2000年代頃から世の中で広く使われるようになったCSRという言葉。企業の社会的責任の言葉の起源は、知っているようで知らない人も多くいる。今回はこのCSR/サステナビリティの仕事に20年近く従事し、現在はMHD モエ ヘネシー ディアジオのパブリックアフェアーズ、コーポレートコミュニケーション&サステナビリティ シニアマネジャーを務める牧陽子さんにインタビュー。CSR/サステナビリティの成り立ちから牧さんご自身の活動まで、詳しくお聞きしました。
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牧陽子さん/MHD モエ ヘネシー ディアジオ株式会社 パブリックアフェアーズ、コーポレートコミュニケーション&サステナビリティ シニアマネジャー
新卒後、数社のコンサルティング会社・事業会社にてCSR(企業の社会的責任)に関わるプロジェクト・立ち上げに従事。フランスへの留学経験とワイン好きも高じて、2014年にMHD モエ ヘネシー ディアジオに入社。2015年にCSRのプロジェクトチームを発足し、現在まで継続して、サステナビリティコミティの運営やサステナビリティ/CSR活動全般をリード。今年から母校である一橋大学の非常勤講師としてCSR、CSV、サステナビリティについて講義を行う。
知っているようで知らない、CSRの成り立ちとは?
― CSRについてよく知らないという人はまだまだ多いと思います。そもそもの起源とはどのようなものだったのでしょうか?
最近ではSDGsやESG、サステナビリティという言葉が一般的になっていますが、CSR=Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任)という言葉そのものが日本でよく使われるようになったのは2000年頃です。実は、2003年「CSR元年」と呼ばれているのですが、日本の大手企業がCSRの委員会や報告書をつくるなど、組織化やレポート体制が整ってきたのが2003年頃でした。
社会に貢献する・社会により良いことをするという価値観は、実はCSRという言葉がまだなかった江戸時代から根づいていたようです。江戸時代の近江商人の経営哲学のひとつに「三方よし」という考えがありますが、これは「買い手よし、売り手よし、世間よし」といわれ、売買の相手だけではなく世間=社会が良くならないと経済はよくならないという価値観です。また、渋沢栄一が大正時代に提唱した『論語と算盤(そろばん)』の価値観というのも、そろばん=財政だけではなく、論語=倫理観を持っていなければ経済はよくならないという経営哲学でした。どちらも私利私欲だけでは社会はよくならないという考えを当時から説いており、こういった歴史を見ても、日本には昔からCSRやサステナビリティの考えが根づいているのでは、と考えています。
― 考え方としては古くから受け継がれてきたものなのですね。牧さんが考えるCSRの定義をお聞かせください。
CSRにはいろいろな定義があるのは前提として、私のなかのCSRの整理として、3つのエリアに分けています。1つ目は「”守り”のエリア」。これは、マイナスからゼロにする=例えば規則を守ること、やればゼロになるけれど、やらないとマイナスになってしまうことです。例えば、高度経済成長期に特に多くの企業がリコール問題や偽装事件、贈収賄などの汚職事件を起こしました。そういう会社はまさに「マイナス」「負」を引き起こしています。そのマイナスになるようなことを会社が二度と犯さないよう、社員一人ひとりに倫理観をもたせるための研修もCSRの取り組みです。
2つ目は「ゼロから、もしくは、よりプラスにする”攻め”のエリア」の1つである投資的な社会貢献のエリア。これは、社会貢献でも投資的な役割でやること=社会もよくするけれど、企業もそれによりファンが増えたり認知が増えたりし、リターンが帰ってくる投資的な社会貢献です。
3つ目は、同じく「”攻め”のエリア」で「ビジネスそのものが社会的なビジネスであり、そもそもの成り立ちが社会を良くするためであること」=社会を良くすることが、自分たちの利益を生む、ソーシャル・ビジネスと呼ばれるものです。例えば、貧困層向けに少額融資を行うグラミン銀行を設立してノーベル賞を受賞したバングラデッシュのモハメド・ユヌス博士は、発展途上国でビジネスをやりたい人に少額でほぼ無利息で融資を行うといった、まさに社会にとっても企業にとっても価値を生み出すソーシャル・ビジネスを展開しました。
これら3つのエリアというのが、一般的に企業が行うCSRと私は理解しています。1つのエリアだけに従事する企業もあれば、3つのエリアすべてに取り組んでいる企業もあります。企業それぞれの考え方で、CSRの取り組みも非常に多様です。
― CSR元年頃からCSRに従事されてきた牧さんが感じる、変化とは?
CSRという言葉自体、今ではあまり聞かれなくなっているかもしれません。なぜかというと、CSRの活動そのものが「当たり前にやるべきこと」という考えが定着してきているからかもしれません。また「ソーシャル=社会」という言葉だけで「環境」という言葉が入っていないことから、「環境」が包括されたものでありながらも、含まれないと認識されてしまうからかもしれません。そのあらわれか、組織名も、最近では変化してきています。
例えばESG=Environment, Social, Governance(環境、社会、ガバナンス)のような、より株主の視点で、企業が長期的に成長するために、これら3つの領域を包括する部署や、持続的な発展を意識したサステナビリティといった組織名などを昨今ではよく目にするようになりました。
― 社会、環境に関する配慮、価値観に関して、会社の経営者の考え方でかなり差が出るものなのですか?
例えば、松下幸之助や井深大がパナソニックやソニーの前身となる会社をなぜ創ったのかと考えると、自分たちのつくる商品・サービスで人々の生活が豊かになり、社会全体がよりよくなってほしいという想いがあったからだと思うんです。そういった創業者のDNAが継続して受け継がれていき、新たなビジネス、活動に繋がっていく。そういう会社がやはり今でも成長し続けているのだと思います。それがまさに「サステナブルデベロップメント=持続可能な発展」ではないでしょうか?築き上げてきた長い歴史がまさにサステナビリティを体現していると思います。
MHD モエ ヘネシー ディアジオでは、シャンパン、ワイン、スピリッツブランドを取り扱っておりますが、その中には200〜300年という長い歴史を刻んでいるブランドも少なからずあります。何百年という年月ですから、その間にはもちろん紛争・戦争があったり、気候変動があったり、病虫害があったり……いろいろなことが起きています。それでも、そのときどきの環境や社会の変化にしっかり配慮しながら共存してきたからこそ、サステナビリティを実現できているのだと信じています。
MHDが取り組んできたCSR/サステナビリティと社員の変化
― MHDにおける牧さんの役割について教えてください。
2014年にモエ・エ・シャンドンのシニアブランドマネジャーとして入社後、社長直下のパブリックアフェアーズに異動しました。前職での経験を知る社長からCSRへの着手を命じられ、2015年にプロジェクトチームを立ち上げました。特に先ほど2つ目のエリアとして申し上げた社会貢献活動は、戦略的かつ継続的に行わないと意味をなさないことも多いですから、まずこのエリアの活動として何ができるかをメンバーと共に考え、2つのNPO法人のサポートをはじめました。
1つは3.11以降に、東北の復興支援を願い活動をスタートした「被災地支援団体あおぞらん」という団体で、多くのシェフや生産者と協力して、温かくて美味しいお食事を東北の方々へ届ける活動を行っています。弊社の社員が、食事の提供を現地でサポートしたり、会社としてファイナンシャルなサポートを行っています。
「あおぞらん」にて、食事の提供準備の様子
もう1つは「エイブル・アート・ジャパン」。障がいのあるアーティストさんたちの芸術活動、自立支援をサポートする団体で、弊社社員との交流の機会を設けたり、ワークショップを企画運営したり、奨学金制度を設立する等、さまざまな活動を行っています。以降、この2つのNPOとは活動を継続しながら、新たな団体(パートナー)との活動もこの6年で広がってきています。
エイブル・アート・ジャパンとの活動
― 活動を通して、社員の意識も変わってきましたか?
実際に「今までやりたかったけど、何をしていいのかわからなかった」という意見が多くありました。同僚からは「なにかあればやるよ」といった声が多く、我々が提示してみると「参加したい」「やってみたい」という意志を見せてくれるんですね。自主的に活動していた人だけでなく、そうではなかった人も参加しているという意味では効果があったと言えますが、それもまだほんの一部だと思っています。
私たちはサステナブルデベロップメントKPIとして、CO2削減を最終目標に15個のKPIを設けています。例えば今まで個々のデスクに個別に設置されていたゴミ箱をなくし、セントラルに分別ゴミ箱を設けることで、マテリアル・トゥ・マテリアルのリサイクル率を高め、結果的に廃棄物を減らし、CO2の削減に寄与するなど、ほんの小さなことで、当たり前なことですが、大切な活動として取り組んでいます。
また、従業員の参加率や満足度を定点観測し、今後の活動に活かす取り組みもしています。社員全員が当たり前に関与して欲しいという願いから、サステナビリティコミティ(委員会)に1年ごとに新しいメンバーに入ってもらい、活動に新たな視点を加え、発展していったり、その成果を個人の組織貢献の評価にもつなげています。例えば、サステナビリティコミティのメンバーとして各プロジェクトを受け持ってもらうことで、今までの仕事では見えなかったリーダーシップを発揮したり、普段の業務だけではわからなかった特技が見えたり、CSR/サステナビリティの活動を通じて、個々のキャリアデベロップメントにもつながっています。会社にもとても良い影響を与えていると思います。
『自分ごと』に。いろいろな価値観に寄り添うことの大切さ
― 牧さんがCSR/サステナビリティの活動をする上で大切にしていることとは?
いかに「ひとりひとりがやらなきゃいけない」と思ってもらえるかを重視しています。ですので、「意識高い系」と揶揄されるような大上段に構えることなく、身近なものとしてとらえてもらえるよう、心がけています。当たり前のことを自分ごと化できるよう、家でやることの延長のようなことを、少しでもひとりひとりが心がけ実行できるよう努めています。
あとは、自分の価値観だけを押しつけないように気をつけています。どうしても人は自分の価値観に近い人を集めたり、自分の生きてきた環境でしか物事を測れなかったりしますが、会社にも社会にも、いろいろな価値観を持った人がいますから、少しでもひとりひとりが接する人や環境を広げて、「自分の価値観以外の人もいるんだ」という理解を、私自身も含めて高めたいと考えています。まさに、ダイバーシティ、多様性への理解を深め、そして、それをインクルージョン、許容・包括することによって、会社の価値、そして社会の価値も高まると強く信じています。
― 最後に、牧さんが個人として行うCSR/サステナビリティを伝える活動について教えて下さい。
今年から新たなチャレンジとして、一橋大学の非常勤講師として週1回「CSR,CSV(Creating Shared Value 共通価値の創造)and Sustainability」をテーマに、交換留学生に向けて英語で講義しています(※春夏学期)。社会人向けのセミナーはこれまで多く行ってきましたが、「制約」をまだあまり経験せずに、自由に、前向きに、将来・未来を思い描いて学んでいる学生たちとの交流の機会は、私にとっても多くの学びを得ることができています。これからの地球、世の中に対して、私たち大人が積み上げてきてしまっている負の遺産について、自分たちで何とかしないといけないという、情熱や行動力も感じます。自身の成長のためにも、そしてCSRやサステナビリティについて真剣に考え、実行する人・機会を増やすために、今後も継続して続けていきたいと思っています。
インタビュー撮影:Takuma Funaba
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