ファッションライターsushiが独自の視点で、定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”について語るコラム連載「sushiのB面コラム」。今月は古着屋で購入したスイス軍のスノーカモパンツをピックアップ。状態がきれいなデッドストックではなく、あえて着古された一本を選んだという筆者が“ボロ”の魅力を深掘りする。
古着を嗜好していると、おそらく全員が直面するであろう不条理がある。「ボロいのに高い」というやつだ。
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古着は一般的に高く価値を評価されるのは、状態が良い物であったり、生産された当時からそのまま現代まで残り続けたデッドストックだろう。古い上に新品なのだ。高くて当然である。だが「ボロいのに高い」はもはや意味不明だろう。
しかし、ボロ好きで、わざわざ高い金額を払って“ボロきれ”を買う非合理主義者の僕にとっては、「ボロい方がかっこいい」という感覚がある。特に気に入っているLevi’sの66後期は両ひざが完全に露出するダメージが入っており、穿いていると100%知人に突っ込まれる。この説明のつかないかっこよさを感じる瞬間も、古着の楽しみの一つである。
古着に興味がない人の中には、ボロボロの服はそもそも不潔で受け付けない、という人も少なからずいるだろう(書いていて思ったが、むしろ普通の感覚である)。となると、いよいよボロ布に大枚を叩く理由がなくなり自己肯定感がかなり下がるのだが、それでもきっと自分を含め、ボロにかっこよさを感じる人はボロボロの服に心惹かれてしまうのだ。そんな哀れな異常者の皆さんを救うために、最近購入した40sスイス軍スノーカモパンツのボロのカッコよさをここで紐解いていきたいと思う。
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このパンツはスイス軍の山岳部隊で採用されていた迷彩のパンツ。迷彩と聞くとまだら模様で複数のアースカラーを組み合わせたものが頭に浮かぶだろうが、こちらは雪山でのカモフラージュを前提にしているため真っ白なカラーリングが施されている。こういった部分に国柄が出るのも面白い。ウエストと裾にはドローコードが仕込まれており、ウエスト位置の高さや裾を絞る・絞らないでシルエットを変えられる、ファッション的にも有用なアイテムなのだ。
本来であれば保温性に優れたパンツの上に穿くオーバーパンツやシェルと言われるカテゴリーの服になるが、シャリ感があり肌離れの良い素材は夏に素肌の上に穿くのに持って来い。太もも位置にあしらわれた大きなフラップポケットや、股間のジッパーなども大振りでデザイン的にもコミカルな表情があり、カジュアルに落とし込みやすいデザインバランスに優れたパンツだと思う。
このパンツを購入した店には、同じモノが2本入荷されていた。白い薄手のパンツを探していた僕はラックにかけられていたこの服を手に取り眺めていると、店員さんが「実はもう一本あるんですけど……」と差し出してくれた。2本あるのなら状態の良い方を、と思い2本を見比べてみたところ、僕が眺めていた方はほとんどデッドストックに近いきれいな状態。一方で、店員さんが出してくれたもう一本は既にだいぶ穿きこまれている顔つきで、汚れも少々あれば、空いた穴や破けた部分をリペアした跡だらけのつぎはぎ状態のモノだった。値札を見る。同じ値段だ。
普通に考えたら、値付けが同じなら劣化が進んでいない方の個体を購入したほうが絶対に得だろう。だがこれをデザインやファッションとして見るならば話は違ってくる。この時点で僕は既に後から出てきたボロの方に心を掴まれ、きれいな状態の方は眼中になかった。一応両方とも試着をしたが、結局大して悩むこともなくボロの方を購入した。正直なところ真っ白なパンツなので、つぎはぎなどはデザイン上、特段目立つわけではなく、見た目に大した違いはなかった。それでも自分が買うべきはボロの方であるということを全く信じて疑わなかった。
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買ったパンツをインスタグラムに記録するために、自宅でディテールの写真を撮影しながら、「なぜボロの方に魅力を感じるのだろう?」とふと思った。端的に言ってしまえば“味”があるという、それだけのことなのだが、その“味”を言語化するとどういう事なのだろうか。
今回の軍用パンツ、デニム、Tシャツ、コンバースのスニーカー、ワークパンツ……手持ちのボロ系の洋服たちを並べて眺めてみると、共通点が見えてきた。いずれも大量生産されたものであったり、ミリタリーアイテムやワーク系のアイテム達である。おそらく、デザインよりもギアとしての機能性を優先していたり、市場に類似品が多く出回っているアイテムに強い個性を与えてくれる要素として、ボロという“味”に魅力を感じていることに気付いた。
ここで言う「デザイン」には、①機能をもたらすためのデザイン、②ファッション的な見た目のカッコよさのためのデザインの2種類が存在していて、ヴィンテージのワークウェアや名作とされるミリタリーウェアは①に当てはまると思っている。機能性を追求した結果、たまたま見た目もカッコよく仕上がったモノもあるが、それはあくまで見た目に個性をもたらすことを目的としたデザインではない。そういう意味で、ダメージやリペア跡という“味”は、時にシステマチックで合理的なデザインの上で、本来想定されていなかった個性をもたらすことがある。その“味”の内容は、その洋服を手にするまでに所有してきた人々のストーリーであったり、単に見た目の良さだったり様々だが、僕はボロい状態に由来するその個性が好きなのだ。
もし僕がこのスノーカモパンツを、本当に雪山で擬態するために着用するつもりであったり、資産的なヴィンテージ古着として保管するのであれば、デッドストックに近い個体を買うべきだろう。だが、僕がこのパンツに求めていたのはファッション的な個性であり、それが「状態の悪さ>状態の良さ」という非合理性を生み出していたのだ。皆がよく言う古着特有の“味”とか“ストーリー性”というのは、おそらくこれと遠からずの物ではないかと思う。
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僕はファッションに取り組むにあたって、できるだけ自分ならではの個性やスタイルのあるアウトプットができるようになりたいと思っている。一着の洋服を選び取るときにも、僕のスタンスに寄り添ってくれそうな一着により魅力を感じる。だが、ルーツはベーシックなスタイルにあるので、一定の枠組みの中でどんなはみ出し方ができるか、そういったやり口が性に合っている。その自分のスタンスに立ち返ってみれば、わざわざ高い値段を払ってボロ布を買う、という奇怪な行動に納得がいった。そもそもの価値判断基準の中に、機能性や資産性という観点が含まれていないのだ! であれば、ボロ布を買ってしまうことは仕方がないことである……という自己防衛が済んだところで、クローゼットの中を改めて見ると、大量のアーカイブや、ポケットがたくさんついていて便利な服、耐久性に優れた服、リバーシブルでお得な服、速乾性のある服など、機能性や資産性を兼ね備えた服たちの存在に気付く。結局、気分の問題のようである。俺たちは雰囲気で洋服をやっている。
>>次回は8月31日(木)に公開予定
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
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