ファッションライターsushiが独自の視点で、定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”を紹介するコラム連載「sushiのB面コラム」。第9回はエルメスのシェーヌダンクルをフィーチャー。ブレスレットはまさにジュエリーの王道だが、今回は“知る人ぞ知るコレクターズアイテム”というキーチェーンの魅力を語る。
王道中の王道に手を出す、というのは時に恐れを伴う。デザイン性や制作背景などどれをとっても名作として全く遜色のない逸品であったとしても、あまりに“ど真ん中”を行き過ぎていたり、既に大勢の人が手に取っていたりすると変に斜に構え、「今更手を出すのも違う気がする」と敢えて王道を外したことがある人は少なくないだろう。僕もその一人だ。ただ、見てくれを気にするあまりに王道を外そうとする行為は「物欲の本質的な解消方法なのだろうか」と自分自身に対して疑心暗鬼にもさせる。
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その恐れを乗り越えさせる魔力のある王道プロダクトはこの上なく尊い。一過性の流行で終わらず長年にわたって人々を振り向かせ続ける、そんな引力を持つモノこそが本物の名作だと思う。「エルメス(HERMÈS)」のチェーンブレスレット、シェーヌダンクルはその最たる例の一つだろう。
1938年に産声を上げたシェーヌダンクルは、エルメスの代名詞であるレザーを用いず初めてシルバーで作られたジュエリーだ。「錨の鎖」という意味のモデル名の通り、のちに同社社長に就任するロベール・デュマ氏が船を港と繋ぎ留めておくための錨鎖から着想を得て開発したという逸話はあまりにも有名だ。エルメスのシルバージュエリーの人気沸騰もあり、今もなお多くの人の憧れの的になっている。
僕もシェーヌダンクルをずっと欲しいと思っていたのだが、既にたくさんの人が着けていることに無駄な抵抗感があったことから、“王道”以外でトグルタイプのブレスレットを探し求めた。しかし、他のブランドも含め新旧数えきれないほどのモデルを数年かけて試着したものの、シェーヌダンクルを上回るモノには出会えず、ようやく自分の「シェーヌダンクルを手に入れたい!」という気持ちの純粋さに自信を持つことができ、最近ついに購入に至った。他人からの目線や自分の在り方を気にする自意識のハードルを突破させる魅力がある——シェーヌダンクルはそういうレベルの名作だと思う。
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そんなシェーヌダンクルだが、実はブレスレットとは別で、僕が特に気に入っているモデルがある。それが今回紹介したいシェーヌダンクルのデザインを落とし込んだキーチェーンだ。ブレスレットに比べると流通量も多くなく、なかなか出会えない。まさに知る人ぞ知るコレクターアイテムなのだ。
シェーヌダンクルのキーチェーンは、オーソドックスに先端がブレスレットと同様にトグルになっているものや、ひとコマを巨大化させたカラビナタイプ、2つのクリップをコマで連結しているものなどさまざまある。僕が所有するのは両端のクリップをシェーヌダンクルのコマでつないだタイプなのだが、鎖中心の2コマにわずかな切れ込みが入っており、それを掛け合わせることでキーチェーン自体を2つに分裂させることができる面白い仕様になっている。腰にぶら下げた鍵を取り外す際にわざわざベルトからクリップを取り外さずに鍵を独立させることができたりと、実用性にも優れているところも気に入っている。
普段から鍵をキーチェーンに着けて持ち歩いていたわけではないし、シェーヌダンクルのキーチェーンを手に入れてからも鍵を実際に括り付けて持ち歩いていないが、決して安くはない金額を払ってこのチェーンを手にした理由は、もはやジュエリーの枠組みに入っているとも言える優れたデザイン性にある。
個人的にキーチェーンというアイテムはインダストリアルなイメージが先行し、どうしても「鍵をなくさないようにぶら下げておくもの」というギアとしての認識が強くあったというのもこれまで身に着けようと思ったことがなかった理由だ。仮に身に着けるとしたら、キーチェーンとしての本来の機能というよりも、ジュエリーやアクセサリーなどの装飾品としての役割も兼ね備えていることに重きを置きたい。が、キーチェーンに装飾品としての意味合いも持たせたものはこの世に幾つあっても、ひと目で思わず「ジュエリー」と認識してしまうほどのデザイン性の高いものはなかなかない(最近だと「シュプリーム」と「ティファニー」がコラボしたものなんかは良かったが)。その中でシェーヌダンクルのキーチェーンが持つ佇まいは“道具”と呼ぶにしてはあまりに美しく、鍵をひっかけて鞄に放り込んでおくには惜しいし、何なら鍵をぶら下げておくとデザインに干渉するので何もつけないで腰に着けておきたいと思わせる魅力がある。実際に店頭で見たときには既にこの一品をキーチェーンとしてではなく、ブレスレットやネックレス、カレのように、自らのスタイルに味付けを加えてくれるジュエリーやアクセサリーとして興味をそそられていた。
購入してから実際に細部を観察してみても、その美しさに間違いはなかった。精密に鋳造された錨鎖のコマは一つ一つのサイズに狂いが少なく、平置きにした際には各コマが均一な角度でかみ合い、鎖のシルエットに直線が生まれる——まさにエルメスの技術がなせる技に他ならない。最高峰の技術が詰め込まれているこの逸品は、王道のブレスレットと並んでも遜色ない名作の“ジュエリー”だと言える。
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今回、A面的立ち位置に置いたシェーヌダンクルのブレスレットを手にしたのは、キーチェーンを手に入れてしばらく経ってからだった。シェーヌダンクルがエルメスのジュエリー史の中でいかに重要かという事は理解していたつもりだったし、優れたデザイン性も本心では納得していたが、冒頭で語ったようなまっすぐに王道を進むことへの「恐れ」故、手にするのに時間がかかった。敢えて先にキーチェーンに手を出したのも、「流行っているからではなくて、あくまで自分はシェーヌダンクルというデザイン自体を気に入っているんです」というポーズを取りたかったのかもしれない。しかし、結局はキーチェーンを通してシェーヌダンクルの造形がいかに美しいかという事を再認識できたからこそ、王道のブレスレットにも大手を振って行き着くことができた。僕のようなあまのじゃくな人間の心をデザインの美しさ一本で振り向かすことができる。シェーヌダンクルシリーズはそんなパワーにあふれているジュエリーの極致だと、今は疑いなく信じている。
>>次回は9月30日(金)に公開予定
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
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