謳い文句は「あっ、女子しか描けません。すてきな人しか描けません」。古塔つみは宣言通り「女子」だけしか描かないイラストレーターだ。自身初となる作品集「赤盤」にも女子をモチーフにしたイラストだけが集められているが、絵柄や色はもちろん、1人のイラストレーターが描き分けているとは思えないほど女子の表情は千差万別である。ロックバンドYOASOBIのキーヴィジュアルを手掛け、近年10代後半から20代前半の女性を中心に支持を集めている古塔は、年齢も顔も性別も非公開。なぜ、古塔は女子だけを描くことにこだわるのか。イラストレーター古塔つみに迫った。
――「古塔つみ」という名前の由来は?
本名のアナグラムです。あまり深く考えずにつけました。
―― ご出身は愛知県。
生まれも育ちも愛知です。西の外れで蓮根が有名なところに今も住んでいます。
―― 年齢も性別も非公開、多くがベールに包まれています。
あまり作品以外の情報にひっぱられてもな、と思って。個人的な情報はあまりオープンにしていません。
―― 絵を描き始めた最初の記憶は?
物心ついた時にはもう自分からすすんで描いてましたね。1番最初の強烈な記憶は、保育園の年少の時。詰め替え用として流通している文房具のりが大量に入れられている青いのりバケツってわかりますか?保育園の先生がそれを花瓶代わりしていたんですが、それを描いたんです。えらく褒められましてね。嬉しかったのをよく覚えています。今思えば、初期衝動かもしれません。
―― 幼少期から「絵を生業にしていこう」と考えていましたか?
まったく(笑)。ただ、絵を描くことは好きだったので学生時代にぼやっと「漫画家って、かっこいいな」と考えたりはしましたね。
―― 絵はどこで学びましたか?
独学です。一時期デッサンの勉強をしたこともあったんですけどね。大学受験では美術大学を受けましたが、美大は美大でも絵ではなく文芸の分野を受験しました。当時は文学の熱に浮かされて「詩人になりたい」と考えていたんです(笑)。
―― 影響を受けた詩人は?
「ポエム」という言葉が出てくる前の戦後詩に傾倒しました。戦死者の供養からはじまる暗い詩から発展していくようなものが好きです。具体的には、吉増剛造さんや、石垣りんさんなど。吉増さんのテキストの限界に挑んでいる姿を尊敬していますし、石垣さんの詩は、読んでいると時たま青春映画のように感じられてグッときます。
―― 古塔さんはSNSを中心に話題を集めていますが、イラストをSNSに投稿したきっかけは?
イラストレーターとは別に、花屋を生業としているのですが、その仕事をある程度他の人に任せられるようになったんですよね。そうすると普段仕事をしていた夜の時間がポッカリ空くことに気がついたんです。それで、2017年から描いた絵をSNSに投稿するようになりました。
―― 今ではインスタグラムのフォロワー約20万人と、注目を集めているイラストレーターの1人です。注目を集めるきっかけとなった出来事などはありましたか?
大きな出来事はなかったかな、と自分では思っています。ただ、とにかく毎日イラストを投稿していたことと、DMで募集したファンの方の似顔絵を描いていたことが大きいのかもしれませんね。
―― 確かにリプライでファンの方と交流していたりと「ファンと距離の近いイラストレーター」という印象があります。ファンの似顔絵制作は今でも続けているんですか?
もちろん。「案件で新しいイラストを描きたいのですが、描いてもいいよという人『いいね』押しといてください」と言うような形で募集をかけます。それで「この人にお願いしたいな」と思ったらこそっとDMする(笑)。初期の頃は、街で見かけた子をこっそりと描いていたりもしました。
―― 古塔さんは「あっ、女子しか描けません。すてきな人しか描けません。」というキャッチコピーでも知られていますが、男性ファンから似顔絵の依頼があった場合はどうしているんですか?
今はお断りしているんですが、昔は男性を女性化して描いていました。
―― なぜ、「女子」を描くことにこだわっているのでしょうか。
ひとつは、根底にガールズイラストが上手い人に憧れているというのがあるから。ファンの方からも江口寿史さんへのリスペクトを度々指摘されますが、江口さんだけではないんですよ。鳥山明先生が描く女性像や、ジブリ作品に出てくる女の子、大友克洋先生の絵のタッチなど、自分が学生の時に熱中した作品から大いに影響を受けています。ちなみに個人的にはあだち充先生の影響が1番強いかなと思っているんですが、まだ誰からも指摘されたことはないですね(笑)。
もうひとつは、女の子のイラストを描く方が簡単に感じたから。個人的には男性の筋肉を描き込むより、柔らかい線で表現できる女子の方が描きやすくて。描く技術を上達させるために、女子だけを描き続けた方が近道だなと思ったんです。
――「女子だけを描く」と宣言することで、表現できることの幅が狭まるという感覚はありませんか?
単純に私の絵柄に統一性がなく、とっ散らかっていると言うのもあるんですが、私は「女子だけ」を描くことでむしろ、多様性を表していきたいんです。というのも、幼少期に漫画を読んでいた時、同じ漫画家が描く違う作品のはずなのに、主人公の顔が全て同じように見えてしまうことがあって。例えば、オムニバス形式の短編恋愛漫画を読みながら「この男の人と女の人がまたいちゃいちゃしている!毎回、同じ男の人がハーレムを形成している!」と思っていたら、同じ漫画家が描く全く違う作品だったんです(笑)。もちろん、作者的には作品によって登場人物の顔は変えているはずですし、私の間が抜けているというのもあるんですが、幼心に解せなかったんですよね。だから私のベースとして「分かり易すぎるくらい女の子を描き分けよう」というのがあるんだと思います。 「何を描いても同じ顔になってしまう」と言うのは、自分の理想に寄せすぎていたりと、作家のエゴが出た結果だと思うんです。「多様性と女の子」というのは食い合わせが悪いように思われるかもしれませんが、私のエゴを置いておくことで「いろんなの女の子がいるし、いてもいいし、それにとやかく言う権利は誰にもない」という多様性に目を向けることはできるな、と思うんですよね。
―― 古塔さんの描く女の子は眼差しが印象的です。
ありがとうございます。多分どの作家さんも一緒ですが、目に1番力を入れています。目は、1番表情が出やすいんですよね。これは私のエゴの部分ですが、何かをやろうとしている人から滲み出る信念が好きなんです。その信念が1番宿りやすいのが目だなと思っています。
―― 古塔さんの描く女性は「女の子が好きな女の子」という雰囲気があるように感じます。
ファン層を自分で分析すると、10代後半から20代前半の女性を中心に応援してもらっているなと感じています。「自立した強い女の子」「信念を持つ女の子」というイメージは今の時代のムードに合っていて、だからこそ若い女性たちから応援してもらっているのかもしれませんね。意図的な精神論ではなく、その人が生きている中で積み重ねられたものが自然と滲み出る瞬間をみんな求めているのかなって。
―― CDジャケットやアパレルブランドとのコラボなど、クライアントワークも多く手掛けています。個人の作家活動とクライアントワークの差別化はどのように考えていますか?
「自分の為に描くもの」と「頼まれて描くもの」以外は何もありません。私自身、学生時代は「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」などのモード系ブランドが大好きで。ご飯代を削って服を買うくらいファッションが好きだったし、今も昔も音楽が大好きなので、大好きなものに携われるクライアントワークは当然楽しいし、面白いなと思ってやっています。一方で個人の作家活動は100%自分の為に描いています。なので、どちらかに偏るというよりかは常に真ん中に立っていて、「どちらもやっているから古塔つみである」と自認しています。
―― 100%自分の為に描くことで、結果的にエゴが出てしまうことはないですか?多様性と自分のために描くことのバランスは難しいように感じます。
「かけっこで1番になりたい」という感覚に近いんです。つまり、「自分の為に」というのは「もっと絵が上手くなりたい」という根本的なこと。平たく言ってしまえば「描く数を重ねていく」というだけなのかもしれません。そう言う意味ではエゴは出にくいかなと。
―― 4月28日からは個展「q」が開催されます。
今回の個展を最後に、フィジカルでの個展開催とフィジカル作品販売を控えようかなと思っています。ある程度、デジタルからフィジカルへのアウトプット方法を試せたので「q」で一つの区切りに。次回からはNFTを試してみたりと、一旦現実世界から距離を取ろうかなと考えています。なので、「q」では集大成としていろいろな作品を展示できたらなと。
――フィジカルでのアウトプットをいったん一区切りとした理由は?
デジタルで制作した作品をフィジカル作品にアウトプットすることは、基本的に劣化なんですよね。当然ですが、モニター環境の方が明らかに綺麗に見えるんです。デジタル制作した作品を紙に落とし込むと、色味が再現しきれない。だったら、アウトプットした作品は「あくまでもおまけ」という立ち位置がいいんじゃないかな、と。もっと言うと、展示方法を全部液晶画面にしてしまうという方法もあると思います。
絵具の種類も、デジタルツールも増えて頭の中のイメージを表現しやすくなっているはずなのに、「アウトプット」を挟むことで感覚的に1歩後退してしまうような気がするんです。私の絵柄も、アナログに近いように見せようと努力したりもするんですが、それ自体も馬鹿らしいなと思うようになってしまったんですよね。
―― 今、「女の子しか描かない」という画風がありますが、今後作風が変わることはありますか?
ないと思います。縛りのルールがある方が楽しいので。先日、男性用整髪料のお仕事の話をいただいたんですが、「女子しか描きません」とお断りの連絡をしたら「女子でいいです!」と言われたんです。そういうルールの中で、自分がやれることをやっていくというのは痛快だな、と。
―― 最後に、今後の目標を教えてください。
変なことを言いますが、最終的には世界平和に繋がるような一助がしたいんです(笑)。ある程度知名度が上がれば、メッセージ性を込めたものが伝わりやすくなるかなと思っていて。現状の私は中途半端で、校長先生の挨拶みたいに「なんか偉そうなこと言ってるな」と思われるくらい。誰も私の話は聞いてないと思っています。でも、バンクシーくらいの影響力を持てば、その一言には大きな意味合いが出てくる。一言で世の中に一石を投じて、その一石で議論が生じて、結果的に世界が少しでも良い方に転がっていけばそんなに素敵なことってないなと思うんです。なのである意味、私の最終目標は『「イラスト」を用いて発信力を高め、世の中にとっていいことする』なのかもしれませんね。