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記憶に残るチャレンジングな買い物 「マルニ」フスベットサンダル【連載:sushiのB面コラム】

黒いサンダルのイラスト
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記憶に残るチャレンジングな買い物 「マルニ」フスベットサンダル【連載:sushiのB面コラム】

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ファッションライターsushiが独自の視点で、定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”について語るコラム連載「sushiのB面コラム」。第31回は、過去に重ねてきたチャレンジングな購買の数々から「マルニ(MARNI)」のフスベット サンダルにまつわるエピソードをお届け。

 最近、自分の感性の“落ち着き”を感じることが多くなった。ことファッションにおいては、過去にはむやみやたらに購買を重ねることもあったが、曲りなりにも自分にとって一番の趣味と自負して15年近く生きてきたので、今では自分の根幹の部分にある本能的な趣味趣向に対する理解もそれなりに深まり、ものを手に取るときにそれを自分が長く愛せるか否かがなんとなくわかるようになった。故にものを買って後悔したりすることは以前に比べると本当に少なくなったが、個人的には好きでそうなったわけではなく、勝手に感性が落ち着きつつあるだけで、それは長い間一つの物事を継続していると無意識に到達する状態でもあり、悪い意味での“落ち着き”でもあると思うのだ。

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 自分の気持ちいいツボを知っていることは良いことだ。無駄なものがそぎ落とされることで自分のスタイルは純度を増していき、ツボを知っているからこそ今後もそれを補強するものだけを取りそろえることができる。それは、いち物好きとしては一つの行きつく理想の姿でもあるように見えるかもしれない。一方で、無駄なものをそぎ落とすということは、自分という人間を形作る日々の選択から異分子を取り除く行為でもあり、今後自分が想像もしていなかった方向に変容していく可能性を排除する行為でもあると思うのである。

 何が言いたいのかというと、“落ち着き”というのは、自分の感性の今後あるべき姿を完全に理解し、さらにそのあり方に十分に納得をしている者だけが本来たどり着き、受け入れるべき境地なのである。その前提に立ち返った時、自分の感性の発展を今止めてもいいと思っているかと問われれば、自分にとってこれだけ熱を注いできた洋服という趣味は、もはや趣味の範疇を超えてライフワークかつ拠り所でもあるが、落ち着きを受け入れる準備が整っているわけでは全くない。そういう意味で、自分が今陥っている“落ち着き”は受け入れるべきものではなく、意識的に打破していく必要がある状態なのである。

 では何をすべきなのかというと、無意識のうちに日々の選択の中から姿を消しつつある異分子を意識的に、かつ自ら摂取する必要があると思うのだ。今まで挑戦したことのないブランドやジャンル、価格帯に手を出してみたりする。それは当然に失敗のリスクはあるが、そういったチャレンジこそが自分を新たな世界に連れて行ってくれる。

 という訳で、今回は初心を思い出すために、過去に重ねてきたチャレンジングな購買の数々から、「マルニ(MARNI)」2017年春夏コレクションのフスベット サンダルを紹介したい。

* * *

 マルニを語るうえで個人的にやはり外せない存在だと思うのが、マルニの世界観の礎を築いたコンスエロ・カスティリオーニ(Consuelo Castiglioni)だ。1999年創立の同社はいわゆるラグジュアリーブランドの中では歴史がかなり浅いが、コンスエロの作り出すあくまで上品な雰囲気ながらも、ポップなテキスタイルと構築的なパターンによるボリューミーでファニーなシルエットの絶妙なバランス感が支持を得て、瞬く間に著名ブランドとしての地位を揺るぎないものとした。近年では「MUSEO」「Tribeca」のほか、「MARNI MARKET」シリーズのストライプバッグなど、バッグでのヒットアイテムも多く、日本のブランドである「ポーター(PORTER)」とのコラボレーションラインも長い間人気を博している。同氏は2016年にデザイナーを退任しているが、コンスエロのDNAは今もブランドのアイデンティティとしてクリエイションに受け継がれている。

 今回紹介するのは、フスベット サンダルというマルニのサンダルの定番シリーズの一種。僕が所有する2017年春夏のモノは、アッパー部分にキルトがあしらわれている。ラグジュアリーブランドらしからぬポップなデザインのバッグや、鮮やかでかわいらしいシルエットで目を引くアウター類に隠れがちではあるものの、個人的にはこのフスベットシリーズはマルニの隠れた名品であると思う。ボリューミーなアッパーのデザインとは対照的に、ソールは共通して敢えて薄めの造りになっているため、全体として過剰なデザインボリュームにならないバランスが保たれながら、あくまで上品なレザーサンダルへと落とし込まれている。まさにマルニ、ひいてはコンスエロのDNAが感じられる逸品だと言えるのだ。

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 特に2017年春夏のキルト付きのものは、ゴルフシューズにあしらわれるようなクラシックな泥除け用のキルトタンをマルニなりに再解釈したデザインで、ボールドな雰囲気はらしさ全開で愛らしい。しかもこのキルトタンというデザインは、タッセルやフリンジ、スタッズなどに並び、数あるデザインディテールの中でも個人的に大好物の一つで、このサンダルを隠れた名品たらしめる大きな要因なのである。ちなみに2017年春夏はコンスエロが手掛けたマルニの最後のコレクションでもある。

* * *

 2017年当時の自分にとってこのサンダルとの出会いの何がチャレンジングだったのかというと、このサンダルが自分にとって初めてのラグジュアリーブランドで新作を買った経験だった、という事だ。当時自分はまだ21歳ほどで、ラグジュアリーブランドの製品なぞはほとんど持っていなかった。香水やちょっとした小物を買いに恐る恐る店舗に入った経験はあれど、まともな商品を店頭で買った経験はない。

 そんなsushi青年の前にこのフスベットは彗星のごとく現れた。どこかの媒体のストリートスナップでセンスのよさそうな女性がこのサンダルを着用していたのである。当時定価で9万円ほど。たかだか靴、しかもサンダル一足の値段としてはまともな大学生なら裸足で逃げ出す価格だったが(サンダルだけに)、このサンダルに心を奪われていた僕は一念発起。ブランドの新作はいつ在庫がなくなるかわからない、しかも田舎学生だった当時の僕の周辺にはマルニを取り扱っている店はなく、東京の店舗まで出向く必要があった。とにかく短期間で交通費と購入資金を工面することを決めた。それまで大学の授業についていくので精一杯だったのでアルバイトは最低限だったが、その日から日雇いのバイトと長期バイトを掛け持ちした。食費もとにかく切り詰め、3ヶ月くらいの間1日1食もとっていなかった記憶がある。

 そして片道7000円の夜行バスで新宿へ向かい、開店間もない朝の伊勢丹でフスベットを購入した。バスが朝5時に新宿に到着した後、マクドナルドで飲み物だけ頼み、伊勢丹のオープンをまどろみながら待った時間、今までは通り過ぎるだけだった伊勢丹のフロアに降り立った時の事、今まで受けたことのない店員さんの丁寧な接客、なけなしの貯金を現金でレジにたたきつけた瞬間......そのどれもが新鮮な体験で、伊勢丹を出るころには新しい扉を開けたような感覚になったことを今でもよく覚えている。

 結果としてこのサンダルとの出会いは、その後自分がラグジュアリーブランドなどの最新コレクションなどにのめり込む明確なきっかけになったのであった。マルニのサンダルは当時の自分にとっては明らかに身の丈に合っていない買い物であったし、結果として30歳になった今はむしろラグジュアリーブランドで買い物することはほとんどなくなった。それでも、今までに経験したことのないような出会いに高揚した気持ちは今でも忘れていないし、あの感覚こそが人間を新しいところへ連れて行ってくれるのである。

 まだ落ち着いてはいられない。2017年の新宿で思い知ったあの感覚を追い求めて、今日も訳の分からない服を探し求めるのである。ちなみに2017年の春学期は学生生活最後の学期になった(大学に秋入学しているので、9月に卒業した)が、ほとんどの授業が落第すれすれの評定で、卒論も教授に泣きつきながら書き上げたのは言うまでもない。

>>次回は9月30日(月)に公開予定

15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。

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