ファッションライターsushiが独自の視点で、定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”について語るコラム連載「sushiのB面コラム」。最近、犬を飼い始めたという筆者。第26回を迎える今回は少し毛色を変えて、犬用ウェアにフォーカスし、先日デッドストックで購入したという「バーバリー」のムートンジャケット風ドッグウェアをテーマにお届け。人間用服にも勝る意匠を深掘りする。
僕は1994年生まれ、今年で30歳になる。個人的に20歳を迎えたときは大した感動はなかった。田舎の大学生で寮暮らし、買い物、食事、バイト先、生活のすべてを1時間に1本のバスで往復するイオンモールに握られ、月数万円のバイト代と対峙し日々更新されるブランド古着屋の入荷更新とにらめっこをする。車がないとコンビニにも最寄り駅にも行けないし、冬は雪に閉ざされる。自由など存在しなかった。30歳の方がよほど自由で、大人になったんだというなんとなく節目のような実感がある。という訳で、25、26歳くらいの時からしたためていた「30歳までにしたいこと」のバケットリストを消化すべく2024年は色んな体験・決断をする一年にしたいと思っている。
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「30歳までにしたいこと」の全貌は公開しないが、中身にはしょうもないこともあれば、相当な散財計画や生活スタイルを大きく変えるような一大決心もある。アートを買う、だれだれの作品の家具を買う、脱毛をしてみたい、「ヴァシュロン・コンスタンタン(VACHERON CONSTANTIN)」のメッシュドールが欲しい、アフリカに行く……散財計画ばかりじゃねえか、と言われそうだが、書いていないだけで物欲以外にも色々あるのだ。本当だ。そして先日そのバケットリストの中でも個人的な一大イベントを消化した。犬を飼い始めた。という訳で今回は少々番外編、ヴィンテージの「バーバリー(Burberrys)」から犬用のムートンジャケット(と思われるモノ)を紹介したい。
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犬との暮らしの中でひそかに楽しみにしていたのが、犬の服を買う事である。犬に服を着せることについては疑義を唱える人もいると思うが、犬種によっては寒さに弱い犬種というものも存在し、その犬種には洋服を着せる必要性がある。うちの犬も一見白くモコモコしているので寒さに強そうに見えるのだが、実際は毛による保温力が弱いシングルコートという犬種にあたる。なので、犬服を買い漁るつもりなのではなく、必要性に駆られているという大義があるのだ。本当だ。
ただ大きな問題なのが、犬服には良いと思えるものがとにかく少ない。もちろん、優先されるべきは保温性や機能性、犬に着せてストレスにならないかという事だが、それを差し引いてもデザインが良いモノがとにかく少ない。そんな中でも一度「トム ブラウン(THOM BROWNE)」で見かけた犬用セーターは非常にかわいかったのだが、値段を見て即棚に戻すなどした。6万円超えのセーターは自分用でも買うのにかなり勇気がいる。
そんな犬服事情に関する悩みを抱えていたのだが、デザイナー本人が愛犬家のトム ブラウンや、犬を飼う事が身近なお国柄のブランドには犬服の展開が多い傾向がわかってきた。中でもイギリスは特に犬先進国であり、公共の場でも犬との同伴が許される場面が多いのだが、「バブアー(Barbour)」や「アクアスキュータム(Aquascutum)」など、老舗ブランドが犬服を展開しているケースが比較的多い。バーバリーもそうだ。
しかも面白いのが、老舗ブランドであればその分犬服展開の歴史も長く、過去の作品を漁れるのだ。特にバーバリーは少しリサーチした中ではかなり犬服の展開が多く、新旧様々なデザインのものが見つかる。近年刷新されたロゴをモノグラムであしらったセーターや、バーバリートレンチを模したレインウェアから、クラシカルなバーバリーのハウスチェックをあしらったブランケットコート、狩猟犬に着せるリアルなハンティングジャケットと、人間の服を漁るのに近い楽しみ方ができる。犬服にもヴィンテージの世界が存在する。これは大変な世界の扉を開けてしまった。
中でも今回購入したムートンはおそらく1980~90年代の物と思われる。ネットオークションで購入し、手元に届いてみて驚いたのが、その“ガチさ”である。しなやかでしっとりとしたラムレザーの品質は間違いなく、人間用の高級レザージャケットのそれと大差ない。縫製の運針も非常に丁寧で、犬が多少弄んでも全く問題は無さそうだ。
何と言っても最高なのがその意匠性の高さで、ボディに用いられる深いブラウンのレザーに対し、しっかりと2枚の革で作られた留め具にはワントーン明るい型押しのレザーが使われ、よく見ると2トーンのデザインとなっている。コバの面取りも抜かりなく、シルバーの金具もチープさとは無縁で高級感がある。人間用の服を見る目で見ても非常に見応えがあり、服オタクも満足させる犬服の存在にいたく感動させられた、バーバリーの影の名品であると言える。ちなみに、このムートン以外にもネット上でめぼしい出物をいくつかウォッチしている。犬を飼えば自分の散財癖が多少落ち着くものと踏んでいたのだが、今後はこちらの深い沼にも片足を沈めることになりそうである。
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さて、犬を飼い始めてからもう1ヶ月ほど経とうとしているのだが、もうこれがかわいくて仕方がない。筆者の愛犬家ぶりは過去にも記事で書いたり、Xを見てくれている人はご存じだと思うが、想像以上に生活の幸福度が向上し、多くのメンタル的な問題が解決し、健康的な生活習慣が身についた。まだバケットリストの1割も消化していないが、おそらく犬と暮らし始めたことが一番よかったことになるだろうと既に断言ができる。友達と頻繁には外に飲みに行けなくなったし、犬用の家具や諸々の家電が増えインテリアが崩れたり、子犬なのでカーペットで粗相をしたり不便も当然あるが、それをひっくるめて愛おしさが勝つ。
実は昨年末、実家の犬が空に旅立った。そのせいもあり年末の実家の帰省は家族みなどこか寂しげな雰囲気もあったのだが、その際に先述の「30歳までにしたいこと」の話、そしてその中に犬を飼う事がある話も少しした。もう30歳になるのね、早いわねと懐かしむ母からはバケットリストについて2点あった。一つは犬を飼うならよく考えて絶対に最後まで面倒をみる、という事。そしてもう一つは犬を飼うのはいいがバケットリストの中に結婚はないのか、という事。申し訳ないが結婚の予定はない。
>>次回は3月31日(日)に公開予定
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
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