出前館の加盟店リレーションアドバイザーに就任時の稲本健一氏(写真右)
アダストリアは、飲食店などの経営・開発とコンサルティングを行うゼットン(本社東京都渋谷区神南、鈴木伸典社長、名古屋証券取引所セントレックス市場上場)へのTOB(株式公開買い付け)を行っていたが、予定株数を上回る株数がこのTOBに応募したとして、2月21日付で連結子会社になると発表した。アダストリアはすでに、昨年12月14日付でゼットンが実施した第三者割当増資も引き受けており、今回の買収に総額約28億円を投じている。
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ゼットンは1995年にデザイン会社に勤務していた稲本健一氏(1967年生まれ現在54歳)が「クライアントに飲食店の新プロジェクトを勧めたら、そんなに言うなら君が自分でやってみたら」と言われて飲食店をスタートし成功したことがきっかけで設立したベンチャー企業だ。2006年には名証セントレックスに上場とトントン拍子に成功の階段を上っていた。
この絶頂期の稲本健一氏に私は2007年3月に名古屋で会っている。名古屋駅前に完成したミッドランドスクエアのオープニングレセプションを取材に名古屋へ出張していた時だ。夜のパーティーを仕切っていたのがゼットンで、稲本氏は陣頭指揮というか、まさにパーティーの主役だった。「この人がゼットンの稲本社長。日本の飲食業界の天下統一をするよ」と紹介された。飲食業の社長というよりは、本格的な遊び人という風貌でオーラを発散させていた。
今回のアダストリアのゼットン買収の記事を隅から隅まで見ても、創業者の稲本氏の「イ」の字も出てこない。よく調べてみると、営業不振からゼットンは2016年8月にDDホールディングスにTOBされその傘下になっていたのだ。DDホールディングスは東証一部上場企業、その中核企業は「熱中屋」「わらやき屋」「ヴァンパイアカフェ」などを運営するダイヤモンドダイニングだ。
ちなみにDDホールディングスの松村厚久社長(1967年生まれ54歳)は、ディスコの黒服からキャリアをスタートしている。39歳の時に難病のパーキンソン病を発症したが、この難病と戦いながらDDホールディングスを上場させ年商300億円の一大企業に育てた人物だ。女優高岡早紀との交際報道が週刊誌にスクープされたりしている。同い年54歳の稲本健一氏とはまさに盟友と呼び合う関係だったが、今回の売却はまさに断腸の思いだったのではないだろうか。2016年4月新宿にリニューアルオープンしたビームスジャパンの地下1階に、ダイヤモンドダイニングが新業態「NIKKO KANAYA HOTEL CRAFT GRILL」を開店したときに挨拶した松村社長を見かけた。なかなか歩くのも大変な様子なので最初驚いたが、その凄まじい精神力に感服させられたのを覚えている。
DDホールディングス取締役海外統括だった稲本氏は、海外事業の赤字の責任をとって、すでに昨年2月20日付で取締役を辞任していた。コロナ禍によってDDホールディングスは苦しい経営を強いられており、今回傘下のゼットンをアダストリアに売却という生き残り策に出たのだろう。
その後の稲本氏はどうなっているのだろうかと興味が湧いて調べてみると、昨年3月17日付で日本最大級の出前サービスの「出前館」の加盟店リレーションアドバイザーに就任していた。出前館も年商は倍々ゲームで増えているものの宣伝費が膨大で毎年100億円の赤字を出し続けている状態だが、Uber Eatsとの出前競争に勝利することができるのかどうか。
さらに稲本氏は、昨年9月には飲食店向け予約/顧客台帳サービストレタの提供によるIT化により外食産業の課題解決に取り組む(株)トレタの顧問にも就任している。ゼットンからは完全に離れたが、また再起をはかることができるのかどうか注目したい人物である。ちなみに稲本氏が2018年7月に出版した彼の人生論とも言える「ハワイに住んでサーフィンしてたら会社やめちゃいました/好きなことをして生きる流儀」はそこそこ売れているらしい。この本の表紙には「僕の人生 逃げの人生」と書かれている。稲本氏といい、DDホールディングスの松村氏といい、飲食業界にはユニークでタフな人物が揃っているようである。
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