ヤエル・トゥイル氏
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ビューティ業界で近年の最も大きな動きといえば、フレグランス市場の活況だろう。コロナの逆風がチャンスとなり、市場が成熟している海外もさることながら、小さな市場であった日本でも急速に拡大している。資生堂において、グローバルでのフレグランスブランドや厳選されたメイクアップブランドおよびスキンケア事業を担う資生堂EMEAは、フレグランス センター・オブ・エクセレンス(CoE)の拠点でもあり、フレグランスおよび香りに関する研究を背景に、時代の空気感をまとう香りを創出し注目を集めている。
「イッセイ ミヤケ パルファム(ISSEY MIYAKE PARFUMS)」や「ナルシソ ロドリゲス(narciso rodriguez)」などを手がける同社の、グローバルフレグランスブランド バイスプレジデントとしてフレグランス事業を率いるヤエル・トゥイル氏に、近年の市場の動向や日本市場について、今後強化していくポイントなどを聞いた。
◾️ヤエル・トゥイル氏
財務およびマーケティングの修士号を取得後、仏ロレアルに入社し、「ランコム」のヨーロッパにおける免税店事業でキャリアをスタート。
その後、ジャンニ ヴェルサーチ社に入社し、オペレーショナル マーケティングに関わるさまざまな業務を担当した。1999年にプーチにシニア ブランド マネージャーとして入社し、「L’air du temps」を含む女性用香水のポートフォリオを担当。その後コティ社で6年間フレグランス部門の立ち上げに尽力。パルファムとライフスタイルのマーケティング担当バイスプレジデントも務めた。2016年には、ヨーロッパのデザイナーに関わるラグジュアリー部門のエグゼクティブバイスプレジデントに就任している。2020年資生堂EMEAへ入社し、グローバルフレグランスブランド バイスプレジデントに就任。
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⎯⎯まず初めに、トゥイルさんが2020年に資生堂EMEAに入社した際に、資生堂の魚谷雅彦会長CEOからはどんなミッションが与えられたのでしょうか。
資生堂グループは巨大なビューティの企業で、さまざまなカテゴリーにおいて強いブランドを持っています。フレグランスにおいても、強固なポートフォリオを構築することが大きなミッションでした。そして収益性はもちろんのこと、長く愛され継続性のある、アイコニックなブランドを育てるということも重要だと。
⎯⎯コロナを経て、世界的にフレグランスカテゴリーは目覚ましい成長を遂げています。
世界のビューティ業界において、最速で伸びているカテゴリーと言えるでしょう。コロナの期間中はマスクの着用といったイレギュラーな習慣が生まれたことで、生活者の方々のメイクアップへの投資は控えめになり、そのかわりスキンケアとフレグランスが躍進しました。特にフレグランスにおいては、積極的な購買意欲を強く体感しています。この成長度合いは地域別に多少の温度差があり、ヨーロッパや中東、米州といった成熟した市場では2023年は前年比1桁での成長、中国や日本を含むアジア、中南米など急激な成長が見込まれる市場は2桁での成長を見せました。ただ、中国は今年上半期は1桁台後半の成長となり、若干の減速にはなりましたが、引き続き投資市場であることは変わりません。
⎯⎯地域別に人気のブランドや香りの傾向は異なりますか?
私たちとしても、1つのブランド・香りですべての市場を制することは困難だと考えています。一方で、それこそがビューティビジネスの興味深いところでもあります。各地域やジェンダー、生活様式によって好みが異なるからこそ、それぞれに応えるブランドとプロダクトを育てていく必要があるのです。現代はニーズが多様化しているため、各地域の特性をしっかりと読み取らなければなりません。そうした中でも、フランスやUKに次いで我々の大きな市場であるイタリアで、ナルシソ ロドリゲスのアイコンフレグランス「フォーハー」は過去10年にわたってNo. 1を維持しています。
⎯⎯世界のフレグランス市場規模では米州がトップだと思いますが、同地域における戦略は?
ブランド戦略を立てるときに、私たちが考えるべきなのは、いかに各ブランド固有のDNAを伝え広められるかということ。それには生活者中心で戦略を立てていくカスタマーセントリックな思考が必要不可欠。ナルシソ ロドリゲスやイッセイ ミヤケ パルファムのような個性あふれるブランドが持つDNAを無視して販促することは意味がありません。これを踏まえた上で意識していることは、公式サイトなどオウンドメディアでの世界観の訴求、ソーシャルメディアを通じたスピーディなコミュニケーション、小売り業者などの取引先へのエデュケーションや取り組みの3つです。
⎯⎯それぞれの具体的な施策を教えてください。
まずサイトなどオフィシャルでの情報発信ですが、イッセイ ミヤケ パルファムをはじめ私たちは世界観を重要視するブランドを抱えていますから、まずは「このブランドがなんたるか」というDNAを感じられるような見せ方を各地域向けに構築しています。ソーシャルでの発信についても同様で、ブランドが持つスタイルやアティチュードを伝えていきます。例えばイッセイ ミヤケ パルファムにおいては、美しいファッションとの関連性を保ったコラボレーションの投稿をお見せすることもあります。そのほか、厳選した成分に関するストーリーや、香りにまつわるビハインドシーンのようなものも、写真や動画を通じて発信しています。また生活者と直接コミュニケーションを取る売り場に関しては、百貨店のカウンターのようなものからセミセルフまで多様な業態と取り引きしていますが、店頭スタッフのエデュケーションももちろん怠りません。そのほか、ソーシャルでの動きは本当に日々目まぐるしい勢いで変化しますから、チェックし対応していく必要がありますね。
⎯⎯香りは目に見えないもので、以前は伝えるのが難しいとされていましたが、最近ではSNSでの情報発信が活発ですよね。
その通りです。ナルシソ ロドリゲスに「ムスク ノワール」という香りがあるのですが、以前とあるインフルエンサーの方が投稿したところ、翌日マイアミの店舗で即完売となりました。最近ではこうした動きが活発なのです。火曜日に1位だった香りが水曜日には変わっているような目まぐるしさがフレグランス市場でも起こっています。
⎯⎯他ブランドでも、インフルエンサーやYouTuberなどSNSでパワーを持つ人たちの発信を強化する動きが活発ですが、資生堂EMEAでも取り組んでいるのでしょうか。
各地域で支持を集めているインフルエンサーの方々は、ローカライズの観点でも見逃せない存在です。そういう方々の発信は非常に大きい力を持っている分、私たちとしてはブランドを理解していただける発信になるよう気をつけなければいけません。イベントや発表会の会場やフォトブースは、ブランドと香りの世界観をしっかりと切り取れるようなクリエイティブになるよう注力しています。
⎯⎯先ほどアジアは成長が期待される市場だとおっしゃっていましたが、最近の動きについて感じていることは?
近年アジアや中東の生活者の方々がフレグランスに対してようやく「心を開いてきた」と感じています。スキンケア、メイクアップに続いてフレグランスも美容のルーティーンに組み込まれていっています。また、「香り」への意識として、フレグランスだけでなくホームフレグランスやボディケアへの興味関心も高まっているのを実感しています。
⎯⎯欧米と比較して、アジアのユーザーの特徴などはありますか?
ある程度、人気の傾向などはあるものの、好みが多様であると思います。欧米ではここ何年かでニッチフレグランスへの興味が高まりましたが、アジアの方々はメゾンフレグランスやファッションフレグランスと同様にニッチフレグランスについても熱心に情報収集をし、楽しんでいらっしゃいますね。
⎯⎯こうしたアジア市場に対してのアプローチの方法は?
まずは「グローカル」の視点で訴求していくことですね。わかりやすいものでは、キャンペーンヴィジュアルなどで、現地のモデルやセレブリティを起用することが挙げられます。これは私たちだけでなく、業界全体におけるここ十数年の中で大きな変化でもあります。以前は欧米のモデルを起用したヴィジュアルを全世界に打ち出していましたが、現代では各地域と親密なコミュニケーションを取り、カルチャーやコミュニティに即した方々を通じて発信した方がブランド理解が深まるのです。画一的な美を押し付けるのではなく、ブランドのDNAは根底に、各地域の生活者に寄り添うことができるとメーカー側も理解したわけです。そういう意味では、イッセイ ミヤケの三宅一生さんは30年も前から、人が服に合わせるのではなく服が人にフィットするというプロダクトを生み出していて、素晴らしい先進性をお持ちだった。こうした唯一無二の感性を持つブランドとともに歩むことができるのは私たちにとって大変喜ばしいことです。
⎯⎯日本におけるフレグランス市場の動きについてはいかがでしょうか。
フレグランスカテゴリーの市場規模はスキンケア、ポイントメイクに続いて3番目のカテゴリーではあるものの、2023年は前年比で二桁増(*1)と好調に推移しています。香りを生活に取り入れようとする動きが顕在化したことに加えて、エモーショナルなベネフィットにも注目しているのが特徴だと考えます。いい香りが欲しいということ以上に、リラックスのため、自己表現として気分を高めたいなど、香りを取り入れる理由を持っている方が増えたのではないでしょうか。日本におけるフレグランス市場も成長が続くと思っていますが、この動きはさらに顕著になってくるのではと考えています。そのため、今後の日本市場においても、ブランドの根幹となる世界観やどんなメッセージを持っているのかという点をしっかりと伝えていきます。
*1 富士経済グループの調査によると、2023年の日本のフレグランス市場は前年比12.6%増の500億円となった
⎯⎯日本にルーツを持つイッセイ ミヤケ パルファムでは今年新製品が登場しました。長年デザイナーの三宅さんと親交があった吉岡徳仁さんがボトルデザインを手掛けるなど、話題を集めましたね。
長年のパートナーであるイッセイ ミヤケとの新たな香りのローンチは私自身とてもエキサイティングでした。今日つけている時計も、吉岡さんがイッセイ ミヤケのためにデザインしたミニマルで美しいデザインのもの。吉岡さんがディレクションしたインスタレーションも大変素晴らしく、まさにブランドの世界観と香りが持つ力を体感できる素晴らしい取り組みとなりました。
⎯⎯先日、Max Mara社との長期的なパートナーシップを発表しています。今後もファッションブランドのフレグランスライセンス事業を拡大していくのでしょうか。
根本的に大事なのは、バランスのいいポートフォリオを構築することです。似通ったブランドをいくつも展開していても、お客さまの要望に応えることはできません。その都度どんなものが必要とされているのか把握し、ジェンダーや地域性など、私たちがカバーできていない部分を補うようなブランドを視野に入れています。
ファッションフレグランスの面白いところは、「ハイブランドの洋服は高価で手が届かないけれど、フレグランスだと手に取りやすい」ということが起こります。フレグランスを購入することで、大げさではなく憧れや夢さえも叶えることができるという側面があります。そういう意味で今回のマックスマーラとのパートナーシップは、創業地のDNAを忘れずにグローバルにファンを持ち、長い歴史を紡いでいるという私たちとの共通の価値観によって実現しました。今後探していくブランドについても、そういったブランドを検討していきたいと考えています。
⎯⎯マックス マーラのフレグランスはいつ頃ローンチする予定でしょうか。
2026年に発売する計画を進めています。ちょうど2026年がマックス マーラのアニバーサリーイヤーなので、特別な取り組みとして発表したいと思っています。
⎯⎯近年活況なニッチフレグランスのM&Aの可能性はいかがですか?
戦略的に数を増やしていくわけではなく、あくまでもお客さまのニーズや私たちとのシナジーを加味して、ポートフォリオを補完するようなブランドを検討していきます。
⎯⎯最後に、今年の着地目標を教えてください。
先ほど市場全体の成長率が前年比二桁増だとお伝えしましたが、資生堂EMEAでは21%増と力強い成長を遂げました。今年はイッセイ ミヤケ パルファムやナルシソ ロドリゲスでアイコニックな新作が登場し、さらなる躍進が期待され、年間では同様に市場を上回る成長を目指しています。
私たちは魅力的なDNAを持つブランドを多く抱えていますから、今後もそうした特徴を地域ごとにていねい伝え、長く愛されるブランドへと育てていきます。
(聞き手:福崎明子、平原麻菜実)
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