ラフ・シモンズ
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
2023年春夏コレクションを最後に、27年の歴史に幕を閉じた「ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)」。1995年にデビューすると、少年性とロックミュージックを通して男性の繊細さを美しく魅せるスタイルは、力強さが象徴のメンズウェアに新しい領域を開拓した。
ブランド「ラフ・シモンズ」の最新コレクションを見ることは叶わなくなったが、デザイナーであるラフ・シモンズの最新コレクションは、ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)と共同クリエイティブ・ディレクターを務める「プラダ(PRADA)」で見ることが可能だ。
しかし、当然ながら「プラダ」のコレクションはラフ・シモンズ個人の世界を100%投影したものではなく、純粋な彼のクリエイションを体験できる機会が、今はどこにもないのが実状である。
「ラフ・シモンズ」は、これまで数々の伝説的コレクションを発表してきた。初期のコレクションは、イギリスのスクールボーイスタイルと、アメリカの若者たちが着るカジュアルウェアを基盤に、ブリティッシュテーラードとアメリカントラッドが融合したメンズウェアを作り上げた。若さを表す服に、ダフト・パンク(Daft Punk)やクラフトワーク(Kraftwerk)といったシモンズが敬愛するミュージシャンのイメージを引用したスタイルは、発表されるや否や、若者たちの心を瞬く間に捉える。
1シーズンの休養を経て発表された2001年秋冬コレクション“Riot! Riot! Riot!”は、それまでシモンズが発表してきたスクールテイストとは対極のコレクションで、ファンを驚かせる。当時、まだスリムシルエットが主流だった時代にスーパーレイヤードのビッグシルエットを発表し、テロリストを彷彿させるビッグサイズのスタイルは、現代のビッグシルエットを先んじるものだった。
このように、「ラフ・シモンズ」はファッションの未来を切り拓くデザインを発表し続けてきた。業績を振り返れば、まさに天才デザイナーと呼ぶしかないシモンズだが、初期のコレクションと、2010年代を迎えてからのコレクションとではデザインの手法が変わってきているのだ。そのことを最も強く物語る2つのシーズンを取り上げ、シモンズの天才性について言及していきたい。(文:AFFECTUS)
ストリートのビッグシルエットを「ラフ・シモンズ」に染め上げる2016年秋冬コレクション
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ビッグシルエットが猛威を振るった時代。それが2016年秋冬シーズンだ。当時のファッション界をリードしたのは、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)率いる「ヴェトモン(VETEMENTS)」で、デムナ発のストリートウェアが世界を席巻する。少々過激な表現をすれば「蹂躙する」と言った方が正確かもしれないい。それほどまでに凄まじい勢いが、当時のデムナと「ヴェトモン」にはあったのだ。
パリでもミラノでも東京でも、シーズンが春夏でも秋冬でも、ランウェイにあふれるビッグシルエット。一つのブランドのスタイルが、あれほど巨大な影響力を持った事例はファッションの歴史上でも稀だ。
エディ・スリマン(Hedi Slimane)の「DIOR HOMME(ディオールオム)」も同じく世界を熱狂に包んだが、「ヴェトモン」のそれは稀代のメンズブランドを超えていく。このトレンドを念頭に置き、「ラフ・シモンズ」の2016年秋冬コレクションを見ていきたい。
ファッション界を席巻するトレンドに即するように、ファーストルックもビッグサイズのアイテムが登場する。だが、その装いは「ヴェトモン」が提案するストリートウェアとは異なるもの。アルファベットワッペンを取り付けたビッグニットが現れ、Vネックニットの下に着用したシャツも第一ボタンまで留めて、クリーンに着こなす。
以降も、アメリカのカジュアルを代表するアイテムが発表される。先述のアルファベットワッペンのレタードアイテムに加え、裾や袖に身頃と色違いのラインを複数本入れるチルデンニットも現れ、アメリカントラッドではお馴染みのアイテムとデザインが幾度もランウェイを歩いていく。
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コートにおいても、ピーコートやステンカラーコートなどの王道アウターが、無地のウール素材とチェック素材という、これまたアメリカントラッドに欠かせない素材がチョイスされて製作されていた。いずれのアウターもシルエットのボリュームに差はあるが、オーバーサイズに仕上げられている。
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色彩の点においても、オレンジ・ブルー・レッドといったアメリカントラッドの服に多用されるカラーが、2016年秋冬コレクションの主役であるビッグニットシリーズに使われ、トラッドテイストが徹底されている。
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アメリカントラッドは、アイビーリーグと言われるアメリカの名門大学の学生たちが着ているスタイルを指す。瑞々しく新鮮な若さを表すファッションは、シモンズが初期に発表していたスクールファッションと重なる。
ただし、シモンズが発表してきた若者たちのための服には常に暗さがあった。憂いを帯びた若者像を、この2016年秋冬コレクションでは擦り切れたような裾や襟元が表現している。
トレンドに乗りながら、デザイナーの象徴を通じてトレンドとは違うスタイルを示す。それが、シモンズが試みたデザイン手法である。
シモンズは2016年秋冬シーズンのトレンドであったビッグシルエットを自身のブランドに吸収する。しかし、街中で誰もが着る流行のシルエットを、同じく当時のトレンドアイテムだったストリートウェアを代表するフーディやTシャツで表現するのではなく、レタードニットやチルデンニットというアメリカントラッドを代表するアイテムを選ぶことで、シモンズの象徴であるスクールテイストを表現していた。
ファッションデザインには、カウンター型とフォロー型と呼べる二つのタイプがある。カウンター型とは時代の主流だったスタイルに反逆を起こすように、新しい視点のスタイルを発表して、ファッションの地平を切り拓くデザインである。
無装飾のシンプルウェアが特徴だったノームコアの後に、プリントやグラフィックを多用したストリートウェアを発表したデムナはカウンター型に該当する。また、1990年代の「ラフ・シモンズ」は当時の男性の服では珍しかったスリムシルエットを発表し、メンズウェアに革新をもたらしており、初期の「ラフ・シモンズ」もカウンター型のデザインに属する。
一方、フォロー型とはトレンドに即しながら、デザイナーが自身の新しい解釈を加えて、トレンドのスタイルを更新するデザインを指す。
ボリュームたっぷりの服に惹かれても、誰もがフーディーやスウェットが着たいわけではない。ボリューミーな形を、別のアイテム、別のスタイルで着たいという人々もいたはずだ。フォロー型は市場の隠れたニーズに応えるパワーがある。その期待に応えたのが、ビッグサイズのトラッドウェアを発表した「ラフ・シモンズ」の2016年秋冬コレクションだったと言えよう。
デビュー時はカウンター型のデザインを披露し、デザイナーとして経験を重ねた2016年はフォロー型のデザインを披露し、一人のデザイナーが異なる二つの手法を実践する。ここに、天才と呼ぶにふさわしいシモンズの能力が垣間見える。
ジェンダーレスにアジアを組み合わせて新解釈した2018年春夏コレクション
2010年代に突入してからの「ラフ・シモンズ」は、フォロー型のデザインで秀逸なコレクションを製作しているが、もう一つ、シモンズが試みたフォロー型のデザインとして好例のコレクションがある。それが、ストリートウェアと同様に、世界の価値観を変えたジェンダーレスファッションを表現した2018年春夏コレクションである。
煌めく新しい才能が現れるロンドンに、ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)がデビューしてから、アンダーソンが提唱する性別を超えたファッションが新たな価値観として世界中に浸透していく。アンダーソンの登場以降、メンズとウィメンズを同時発表するブランドも一気に増加した。ストリートウェアのデムナ、ジェンダーレスのアンダーソン、この二人が2010年代に与えた影響力は驚異的で、両者はまさに時代を切り拓いたデザイナーだったと言える。
2016年秋冬コレクションではストリートウェアの新解釈を見せたシモンズだが、2018年春夏コレクションではジェンダーレスの新解釈を披露する。
ショー会場に選ばれたのは、ニューヨークのチャイナタウン。この2018年春夏コレクションは、バンコク・ソウル・ベトナムにあるチャイナタウンや歓楽街、映画監督リドリー・スコット(Ridley Scott)による作品「ブレードランナー」(1982年公開)、シモンズが愛するバンド「ニューオーダー(New Order)」からインスピレーションを得て製作された。
紫色に妖しく光るネオンが、まさにアジアの夜の街を連想させる。会場を訪れた観客は、ランウェイの両端に密集した状態でスタンディングしてショーを観戦し、地面は濡れた状態に演出されていたために、ランウェイは路地裏とも言うべき雰囲気へ変貌し、いっそうカオスな夜のアジアを色濃く表す。
先ほど述べたとおり、2018年春夏コレクションはジェンダーレスが重要な要素になっているのだが、アイテムはテーラードジャケットやコートなど重厚なアイテムが数多く登場し、色使いもシックで、主役はあくまでもメンズアイテムだ。
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シモンズは2018年春夏コレクションで、ロングスカートと思えるアイテムを登場させるが、そのスタイルにはアンダーソンが2013年秋冬メンズコレクションで発表した、フリルショーツを男性モデルが穿くスタイルほどフェミニンな印象はない。
しかし、それでもこのコレクションにはジェンダーレスの側面が感じられてくる。理由の一つにシルエットが挙げられる。細さと長さを強調したシルエットに、日本の江戸時代の町民が着用した着流しが思い浮かび、怪しいネオン煌めく会場の雰囲気が、オリエンタルな服装イメージをより強めていく。
右手に傘を持ち、左手に「NEW ORDER」のロゴをプリントした提灯を持つ姿は、400年前の日本の風景が再現されたかのようだ。オーバーサイズのジャケットやコートのルックに混じり、着流しシルエットが幾度も登場する。
着流しとは、着物に帯を絞めただけのカジュアルな着物になり、男性が着るものだった。しかし、痩身のルックを見ていくうちに、しなやかで滑らかなラインだけが持つ艶かしさが、女性美を生み出していることに気づく。
また、シモンズは肩をはだけさせた着こなしで色気も匂わすのだが、そのスタイルはニット&パンツという、メンズライクな装いだ。
たとえばアンダーソンがジェンダーレスを具現化する際、女性の服装において伝統的なディテール・素材・アイテムを、男性モデルに着用させるストレートな手法が散見される。
だが、シモンズはロングスカート的アイテムを発表するのみで、ウィメンズウェアの要素を直接的にはほとんど用いていない。あくまでトラディショナルなメンズウェアをベースに、女性美を立ち上げているのだ。ルックの中には、メンズウェアでは珍しいコクーンシルエットをコートに取り入れたルックもある。
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ウィメンズウェアならではの服をダイレクトに使用するのではなく、伝統的な男性のアイテムとスタイルを用いて、ジェンダーレスを表す。その手法は、性別関係なく着用された東洋の歴史に刻まれたシルエットと、コクーンシルエットのコートや肩をはだけさせたニットの着こなしなど、トラッドなメンズアイテムをベースに色気を表現したもの。
同時に、テーラードジャケット・コート・ニットなど西洋伝統の服に、アジアを連想させる街並みの会場とシルエットを混ぜ、モードの文脈にオリエンタルスタイルの新しい解釈を刻む文脈価値も生み出していた。
2016年秋冬コレクションと2018年春夏コレクションは、どちらも時代のトレンドにデザイナーの解釈を挟むフォロー型デザインだ。しかし、前者がストリートウェアという同時代の要素にフォーカスされていたのに対し、後者はトレンドであるジェンダーレスに加えて、西洋の服と東洋の服の融合という文脈的価値にもフォーカスされていた。
時間の横軸も縦軸も取り入れ、ファッションの更新を図る2018年春夏コレクションは、シモンズの才能を証明するデザインだ。
歳月を重ねて成熟していった天才デザイナー
その他にも、注目すべき「ラフ・シモンズ」のコレクションはある。メンズファッション最大の見本市 ピッティ・イマージネ・ウオモ(Pitti Imagine Uomo)で発表された2017年春夏コレクションもその一つだろう。
写真家ロバート・メイプルソープ(Robert Mapplethorpe)が撮影したポートレートを、大胆なサイズでプリントしたビッグシルエットシャツは、シャツという究極にカジュアルでベーシックなアイテムを芸術性高い逸品に仕上げた名作コレクションだ。
「ラフ・シモンズ」のウィメンズラインが本格的に初めて発表された、2021年春夏コレクションも忘れられない。このコレクションではルックと同時に映像も発表されていた。アイテム自体はスレンダーなシルエットでシンプルなものが多かったが、映像に漂う雰囲気はホラー性を帯びていた。低音が鳴り響く中、壁にあけられた穴から女性モデルが這うように登場した様子は、映画「リング」の貞子を思わせる妖しさである。
感動する美しさだけがファッションの価値ではない。2010年代に突入すると、デムナやアンダーソン、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)も加わり、ファッションの美しさとは何かと投げかけるコレクションが次から次に発表された。
その問いに対する答えの一つが、アグリー(ugly=醜い)と称されたファッションだろう。そんな時代に、シモンズはホラー的不穏な妖しさも「ファッションの美しさではないか?」と、まだまだビッグシルエットが人気のシーズンに、スレンダーシルエットを中心にした構成で伝える。
このようにブランド「ラフ・シモンズ」の魅力を物語るコレクションは尽きない。だが、時代に反逆して新時代のスタイルを打ち出すカウンター型だった初期の「ラフ・シモンズ」から、時代のトレンドに新解釈をもたらすフォロー型に変身した「ラフ・シモンズ」の特徴とその天才性を洗い出すため、今回は21世紀を代表するトレンドのストリートウェアとジェンダーレスに焦点を当て、2016年秋冬と2018年春夏の二つのコレクションに絞って展開した。
「ラフ・シモンズ」の最新コレクションが見られなくなったことは、やはり残念だ。願わくばいつか、いつかで構わない。年間10型のカプセルコレクションという形でも構わないので、「ラフ・シモンズ」の最新コレクションを発表してくれたらと思わずにはいられない。さらに成熟した天才デザイナーのオリジナルスタイルが見られる日を願い、今回は終わりとしよう。
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