デザインコンサルティング契約締結時の記者会見の模様(左からファーストリテイリング執行役員の勝田幸宏氏、ジル・サンダー、会長の柳井正氏)※写真は2009年撮影
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今秋、ユニクロとジル・サンダーのコラボレーションライン「+J(プラスジェイ)」が9年ぶりに復活するという。このニュースを聞いて、1998年6月に初のメンズコレクション取材でミラノへ行った時、インタビューを申し込んでいたジル・サンダーと、思いもかけない長い時間にわたって会話を交わすという贅沢な一日を過ごしたことを思い出した。ジル・サンダーという稀有な才能を持つデザイナーと向き合いながら、ジルの語る言葉に深い感銘を覚えたその日のエピソードに触れてみたい。(文=フリー編集者 田口淑子)
まずは初めに彼女のプロフィールをご紹介しよう。ジル・サンダーは1943年、ドイツ・ハンブルグ生まれ。アメリカ留学からの帰国後、ファッション誌の編集者を経て、1968年に自身の名前を冠したブランド「ジル・サンダー」を設立した。1987年にミラノコレクションに参加しウィメンズコレクションを発表。1997年にはメンズコレクションを始動する。オリジナル開発した極めて上質で軽さを追求した素材。装飾性を省いた抑制の効いたデザイン。突出したピュアな印象のフォルムで、既存のラグジュアリー・ブランドの概念を一新した。2000年、プラダ・グループに買収されデザイナーを退任。2009年、ユニクロとのコラボレーションで「+J」をスタートし、世界中で注目される。そして今年11月、「+J」が9年ぶりに復活することが決定した。
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さて、1998年6月のインタビューの日、ジル・サンダー側からもらった時間は30分間。午前11時の約束なので、午後は幾つかのショーと展示会を見に行く予定にしていた。初対面の挨拶代わりに、当時私が編集長として手掛けていた「ミスター・ハイファッション」の最新号をジルに手渡した。それは1998年6月号で、表紙のモデルは、当時16歳のジャニーズの滝沢秀明君と、10歳の女優、鈴木杏ちゃん。特集のテーマは「ピュアネス」。この二人なら読者にピュアネスというテーマが一目で伝わると迷うことのない人選だった。ちなみに小誌はタイトルだけは英文を併記している。ジルはゆっくりと表紙を眺め、続く巻頭のモードページをじっくりと確認し、そしてタイトルを読んでから、「ピュアネスは人生で最も大事なことよ。あなたは、根源的で表現の難しいこのテーマに、モード誌で挑戦したのね」と、この号で私が目指したものをすっと読み取ってくれたのだ。約300ページの一冊を1ページごと丹念にめくり、時々頷きながら穏やかな眼差しで見てくれた。それだけで約束の30分は過ぎようとしていた。
スタジオでインタビューが一区切りついたのは2時過ぎだったか。それから近くのレストランで遅めのランチに同席し、そこでも話題は尽きず、帰途に着いた時は5時を回っていた。この日私はショーを一つも見なかったのだ。だがしばらくしてから、ジルの方こそ、今日のあらゆる予定を変更したのだろうとハッと気がついた。ショー開催の翌日、世界中のメディアから取材のオファーが殺到していないわけがない。最初のうち同席していたスタッフが、ジルとドイツ語で短いやりとりしてから離席したが、あれは今日の予定をすべてキャンセルし、スケジュールを変更、調整をするための退室だったのだろう。
ジルにとって「ミスター・ハイファッション」は、この日初めて目にする名前も知らない雑誌だ。より影響力のある他のメディアとのアポや、重要なミーティングを変更して、日本語で書かれたこの雑誌を優先し、半日近い時間を割いてくれたのだ。この一件は、ジルの、クリエーションに関する一貫した価値観と真摯な姿勢をダイレクトに表明している。有名無名を問わず、自分の"眼"で対象物を見極める直感的な判断力、行動力、集中力。エモーション。世の中の常識や伝統をイノベートするのはこういう人なのだと、今でも忘れることのない深い感銘を覚えた時間だった。
2009年、ジル・サンダーがユニクロと協業し、「+J」というラインが発売になるというニュースを聞いた時、最初は懐疑的な気持ちだった。当時、ユニクロとジル・サンダーは、ブランドとしては対極に位置付けられていた。価格帯に関しての比較をしても、一方の量産体制による低価格な製品に対して、片や究極の素材による高価格なアイテム群。だが、完成した「+J」の製品を眼にした時、危ぶんだのは杞憂だったとすぐに感じた。この対極的な両者の協業は、互いが新たな時代へ向かって踏み出すための、緻密で周到で確信に満ちた挑戦だったのだ。成果としての製品を見た時は、協業のプロセスは熾烈な戰いの連続だったろうと想像ができた。
ファーストコレクション発売時の売り場の様子(銀座店) Image by : FASHIONSNAP.COM
公式な発売日の前夜だったか、ユニクロ銀座店でマスコミ関連の招待者だけへの「+J」のお披露目と販売会が催された。その場には、これまでユニクロの服を自分のワードローブには加えたことがなさそうなファッション誌の編集長が男女ともほぼ揃って出席していて、高揚した顔で"自分の服"を熱心に選んでいた。この時私が購入したのは、濃紺のカシミヤのセーターとモッサのスカート、同じ型の黒いTシャツ3枚など。ちなみにジルのTシャツは襟ぐりのラインに気品があって美しい。どれも今でも現役で着られるのは、ジルの理念に基づいた、妥協のない上質な素材を採用していることの証だろう。
つい先日、復活する「+J」の製品ラインナップが発表された。長い間の職業柄か、私は優れたコレクションを見るとエネルギーをもらって元気になるのだが、今回の「+J」のアイテムをサイトの写真で見て、たちまち気分が高揚してきた。唯一無二、ジル・サンダーならではのアイテムを早く手にとってみたいと、今から発売日を心待ちにしている。
文=田口淑子
文化出版局にて、「ミスター・ハイファッション」、「ハイファッション」の編集長を務める。2010年の定年退職後はフリーの編集者として主に新聞や雑誌にファッションのコラムを寄稿。編著に「山本耀司。モードの記録。」(文化出版局刊)がある。同書は中国語版も出版され、中国で販売されている。
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