【パーソン】長谷虎紡績社長 長谷享治さん 新素材発掘しパートナーと商品開発
ADVERTISING
社歴133年の老舗紡績、長谷虎紡績の5代目社長に昨年12月に就任。「顧客が最終的に感動する価値、作り手も売り手もその価値を共有する」を新たな企業理念として掲げ、ウイズコロナの時代のかじ取りを任された。そのキーワードを「開発」と「教育」とする。価値を生み出すためには新たな素材を見つけ、パートナーとともに商品を開発する。そのために教育に投資する。「素材で世界を変える」と新たな企業像をグループ内に浸透させようとしている。
【関連記事】長谷虎紡績グループ モーリシャス油流出事故で油吸着材支援
コアになるオリジナル素材を開発
――社長就任がコロナ禍と重なった。
就任早々に新型コロナウイルス感染が広がってきました。就任後の数カ月は本社と東京、大阪など各拠点を回り、関係先にもあいさつする忙しい日々を送ってきました。それがコロナ感染の拡大によって一転。感染防止策から本社(岐阜羽島)にほとんどいるようになりました。感染リスクを避けるためにテレビやパソコンを介した会議や打ち合わせなどオンラインによる仕事が多くなりました。
まさに仕事の環境は激変しました。しかし私自身にとっては、コロナ禍によって会社全体をじっくり見つめ直すことができました。当社は133年の長い社歴を持っていますが、その中で創業世代から先代までの間で築いてきた会社の良い点、そして時代に合わせて変える点はないと振り返り、「何をすべきだろうか」と考えました。
忙しく全国を回っていたコロナ前ならば、このように振り返ることはできなかったのではないかと感じています。もちろんコロナ禍は当社だけでなく社会全体に大変な影響を与えていますが、社長になったばかりの私には順風満帆に経営を継承するのではなく、苦境の中で考えて行動する機会を与えてくれたのではないかと感じています。
コロナ禍の中で第一に感じたのが、「作業と仕事は違う」という点です。長い社歴を積み重ねる中で目的意識を明確に持てないまま行動している点があるのではないかと考えました。
例えば幹部やグループ、テーマ別などでこれまで行ってきた会議。コロナ禍で人の接触を避けるために、一堂に会しての会議というのが開けなくなりました。代わりに増えたのがネット上で個人を結んで参加するテレビ会議です。テレビ会議は自由に設定できるので、参加する会議が増えます。すると「会議に参加することが目的」という慣習的な側面が減りました。すなわち「会議に漫然と参加するのでなく、発言して何かの成果を得よう」とする意識が高まってきたと思います。
さらに入社2、3年の若手社員の意識変革は大きいと思います。新たな試みとして入社1、2年目の社員を集めた研修会も開いているのですが、そのまとめ役として社歴が数年上の社員を起用しました。するとまとめ役の先輩社員も議題に乗せるテーマや課題、達成すべき点を考えて会議に臨むようになったと思います。それはお互いに非常に良い刺激になってきたのではないかと感じています。
――コロナ禍の中で上半期が終わり、下半期に入ったが。
コロナ禍の状況で、今後が見通せなくなっていることは事実です。しかしコロナ禍真っただ中の今年1~6月は、幸いにも前期並みの業績を維持しました。先物を扱う川上段階、顧客との太い取引関係もあって、コロナ禍による悪影響は最小限に抑えました。しかしカーペット部門は5月あたりから生産量が減りました。
夏以降は確実に業績が悪化すると考えています。下半期は厳しい見通しは間違いない。ですから社員には「こんな厳しい時だから逆に将来の種まきをしていこう」と呼び掛けています。それが、開発と教育です。
――開発の具体的な中身は。
最初に取り組んだのはコロナ感染の防止に役立つ商品群です。抗菌・抗ウイルス加工を手袋に施して、運送会社などのニーズが大きい業種に提案するというような案件はすでに始まっています。
今は次の成長を考える好機ではないかととらえています。コロナ禍で短期、中長期にわたり確実に変わるものがあります。コロナ禍の短期的な対応では、衣料品やスポーツアウトドア、寝装・寝具などこれまで関わってきた事業分野に落とし込んで商品化できるものはないかと探すこともできるでしょう。また、未開拓の分野に、形を変えて提供できる商品もあるのではないかと考えています。
開発でもう一つの大きなテーマは、コアになるオリジナルな原料を自ら持てないかという点です。これまで当社は原料の供給を受けて、その商品化という事業分野で仕事を行ってきました。その点ではノウハウもスキルも積み重ねてきました。しかし、もう一つ新たな事業領域への開拓や商品開発という点では、自ら持つオリジナルの原料の存在は、次の飛躍という点で大きなカギになるのではないでしょうか。
「素材は世界を変える」広く訴え
――オリジナル原料の先駆けが「光電子」だが。
89年創業で当社グループ企業のファーベストは、集熱輻射(ふくしゃ)作用のあるセラミック微粉末を繊維に練り込むことで、光電子の名前で様々な分野に素材を提供してきました。
「疲労回復」や「リラクシング」というキーワードを打ち出すようになったのは、15年に大阪府立大の清水教永名誉教授(医学博士)がその機能に着目し、「ぜひ着用してその効果を確かめたい」と当社にコンタクトしてからです。「スポーツでの疲労回復を促進する」という観点から素材は研究されていましたが、現在のコロナ禍では感染防止のために免疫力を高める点も注目されるようになりました。
光電子という高機能素材や、その原料の特徴を生かした製品が多様な分野で実用化されることで、人々の生活や社会により良い物作りを提供できるのではないかと考えています。
光電子はいろいろな可能性を秘めています。例えば素材を粉砕した粉を作り、それをクリームなどに混ぜることも考えられます。非繊維以外の新しい分野にも貢献できるのではないかとも考えています。
まさしく「素材は世界を変える」と今後も広く訴えたいと思います。
――今年からはナノファイバーの新会社を設立した。
ナノファイバーのベンチャー企業、エム・テックスと共同でスピタージュという会社を設立しました。エム・テックスはナノファイバーを使った油を吸い取る魔法の繊維「マジック・ファイバー」が家庭用品で人気になっています。スピタージュが扱うナノファイバーもまた、幅広い実用化の可能性を秘めたコアになるオリジナルの素材だと思います。
手始めに主力顧客と取り組んでいるのが、ダウンジャケットなど衣料品での中わた新素材です。具体的な商品化は先になると思いますが、新しい機能性を提供できるのではと考えました。またナノファイバーには音を遮断する機能もあります。この効果を生かしてインテリアや建物の内装材などに、これまでにない新商品を提供できるのではないかとも期待しています。
――環境配慮やサステイナブル(持続可能)にも積極的に取り組んでいる。
環境配慮やサステイナブルという考え方は、企業の存続にとって不可欠なテーマになると考えています。
環境配慮への対応では、「30年に取り扱い素材の80%を環境配慮型のものに置き換える」と目標を掲げています。環境配慮には二つの側面があります。一つは商品として環境配慮型を増やす。もう一つは製造工程を環境配慮型に転換することです。
商品では紡績で発生する落ち綿の再生に取り組んでいます。落ち綿を反毛というリサイクル原料に再加工し、これを自動車や土木などの分野に販売するなどの取り組みを始めました。
製造の側面では、数値目標を作って取り組んでいます。二酸化炭素の排出では毎年1%削減を熱源の合理化や省エネ化などで対応するほか、生産効率が悪い高機能繊維であっても技術革新や工程運用の工夫などを図って歩留まり率の改善などを進めています。
――地域社会とのつながりも重視しているが。
スピタージュには、「地域の産業再生に」という願いがあります。実はスピタージュの本社を当初、東京に置こうと考えていましたが、岐阜羽島の長谷虎紡績内に置くことにしました。
これには当社が依拠する岐阜県を含めた尾州地域の繊維産業の再興で一翼を担いたいという思いがあります。
当地域はウールなどの繊維産地として栄えてきたところです。現在では海外素材に押されて往年のような一大繊維生産地という面影はありません。当社も繊維産地を構成する会社として社歴を重ねてきました。
昨年から地域貢献の一つとして、地元の小中学生の社会見学先として当社工場を公開しています。繊維で栄え、現在も全国的な繊維産地の一つが当地域なのだと説明しています。
その尾州地域からナノファイバーという新素材を使った商品が日本や世界に供給されるようになれば、地域社会の活性化や貢献策になるのではないかと考えています。
はせ・たかはる 岐阜県生まれ。2003年麗澤大学卒業、長谷虎紡績入社。12年取締役、同時に海外関連会社、上海豊虎汽車地毯の総経理を兼務。17年ファーベスト社長。19年長谷虎リネンサービス社長兼務。19年12月長谷虎紡績社長に就任、長谷虎紡績グループ全体を統括。40歳。
■長谷虎紡績
1887年に絹紡糸を製造する長谷製糸工場として創業。47年に綿糸の生産を開始。49年に長谷虎紡績設立。61年にはカーペット製造の新工場を設立。テキスタイルやアパレル、資材用途の紡績部門、カーペットや車両内装材などによるインテリア部門で構成している。特殊糸の製造を強みとしており、高強度高弾力繊維や耐熱・難燃繊維などの高機能糸を製造している。スポーツ用途では、特殊糸の開発や織編み染色加工、中わた素材充填、縫製などのOEM(相手先ブランドによる生産)事業も手掛けている。また鉱物練り込み高機能素材「光電子」を使った糸や生地をリカバリーウェア向けなどに紹介。今年からはナノファイバーのベンチャー企業と共同で新会社スピタージュを設立。ナノファイバーによる新商品開発もスタートした。
《記者メモ》
133年の歴史を持つ老舗繊維メーカーの5代目社長に、40歳の若さで就任した。「製造業は産業を支える黒衣」としてメディアに登場することがなかった同社。しかし「サステイナブルや社会貢献の考え方が台頭、産業構造も変化するなど事業環境が変わった。これからは企業内容や商品、考え方を外部に積極的に発信する時代だ」と、新たな事業構築の前面に立つ。また、羽毛リサイクル活動や地元小中学生を対象にした工場見学など、地域に根差した会社も目指している。
同社は時代をけん引する新素材を開発する受け皿として、繊維業界で注目されている。鉱石練り込み高機能素材「光電子」に続いてナノファイバー新素材を開発するなど、自ら持つオリジナル素材をコアにした新たな事業構築にも余念がない。そしてそこには、協業するパートナーとの連携を重視する姿勢が見られる。今後の動向が注目される繊維企業だ。(浅岡達夫)
(繊研新聞本紙20年8月21日付)
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【繊研plus】の過去記事
RANKING TOP 10
アクセスランキング
銀行やメディアとのもたれ合いが元凶? 鹿児島「山形屋」再生計画が苦境