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「コーヒーカウンター ニシヤ」オーナーが貫く仕事の流儀

「コーヒーカウンター ニシヤ」オーナーが貫く仕事の流儀

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かつて東京・渋谷にあった「コーヒーハウス ニシヤ」といえば、数々のエピソードを残した有名店だ。エスプレッソマシンで淹れる正統派のカフェメニューをはじめ、昨今のブームの火付け役となったプリン、開店前からできる行列。浅草に移転し、屋号を「コーヒーカウンター ニシヤ」に改めた今もなお、たくさんの人々を魅了し続けている。オーナーバリスタの西谷恭兵氏は、バリスタという職業がまだ日本に浸透していない時代からその道を志し、自身のスタイルを築き上げてきた方。決して平たんとは言えない仕事人生を振り返ってもらいつつ、自身の仕事の流儀、原動力について語っていただいた。

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西谷 恭兵さん/「コーヒーカウンター ニシヤ」オーナーバリスタ
1979年、埼玉県生まれ。パティシエに憧れ、高校卒業後は後藤学園武蔵野調理師専門学校に進学し、製菓コースを専攻。卒業後、東京・自由が丘の老舗洋菓子店「モンブラン」で1年勤務するも、持病のため志半ばで断念。その後2年間、地元のトラットリアのコックとして働く。東京・渋谷のカフェレストランのギャルソン時代にエスプレッソマシンと出会い、バリスタを志す。東京・学芸大学「ロ・スパッツィオ」で修業をスタートさせ、その後銀座「オーバカナル」青山「イルプリマリオ」などを経て、独立。2013年、渋谷に「コーヒーハウス ニシヤ」をオープン。大人気店となるも2021年閉店。2022年、浅草に「コーヒーカウンター ニシヤ」をオープンし、現在に至る。

紆余曲折を経てたどり着いた、バリスタという職業

西谷さんの幼少期〜バリスタを志した経緯を教えていただけますか。

私の実家はスナックを営んでいたので、物心ついたときから“お店”というものがとても身近な存在。なので、“自分で店をやる”というのは夢や目標というより、ごく自然な流れでした。元々はパティシエになりたかったので高校卒業後は調理師学校に進学し、老舗の洋菓子店に就職しました。ただ、私は幼少期から重度のアトピー性皮膚炎だったため、ケーキや生菓子には一切触らせてもらえず。それで1年で見切りをつけ、その後は地元のトラットリアで2年ほど働きましたが、アトピーの症状が悪化し、そこも辞めることになりました。

そうだったのですね。その後はどうされたのでしょう。

しばらく療養した後に就いたのがサービスの仕事です。当時、渋谷にあった人気のレストランカフェのギャルソンとして働き始めたのですが、そこで初めてエスプレッソマシンに出会い、これなら体に負担をかけずにできるかもしれない、と可能性を感じました。ケーキや料理など「固体」を扱うのは難しいかもしれないが、「液体」ならできるかも、と。それが2002年のことですが、当時はまだバリスタのバの字もない時代。「La Cimbali(ラ チンバリ)」というイタリアのエスプレッソマシンのメーカーの代理店が開催していたバリスタのセミナーに参加したことがバリスタを志すきっかけになり、2003年イタリア人が多く通う学芸大学の「ロ・スパッツィオ」で修業を開始しました。

トータルでどれくらいの期間、修業されたのですか。

最初から修業期間は10年と決めていました。私は何か物事を始めるときに、“自分で期間を決めてそれを守る”のが大事だと考えています。技術の習得に7年、マネージメントの習得に3年で計10年。マネージメントするために、個人店ではなく企業の会社員、店長として働き、どうすれば売り上げを伸ばせるのか、経費を抑えられるのかなどについて実践を通してしっかりと学びました。それと同時に、独立開業に必要な資金として300万円を貯めることを自分に課しました。1,000万円以上の借入をするためには現金300万円が必要だったからです。そうやって様々な必要条件を揃えて、2013年渋谷に「コーヒーハウス ニシヤ」をオープンしたんです。

エスプレッソマシン「La Cimbali(ラ チンバリ)」との出会いが西谷氏の人生を変えた。

“かっこいい店とは何か”を知った、開業一年目

実際、自分のお店をオープンされていかがでしたか。

実は、一年目は全くお客様が来なかったんです。来てくれたのは、同業者とそれまでお付き合いのあった方々だけ。当時の私はかっこつけて、日本で一番かっこいい店を目指していました。それで優秀な設計士さんに依頼して、すごくかっこいい外観、内装にしてもらって。でも、あるとき気づいたんです。お客様の来ないこの店、めちゃくちゃかっこ悪い、と。かっこいい店とは、姿かたちを指すのではなく、お客様で溢れている店のことです。お客様が我々をかっこよくしてくれるのだと、そのときにようやくわかりました。

意外なお話です。それで、お客様に来てもらうためにどんなことをされたのですか。

うちの店に足りないもの、お客様から指摘されたことを全部洗いだして箇条書きにしました。そしてそれらをひとつずつ、優先順位をつけて実践していきました。やりたくなかったセットメニューの提供を始め、ビラ配りも行いました。そしたら徐々にお客様に来てもらえるように。その後は2回目、3回目の来店に繋げるためには何が必要なのかを自分の中で精査し、実践していきました。

なるほど。その後、とんでもない繁盛店になりましたが、何がきっかけだったのでしょう。

プリンです。あるインフルエンサーの方が、ツイッターでうちの店のプリンについて投稿してから、連日プリン目当てのお客様が来るようになったのです。また、ある人気アーティストの方が撮影でうちの店を訪れた際、そのことをご本人のSNSで紹介されたんです。そしたらその方のファンが大勢来店するようになって。そんなことがいろいろと続いて、気づいたら連日行列ができ、店内はお客様で溢れかえるようになっていました。

ブームの火付け役になったプリン。繁盛店になるまでの道のりは、決してひとつの要素だけではなく、さまざまな要素といくつものストーリーが重なりあっていたという。

店構え、身なり、所作……すべて美しくありたい

繁盛店だったのに、突然閉店されたのはなぜですか。

理由は様々あります。大勢の方に来ていただくのはありがたかったのですが、近隣店のお客様や通行人の方にご迷惑をおかけしてしまいました。そして何より、常連のお客様が入れなくなってしまったことが辛かったです。私がずっと大切にし、築き上げてきたお店の雰囲気、空間、サービス、そしてお客様との交流。それらがすべてなくなってしまいました。もう修正がきくレベルではなかったので、税理士とも打ち合わせをして、開店時の借入金の返済が終わったら辞めることに決めていました。

現在のお店はカウンターのみのスタンディングスタイル。このカタチにした理由は?

スタンディングは、気楽さがあって好きなんです。だから、現在の店をつくるときはどうしてもカウンター1本のスタンディングスタイルにしたかった。間口が狭くて奥行きのある物件を探していたのですが、ここはエリアとしても物件としてもまさに理想でした。自分がやりたかったお店のカタチを実現できて、とても満足していますし、ありがたく思っています。

話は少し逸れますが、西谷さんのコーヒーを淹れるときの細やかで流れるような動きはつい見入ってしまいます。

物心ついたときから、私はとにかく美しいものに惹かれるんです。私が惹かれる美しさというのは、花や風景という類のものではなく、職人さんの手仕事の様子や手さばきのことです。子どもの頃にパティシエに憧れたのも、それが理由です。人は目から入る情報からも美味しさを感じると思っているので、店構え、自分の身なり、コーヒーをご提供するまでの所作が美しくあることがとても大事。お客様の前にコーヒーを差しだしたときには、すでに「美味しそう」、「美味しい」と思ってもらいたいのです。

一杯のコーヒーが美しいアート作品のようだ。

店内もたくさんのこだわりが散りばめられている。

常にカウンターに立ち、お客様と楽しみを共有したい

西谷さんは利益優先ではない方針で、ここまでやって来られていますね。

利益を優先したい、というのは今まで一度も考えたことがないです。ブランドステータスやネームバリューを上げたいという気もまったくないので、商業施設から出店のオファーを何度か頂きましたが一切受けませんでした。自分の目の届く範囲で自分がすべてをやりたい、すべてのお客様に私がコーヒーを淹れて差し上げたい、という想いが強いですね。

それが西谷さんの仕事の流儀、原動力なのでしょうね。

そうですね。私がこの仕事をしているのは、自分が楽しいと思ったカフェ、バールの文化をお客様にお届けして共有したいから。私は生まれたときからスナックのカウンターで寝かしつけられ、カウンターでご飯を食べて育った人間です。だからカウンターが大好きですし、常にカウンターに立っていたい。この仕事は商売ですが、利益を追求することが目的ではないのです。カウンターを介して仕事をし、お客様とお付き合いさせていただき、その密度を高めていきたい。そんな想いでここまでやってきました。

とても素敵です。今後はお店を続けつつ、何か新たな展開も考えているのでしょうか。

今年はプロ向けのバリスタセミナーを始める予定です。あとは、日曜日にテイクアウトのみの営業を行います。蔵前と浅草の中間にあるこのエリアは、日曜日にコーヒーを片手に散策する方々が多いので、そういった方々に喜んでもらえれば、そして街の活性化に繋がればうれしいです。この街のために私ができることを、これからも常に考えていきたいです。

西谷氏の飽くなき探求はこれからも続く。今後の展開から目が離せない。

文:鈴木 里映
撮影:Takuma Funaba

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