クールビズやコロナ禍で加速したビジネスウェアの変化に伴い、ネクタイ離れはさらに進んだ。業界が厳しい状況にさらされる中で、日本メンズファッション協会(MFU)と東京ネクタイ協同組合が今年5月に合同で開いた第11回セミナーのテーマは、「心揺さぶる発信のすゝめ」。積み上げてきた確かな専門技術とセンスを武器に、SNSでの発信を通して突破口を開こうとする国内の工場・企業が現れ始めている。
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シャクノネの快進撃
セミナーの第1部では、ネクタイ縫製(岡山県津山市)の笏本(しゃくもと)縫製の笏本達宏代表が登壇し、自社ファクトリーブランド「シャクノネ」の歴史と、同ブランドがSNSをきっかけに人気に火がついた経緯について講演した。
シャクノネを立ち上げたのは15年。長年、家族で営んできたネクタイ縫製業が苦しくなり、母が「会社はもう潰す。借金を残して迷惑はかけられない」とつぶやいたことを悔しく感じ、なんとかしたいという思いからだった。
立ち上げ1年目の売り上げは約30万円。そのほとんどが、取引先や地元の知り合いの「お付き合い購入」だった。なぜ売れないのか悩み、見えた課題は知名度の低さ。「知ってもらう努力が欠けていた」と反省し、SNSでの発信を始めた。
ツイッターを中心に、毎日途切れずに発信を続けたところ、徐々に投稿が話題になり、フォロワーが増え始めた。現在のフォロワーはツイッターで3万以上、全てのSNSアカウントを合わせると約4万まで成長している。
話題になる投稿の傾向も見えてきたという。「自分の常識を世間の常識と思わないこと。業界の外の人は何げない情報にバリューを感じてくれることが多い」と笏本代表は話す。
例えば、レジメンタルタイのストライプの向きが右上がりなら英国式、左上がりなら米国式という知識はファッション業界では広く知られている。しかしそうした情報をツイッターで投稿したところ、〝バズった〟といえるほどの大反響を受けた。シャクノネの知名度の拡大にも大きく寄与した。
また、投稿で宣伝をしないことも重要だと指摘。「自分の何げない日常やネクタイについての雑学を発信することで、身近に感じてもらう。SNSで商品ではなく〝人〟を売るべき」と言い切る。
SNSで話題になることで、大手百貨店からの期間限定店の引き合いなどが増えてきた。出店した際の売り上げも好調で、レジに10人以上の会計待ちの列ができることもある。SNSを見て来たという客も少なくない。
反響の大きかった投稿をきっかけにメディアで紹介され、売り上げ増につながることも多い。顧客との心温まる交流エピソードをつづった投稿はテレビで取り上げられ、放送後に全国から購入について問い合わせがあったという。
笏本代表は「SNSでは、〝誰が何を言うか〟が重要。自分は何屋でどんな物を売っているかを明確にし、専門性のある面白い情報を見せることが発信のコツだ」と話を結んだ。
国産の背景を発信へ
第2部では笏本代表に加えて、ネクタイ生地織物の渡小織物(山梨県富士吉田市)の渡辺太郎氏とMFU、東京ネクタイ協同組合のメンバーらの計5人が登壇し、パネルディスカッションを開いた。
渡辺氏は「単価の低いポリエステルの織物はやらない。価格では海外との競争に勝てない。技術が必要なシルクで勝負している」と語った。笏本代表も「シルクやウールの上質な生地にこだわっている」とし、国産のネクタイは、価格よりも品質が強みだと意見が一致した。
話題が国内のネクタイ流通量に移ると、22年のネクタイ輸入量は約948万本とデータが示された。88年の国内ネクタイ生産量が約4000万本だったのに対し、「今は100万本程度なのでは」と危機感が語られた。
メイド・イン・ジャパンを盛り上げる動きはあるが、元の状況に戻すのは難しい。そうした中で、国内工場は小ロットで素早く動ける強みを生かして、独自性のあるニッチな製品で勝負するべきだとの声が上がった。
一同は、ディスカッションを「国産の上質なネクタイが欲しい客も多くいる。背景にあるこだわりやストーリーをうまく発信し、そうした人へアピールしていくべきだ」というメッセージで締めくくった。
(繊研新聞本紙23年5月30日付)
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