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“人材不足”からZ世代が入りたいと思う会社に 縫製工場 ナイスコーポレーション代表に聞く、中小企業が生き残るために必要なこと

井筒さんとナイスコーポレーション関連画像のコラージュ

Image by: (左上)FASHIONSNAP、(他)Nice Corporation

井筒さんとナイスコーポレーション関連画像のコラージュ

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“人材不足”からZ世代が入りたいと思う会社に 縫製工場 ナイスコーポレーション代表に聞く、中小企業が生き残るために必要なこと

井筒さんとナイスコーポレーション関連画像のコラージュ

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 ものづくりを担う最前線の現場として、ファッション業界を足元で支える存在である「縫製工場」。高い技術力を有する必要不可欠な業界の屋台骨である一方で、その存在が表に出ることは少ない。また、日本国内の縫製工場は深刻な人手不足に見舞われ、技術の継承や存続が危ぶまれているという話を耳にすることも多い。

 そのような中、「生産の現場の厳しい現状を変えたい」と数年前からさまざまな改革を独自に行い注目を集めているのが、国内有数のデニムの生産地・岡山県の児島を拠点とする縫製工場 ナイスコーポレーション(Nice Corporation)だ。2023年4月に日本の縫製工場として初めて「Bコープ(B Corporation™︎)」認証*を取得したほか、自社ホームページではBコープについての対談をはじめ、オリジナルプロダクトやものづくりにまつわる多様で読み応えのあるコラムを掲載するなど、他の工場とは一線を画す取り組みを行っている。

 数年前までは「ホームページすらないような古い体制」「人材不足が課題」だったという同社が、縫製工場として画期的な発信や取り組みを積極的に行い、Z世代が入社したいと思うような会社へと変化を遂げたのは一体なぜなのか。Bコープ認証取得の背景や過程から、それによってもたらされたメリットや意義、日本の縫製工場を取り巻く環境、今の時代に日本の中小企業が生き残るために必要なことまで、ナイスコーポレーション代表取締役 井筒伊久磨氏に話を聞いた。

*Bコープ認証:ビジネスを通じて社会を変えるムーブメントとして、2006年に米国のNPO法人「B Lab」が始動した国際認証。社会的・環境的なパフォーマンスや透明性、説明責任などについてB Labが設定した200を越える基準「Bインパクトアセスメント(B Impact Assessment、以下BIA)」をクリアすることで取得できる。2024年3月時点で、全世界95ヶ国・162以上の産業で8000以上の企業が取得している。

ナイスコーポレーションのロゴ

Image by: 北村 穣(Rudesign / GO motion)

ナイスコーポレーション(Nice Corporation)
国産ジーンズ発祥の地、岡山県倉敷市児島で1990年11月に創業した縫製工場。自社を中心に専門性を有したプロフェッショナルな工場と連携し、企画から仕上げ、出荷までを総合的に管理する地域型ワンストップ生産を実現。国内外のメゾンおよびアパレルブランドのデニムを幅広く製造してきた。2023年4月にB Corp認証を取得。
公式サイト

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株式会社ナイスコーポレーション

井筒伊久磨

Ikuma Izutsu

1979年生まれ。高校卒業後にカナダ・バンクーバーに留学し、現地のヴィンテージショップなどで経験を積み、2003年に帰国。ナイスコーポレーションに入社後、20年間あらゆる現場を担当し、2020年に代表取締役に就任。

Bコープ取得の目的は「縫製業界の地位向上」

── まずは、Bコープ認証を取得した経緯や理由について教えてください。 

 アパレルの生産現場を取り巻く環境が年々厳しくなり、多くの工場が廃業や縮小を余儀なくされている現状に長年疑問を抱いていて、「状況を変えたい」と思ったことが最初のきっかけでした。我々のような縫製工場を含めた生産の現場は、ファッション業界を支える“縁の下の力持ち”ではあるものの、「こんなに頑張っているのにどうして儲からないんだろう」という憤りもありましたし、もっと「工場」という存在や自分たちの技術が日の目を見てもいいのではないかという思いもあった。

 そこで、「縫製業界の地位向上」を目指した発信や改革をしたいと思っていたところ、知人の紹介で多様なジャンルのデザインとブランド戦略を手掛けるupsetters inc.の岡部修三さんに出会い、会社のブランディングをお願いすることになったんです。その一環として、岡部さんから「これを取ってみるのはどう?」と勧められたのがBコープ認証でした。

インタビューに答える井筒氏

ナイスコーポレーション代表取締役 井筒伊久磨氏

Image by: FASHIONSNAP

── では、井筒さん自身も最初はBコープ認証を知らなかった。

 知らなかったですね。ファッション業界の認証だと「GOTS(オーガニックテキスタイル世界基準)」などがありますが、Bコープはより社会性があって企業としての信用が得られる認証だと教えてもらって。それで、まずは認証に至らずとも取り組むことに意味があると思い、2021年の夏ごろから認証に向けて動き始めました。

── 認証取得を目指し始めてから実際に取得するまでの具体的なステップは、どのようなものでしたか?

 まずはBコープのガイドブックを取り寄せて読み解くところからスタートしました。今でこそ日本語訳版がありますが、当時は英語版のみ。僕はカナダに5年間ほど留学経験があって英語はある程度できたので、ひとまず取り寄せて読み始めたのですが、僕一人では読み解くのに時間も労力もかかりすぎると思い、正直諦めかけていました。

 でも、認証を目指し始めてから半年ほど経ったころ、以前から仕事で付き合いのあった、経産省出身で当時岡山で行政書士をしていた山磨貴幸さんに相談したところ、彼が外部パートナーとして一緒に読み解いてくれることになったんです。それで毎週1回、丸1日かけて山磨さんと一緒にBコープ認証のガイドブックを読み解くセッションを1年間くらいやって、最終的に2023年の4月に認証されました。山磨さんのおかげで、スピード感をもって認証に向けたアクションを進めることができましたね。

「B Corpハンドブック」の表紙

Bコープの日本語版ガイドブック「B Corpハンドブック」

Image by: バリューブックス・パブリッシング

── 取得に向けて、社内で具体的に取り組んだことや改善したことは?

 改善させたことは、実はほとんどないんですよ。元々会社として契約していた労務士、税理士、司法書士、行政書士の方たちと一緒に決めていた、就業規則をはじめとした会社の規則やルール、取り組みをBコープの条件に沿って改めて確認していったら、これまでやってきたことの多くがそのままBコープが求めている内容と合致していることがわかったんです。「これでいいんだ」と驚きましたし、自分たちがやってきたことは間違ってはいなかったと確信することもできました。

── それは、日本の法律に従って会社をやっていれば、自ずとBコープ認証の条件を満たすということでしょうか。

 そうなんです。ちゃんと法律通りにやっていれば問題ないし、何かを大きく変える必要もない可能性が高い。ただ、これまで会社としてやってきたことをブラッシュアップして整えつつ、就業規則をはじめ、健康診断や人間ドック、福利厚生、育休制度など、既にあった規則や制度をわかりやすく可視化するために、全てを明記した従業員向けのハンドブックを山磨さんと一緒に作りました。

 そのほかにも、社内の掲示板や会社のホームページなどにいろいろな情報をわかりやすく載せたり、半期に一度、従業員に対して会社の事業計画や業績を報告する時間を設けたり、会社に対する評価や満足度を調査するシートを作ったりと、社内外に対して会社の透明性を高める取り組みは今も続けています。

工場内の様子


Image by: 曽我部洋平

── 評価項目には「エンバイロメント(環境)」もありますが、その点ではいかがですか?

 環境面に関しては、正直以前は何もしていませんでした。Bコープを取得するにあたり行ったのは、使用する電力を全て再生エネルギーに変えたことと、「e-dash(CO2排出量可視化サービス)」という、請求書をアップロードするだけで自社の二酸化炭素排出量を算出できるシステムを導入したこと。だから、電力会社との契約内容を再生エネルギーに変えた分少し電気代が高くなっただけで、それ以外に大きな設備投資が必要ということもありませんでした。

── それは意外ですね。

 そうなんです。すごくいろんな設備を導入しなければいけないのかと思いきや、いざやってみたら全然そんなことはなかった。なので、認証にかかった費用はBコープの申請料が約30万円と、専門家経費が約300万円ほど。取得した後の更新料も毎年約30万円ほどなので、他のファッション系の認証と比べても、コストはかなり少ないと思います。

 認証されるまでもそうですが、より大変なのはむしろ認証後からかもしれません。Bコープ認証はあくまでも「スタートラインについた」というイメージなので、認証された後も、例えば毎日のゴミの量や電気・水道・ガスといった諸々のエネルギー使用量などを記録して、トラッキングする必要がある。Bコープ認証ではそういった環境関連のデータを数字で示すことが求められるので、初年度分のデータを集計したら、結果を自社ホームページにも掲載しようと考えています。

袋いっぱいに詰まったデニムの裁断くず

裁断くずを含めた廃棄物の量を毎日計測するほか、裁断くずは後述するオリジナルブランドのプロダクトの生地として再利用もしているという。

Image by: 北村 穣(Rudesign / GO motion)

── Bコープのための取り組みを行うことで、結果的に自社への理解や把握が深まりそうですね。想定よりも認証を得るにあたっての改善点やコストは少なかったとのことですが、そのほかに苦労した点はありますか?

 やはり、認証のための「BIA*」が全て英語で行われるということがまず一つですね。そして、BIAの設問の背景にある価値観もやはり欧米的なので、どうしても日本の価値観や仕組みと合わない部分があると感じました。例えば、日本には「最低賃金」という概念はあるものの、BIAの中に出てくる「Living wage(生活賃金*)」という考え方はあまり一般的ではなく、厳密に当てはまるものがない。ですから、英語をそのまま日本語に翻訳しただけでは理解や解釈ができない部分は、労務士や税理士に訊ねながら落とし込んでいきました。

*BIA:米国のNPO法人「B Lab」が提供する、「ガバナンス(企業統治)」「ワーカー(労働者、従業員)」「コミュニティ(地域社会)」「エンバイロメント(環境)」「カスタマー(顧客)」の5つの評価エリアにおける企業パフォーマンスを測定できるツール。企業や業種によって異なる平均200問以上の設問に回答することで自社のスコアを算出でき、Bコープ認証されるためには80以上のスコアを取ることが求められる。

*生活賃金:労働者とその家族が十分な生活水準を維持するために必要な賃金。

── 確かに、「英語」は日本企業ではハードルになるケースが多そうです。Bコープ担当者との英語での審査面談もありますよね?

 はい。でも当時我々は山磨さんにサポートしてもらいましたし、2024年3月にはB Labの日本公式パートナーの「B Market Builder Japan」もできたので、今は必要であればその組織の方がコンサルという形で付いてくれますし、通訳を付けることも可能です。なので、面談に関してもそれほど難しさはないと思います。

インタビューに答える井筒さん

Image by: FASHIONSNAP

── 取得するハードルは確実に下がってきているんですね。

 それ以外に必要なのは、取り組むための時間を確保できるかどうかと、「絶対に取得してやる」という強い意志だけではないかなと。我々には縫製工場としての通常業務があるので時間を確保するのは大変でしたし、認証業務に専念できる社員を入れる余裕も全くなかった。でも、「どうにかして現状を変えたい」「縫製業の良いところをもっと見せたい」という思いが原動力になりました。

 もちろん、山磨さんとの出会いに恵まれた部分も大きかったのですが、僕らとしてもBコープの専門家となる人材を育てたという自負があります。彼は今、中小企業診断士をやりながら、Bコープの専門家として「B Market Builder Japan」のムーブメントに関わる一員にもなっています。

“人材不足”から一転、20代が続々入社

── 実際に認証を取得してから、会社としてはどんなメリットを実感していますか?

 一番は、若い人材の採用に大きな効果がありました。「日本仕事百貨」という、生き方や働き方、仕事内容のキーワードから求人を探せて、会社や社員へのインタビューを元にした記事とともに求人情報を紹介してくれるサイトがあるのですが、そこで「Bコープ認証を目指して取り組んでいます」という内容を含んだ記事を出したところ、5〜6人から応募があったんです。しかも、その大半が大卒の20代前半の日本人の方たちだったので、驚きました。

── それまでは20代からの応募はなかった?

 全くなかったですね。縫製業はどこも同じ状況だと思いますが、当時うちの会社が抱えていた一番の大きな課題は「人材不足」でした。でもその記事を出して以降、2年間で8人入社したんです。しかも、20代が5人、30代が2人、40代が1人と若手が中心。今では人材不足の問題は解消されましたし、本社社員の平均年齢は30歳台になりました。

Image by: 北村 穣(Rudesign / GO motion)

── それは確かに若いですね。

 本社には約20人ほどメンバーがいるのですが、45歳の僕が一番上で、一番下が20歳。記事を見て応募してきてくれた6人のうち、20代の3人は「Bコープの取り組みに共感して応募しました」と。「こういう取り組みが若い人たちにはしっかり刺さるのか」と、僕らとしても衝撃でした。

── 世界的にZ世代やミレニアル世代は環境・社会問題への関心が高いと言われていますが、やはり日本の若者にも同様の傾向があるんですね。ファッション業界全体で「人手不足」が深刻化している中、若い人たちが集まってくるというのは素晴らしいですね。

 どうして人手不足なのかと考えたとき、昔と今とでは人々の生活スタイルや価値観も変わっているからこそ、その変化にちゃんとフィットした会社でなければ、特に若い人たちからは支持されない。そういう思いがずっとありましたし、だからこそ変えていかなくてはいけないと思っています。

 これまでは昇進・昇給の仕組みや賞与の分配なども明確な基準がなく、社長の采配に任されてしまっていたのですが、それでは社員も将来の見通しが不明瞭で不安や不満を感じてしまう。このままでは良くないと思い、今はBコープ認証された次のステップとして、「職階」を作ることや、取引先に対等な取り引きをお願いするための「サプライヤー行動規範」の作成も進めています。

── ナイスコーポレーションの給与水準は、同業他社と比べると?

 同業他社と変わらないと思います。それでも来てくれる人がいるのは本当にありがたいですが、だからこそ入社してくれた社員たちの給与や賞与をアップできるよう、会社の収益を伸ばすことに今全力で取り組んでいるところです。

── Bコープ含め、“サステナビリティ”に対する取り組みというと、どうしても「余裕がないとできない」と思ってしまいがちです。でも、今すぐに現状ベースでできることもあるということですね。

 間違いなくできます。もちろん準備にある程度時間はかかるものの、大きなお金をかけずとも会社として社内外に対して信用が得られますし、採用にも良い影響がある。まだファッション業界では比較的注目度は低いですが、既に「パタゴニア(Patagonia)」や「クロエ(Chloé)」「マルベリー(Mulberry)」、日本では「シーエフシーエル(CFCL)」などが取得していますよね。Bコープは認証されることで会社の姿勢を示すことができるので、その意義をより多くの企業の社長たちが理解してくれたらいいなと考えています。

── 認証取得にはBIAで80点以上のスコアが必要なところ、ナイスコーポレーションは93.5点。とりわけ「コミュニティ」が32点と最も高かったですが、その理由は?

 「コミュニティ」に関する設問の中に、輸送によるエネルギー消費量や地域社会への貢献度などを測る観点から、「自社が取引するサプライヤーとの距離」を答える項目があります。弊社の場合は、基本的に供給から生産までの全てが岡山・広島エリアに入っているので、その時点で得点が高かった。さらに、例えば地元のお祭りの時に会社を開放して休憩所にしたり、地元のスポーツ団体に寄付したりと、会社と地域社会との繋がりが元々密接にあるので、そういった点が評価されました。

ベテラン社員が若手社員に教えている様子

Image by: 北村 穣(Rudesign / GO motion)

── そのような取り組みは地方の会社なら元々やっているところが多そうですが、それが評価ポイントになるんですね。縫製工場の場合、供給から生産までが地元で完結している会社は多いのでしょうか?

 多いと思います。特に弊社が位置する岡山の児島というエリアは、デニムの産地として発展してきた場所。同じくデニムの産地として有名な広島の福山エリアもそうですが、全てその地域内で完結することが強みでもあります。

 ただ、デニム製造の現場は分業制が圧倒的に多く、「パターン」「裁断」「縫製」「加工」と会社ごとに専門が分かれています。弊社も元々は縫製と裁断だけだったのですが、10〜15年前ごろから少しずつ部門を増やしていき、7年程前に企画からパターン、裁断、縫製、出荷まで全てワンストップで一貫してできる体制を確立しました。

── それが今、ナイスコーポレーションの強みになっている。

 全てを自社で完結できることによって、生産のスピードも上がって納期も明確に見えますし、コスト面でも透明性が高くなる。その代わり、人や設備の管理はどうしても大変になりますし経費も掛かりますが、設備・体制ともに世界で戦える工場になっていると思います。

「オリジナルブランド」「コラム」「メディア掲載」工場としての多様な発信の仕方

── 2023年1月には、オリジナルプロダクトブランドの「エヌシープロダクツ(NC PRODUCTS)」を立ち上げたそうですね。

 これはBコープとはまた別の取り組みとして、これまでは全くやってこなかった「一般消費者に向けた発信」と、その発信を通してBに向けて工場の技術とナイスコーポレーションの姿勢を伝えたいという目的でスタートしました。縫製工場としてやってきた自分たちが作るべき、届けるべきものは何かと考えたとき、ファッションというよりは工業製品の一つとして、僕らの技術や思いの集大成のような“プロダクト”を提案したいなと。それで、自社で出たデニムの裁断くずをリサイクルした再生繊維を用いたデニムパンツや、デニムの残反を活用したパッチワークのクッションやラグといった、“ライフスタイルプロダクト”を展開しています。

デニムパンツ

NC PRODUCTSのデニムパンツ

Image by: 曽我部洋平

パッチワーククッションとラグ

NC PRODUCTSのパッチワーククッションとラグ

Image by: 曽我部洋平

── 「NC PRODUCTS」の商品はどのように展開・訴求しているのでしょうか?

 基本的には自社オンラインストアで受注販売しているのですが、2023年1月には下北沢でポップアップも開催しました。ブランド立ち上げ時には、会社のブランド戦略をお願いしているupsettersにライフスタイルやプロダクト系に強いライターやプレスの方を起用してもらい、プレスリリースを作成して各メディアに配信したり、ブランドや会社についてのコラムをホームページに掲載したりしました。

 その結果、ブランドデビューについて「カーサ ブルータス(Casa BRUTUS)」や「ペン(Pen)」「エル・デコ(ELLE DECOR)」といった媒体で取り上げていただいたり、「GQ」の編集長がホームページのコラムをきっかけに、車と旅特集の号で「Number_iの神宮寺勇太さんがデニム作りに触れる」という企画で工場に取材に来て、NC PRODUCTSの紹介とともに記事化してくださったりして、反響がありました。

── それはすごいですね。メディア掲載や取材が増えたのは、Bコープ取得の影響も?

 そうですね。正直Bコープに認証される以前は全くなかったのですが、認証されて以降はいろいろなメディアに会社についての記事が載ったり、取材をしてもらえるようになりました。それが社員にとってもすごく刺激になっているようで、周囲から「記事を見たよ」と言われることで、自分たちの仕事や会社に対する自信やモチベーションにも繋がっています。ただ、やはりこれまではずっと製造のみをやってきた会社なので、販売や発信についてはまだまだ模索中です。

パッチワーククッション

NC PRODUCTSのパッチワーククッション

Image by: 曽我部洋平

── ホームページでのコラムによる発信などを拝見していると、自社のアピールだけではなく、同業他社にもBコープ認証取得を促しているようにも見受けられます。

 やはりファッション業界全体として、地元の同業他社と一緒に会社が良くなってほしいという思いがあります。児島地域だけを見ても正直あまり良い状況とは言えないですし、このまま行くと本当にこの業界は立ち行かなくなるという危機感を抱いていて。Bコープを取ることによってどこまで大きく変わるかはわかりませんが、それで少しでも仕事の依頼が増えたり、人手不足や業績不振を改善する一つのきっかけになればいいなと考えています。

── 実際に同業他社からの反響などはありましたか?

 同じ児島地域の会社から、「僕たちもBコープを取りたいんだけどどうしたらいい?」と連絡をもらいました。すぐに山磨さんを紹介して、今は山磨さんと毎週セッションを行いながら申請準備を進めているようです。それ以外にも、「話を聞かせてほしい」と数件問い合わせがありました。将来的には、児島が「Bコープ認証された企業が多い生産地」として、世界から注目されるようになったら嬉しいですね。

「国内の仕事だけでは現状維持すら難しくなる」だからこそ必要な変化

── 1990年に会社を設立してから現在までの間に、日本の縫製工場を取り巻く環境はどのように変化したと感じていますか?

 1990年代後半〜2000年代前半にかけて、「プレミアムジーンズブーム」で数年間一時的な盛り上がりはあったものの、それ以降は各社ともに売上も利益もジリジリと減少しているような状況です。縫製工場の数自体もかなり減少していると思います。児島を中心としたデニム産地では、多くの会社がかつては中国・四国エリアにサテライト的に出していた自社工場を軒並み畳んでしまい、今は本社工場だけが残っているようなところも多いですね。近年はコロナ禍や原材料の高騰、賃上げなどもあり、日本の縫製工場はますます利益を出すことが難しい状況になっています。

デニムパンツを穿いた太もも部分

Image by: 北村 穣(Rudesign / GO motion)

── コロナ禍では、具体的にどのような影響がありましたか?

 コロナ禍で海外の工場が閉鎖していた時期は、国内の縫製工場はどこも仕事がいっぱいで、値段もどんどん釣り上がっていきました。でもコロナ禍が落ち着いて海外の工場が稼働を再開してからは、よりコストの安い海外に再び仕事が出ていってしまい、去年の年末以降、国内の工場はかなり仕事が少なくなっています。

 ただ、それは当初からある程度想像できていたので、弊社は無理をせず自社のキャパで出来るだけの依頼しか受けていなかったですし、コロナ禍以前から「このまま日本だけで仕事をしていても現状維持すら難しくなる」と危機感を感じていた。だから海外からの受注を増やすべく、国際認証であるBコープ認証の準備を進めたり、海外に行って直接ブランドと商談したり、海外の展示会に出展したりと、4〜5年ほど前から少しずつ行動を起こしていました。そのおかげで、弊社の売上や業績は徐々に良くなっています。

 現状児島地域では廃業や倒産はまだあまり聞かないですが、それはコロナ融資がまだ継続しているから。実際には融資を返済できない会社も数多くあり、3年後には廃業も増えていくのではないかと思っています。特に、人手が足りず外国人の技能実習生に頼った経営をしている工場は、非常に危うい印象です。

── 「日本だけで仕事をしていても現状維持すら難しくなる」のはどういった理由からでしょうか?

 国内のアパレル企業さんが設定する利益率に見合う工賃で仕事を受けると、結果的に会社の収益が減り、社員の給与や賞与を下げざるを得なくなってしまう。それでは社員の生活を守れないですし、会社の経営も苦しくなっていく一方なんですよね。それでも仕事を受けなければならない現状があることも考え直す必要があると思いますし、工場に仕事を依頼する側とも、もっと密な対話を通して今直面している問題を解決しなければならないと考えています。

 我々はちょうどコロナ禍くらいの頃から、自社にとって必要かつ適正な利益を出せる金額を提示してもフィットしないと言われた場合には、残念ながらお仕事をお断りしてきました。その代わり海外の企業やブランドにも営業をして、少しずつ取り引きを増やしてきた。だから4〜5年前と比べて取引先数は減ったのですが、売上も利益も増えているんです。

── 海外の取引先の方が、より高い金額で仕事を発注してくれるということでしょうか?

 一概には言えませんが、概ねそうだと思います。今海外のメインの取引先はミラノの某コレクションブランドなのですが、こちらが必要とする金額を提示し説明すると、ちゃんと理解してコスト感を認めてもらっています。

 そうなると社員のためにも、それなりに高い金額で発注してくれるところと仕事をした方が絶対に良い。社員を守り、どう生活を豊かにするかということが、会社の代表である僕に課せられている責任だと思っています。一方で、実際に仕事を具現化するのは彼ら彼女らだからこそ、労働条件や環境を良くしていくことで、最終的にはそれが仕事の成果にも現れて、お客様からの信用にも繋がっていくのではないかなと。

── つまり日本の縫製工場は、海外との取り引きを積極的に増やしていくべきということですね。

 積極的に増やすことが全てではないと思いますが、会社の経営という観点から見るとそうかもしれません。ですが、もちろん日本のブランドさんでもきちんと理解してくれている方々はいらっしゃるので、そういった方々と一緒に“日本のものづくり”をしていけたらいいですね。やはり、日本のアパレル企業さんに“日本のものづくり”を胸を張って海外に出してもらえることが、僕ら工場としての誇りだと思っています。

デニムをミシンで縫製している様子

Image by: 曽我部洋平

── 岡山でデニムを作る海外ラグジュアリーブランドも多いと聞きます。製造を請け負っている工場は、皆さん英語で意思疎通ができるということでしょうか?

 おそらく、間に商社などが入っているところがほとんどだと思います。でも、商社を介さずに直接取り引きできた方が、工場側はより高く売れるしブランド側はより安く買えるので、双方にとって良いですよね。

── ちなみに、ナイスコーポレーションの直近の国内と海外の売上比率は?

 2023年度は国内65%・海外35%でしたが、2024年度の予想は国内55%・海外45%、2025年度の予想は国内50%・海外50%と、徐々に海外比率を増やしながら、売上も伸ばしていく計画です。

── 先ほど日本の縫製工場が抱える課題についてお伺いしましたが、一方で海外と比較した際の日本の縫製工場の強みとは?

 時代を問わず、ものづくりにおける日本ならではの細やかさや気遣いというのは確実にあって、それは強みだと思います。でも、自社が持つ良さや強みを自信をもって十分にアピールしたり、金額設定に対する明確な根拠を示すことができる工場はあまり多くはないのが現状です。弊社も、3〜4年前までは会社のホームページすらありませんでした。

ナイスコーポレーションのトップページ

ナイスコーポレーションのホームページより

── わかりやすくて充実したホームページだという印象を抱いていたので、ホームページ自体がそれほど最近までなかったとは驚きです。

 僕は入社して21年になりますが、その間何度か会社のホームページを作ろうとしたものの、前社長だった父親から「そんなものを作って何の意味があるんだ」「それで売上がいくら上がるんだ」などと言われて全く意見が合わず、頓挫したという過去がありました。それくらい年代のギャップによる価値観の違いがある中で会社を運営していたので、2020年に僕が代表取締役に就任してからも、会社を大きく変えようとする僕と父親との間にいろいろな軋轢があり、「もうお前は辞めろ」と解任されそうになったこともありました(笑)。

 でも、「人手不足」や「業績不振」といった深刻な課題がある中で、これからは我々のような工場も自分たちの良さや強み、思いを発信して伝えていくことが必要だと思ったんです。ホームページもその一環として作りましたが、今はホームページを見ていただければ、我々の会社としての姿勢やものづくりがわかりやすく伝わると思いますし、それが会社や工場としての「ブランディング」にもなっていると考えています。

「NC PRODUCTS」のホームページのコラム一覧ページ

「NC PRODUCTS」のホームページ上には、Bコープについての対談や製品にまつわるコラムが多数掲載されている。(「NC PRODUCTS」のホームページより)

 同じ縫製工場といってもその形はさまざまで、弊社のようにいろいろな発信や取り組みを行っている会社もあれば、全く営業をしない会社もある。でも、僕らが先陣を切ってBコープに認証されたり発信を行っていくことで、それに追随してくれる会社さんがいたら素敵ですし、僕らももっと他の工場さんを巻き込んだ取り組みを行いながら、業界全体の状況が少しずつ変わっていったらいいなと願っています。

取引先にとって“志を共にできるパートナー”となるような工場を目指して

── 最後に、会社としての今後の展望について教えてください。

 海外の取引先をもう少し増やしつつ、来年からはNC PRODUCTSの発信に力を入れていきたいと考えています。定番アイテム3〜4型を展開して展示会やポップアップなどを行いながら、将来的には国内外の他のブランドやセレクトショップなどとコラボレーションした、ダブルネームのアイテムの製作や展開にも着手していきたいですね。パリやミラノ、ロンドンに商談に行く機会が度々あるので、その時にセレクトショップも周りながらそういった話ができたらなと。3年後くらいには、パリにショールームを作ることも視野に入れています。

ペイントが施されたデニムパンツのクローズアップ

ニューヨーク・ブルックリンを拠点とする現代アーティスト、山口歴とのコラボで制作したデニムパンツ

Image by: 曽我部洋平

 今upsettersの岡部さんと一緒に、取り組みをまとめた書籍の制作を構想していて。「日本の中小企業の今の時代におけるポテンシャル」を伝えられるような内容を目指しています。Bコープの話も含め、僕たちと同じように思い悩んでいる中小企業の方々に向けた発信に繋がればと思っています。

── それは「読みたい」と思う方がたくさんいそうです。それにしても、本当にいろいろなことを計画されていますね。

 もちろん僕だけではできなくて、upsettersの皆さんや山磨さん、各士業の皆さんの存在も大きいです。そして、弊社の社員も育っていて、特に国内の仕事は僕がいなくても回るようになってきている。そういった環境を作ってくれた会社のメンバーにも感謝しています。来年には新入社員を育成する3ヶ年計画も3年目に入りますし、海外での営業を始めた効果が徐々に売上にも現れてくるのではないかと期待しています。

 これからも、各アパレル企業さんを支えるという「工場」としての立ち位置は変わらず大切にしつつ、今後は一般消費者にも、NC PRODUCTSを通して弊社のものづくりに共感してもらえたら嬉しいです。さらに、それが企業さんにも届いて「ナイスコーポレーションで作りたい」と思ってもらえるような、“志を共にできるパートナー”のような関係性を築くことができたら一番理想的ですね。「Bコープに認証された工場で作っている」ということが、アパレル企業さんにとってもメリットになっていったらいいなと思っています。

インタビューに答える井筒さん

Image by: FASHIONSNAP

(聞き手:佐々木エリカ)

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