ビジネス界のトップランナーのキャリアを「丸ハダカ」にする、新感覚対談「Career Naked」。今回ご登場いただくのは、リシュモングループ傘下のスイスの老舗ウォッチメゾン「ボーム&メルシエ」のマネージングディレクターである服部康雄氏。人や取引先、土地など、さまざまな出会いを自身のものに吸収し、財産として昇華している。相手を重んじる働き方の骨組みをつくったこれまでのキャリアや、大きな影響を受けたと言うロールモデルとの出会いを、親交のある北川加奈氏が紐解く。
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服部 康雄さん/リシュモン ジャパン株式会社 ボーム&メルシエ(BAUME & MERCIER) マネージングディレクター
神奈川県横浜市出身。大学を卒業後、1995年にP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)へ入社。化粧品や日用雑貨を扱う営業として日本各地に駐在しながら現場と本社で経験を積み、自身のワークスタイルを築く。18年のキャリアのなかで香水・化粧品のトラベルリテールビジネスにも携わり、ラグジュアリーブランドでのキャリア構築を志す。ランコム(ロレアル ジャパン)を経て、2014年リシュモンジャパン/カルティエにリテールマネージャーとして入社。2021年3月に同グループ・ボーム&メルシエのマネージングディレクターに就任。プライベートでは高校時代に観劇したことをきっかけに、歌舞伎など古典芸能の世界に魅了されており、またゴルフ、旅行、旬の食材を食べることを趣味としている。
北川 加奈さん/エーバルーンコンサルティング株式会社 ヴァイスプレジデント・人材コンサルタント
静岡県出身。英国への留学を経て、英語教師としてキャリアをスタート。その後、人材業界に転身し、外資系人材コンサルティング会社にてキャリアを積んできた。2021年エーバルーンコンサルティングの上級職に就任。ラグジュアリー、ファッション、ライフスタイル、コスメティック業界に専門性を持ち、外資系クライアントのエグゼクティブサーチを中心に強みを発揮している。また「歩く人材データベース」とも呼ばれ、業界でも屈指のネットワークを誇り、キャリアを通じての人材紹介数は3,000件を超える。平日にはハイブランドのファッションを愛するかたわら、週末にはアウトドアを愛し都市と自然の調和の取れた生活を、愛犬とともに送っている。
各地でさまざまなチャネルに携わったP&G時代
ー 服部さんのキャリアのはじまりは、P&Gでしたよね。入社を決めたきっかけを教えてください。
P&Gとのつながりは、大学3年生の春休みに経験したスプリングインターンです。当時インターンシップ制度を取り入れている企業は珍しく、大学の就職課で募集の掲示をたまたま見かけて、プログラムに興味をもちました。学生としては、本社のある神戸に2週間滞在できて、アルバイトみたいにお金がもらえるなら楽しそうだな、というくらいのノリで応募。お世話になった方々の印象もよく、その後新卒の選考にエントリーして内定をいただきました。
ー 就職活動中に、ほかに受けていた企業や希望職種はありましたか?
実は、NHKのアナウンサーを目指していたときがあります。趣味で歌舞伎や能、狂言といった古典芸能を鑑賞するので、当時のNHKアナウンサー・山川静夫さんが司会を務める古典芸能番組を見て、「こんなお仕事ができたらいいな」と憧れていました。結局ご縁はありませんでしたが、話し方や正しい日本語を使おうと意識したトレーニングは、のちに営業職や大勢の人前でのプレゼンテーションなど、話をする場で役に立っていると思います。
ー 服部さんの丁寧な言葉選びや話し方の謎が解けました。そのような経緯で入社されたP&Gでの最初のキャリアを教えてください。
入社してすぐ、化粧品カテゴリーの営業としてキャリアをスタートします。生まれ育った横浜を離れ、京都と滋賀にある化粧品店や薬局など約50店舗の売上管理やビューティーカウンセラーのマネジメントを担当しました。京都の商売人や “近江商人”という言葉があるように、当然それぞれの地域で商いに対する考え方があります。そのような背景があるなかで、全く違う土地から来た標準語を話す新人には厳しい環境でしたが、いい意味でいじられながら受け入れていただきました。
ー その後、どのようなキャリアに進んでいくのでしょうか?
4年間京都と滋賀の現場で過ごしたあと、神戸にあった当時の極東地域本社へ異動します。現場の営業担当者と本社の間に位置する、営業経験者が席を置く部署で、スキンケアブランドの「SK-II」を担当しました。当時、台湾での売上が非常に好調で私自身も台湾で2ヶ月ほど働く機会をいただき、P&Gのグローバル企業としての一面に触れました。ダイレクターやGMの話を聞きながら、他のマーケットで活躍するエキスパートの方や、さまざまな国から集まった自分と同じくらいのキャリアの方を見て、「こういう環境で仕事ができるチャンスもあるんだ」と、肌で感じられた貴重な2ヶ月でした。
数年後の自分を想像して計画する戦略的なキャリアプラン
ー P&Gでは、定期的に複数回転勤を繰り返しながらキャリアを積まれています。ご自身のキャリアプランはどのように計画しているのでしょうか?
営業部門では現場と本社を行ったり来たりして、キャリアを積み重ねていくパターンがありました。毎年必ず「3年後、5年後、10年後には何をしたいか」というキャリアインタレストを直属の上司とディスカッションする機会があり、目の前にあるタスクを漫然とこなすのではなく、数年先の自分を想像しながら、今後の目標を立てていきます。それは結局、自分のキャリアだけではなく、与えられたエリアのビジネスをどこまでどうやって成長させたいか、という発想が根本にあります。いくつもある選択肢のなかからゴールに向けてチョイスしていく戦略的な思考方法を、小さなスケールでも実践していました。
ー キャリアプランをもとに、各地で多岐にわたるチャネルに携わっていらっしゃいますね。その経験が強みになっていると感じたことはありますか?
各地域に文化や慣習、商売の哲学があり、それらを体感出来たことは私の財産です。いまでもそれらの地域に伺うときに共通の話題があるので、最初のコミュニケーションのハードルが低くなることが多いです。世間では「配属ガチャ」と言われ、配属先に不安がある学生や社会人の方もいるようですが、後ろ向きに捉えることはすごくもったいないこと。どれだけ知識を詰め込んでも知識でしかなく、叱られながら仕事をした実体験が自身の糧になります。決めつけずに、ぜひ新天地へトライしてみてほしいです。
ー 多くの学びが得られたP&Gを辞めることになった理由を教えてください。
トラベルリテールに関わっていたときに、ラグジュアリーブランドのビジネスを垣間見ることができました。P&Gもブランドビジネスに関しては世界的に強い会社ですが、ブランドに対する考え方は消費財メーカーとラグジュアリーブランドでは根本的に違う。たとえば、空港の免税店に香水を陳列するとき、「このSKUはシェルフの何段目の、左から何番目に置かなければならない」とこと細かく決められています。ガイドラインを守ることに戦々恐々としたシビアな世界でしたが、ラグジュアリーブランドには時に利益をも超越する価値観があると身を持って知り、興味が湧きました。当時のP&Gにはそういった機会は少なかったので、よりプレステージ性のあるブランドのビジネスを経験したい、と転職を決めました。
ー そうして18年働いたP&Gを離れ、ロレアルへ。すぐにフィットしましたか?
同じ化粧品業界のなかでも、よりラグジュアリー性の高いロレアルのランコムに、東日本地域の営業責任者という立場で転職しました。このときはP&Gで得た経験を落とし込むことが、自分のビジネスと組織に対する付加価値のひとつだと思い込んでいました。例えばP&Gでは、常に結論から先に述べるコミュニケーションが求められます。上司から「イエス」か「ノー」で答えられる質問をされたら、まず始めに「イエス」か「ノー」で答えることを求められます。そのコミュニケーションが当たり前と思い込んでいたので、転職しても部下に同じ方法を求めていました。今振り返ってみると、自分のやり方を押しつけるのではなく、まずはその組織や社員の方達のやり方やビジネスの考え方を尊重し、受け入れた上で自身の経験にもとづく新たなコミュニケーション方法を提案出来ていたら、また違う結果だったかもしれないと思うところはあります。その他にも、組織のカルチャーや人に対する考え方において自身の価値観とはフィットしない面を感じましたので、7ヶ月ほどでロレアルを離れることを決めました。
ー この頃から服部さんとのお付き合いがはじまりますよね。カルティエへの入社を決めたときの心情を教えてください。
これまでとは違うジュエリー&ウォッチの世界に足を踏み入れるわけなので、逆に覚悟が定まりました。経験のない中でたったひとつ自分にあったのは、カルティエというブランドに対する憧れです。1995年に東京都庭園美術館で開催された『カルティエ コレクション-絢爛のジュエリー フランス宝飾芸術の世界展』で展示されたカルティエ コレクションを観て、「こんなに美しい作品をつくるブランドがこの世の中にあるんだ」と圧倒されました。その時に購入した図録と展覧会のチケットを入社面接に持って行き、当時日本の社長でいらっしゃったⅭさんとの面接の場が少しなごんだのを覚えています。
ー ロレアルで感じた教訓は、カルティエでの働き方に活かされたのでしょうか?
メゾンに対する想いもあり、とにかくまずはビジネスの進め方やコミュニケーション、考え方を吸収することを意識していました。これまでのキャリアと全く異なる環境なので、とにかく必死だったんだと思います。リテールマネージャーとして1年目に8店舗のブティックを担当しましたが、各店長になると入社して20年を超えるベテランの方も複数いらっしゃいました。メゾンで長年経験を積んだ自負と誇りのある方達に対して、「上司として自分には何ができるんだ」と思うこともあり、結果的にまっさらな気持ちでスムーズなスタートが切れたと思います。
人に対するケアや思いやりの手本となるロールモデルとの出会い
ー ロールモデルとしての素敵な出会いもあったようですね。
P&G時代から、社内でロールモデルを見つけ、ロールモデルにメンターになってもらう重要性を教わってきました。メンター制度を取り入れている会社は多くありますが、さらにP&Gで教わったのが、メンターを選ぶ権利はメンティーにあるということ。メンターになってほしい方がいたら自らお願いしに行き、頼まれたメンターは原則として断ることはしない会社でした。カルティエでのわたしのロールモデルは、入社2年目のときにイギリスからいらっしゃった、リテールダイレクターのⅤさん。幼少期から複数の国々で教育を受けられたマルチリンガルで、さまざまな国を渡ってお仕事をされている方ですが、ビジネスのサイズが大きくて複雑な日本で働くことは、彼女にとっても大きなチャレンジだったと思います。
ー Ⅴさんは、どのような方ですか?
一緒に仕事をしていて一番勉強になったのは、人に対するケアの細やかさです。お取引先やお客様だけでなく、スタッフに対するケアもずば抜けてきめ細やかでした。たとえば、とあるブティックの派遣スタッフが、ご主人の仕事の都合で契約を終了となったとき、「引っ越した先にもブティックがあるから、そこで仕事を続けられないか」と提案する。熊本で大きな地震があった時には、すぐに熊本出身のスタッフや、ご家族が熊本にいて被災された方に必要なサポートをパリの本社と掛け合ってくださいました。お客様に対しても、毎日のように手書きのレターを書いていらっしゃいました。彼女がよく言っていたのは「Leading by example」、つまり自らが率先垂範することの重要性、手本となって示すことの大切さです。7ヶ国語話せるⅤさんでさえも日本語に苦労したようですが、百貨店のトップとの商談に必ず出向き、わずかしか話せない日本語でも一生懸命話します。他のスタッフからの信頼も厚く、彼女との出会いはカルティエで過ごした7年間でも大きな財産になりました。
ー 最終的には、Ⅴさんはカルティエ ジャパンで女性初の社長になられましたね。Ⅴさんから得た学びが、現在のボーム&メルシエでも活きているのでしょうか?
そう思います。2年前に同じリシュモングループでチャンスをいただき、マネージングディレクターとしてボーム&メルシエに移りました。同じ業界といえど、当然ここにはここのビジネスの進め方、コミュニケーションの取り方があります。これまでの経験から得た、そしてロールモデルの方から学んだ「人に対するケアの大切さ」を常に意識して行動してきたつもりです。着任以降の2年間、お陰様で私のチームの人員は安定しており、その意味は少しはあったのではと感じています。
ー 素晴らしいですね。スタッフとのコミュニケーションでは、どのような意識をされていらっしゃいますか?
人には踏み込んではいけない線があり、そこに踏み込まないことが相手に対するリスペクトですが、伝えるべきことは伝えます。フィードバックするときは、「それはダメ」「あの態度はよくない」というようなジャッジメントは入れないようにしています。いきなりジャッジメントしてしまうと相手にも防御反応が働き、そのあとに何を言っても聞いてくれないですよね。カルティエでは、自分のジャッジメントではなく「自分が相手の行動や言動によって受けたインパクトを伝えなさい」と教わりました。
たとえば、ある日のブティックスタッフの身だしなみが整っておらず、顔色も悪い状態で店頭に立っていたとします。今までなら「グルーミング規範に反していますよ、直してきなさい」と伝えていたかもしれませんが、これは単なるジャッジメントです。普段きちんとしている方の服装が、今日乱れているのには、何か理由があるのかもしれません。ご家庭で何かあったのかもしれないし、体調が悪いのかもしれない。そんなときに「普段はきちんとグルーミングガイドラインに沿った服装が出来ているのに、今日は幾つか出来ていない点がありますね。どこか体調が悪かったり、仕事以外のことで気にかかることがあるのではないかと感じます。もし何かできることがあれば、サポートさせてください」と声をかけてあげるのがフィードバックだと習いました。相手の立場に立って想像する、エンパシーと言ってもよいと思います。フィードバックするときは、相手を思いやる気持ちで贈り物を贈るように伝え、受ける側も贈り物だと思って受け取る姿勢が大切だと。必ずしも上司から部下に対してではなく、部下から上司、同僚から同僚へのフィードバックも必要だということを学びました。特にⅤさんはご自身で体現され、フィードバックすることが当たり前の組織を作り、フィードバックカルチャーを広めていこうと常に心がけていらっしゃいました。現在のボーム&メルシエはカルティエと比べると小さな組織で、よりハンズオンのマネジメントが求められます。お取引先やチームメンバー、ブティックスタッフとコミュニケーションをするときには、今もこうしたⅤさんの考え方や立ち居振舞いを意識して実践するようにしています。
文:Nana Suzuki
撮影:Takuma Funaba
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