ファッションライターsushiが独自の視点で、定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”について語るコラム連載「sushiのB面コラム」。今月は古着ブームを背景に、アメカジ好きから支持されるチマヨウールメーカーの王道、オルテガをフィーチャー。ベストが定番アイテムとして知られるが、筆者は“珍品”ケープに注目。流通量が少ないという同アイテムを手にするまでのエピソードも紹介する。
自分のワードローブの中で最も扱いが難しい服はどれか、考えたことはあるだろうか。僕はここ最近、特に妙な形状の服が好きなこともあり、手持ちの服に買ったはいいもののどう料理するのが正解かよくわかっていない服がたくさんある。こういった服ばかりを増やすのもいかがなものかとは思いつつも、そういった“扱いづらい服”を着ることの醍醐味は、自分がこれまでに培ってきたスタイリングの引き出しや、増やしてきた服たちでどう戦えるのかというところにあると思う。もちろん納得のいくスタイルに落とし込める打率は低いだろうし、これはいい、と自分で思って買った服が思ったように似合わないというのはなかなか精神的にくるものがある。が、その低い打率の中で何とか放ったヒットは、似合うとわかっていて着た服で打つそれよりも高揚感があるし、スタイリングの引き出しを増やしたり、服そのものが持つ文脈の理解を深めてくれたりと、自らの大きな進歩に繋がることがある。そういった意味でも僕はクローゼットの中にある「気に入っているけど扱いが難しい服」は特に大切にしているカテゴリーでもあるのだが、今回はその中でも随一の一着である「オルテガ(ORTEGA’S)」のフリンジウールケープを紹介する。
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ここ最近の古着ブームでアメリカンカジュアルのスタイルが一層注目される中、一つの王道カテゴリーとしてあるのが、チマヨブランケットを用いたアイテムの数々だ。
そもそもチマヨとはなんなのか、という話だが、これはアメリカ・ニューメキシコ州に存在するチマヨ村という地名からきている。1700年代にスペイン系の移民が同地に入植し、その移民のうちの一人であったオルテガ家の初代当主が先住のネイティブアメリカン達に牧羊と紡績技術を根付かせ、ウールブランケットの生産を始めた。これがチマヨブランケットの始まりである。その後、かの有名なルート66の開通や自動車産業の急速な発展により、ニューメキシコは観光地としての側面を強めることとなるが、これに伴いチマヨブランケットおよびその生地を用いて作られた布織物は同地の名産品として人気を集めるようになった。
今回紹介するオルテガは、まさにこのチマヨブランケットをネイティブアメリカンに根付かせたパイオニア的存在であり、チマヨアイテムを手掛けるブランドでも王道中の王道だ。
チマヨのファッションアイテム、と聞いて多くのアメカジ好きが思い浮かべるのがベストだろう。オルテガはじめ、数々の著名なチマヨのブランドも作っており、最も人気が高いアイテムといっていい。形状や仕様も様々で、クルミボタンのもの、コンチョボタンのもの、中にはジップアップのものや、年代が古いと丈が短いものもある。魅力的なのがその柄とカラーバリエーションの豊富さで、使いやすいグレーやベージュなどのスタンダードなカラーから、パキッとしたイエローや発色の良いターコイズブルーなど目を引くようなものも多い。個体によって柄も様々で、一期一会で好みのものを探すのがなんとも楽しいのがチマヨのアイテムだ。
そんなオルテガのチマヨブランケットを用いたアイテムにはベストのほか、ジャケットやロングコート、バッグなど様々あるのだが、特に“珍品”と言えるのが、今回紹介するフリンジウールケープである。極稀に古着市場に現れてはポンチョやガウンなど様々な呼称で呼ばれているものの、古いオルテガのカタログを見るに正式名称はフリンジウールケープのようだ。ベストやジャケットに比べ流通量が多くなく、知名度もそこまで高くないように思うが、現代でもオーダーができるのかは気になるところ。
単純にレアである、という事もそうなのだが、このアイテムの最大の魅力は何といってもその意匠のパワー。裾全体にあしらわれるフリンジと巨大な五分袖に象徴されるデザインは、他のどのカテゴリーにも属すことのない唯一無二の形状であり、強いオリジナリティがある。個人的にはここまでインパクトの強いデザインでありながら、なぜ目立って紹介されることが少ないのかと思うほどに、この服の存在を知った時にはその見た目の異質さに大きな衝撃を受けたアイテムだ。特に色が黒の個体は、僕が所有するものの他には見たことがない。
その異質さの一方で、デザインに目を向けると、心くすぐられるディテールのオンパレードであることがこのケープのたまらないところだ。個人的に洋服のデザインで目がないディテールがいくつかあり、その中でも「スタッズ」「ポンチョ・ケープ的な形状」「フリンジ」「ブラックカラー」の4大要素が大好物なのだが、オルテガのケープはそのうちの「ポンチョ・ケープ的な形状」と「フリンジ」の2つの要素が盛り込まれている。加えて僕が所有する個体は「ブラックカラー」という要素も兼ね備えており、僕にとってまさに垂涎レベルの逸品なのだ。読者の皆様もこういうものが好きに違いないだろう、と勝手に錯覚してしまうほど、テンションの上がる服だ。
意匠としてはとにかくかっこいいと思えるこのケープなのだが、難しいのが服単体のパワーが強すぎるために、スタイリングではかなり扱いづらいという点。インパクトの強いアイテムを挙げた際によく宣伝文句に使われる「これ一着を羽織っておけばキマる」というようなものでもなく、そもそもケープと名前はついているものの、この服はカテゴリ分けをするとすればどのジャンルに属すのか、ジャケットとして扱うべきか、コートなのか、どう着こなすのが王道なのかわからない。まさに導入で語った通り、「僕がこれまでに培ってきたスタイリングの引き出しや、増やしてきた服たちでどう戦うか」という自らの手腕が問われる服なのだ。文脈を重視してアメカジスタイルやインディアンジュエリーと合わせてみたり、敢えて対極にあるような高機能素材の服と合わせてみたり、このケープを着ようと思うときはいつもの倍近くの時間をかけてスタイリングを組むことが多いが、想像もしていなかったアイテムとの組み合わせで「これは意外とアリではないか?」と思えるスタイリングが出来上がった時は、いつも一皮剥けたような気持ちになる、そんなアイテムだ。
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実はこのケープは、僕がスタイルアイコン的に慕っている先輩から譲り受けたもの。「このケープの存在を知って、どうしても欲しいので探しているんです」とその先輩に話したところ、「まさに探しているものと同じものを持っているから今度見せてあげるよ」と好意で実物を見せてもらうことになった。試着させてもらいながらやっぱりかっこいい、いつか自分も手に入れたい、と思っていると先輩から「それ、あげるよ」とまさかの一言。あこがれている服を、しかも慕っている先輩から譲ってもらうなんて、よくあるファッション業界人の思い出の服特集で見るお洒落なエピソードじゃないか、と舞い上がったのをよく覚えている。その先輩からはスタイリングやカルチャーのことまで、洋服のことについて本当に色々と勉強させてもらっているが、特にこのオルテガのケープと対峙するときには、吸収させてもらった知識やアイデアも総動員して真剣勝負で着こなしを考えるのだ。いまだにこのケープを譲り受けてから「これはアリだな」と思えたスタイリングは多くなく、まだまだこの服を乗りこなせていると言うには程遠い自覚もあるが、きっとこれは先輩から与えられた課題なのだろうと勝手に思う。いつかはこいつをサラッと羽織っても決まるくらいに己のスタイルを磨けるように、今年も衣替えのタイミングまでこの一着と真剣勝負を続けるのである。
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
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