas)」だと「スーパースター(Superstar)」や「スタンスミス(Stan Smith)」、「ナイキ(NIKE)」なら「エア マックス(Air Max)」や「エア フォース 1(Air Force 1)」のような立ち位置だと思っていて。最近のトレンドには逆らったシルエットかもしれませんが、アシックスと同じ日本発祥のブランド、ショップとして、オーセンティックなゲルライトスリーをフィーチャーしました。
F:個人的にも周りで話題にしていた方が多かった印象のモデルです。実際の反応はいかがでしたか?
国井:かなりの量を用意したのですが、即完した上に販売後も多くの問い合わせがあり、スニーカー好きだけではなく、バルを通してファッションコンシャスな人たちにも刺さったみたいです。
F:バルとは、2019年にも「リーボック(Reebok)」を交えたトリプルコラボを行っていましたよね。
国井:それ以来のコラボになります。「またやろうね」という話はずっとしていたものの、お互いタイミングがなかなか合わず。でも、“やれるんだったらなんでも”といった考えは僕らもバルもなく、ゲルライトスリーで合致した感じです。
F:ちなみに、バルとコラボするようになったきっかけは?
国井:江田くん(ディレクターの江田龍介)と蒲谷くん(デザイナーの蒲谷健太郎)とは同世代で、コラボをきっかけに出会ったのではなく、十数年前にイベントか何かで仲良くなりました。それから歳を重ねる中で互いに業界の酸いも甘いも経験し、話すことが増えた中で自然とコラボの話が上がった感じで、今回のトリプルコラボが3足目ですね。蒲谷くんは「スニーカー好き」という次元ではなく、靴屋よりアンテナが立っているとすら感じます(笑)。
ミズノ(MIZUNO)/ウエーブ プロフェシー モック(Wave Prophecy Moc)
Image by: FASHIONSNAP
F:続いては、本企画では初登場となる「ミズノ(MIZUNO)」の「ウエーブ プロフェシー モック(Wave Prophecy Moc)」ですね。
国井:実は、ミズノのスポーツスタイルというカテゴリーに立ち上げ当初から個人的にも参加していて、普段はヨーロッパチームと日本チームが共同で動いているんですけど、ウエーブ プロフェシー モックは純粋な日本企画として誕生した1足です。モカシンシューズのアッパーにウエーブ プロフェシーのソールユニットをハイブリッドしていて、最初はポテンシャルを不安視する否定的な意見もミズノ社内では挙がっていました。ところが、蓋を開けてみたら即完で、このモデルも未だに問い合わせが多いですね。
F:アイデアの着想源などはあったのでしょうか?
国井:実は、以前ミズノと「マウンテンリサーチ(MOUNTAIN RESEARCH)」による協業ラインがあり、僕がミズノに「もう一度」と言い続けた結果、インラインの企画として復活していただいたという経緯があります。ミズノは、もともとシューズメーカーではなく、スポーツ用品メーカーということもあって、パラ陸上選手向けに義足の開発を行っていたり、このような特殊構造に秀でているんです。あと、オプションで黒の丸紐も付いているんですが、デフォルトのシューレースを白紐にしたのには理由があって。このモデルは革靴のアッパーにスニーカーソールを組み合わせているので、革靴業界の方々に対して失礼がないよう「革靴としてはまだまだ“白帯”です」という意思表示のような思いが込められているんです。
F:なるほど!今後、定番モデルとしてカラー展開などに力を入れていくのでしょうか?
国井:どちらかというと、リストックしていく想定ですね。ミズノとしては、一過性のハイプな物作りをしたかった訳ではなく、履物としての新しい在り方を体現した1足というか。例えば、これまではランニング用やバスケット用シューズを勝手にタウンユースとして履く流れがありましたが、現代の競技に特化したシューズ、特にランニングなどは街で履きこなせないオーバースペックのモデルが多いですよね。その中で、ウエーブ プロフェシー モックは“スポーツブランドのアイデンティティを活かしながら、現代のライフスタイルにフィットするスニーカー”として生まれたので、シーズナルのバージョン違いを次々と展開していくよりは、適切なタイミングで適切な量を出し続けていく予定です。ただ、ミズノの直営店史上最も人が並んだらしく、即完も想定外でしたね。
ニューバランス(New Balance)」/610
Image by: FASHIONSNAP
F:ラストは、ここ数年で勢いをさらに伸ばしている「ニューバランス(New Balance)」から、「610」ですね。
国井:いま、ニューバランスはUSA製やUK製の「メイド」、「990v6」をはじめとする「900番台」、アジア製のハイブリッドモデル「シフテッド」の3つの商品群が人気なんですが、610はそのどれにも属していないんですよね。あまり目立っていなかったかもしれませんが、うちでは即完でしたし、やはりグレーは人気でしたね。アッパーには「ゴアテックス(Gore-Tex)」を使用し、シューレースにもスピードレースを採用したトレイルのようなアウトドアの要素が組み込まれていて、タウンユースでも必要な機能性を装備した「オールテレイン(All Terrain)」シリーズの流れを汲んでいるモデルです。
F:610というと、「コム デ ギャルソン オム プリュス(COMME des GARÇONS HOMME PLUS)」やラッパーのアミーネ(Amine)などとのコラボモデルのベースにもなっていましたが、それを受けてインラインが売れた節はあるのでしょうか?
国井:全部が全部とは言い切れませんが、あると思います。「オーラリー(AURALEE)」の2024年春夏コレクションのショーでコラボモデルが披露された後に「ワープドランナー(WRPD Runner)」が発売されたり、今年1年、ニューバランスはフォーカスするモデルをコラボモデルと絡めることが多かったですよね。また、メイドに関しても新進気鋭のブランドとの協業が目を引きましたが、そのパートナー選びもすごくフィットしていて、ニューバランスらしさが全く損なわれていない印象を受けました。この動きをあまり良く思わない昔の世代もいる一方で、若い世代には新鮮に映っているでしょうね。
F:ということは、610も比較的若い世代からの支持が?
国井:そうですね。為替の関係からメイドの値段が上がっていることもありますが、ゴアテックス搭載モデルにしては手頃な価格ですし、若い世代はUSA製、UK製、アジア製それぞれに対して斜めな見方をしないので、ニュートラルに選んでいましたね。
2023年のスニーカーシーンを振り返って
F:2023年のスニーカーシーンを振り返るといかがでしたか?
国井:「スニーカーブームって終わったよね」と言われる方もいらっしゃいましたが、もう少し分かりやすい言葉に置き換えると、“スニーカーの転売ブームが終わった”だけで、スニーカーブーム自体は終わっていないと思っています。でも、ブームではいつか廃れてしまいますし、やっぱり定着してほしいですね。ソーシャルメディアの影響も大きいとは思いますが、いまは世界全体や日本全体が同じスニーカーを見ています。リセールバリューを気にする車選びのような、目先の損得勘定や安心感は視野を狭めてしまうし、薄く広くみんなが同じ物をを選ぶのは違うな、と。都市ごとに「あそこの地域の人たちは、あのモデルを履いているよね」みたいなハイパーローカルなクルー感が広がって欲しいと改めて思った一年でした。
F:“スニーカーの転売ブームが終わった”という二次流通市場の落ち着きは、どのように分析されますか?
国井:スニーカーを好きになった若い世代が、 モノの選び方を学んだのは大きいと思います。今は良くも悪くも、ネットの中で起きていることが全てだと思い込みがちで、SNSでフォローするアカウントによって、自分にとって必要な情報の取捨選択をしている。なおかつ、この数年はパンデミックもあって、情報が偏ってしまっていたんですよ。でも、この1年で街に出るようになり、モノを直接見たり他人と交わることで、目が覚めて視野が広がった子たちが山ほどいると思っています。どのジャンルにも言えることですけど、最初からプロなんていないように、いきなり自分のスタイルを見つけられる人なんていませんから。一方通行の情報に惑わされず、選び方や価値基準が広がった結果ですね。
また、転売屋は別として、一度でも転売を経験してきた人たちは、お金を稼ぐ意識はそこまで強くなく、“履くかもしれないから抽選販売に応募してみたら当選してしまい、それを転売して本当に欲しいものを買う”というパターンが多かったんじゃないですかね。それに、若い世代ほど保管スペースも無いから持ち物を入れ替える必要があったり、あくまで目的を果たすための手段のひとつに過ぎなかったからと考えています。
F:確かに、ブームが加熱し始めた頃から「当たっちゃった」というワードを耳にすることは増えましたね。
国井:欲しいスニーカーをお店で見かけても、「まだ残っている」という感覚に変わってしまいましたよね。モノの選び方が、自発的に欲しいものを探すのではなく、流れてくる情報の中から欲しくないものを捌くようになったと、パンデミックを経て特に思います。でも、フィジカルな体験が戻ってきたことで、また少しずつ変わっていくはずです。
F:今後、二次流通市場はどうなっていくと思いますか?
国井:日本はいま、原宿や渋谷などを歩くとスニーカーを扱っているお店の大半が二次流通のお店ですよね。世界中の誰もが探しているアイテムが、為替の影響で日本だと少し安く買えるから売れているのかもしれないけど、それは電卓の話で日本独自のカルチャーとして定着するのは難しいかなと。
F:2023年はパンデミックから解放された節目でもありますが、インバウンドをはじめ、客層や消費の変化は感じられましたか?
国井:ミタスニーカーズの店頭では、明らかに海外のお客さんに来ていただく機会が増えたのですが、パンデミック前と最も変わったのは、欧米人の方の割合ですね。東京の東側のエリアは、ショッピングの上野、トラディショナルな浅草、エレクトリックな秋葉原、ハイブランドの銀座のように、バランス良く観光地が機能していることもあって、観光の一環としてスニーカーを買って帰る方々が増えています。客層は、店舗が位置している上野という土地柄的に男性の比率が圧倒的に高かったんですけど、街自体に若い子たちが増えたのと、インバウンドの影響もあってウィメンズの需要が跳ね上がりましたね。それと、パンデミック前は昼間によく見かけた仕事をサボって来店されるオフィスワーカーがいなくなり、夕方以降に姿を見せるようになりました(笑)。
F:ちなみに、“景気が悪いと白と黒のスニーカーが売れる”と言われていますが、動きの良かったカラーはありますか?
国井:それで言うと、モノトーンでしたね。ただ、白と黒が売れるのはファッション全体にも当てはまることだと思っていて、結局、使い勝手が良いものが売れるようになるんですよね。
今後のスニーカーシーンの展望
F:2024年のスニーカーシーンのトレンドは、どう予想しますか?
国井:ロープロファイル(薄底)なスニーカーに対して、全く抵抗がない人たちが増えているので、さまざまなカテゴリーで市民権を得るはずです。加えて、明確に買う理由のある各ブランドのアイコンモデルも再評価される気がしています。
F:市民権を得そうなロープロファイルなスニーカーは、いくつか目星が付いているんでしょうか?
国井:今はインドアコート系のロープロファイルがメインですが、それがランニングに移行しそうだと感じています。あとは、これまでアウトドアをバックボーンに持たないスポーツブランドのトレッキングシューズは少し厳しかったんですが、みんなが待っている復刻予定のモデルが注目を浴びそうですね。
F:最後に、2024年の展望をお願いします。
国井:パンデミック前から、僕が多方面で“ハイプ疲れ”というワードを口にしていたこともあり、ここ数年はコラボが抑え気味だったんですよ。でも、スニーカーの市場動向が変わってきたので、「意味のあることはやるべきだ」と思って2023年はいろいろなコラボを仕掛けたら、それぞれ違う層に刺さってくれたし、お客さんから感謝の声をいただくことも多くて、自分たちがコラボをする意義や必要性を肌身で感じられたんです。なので、ここ数年サボっていた分、2024年は更にやります。それも、スニーカーシーンの横の繋がりを再結束する意味で、海外も含めていろいろな人たちと絡む予定です。
僕がスニーカー業界に入ってきた理由は、大人がエクセルシートを見ているだけでは判断できないような、単なる数字の羅列では表しきれないパワーを秘めていると思ったからなんですけど、二次流通市場は僕が感じた魅力とは真逆の価値基準。数字は誰にでも分かりやすい基準ではありますが、ミタスニーカーズがやるべきことは、ある意味偏った価値を世界に伝えることなんです。自分たちが半径数メートルの中でおもしろがっている価値を、他の街の人たちもおもしろがってくれて、それが国境を超えても広がってくれるようになれば嬉しいです。
また、個人の話だと、来年2月29日にディレクターとして「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」内に新しいスニーカーショップをオープン予定です。まだ先の話なので出せる情報が少ないのですが、ベイクルーズとの新しいスニーカー業態で立地的にもミタスニーカーズとは全く別のアプローチになるので、楽しみにしていてください。
■mita sneakers
東京の下町、上野から世界へ向けて独自のスニーカースタイルを提案する「mita sneakers」。下駄や草履を売る日本古来の履物屋「三田商店」としてスタート。創立者「三田耕三郎」の英断で40年以上前から本格的にスニーカーを取り扱い始め、アメ横の老舗スニーカーショップ「スニーカーの三田」として再出発する。現クリエイティブディレクター「国井栄之」の加入後、ショップ名を現在の「mita sneakers」に改名し、当時の日本市場では未知だったコラボレーションや別注を手掛けるようになる。現在ではスポーツブランドからラグジュアリーブランドに至るまで、様々なスニーカーのグローバルプロジェクトに参画し、コラボレーションモデルや別注モデルは勿論、インラインモデルのディレクションまで多岐に渡ってスニーカープロジェクトに携わり、世界のスニーカーヘッズに支持されている。2020年6月に1階をリニューアルし、増床オープンした。
■国井栄之(くにいしげゆき)
「mita sneakers」のクリエイティブディレクター。数多くのブランドとのコラボレートモデルや別注モデルのデザインを手掛けるだけでは無く、世界プロジェクトから国内インラインのディレクションまで多岐に渡りスニーカープロジェクトに携わる。
■【スニーカートップセラーに聞く-2023-】
・atmos 小島奉文
■【スニーカートップセラーに聞く-2022-】
・mita sneakers 国井栄之
・atmos 小島奉文
■【スニーカートップセラーに聞く-2021-】
・mita sneakers 国井栄之
・atmos 小島奉文
■【スニーカートップセラーに聞く-2020-】
・atmos 小島奉文
・mita sneakers 国井栄之
■【スニーカートップセラーに聞く-2019-】
前編:atmos 小島奉文とmita sneakers 国井栄之が選ぶ今年のベストスニーカー5選
後編:atmos 小島奉文とmita sneakers 国井栄之が語る2020年のスニーカー市場
■【スニーカートップセラーに聞く-2018- 】今年のベスト&最多着用は?これからのシューズ事情も
・mita sneakers 国井栄之
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