堀内太郎
Image by: FASHIONSNAP
10年にわたり展開してきたウィメンズブランド「タロウ ホリウチ(TARO HORIUCHI)」を休止し、「ティーエイチプロダクツ(th products)」に集中することを決めたデザイナー堀内太郎。約40の卸先があったタロウ ホリウチをストップさせてまで、ブランドの1本化を決めた理由とは何か。メンズに加えて、ウィメンズアイテムも展開していくティーエイチプロダクツの今後の展望について聞く。
タロウ ホリウチを休止する理由とは?
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ー突然のブランド休止は驚きました。決断の理由は?
自分の本当にやりたい事であるティーエイチプロダクツが順調に成長していて、そこに集中したかったというのが一番の理由です。タロウ ホリウチは10年目を過ぎた所なのですが、近年はウィメンズウェア自体が持つ流動性や、マーケットに寄り添った物づくりを意識せざるを得ないところがあって。自分の中でうまく咀嚼しきれない部分があったので、やりたいことに専念したほうがいいのではないかとティーエイチプロダクツを立ち上げた2018年ごろから考えていました。
ー確かに、国内のウィメンズ市場の難しさはありますね。
ウィメンズウェアでは、女性の移り変わるムードをより繊細に感じて時代性を意識して服に落とし込んでいかなくてはいけないと考えています。一方でティーエイチプロダクツでは時代感への意識よりも、よりソリッドで普遍的なものづくりを意識していて、僕自身は今そこにすごく興味をもっています。2018年に始めたブランドですが順調に伸びていて、タロウ ホリウチをストップしてもいいんじゃないかと思える規模にまでなりました。自分の力を2つに分散させるのではなく、一度ここでティーエイチプロダクツに一本化して突き詰めていきたいと思い決断しました。
ータロウ ホリウチは約40の卸先がありました。担当バイヤーは休止と聞いてどんな反応でしたか?
休止のニュースが出る半年前に卸先にはお伝えしたんですが、想いを伝えたらバイヤーさんは理解を示してくれたと思っています。長年の多くのサポートに本当に感謝しかありません。
ービジネスの観点から言えば、2ブランドを足した売上を今後はティーエイチプロダクツだけで賄わなければなりません。
卸先はまだ国内外を合わせて35店舗程ですが、コロナ禍でもティーエイチプロダクツの売上は順調に伸びており、手応えを感じています。もちろんブランド規模の拡大は考えていますが、スピードよりも長期視点で、いい形での成長を目指したいと考えています。
新生ティーエイチプロダクツ、目指すは普遍性を意識した「集積の美」
ーティーエイチプロダクツはメンズブランドとして展開してきたかと思いますが、2021年秋冬コレクションからは女性服も提案していく。
従来の男性の為の服、女性の為の服という分け方ではなくて僕の中では「ジェンダーレス」を強く意識して製作しています。ティーエイチプロダクツは始めた当初からファッションブランドと言うよりもプロダクトブランド的なもの作りを意識していて、タロウ ホリウチとは全く違う形での提案をしています。
もちろん卸先が今までのウィメンズと全く同じ形で移行するとは思えないので、また一からスタートと考えていて、少し違う顧客層を見つけていく必要があると思っています。あと、休止前最後となった2020-21年秋冬コレクションでは、白黒のティーエイチプロダクツのニュアンスを反映させた物を製作したんですが、バイヤーやプレスの反応は好感触で。自分の判断は間違いではないなとも思えました。
ー実際に展示会で服を見ましたが、デザイン全体からはかなりジェンダーレスな印象を受けました。
僕自身も女性の為に作られたブランドのコートやパンツなどを違和感なく着てきましたし、今は多くの女性もメンズウェアを着ている、それぞれの趣味嗜好で物を選ぶ時代の様に思います。また、ティーエイチプロダクツの最初に発表したシーズンルックでもモデルの一人は女性でした。常に性が交差するようなもの作りには腑に落ちる感覚があり、それを実践した形です。今回ミニマルなデザインのスカートなど女性を想定して製作したものもあるのですが、展示会では男性の友人がロングスカートを買ってくれたりと嬉しい驚きもありました。普遍的で、性差や年齢、国籍を意識せず着られるプロダクトというものを追求していきたいと考えています。
ー「th007」コレクションを見て堀内さんの初期のデザインを思い出しました。
僕自身、帰国して最初に製作した2010年春夏のデビューコレクションでは、今のティーエイチプロダクツと同じ「普遍性」をコンセプトにしていました。全てグレーのコレクションで、次の2010-11年秋冬コレクションでは白・黒・グレーで構成しました。その後シーズンを重ねる毎にバリエーションを広げていったのですが、ティーエイチプロダクツを始めた時に「ああ、これが自分のプリミティブな感情だったんだな」と再確認できたんです。そして10年後に着想したところがデビューの時と同じだというのは、自分でも面白いなと思います。
ーまさに原点回帰。
デビュー当時にインスピレーション源にしていたのが、数字を書き続ける作風が特徴のロマン・オパルカというアーティストでした。一つ一つのピースはすごくシンプルで一見してインパクトはないですが、数字が集積された時に何か新しい表情を見せてそれが強く美しいものとして見えてくる。「th007」コレクションのプレスリリースにも書いたのですが、アイテム単体ではインパクトを感じないものでも、集積することで見えてくる「集積の美」という思想をティーエイチプロダクツには反映させています。
ー今シーズンは特にテキスタイルへのこだわりを感じました。中でも自信がある素材は?
細番手の糸を使用した、メンズ規格で打ち込みの良いウールギャバジンと、シルケット加工を施さず膨らみを持たせ、微起毛させることで古着のような風合いを持たせたモールスキンです。
現在コレクション全体の中でも6~7割が定番の生地になっているのですが、もっと定番となる素材を増やしていきたいと考えています。フレンチヴィンテージでも見る事がある、使うほどに味が出てくるモールスキンなどの素材や、逆にナイロン95%にポリウレタンの混紡といった現代ならではの素材も加えています。クラシカルとテクニカルの両軸で素材を研究していくことが大事だと思っています。
「th007」
Image by: th products
ーカラーパレットは一部パープルもありますが、白、黒、グレーで統一されています。
パープルに見えるかもしれませんが、あれは僕の中ではグレーなんですよ(笑)。これまでティーエイチプロダクツではベージュやカーキも使ってきたのですが、今回から白・黒・グレーで色を統一しようと考えています。簡潔で強い意志を感じさせる白と黒という色と共に、グレーというその中間に存在する中立的で抽象的な色を加えた、という形です。グレーには数千ものグラデーションがあり、そのどれを選択するかがブランドの個性になっていけばと思っています。
ー今シーズンからウィメンズだけでなくレザーグッズの展開もスタート。
ティーエイチプロダクツではブランドの立ち上げ当初から、椅子や鏡なども「ダイケイミルズ(DAIKEI MILLS)」との協業で制作し販売しています。そのプロダクト的なブランドの考え方とも連動した形で生活の為のアイテムを拡充したいと考えました。今シーズンから少しずつ広げていき、レザーグッズなどの小物アイテムだけでの動きも考えています。
ー人気のアイテムは何ですか?
やはりテーラリングやシャツアイテムでしょうか。ウィメンズ担当のバイヤーの方からもピックアップされています。
過去の服が良い理由
ー堀内さんはラフ・シモンズ(Raf Simons)が好きでリサーチもしていると聞きました。ラフはプロダクトというよりファッションというイメージが強く、ファッションを追求するタロウ ホリウチではなく逆にプロダクトのティーエイチプロダクツに集中することに疑問を感じたのですが。
ティーエイチプロダクツを作る時には様々な時代の服をリサーチしていてその中にラフは当然あるのですが、僕自身がファッションを初めて体感した90年代のものも非常に多いです。リサーチに関しては、様々な年代からフラットな目線で選んで分析して、いかにそれを現代の服に落とし込むかということを意識的に行っています。僕が気になって調べる服はブランドでもヴィンテージでも非常にクラシックなもので、強いファッション性をまとったものではありません。
ー服を研究して、今の時代に合った服にアップデートしていく。
ティーエイチプロダクツを製作する時に僕自身はデザイナーではなく、「編集者」や「キュレーター」の様なものだと考えています。僕の仕事は様々な時代のものを見て選び出し、現代に即した形でアップデートするだけとも言えるかと思います。ファッションでは常に「新しい」物が溢れているし、「新しい」物を追求する事が良いとされている様に感じますが、それは近代的な思考にも思えていて、過去の良い物を発掘して新しい世界観の中で再編集する事でも新しい美の構築に繋がると考えています。
ー初期以降のタロウ ホリウチでは、わかりやすい「新しさ」を追求していた?
はい。ただ「新しさ」を追求した物はどうしても時間の流れと共に古くなってしまうので、そこに違和感をより感じるようになりました。僕がやりたいことはそこではないなと思う様になったきっかけかも知れません。
ーコロナ禍で取材をしていると、堀内さんと同じようなことを言うデザイナーが増えているんですよね。
やはりコロナは、一つの起点で。僕の周りでも、考えが大きく変わった人は多い。2018年から始めたティーエイチプロダクツですがコロナを体感して、より強く考えが強まった気がしています。
ーコロナでできた空白によって、自問自答ができた。
見つめ直す時間はありました。「なぜ服を作っているのか」「何が本当に好きだったのか」と、考えるきっかけには間違いなくなったと思います。もともと僕自身が物を沢山買う方ではないのですが、出歩く回数が減った事もありさらに買わなくなったという変化はありました。
ー服も買っていないんですか?
ここ数年は古着もしくはティーエイチプロダクツしかほぼ買っていません。良い服は長く着ますしヴィンテージを着ていいなと思えるのは、シンプルに良い服だからだと考えていて、だからこそ自分のブランドでも「流行っているから着る」と思われるものを作りたくない。服を大量に作って消費を促すという状況に加担したいとは思っていません。
ー堀内さんが思う「良い服」を定義するなら?
在り来たりですが、長く愛され時代を超えるもの、それに尽きるかもしれません。古着を見ていると、僕も何人もの人の手に渡ってリペアされながら時代を超えて残るものを作っていきたいと思うんです。リサーチとして集めた様々な時代の服を写真に残してアーカイヴ化し始めているので、何かの形で披露出来たらとも考えています。
ー時代を超えて残る服の共通項ってありますか?
これは僕の嗜好もありますが、素材、シルエット、縫製は非常に大事だと思っています。あとはやはり如何にシンプルであるかどうか。今回「th007」で製作したムートンジャケットは1910年代の物を参照しているのですが、100年以上の時間が経っている服は当然数人の所有者を経ているわけで、当然壊れるしリペアをされていることが多い。その時にデザインが過剰な物だったらバランスが崩れて時代に耐えられないと思っています。そぎ落とされたデザインだからこそ、人の手が加わって多少のバランスの変化があったとしても成り立って残っていくのではないかなと。それはある種「無個性なもの」と言えるのかもしれないですね。
ーシンプルと同義で使われがちですが、ミニマルという概念に近いかもしれませんね。
何かしらの変化が起こっても耐え得るデザインという意味では、個性がないとも言える。例えばデザイナーの服でも、僕が蒐集しているシンプルな服こそが彼らの素の部分なのではと思っています。
ー研究を重ねてこそ生まれるティーエイチプロダクツの今後のクリエイションが楽しみです。
生地のほとんどを、テキスタイル職人の方と協業して作っているのですが、彼との会話で興味深かったのが、80年代以降は素材開発から加工の工程までコストカットが進み、化繊を除いて今の生地の方がクオリティが低いという話で。逆に80、90年代が時間をかけたものすごく贅沢な作り方をしていたとも言えるんですが、今はギャバジン一つとっても当時の加工やクオリティを再現できる機械がなくて作れなかったりもします。現代に生きる僕は、今の生地を使うしかない。その中で現代の生地に合う服はどんなものなのか、現代の服はどうあるべきなのか、そういった地味なことをずっと考えています(笑)。
ー80年代、90年代の服が良いとされる理由が見えてきました。
アメリカンヴィンテージやクラシコ的なもの、ミリタリー、ギア系の文脈で発展させている方はいると思うのですが、モードを含めた様々な時代の服を一つの視点で研究しながら、モードの文脈でどうアップデートさせていけるかを僕は考えていきたい。今はSNSで目立つグラフィックなどがもてはやされる平面的な時代のように感じますが、ティーエイチプロダクツでは一見してはわかりにくいシンプルな服を作り込んでいきたいと思っています。
ーティーエイチプロダクツで今後やっていきたいことは?
これから海外展開にも力を入れていきたいと思います。グローバル展開についてはブランディング/マーケティングディレクターの中村聖哉さんと戦略的な部分を練っていて、どのタイミングかはわからないのですが準備はしています。また先ほどにもお話しした様に継続して普遍性、ジェンダーレスを意識したプロダクトの製作を進めていくと共に、プロジェクトベースでの様々なコラボレーションも積極的に行っていきます。今後も色々なプロジェクトが控えているので楽しみにしていてください。
(聞き手:芳之内史也)
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