Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
東京で地位を確立したブランドたちは当たり前のようにパリを目指し、パリで認められると、その多くは日本でファッションショーを開催しなくなる。「ブランド」として「洋服」を作り続けている限りそこに高みがあり、憧れは止められないのだから当然だと思う。
一方で東京のコレクションブランドを取材していると、極東の島国でひとりブランドを営みながら、等身大でパーソナルな悩みや発見、日常の些細な出来事に足を止め、服と人間の関係性に向き合い続けているファッションデザイナーに多く出会う。毎朝満員電車に乗り、静かに真面目に働いて、事件の起きない毎日を送る人間からすると、どうしても彼らのモノづくりへの共感と愛おしさは止まない。
「ヨウヘイオオノ(YOHEI OHNO)」が2024年秋冬コレクションで表現する、「ラグジュアリーへの憧れ」と「実生活とのギャップ」を埋めようと切実に試行する姿は、両者間のギャップを捉え直す新たな視点をくれた。
抽象を以って抽象を制す
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デザイナーの大野陽平が自身の幼少期の実体験を生々しいまでに掘り下げ、ブランドにとって大きなハイライトとなった先シーズンとは対照的に、大野自身がまだ経験したことがない大人の世界(=ラグジュアリー)を表現する、「大人へ向けたクラシック」に挑戦したという今シーズン。先シーズンで表出した幼さやアバンギャルドさを新たなステージに進めるため、大野のオリジンを大野らしくマチュア(成熟)させるとはなんたるかを探るところからコレクションは始まった。
そんな中、昨年11月、衝撃作を多く生み出している映画監督のギャスパー・ノエへインタビューする機会を得た大野。2分割された画面に死に向かう老夫婦を1人ずつ描写するという表現で話題を呼んだ新作映画「VORTEX ヴォルテックス」について同氏が語った「57歳になった今、私はようやく少しだけ大人になりつつあるのかもしれない。未知の世界に入り込んでいる」という言葉が大野に勇気を与えたという。
10年近くブランドをやってきても「依然としてラグジュアリーは遠いもの」と大野。そもそもラグジュアリーは「豪華な・贅沢な」という意味だが、真にラグジュアリーとはなんなのか、それ以上の言語化自体が憚られる気もする。ここで大人とラグジュアリーを同義とするのは安直すぎる気もするが、抽象的なものを抽象的なものに言い換えるというただそれだけでも、不明瞭なものに向き合う新しい視点を得ることはできる。
ラグビーボール型のボトムを持つワンピースなど、大野自身のバックグラウンドや今まで積み上げてきたクリエイションという文脈を踏まえなければ奇天烈に写り得るアウトプットが、同氏のクリエイションのエッジラインを際立たせた先シーズン。打って変わり、「自分はまだ、大人の世界に入りきれていない実感がある」と話す通り、今シーズンは同氏には馴染みがないものをテーマに掲げたわけだが、わからないものにわからないものを以って立ち向かう時に携えるのは、フラットでドライな傍観者的立場とアイロニーで、「工夫して品よく形にする。ばかばかしくやる」という大野の変わらないアティチュードは健在だ。それは研究者のように、はたまた全てを悟ったニヒリストのように「まだ未熟な“庶民”から見たラグジュアリー」や「自分からは程遠い大人の世界」をコレクションで表現した。
今回のショーのインビテーションには、ボタニカルスキンケアブランド「セイル(SAIL)」と協業して作られた大野の思う「音楽室の香り」が封入されていた。会場には、先シーズンのテーマである「NOSTARGIA(懐かしさ)」と連動させたというその香りが、目眩がするほど濃く充満し、前回のノスタルジーとは対照的なものとテーマとしながらも、脳裏には香りが呼び起こす懐かしさがよぎる。これからショーで表現される全てが大野のノスタルジーと地続きであることを空間全体で演出する。
ショーの会場に選ばれたのは、六本木の泉屋博古館東京。現在同館では、大正中期に大阪天王寺の茶臼山に建築された住友家本邸を飾るために描かれた木島櫻谷の「四季連作屏風」が展示されている。今回の展示とショーのタイミングはあくまでも偶然に巡り合ったものだが、図らずも、老舗の大手メゾンが立ち上がったのと同時期に日本で生み出された文化財である大きな金屏風を前に、濃厚な「音楽室の香り」が漂う中薄暗い展示室をモデルたちが歩くカオスな(良い)ミスマッチを起こす。
なお、京都・鹿ヶ谷の泉屋博古館の分館として六本木の住友家麻布別邸跡地に開館し、住友コレクションを中心に、近代の絵画や工芸品などを所蔵する泉屋博古館東京が会場に選ばれたのは、大野が2025年に開催される大阪・関西万博「住友館」のアテンダントユニフォームデザインを担当することになったからだ。
ヴィヴィアンに学ぶ気品と挑戦
以前までのコレクションとの最も大きな違いはテクスチャとシルエットだ。今までのような構築的なデザインを際立たせてきた張りのある生地ではなく、身体に馴染み、緩やかなドレープを生む落ち感のあるクラシカルな生地が採用された。
近頃ドレーピングに夢中になっているという大野は、ヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)のドレスメイキングに強い影響を受けているという。フォルムという点で見ると一見乱暴に布を動かしているようにも見えるが、その乱暴さの中に気品を感じるとし、「自分なりの布の扱い方で如何に気品を出すことができるかに挑戦した」と話す。
取り入れたのは、クラシカルなドレスに合わせてバッグを手に持つ時の所作。ラグジュアリーなドレスを着用する人間の生活の中の動きをドレープとして設計し、コートやドレスのシルエットからはみ出した布を手に掛けて歩いたり、コートそのものをストールのように扱うスタイリングが登場した。
ピアスやグローブの指先に取り付けられた「河原の石」を使用したアクセサリーは日高俊が手掛けるジュエリーブランド「ヒダカ(HIDAKA)」と村田志文のプロダクトレーベル「エスエスピー(ssp.)」とのコラボレーション。ラグジュアリーと実生活との間にある距離を近づけるために、ジュエリーというものの本質を大野なりに表出させる方法として、河原で拾った原価0円の石にメタルやパール調の特殊塗装を施して高価なジュエリーとなるよう仕上げた。
如何に心を美しく、如何に気高くいられるか
ヨウヘイオオノは今年で9年目。同世代や大野よりも若い世代でも、パリで発表をするブランドはある。デザイナーとしてのキャリアを問われる節目を迎えながらも、「発表の場がどこであれ、自分なりに一流になりさえすれば信頼を得られると思う」とし、「素朴な生活の中で、如何に心を美しく、如何に自分が気高くいられるかということの方が重要じゃないかと感じた」と大野はショーを締めくくる。
パリに挑まないのは逃げだろうか? いや、当然そんなことはない。日本という土地で、パーソナルな感覚と細やかな視点をもって作り続けるデザイナーたちの「洋服」は、ファッションデザインの「出尽くした感」を突破する、新しさを生み出すのではと期待してしまう。そんな意味でも、真面目で職人気質な視点とシニカルな「もののあはれ」的ユーモアを持つ同氏のクリエイションが万博の舞台に登場するのは、物議を醸す話題が多い中で珍しく、ファッション業界の人間として嬉しいニュースだった。
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