ファッションエンターテインメントを創造する企業として、ファッションを通してポジティブなライフスタイルを提案する「TSI ホールディングス」。人と社会、そして環境に価値を提供する企業として生まれ変わるために、「TSI Innovation Program 2025(TIP25)」という中期経営計画を策定した。企画から顧客に届くまでの既存の枠組みを見直し、これまで実現できていなかった社内の小さな声をカルチャーとして浸透させるためにTIP推進チームが立ち上げられた。このチームには、さまざまなバックグラウンドを持つメンバーが集結しているという。今回は、チームを統括する江口航さんと、「ローズバッド」のデザイナーから転身を遂げ、自身の経験をもとにクリエイティブの幅を広げる石井綾子さんにインタビュー。江口さんからTSIホールディングスにおける同チームの役割と、石井さんからキャリアチェンジの道のりをうかがった。
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江口 航さん / 株式会社TSI コーポレート本部 経営企画部 TIP 推進 兼 FES 担当部長(写真:左)
会計士を目指すも不合格のまま明治大学を卒業。会計システムコンサルティング会社の管理部門やIPOコンサルタント等を経験。TSI入社後、生産/物流を担う「TSI・プロダクション・ネットワーク」、「ナノ・ユニバース」でアパレル事業に携わり、その後TSI経営管理部へ。2022年6月のTIPチーム組成時に招聘される。
石井 綾子さん / 株式会社TSI コーポレート本部 経営企画部 FES準備室(写真:右)
幼少期より矢沢あいの漫画に影響を受け、ファッションデザイナーを志す。文化服装学院を卒業後、ヤング向けアパレル会社へデザイナーとして入社。その後「ローズバッド」のデザイナーとしてTSIへ転職し、洋服の背景にある想いやカルチャーに目を向けるようになる。コロナ禍で「洋服を作ること」について考えるようになり、TSIに導入された3Dシミュレーションシステム「CLO(クロ)」に興味を持ったことで、社内公募を経てデザイナーからデザイナーからTIP推進チームのプロジェクトマネージャーにキャリアチェンジ。現在、デザイナーとしての視点を活かし、さまざまなプロジェクトに携わりながら幅広いデザインに携わっている。
既存のファッションビジネスを一新し、真の価値を生み出す企業を目指して
ー 大きなファッションコングロマリットであるTSIホールディングスにおいて、TIP推進チームはどのような位置づけなのでしょうか?
江口 航さん:(以下敬称略)弊社では変革を目指して、「TSI Innovation Program 2025(TIP25)」という中期経営計画を掲げています。その中でFES準備室は、ファッションエンターテイメントスタジオとして、顧客視点と市場視点を基本に既存のブランドや新たに発生する事象について情報を収集し、それに対してどのような変化や追従ができるのかを考え動くために結成されたチームです。
TSIには新規事業を立ち上げる専任チームが無く、M&Aで継続的に新たな事業やエッセンスを取り込んではいますが、ここ数年ゼロから生み出す力が弱まっている状態だったと思います。これから先も事業を継続していくためには、小売りにとどまらない顧客体験やコミュニケーションを作り出していく必要があると考えています。
体験やコミュニケーションをセットにして提供する考えは各事業部の中で存在はしているのです。ただ長い間、”モノを作って売る”にフォーカスされ「こういうものを作りました。どうぞ。」とお客様に対し、ブランドからの一方的なコミュニケーションが文化として続いてしまっていたので、各事業の中で自発的に変えていくよりも、新しい考え方や、やり方を先導し影響を与えていく流れになりました。
ただおもしろいことに飛びつくのではなく、凝り固まってしまった内部の改革や制度にも手を加えていかなければなりません。小売に閉じないファッションエンターテイメントを形作るために、内外を俯瞰した目線で見る役割を担っています。
ー どのようなメンバーでチームが構成されていますか?
江口:メンバーには、ビジネスサイドでものを考える人もいれば、マーケティング寄りで考える人、クリエイター出身で何か形を作るときのデザインに想いを馳せる人もいます。わたしのように管理部門からくる人、ITやEC側からくる人など、社内にいろんな事業部がある中でもわたしたちのチームは特に出自がバラバラです。それぞれの役割に縛られない状態で、必要なスキルとナレッジを持った人とチームを組んでやっています。新しい事業を立ち上げるためのチームではなく、それぞれのキャラを活かして「新しいTSIのあり方を考えよう」という位置づけです。
デザイナー視点で、洋服を取り巻く環境をデザイン
ー デザイナーからTIP推進チームへの配属にキャリアチェンジした、石井綾子さんのこれまでの経緯を教えてください。
石井 綾子さん:(以下敬称略)矢沢あいが人気の時代で、『ご近所物語』や『パラダイスキス』という漫画に影響を受けて幼少期からファッションデザイナーを目指していました。そして、『ご近所物語』に出てくる舞台となった文化服装学院で学ぶために上京。卒業後はヤング向けのアパレルブランドにデザイナーとして入社しました。洋服のデザイン自体は好きだったのですが、ワークライフバランスを考えて26歳のときに自分の年齢や好きなテイストにピッタリ合う、TSIブランドの「ローズバッド」に転職します。
デザイナーからTIP推進チームのプロジェクトマネージャーに転身する転機となったのは、コロナ禍のタイミング。アウトレット用の洋服づくりをメインで担当し、人が買わない、来店しない状態で洋服を作り続けることの意味を考えるようになりました。その折にTSIでは、「CLO(クロ)」と呼ばれる3Dシミュレーションのシステムを持つチームが社内でメンバーを募集していたんです。洋服作りについて見直していたことから応募し、現在の部署に異動しました。
自分のなかで「デザイナーから変わった」という認識はあまりなく、さまざまなプロジェクトや新規事業に携わりながら、かなり広い意味でデザインをするようになったという認識です。
ー これまでの地続きで、幅広いクリエイションに携わるようになったんですね。
石井:これまでの視野が極端に狭かったんだな、と今の部署に来てから気づきました。洋服や物のデザインに関しては深く追求しているのですが、世の中や世界で起こっていることにまで目を向けているデザイナーは少ないのが現状。同じ百貨店に入っているブランドや洋服を買ってくれるお客様という視野から、今の部署に来たことによって社会潮流や人の気持ちの捉え方まで範囲が広がり、それに対して「わたしたちTSIになにができるだろう?」と考えるようになりました。顧客の取り巻く環境や感情の動きなど、洋服を手にする前とあとを含めたデザインを意識するようになりましたね。
ー 感度の高い顧客が集まる「ローズバッド」ですが、デザイナーとして働いてみていかがでしたか?
石井:もともと「ローズバッド」というブランドが好きで転職しましたが、自分の未熟さを痛感しました。新卒で入社したヤング向けのアパレルブランドは、発売直後に瞬発力が出るような、マスをターゲットとしたトレンド重視のデザイン。ところが「ローズバッド」は、テイストや柄などの見える部分だけではなく、洋服の背景にあるカルチャーに造詣が深いデザイナーが多かったんです。「こういうフェスに行くために着るから、このテイストは違うんじゃない?」みたいな指摘を受けることもありましたね。見た目のデザインから一歩踏み込み、想いや考えを洋服に込める大切さを学びました。
しばらくは自分の浅さを突きつけられてへこんでいましたが、自分の得意なジャンルが見出せられるようになると、どんどん自分の進みたい方向へ歩ませてくれました。自分が手がけたデザインが好きなお客様から、共感を得ていたのだと思います。
ー 今の部署における、石井さんの役割を教えてください。
石井:これからの人生に必要なデザインは、企業からお客さまへの一方的な発信ではなく、社会で起きていることや時流に視野を向け、お客体験をデザインしていくこと。今まで通りのもののデザインだけでなく、これからのTSIに必要なデザイン思考を自分たちで前例をつくり、発信源となって波及させていくのが大きな役割です。
また、「もっとこうしたいけど、事情があって実現できない」という状態が現場に溢れています。基本的にディレクターやMDが権限を持ち、デザイナーは言われたものをつくるだけ。でも、デザイナーになるために勉強してきたからには、本来やりたいことがあるはずです。クリエイティブ職経験者だからこそ、現在の業務と理想との乖離がわかるので、その経験を生かしてクリエイティブ職の人たちがモチベーションやスキルをあげることが求められている役割のひとつです。
企業としてできること・できないことはありますが、制限がある中でもそれぞれが最大限に輝ける形があると思っています。デザイナーだけの力でブランドの既存のやり方を変えていくことは、簡単ではありません。なので、少し違う角度の部署から推進して行ったり、伝承して行ったりすることができるのがわたしたちのチームの強みです。
ワクワクの火種が、消費者の熱狂を生む
ー 御社における、TIP推進チームが担うミッションとはどのようなことなのでしょうか?
石井:新しいことをはじめるというよりは、TSIに必要なのに掘り下げられなかったことを率先してトライし、ゆくゆくは「TIPのメンバーがおもしろいことをやっているから、取り入れたい」と共感してもらい、それが事業部のなかで当たり前の文化として波及させていくことを目指しています。ただし、机上の空論だけでは誰も振り向いてくれません。わたしたちがさまざまなプロジェクトを回してモデルケースをつくり、会社全体に伝承していくようなイメージです。
新しい挑戦に対して熱量を込めて話していると、おもしろがって賛同してくれる人が社内に多く、いくつもの階層がある大きな会社なので、どうやってメンバーのポテンシャルを引っ張っていこうかと集中して考えているところ。成功事例を伝えるために、クイックに動けるわたしたちが検証している段階です。
ー デジタルトランスフォーメーションが遅れがちなファッション業界。石井さんはどのように向き合っていますか?
石井:デザイナーのあり方を根本的に変えられる解決策のひとつがデジタルの技術だと思います。実際に部署を異動して3Dサンプルでイメージを再現する「CLO」を見たときに、確信に変わりました。
紙とペンと布の世界だったので、コロナ禍でテレワークだったときも「実際に生地を見ないとわからない」「会社にあるボードに貼り付けてあるから、それを見ないと進捗がわからない」と、現物を見るためにスケジュールを合わせていました。「CLO」にはチャットシステムがあったり、ZOOMで話しながらデザインを調整することができたりするので、場所を選ばずに共有することが可能です。
また、デザイン画を起こすのに手描きで5分のところを、なぜ30分もかけてデータを組むのかという課題があるとされているようですが、カラーバリエーションや丈の微調整が必要になったときに、手描きならまた1から描き直すところを、「CLO」なら1度データを組めばすぐに変更できる。トライアルが無限大になるので、デザイナーも複数のパターンを試しながらパーフェクトなデザインを追求することができます。
ー 石井さんはプロダクトのデザインから、モデルに着せ込むところまで手がけていますよね。
石井:「CLO」にアパレルの生産を管理する「シタテルクラウド」というシステムが加わると、さらに職種を超えた業務が発生します。「CLO」はダイレクトに自分の想いが伝わるようにデザインの説得力を持たせるイメージですが、「シタテルクラウド」を使うことで、生地を選定や生産管理、工場の窓口など専門性に委ねて細かく担当に分けられた仕事が見えるようになりました。アパレルを製造する工程が1本道になったことで、プロダクトへ反映した想いが絶えないまま、消費者に届けられます。自分が思い描く100%のものができるようになりました。
ー ファッションデザイナーという幼少期からの夢を実現されています。そんな石井さんの今後の展望を教えてください。
石井:デザイナー時代から変わりませんが、周りにいる人と一緒にワクワクすることをしていきたいです。自分が楽しみながら進めているプロジェクトで成果を出して、実際に取り入れた人もワクワクできるようなものをやり抜きたいですね。
TSIは、「ファッションエンターテインメントの力で、世界の共感と社会的価値を生み出す。」パーパスに掲げていて、わたしにとってファッションのエンターテインメントとは、人の心が動くことだと思っています。ワクワクを生み出せるのはわたしたちのチームの強みで、このワクワクの温度を冷めずに消費者まで伝えていきたい。この熱量は洋服だけでは伝わりません。体験やお店、コミュニケーションなど、洋服を取り囲むすべての要素を考えないと熱狂は生まれません。みんながその重要性に気づき、楽しんでもらえるように動くのが今の目標です。
文:Nana Suzuki
撮影:Takuma Funaba
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