株式会社Ashiraseが手掛ける、視覚障がい者向け歩行ナビゲーションシステム「あしらせ」。
「あしらせ」は、視覚障がい者が「1人で自由に歩ける」ことを実現するために同社が開発した、歩行ナビゲーションシステムだ。デバイスを自身の靴に装着し、あしらせ専用のスマートフォンアプリに目的地を入れると、振動で進行方向と道順を教えてくれる。
2023年1月にアメリカ・ラスベガスで開催された世界最大級のテクノロジーの祭典『CES2023』に出展すると、特に評価されたプロダクトに贈られる「Innovation Award」を受賞した。
そこで今回、同社の代表取締役・千野歩さんに、会社を立ち上げた経緯や、開発の背景、反響や今後の取り組みについて聞いた。
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PROFILE|プロフィール
千野 歩(ちの わたる)
株式会社Ashirase 代表取締役
青山学院大学理工学部卒業後、本田技術研究所に入社。ハイブリッド車のパワートレイン制御や自動運転システムの研究開発に従事する。2021年4月に株式会社Ashiraseを創業。
会社設立のきっかけは親族の歩行事故
株式会社AshiraseはHondaの新規事業創出プログラムIGNITIONから生まれたベンチャー企業だ。千野さんは、もともと同社で電気自動車や自動運転の制御に関わるエンジニアをしていたが、妻の祖母が亡くなったことが起業のきっかけとなった。
「2018年、川の横を1人で歩いていた義祖母が亡くなる事故がありました。検証の結果、目が不自由だったため、足を踏み外して川に落ちてしまったのではないかという話になりました。
そのとき、自動車の開発においては常に安全を気にして開発していましたが、歩行中の死亡事故について考えてみると『歩行の際にはテクノロジーがほとんど導入されていないこと』に気がついたのです」
千野さんは歩行や靴に関しては専門外だったが「モビリティという意味では車と近い」という考えのもと、歩行と視覚障がいにフォーカスし、あしらせの開発をスタートさせた。
開始から2〜3年ほどはHondaで働きながら、土日や夜の時間を開発に充てた。最初の1年は1人で取り組んでいたものの、だんだん仲間が集まり業務時間外に手伝ってくれるようになったという。
開発中の課題は資金であったことから、ビジネスコンテストに出場して獲得した賞金を充てていた。そのなかで2020年末、Hondaから「社会をより良くしていくスタートアップを輩出していく」という話が生まれた。
すると、これまでの活動実績で社内での注目も集めていたことから声がかかり、2021年の4月にカーブアウト(自社事業の一部を外に切り出し、新会社として独立させる)という形で会社を設立することになった。
視覚障がい者の安全性のサポートを目指して
「あしらせ」の事業を実現するために、千野さんは視覚障がい者が普段どのように歩いているのか、話を聞くことから始めたという。特に、視覚障がい者が直感的に道順を理解できるようにし、かつ、普段大切にしている歩行補助具が歩行の邪魔をすることなく、歩く道順をどのように伝えればよいのか、という点に重きを置き試行錯誤したそうだ。
最初のアイデアは、仮想空間に点字ブロックを表現することで、安全に歩ける場所を伝え、視覚障がい者の歩ける範囲を広げようとするものだった。しかし、日本の歩道は均一化されていないため、開発に時間がかかることが分かった。
また、そもそも点字ブロックは必要なのか、別の視点でサポートできないかと考えた。
「当時は点字ブロックというプロトタイプから入ったので、足の裏を振動させる仕組みを考えていました。しかし、足の裏は点字ブロックを踏んだり、段差を確認したりと、すでに視覚障がい者の方々が使っているインターフェースでした。さらに、感覚神経からも遠いので振動が正確に伝わらないことも判明しました。
白杖(はくじょう)に何かをつけることも考えましたが『白杖は私たちの目なんです』というご意見をいただき、納得したことを覚えています」
晴眼者が歩行する際は視覚情報のみで判断している部分を、視覚障がい者は歩行するにあたって、さまざまなインターフェースからの情報を同時に処理していることが分かった。また、視覚障がい者も全盲、ロービジョン(弱視)など、見えにくさの程度は人によってさまざまだ。
それらを理解したうえで、研究・開発を重ねた結果、足の側面に振動を与えるデバイスにたどり着いた。
開発の難点はデバイスの耐久性やGPSの誤差
デバイスの開発においては、耐久性や電子機器である点に苦慮したという。
「靴の中にものを入れるという習慣が一般的にはないので、素材を柔らかくして、違和感をほとんど覚えないようにしました。幅は1〜2センチ、長さは15センチ、薄さは4ミリほどです。常に動く部分なので耐久性も高めました」
そして、実際に使用するにあたって「日本の地図情報は場所によって複雑になっているので、すべての場所を直感的に伝えることが難しかったです」と千野さん。特に都市部は高いビルがたくさんあり、立体的な場所はGPSの誤差が出やすい。そのため、将来的なアップデートにより、今後正確に対応できる場所を100%にしていく事を目指すそうだ。
「視覚障がい者の方が、どういうふうに足を動かしているか、どちらの方向を向いているか、得られたデータを生かしながら、難しい場所もできる限り分かりやすく伝えていく方法を模索していきたいと思います」
全盲の人と弱視の人、双方が安心できるシステム
実際に使用した視覚障がい者からの反響はどうだったのだろうか。全盲の人からは「聴覚を邪魔されない安心感がある」という意見が一番多かったという。
また弱視の人からは、「普段は地図アプリを見るためにスマートフォンを顔の前に近づけて地図を見ながら歩くが、スマートフォンを持たずに歩けることに安心感がある」という意見があった。
「あしらせ」は、使用者の体の向きに対して方向を伝えることができるので、道を間違える確率も減り、目的地までの所要時間も削減できているという。実験段階では、目的地への到着まで、20%ほど削減できた例もあった。
今後は海外進出やウェアラブルデバイスの新しい可能性を目指す
「あしらせ」に対する期待と、機能追加を望む声は多い。「屋内も歩けるようにしてほしい」「障害物を教えてほしい」「信号を教えてほしい」「交差点を知りたい」など、安全にまつわる要望を多くもらうため、今後これらの機能を追加していきたいという。
そして千野さんは、海外進出を含めたさらなる展開も考えていると明かした。
「日本には視覚障がい者が164万人いるとされています。一方アメリカを含む先進国には2000万人ほどと推計されています。障がいは言語の壁を越えるので、世界の人に使ってもらえるようになりたいですね。
さらに僕らとしては、『明日をともに歩く』を合言葉に、人の行動範囲を広げていくことをKPIに定めているので、そういった領域には積極的に関わっていきたいと思います。たとえば、高齢者のリハビリや、認知症予防などですね」
革新的なアプローチで、海外進出や新たな取り組みにも期待が高まる「あしらせ」の今後に注目したい。
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