Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
「普通」という言葉は、辞書によると「ありふれていること。他と特に異なる性質を持ってはいないさま」を意味する。しかし、それをひとたび現実の社会に生きる生身の人間に当てはめようとしたとき、そこにはそう簡単には定義することのできない曖昧さや難しさがあり、その言葉や概念によって生まれる“線引き”は、ときに疎外や異質さの否定にも繋がるという暴力性を帯びることもある。
ファッションの世界には、一般社会と比べて比較的“異質さ”が好意的に受け入れられやすい土壌があるが、とりわけ村上亮太が手掛ける「ピリングス(pillings)」は、「不器用で、社会との折り合いがなかなかつかず、生きづらさを感じている人」という人間像を掲げ、社会が求める“普通”に対して感じる精神的な摩擦や齟齬をデザインに落とし込んできた。
2014年に前身の「リョウタムラカミ(RYOTAMURAKAMI)」としてスタートし、2020年に「ピリングス」に改名してから11回目のコレクション発表となった今回、村上は過去10回の自身の服づくりを改めて見つめ直し、「ピリングスなりの普遍性」を探求したという。約1年前にサザビーリーグの後ろ盾を得、今年2月には「LVMHプライズ2025」のセミファイナリストにも選出されるなど国内外から大きな期待と注目を集める今、村上はブランドの“普遍性”を見出し提示することで、いったい何を表現しようと試みたのか。コレクションの随所に散りばめられた過去のものづくりと新たな表現を辿りながら、その意味を紐解いてみたい。
ショー会場に足を踏み入れると、中央に真っ直ぐ伸びる無垢材と黒がまばらに点在する木製のランウェイが敷かれ、頭上にはピアノの鍵盤数と同じ61個の電灯がずらりと並んでいた。村上は、過去のショーで合唱コンクールへのトラウマをはじめとした“精神的な圧迫感や不安感を覚える現実”のメタファーとして天井から吊るしたグランドピアノを、今回はより抽象化して表現したと話す。つまり、ランウェイを歩くモデルたちは、引き続き“生きづらい現実”の中にいることがわかる。しかし後述するように、今シーズンはその生きづらさを受け入れたからこその穏やかさや自然さが、コレクション全体に満ちていた。
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Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)
“ピリングスなりの普遍性”は、ファーストルックから顕著に表れていた。強縮絨をかけて縮んだ毛玉だらけのウールニット地の下から白い裏地がはみ出たライトグレーのジャケットとスカートは、2023年秋冬や2024年秋冬に登場したルックを思い起こさせる。村上自身が作業時に着用している毛玉だらけのパンツから着想を得たところからスタートしたという、洗いをかけた際の素材ごとの縮み方の違いを活かしたこの手法は、2024年春夏では、誤った洗濯の仕方で服をしわくちゃにしてしまった「生活のどうしようもなさ」として用いられていた。今シーズンは、これまでと同様“生きづらさを抱える人”の内面の葛藤や生活のままならなさが目に見える形で表に現れているように受け取れる一方で、従来と比べてフリルやドレープのような、より装飾的な美しさを伴ったデザインへと昇華されている。

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また、2025年春夏シーズンに見られた「ぐちゃっと外側に飛び出たポケットの袋布が柄のように配されたデザイン」も、今季はシルバーのメタルファスナーによって強調され、花のコサージュのような強い存在感を放つ。埃の中にケーブル編みの白いセーターが埋もれたように見えるニットプルオーバーは、複数回の縮絨を繰り返して完成したという、ピリングスにしかできないテクニックとデザインが結実している。

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こぶや歪みが随所にあしらわれたデザインも、間違いなく“ピリングスの普遍性”の一つと言えるだろう。2023年秋冬は、でこぼことしたこぶによる歪な形や、ポケットに手を入れて“セルフハグ”できるようなデザインが特徴のニットプルオーバーとカーディガンが象徴的だったが、今季は新たな表現として、過度に長い丈の身頃や袖のところどころに、何かが内側からはみ出ているようにも見えるこぶや弛みをデザイン。ポケットやファスナー含め、元々服に備わる一般的なパーツや機能を活かしたり、編みの技法によるこぶや弛みとして“内面のわだかまり”を表現する手法は、ブランドの魅力の一つであり、技術的な洗練と言えるだろう。

2025年秋冬コレクション
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2025年春夏に布帛で表現されていた細かなタックによるひだやしわをあしらったデザインも、今回はハイゲージの薄手のニットジャケットやカーディガンに活かされ、より繊細で華やかな意匠として進化。これまで、特に秋冬シーズンでは手編みの温もりや懐かしさを感じる重厚感のあるハンドニットが大半を占めていたが、今季はニット表現のバリエーションが増え、内面の“わだかまり”を多彩なテクニックやデザインに落とし込み発展させてきたピリングスの、努力と歴史の積み重ねが体現されていた。

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では、ここまで挙げてきたデザインやテクニックとしての“ピリングスの普遍性”を考えたとき、そこから浮かび上がってくるものとは一体なんだろうか。筆者が読み取り、受け取ったのは、「内向的で生きづらさやわだかまりを抱えた人も、ありのままでいていい」「世間で良しとされる“こうあるべき”に従わなくてもいい」という、優しくも心強いメッセージだ。
今、メディアやSNSなどを通して提示される人間像や生活は、その多くがつるりとしたスクリーン上にあり、そこに映る人の顔は、少しの粗もなくなめらかで均一に整えられ、ファッションスタイルや暮らしはクリーンで明るく、洗練されている。
しかし、村上がピリングスを通して提示する服には、ごわごわ、ざらざら、ぐちゃぐちゃ、でこぼことした輪郭や手触りがあり、そこには本来人間が当たり前に持つはずの精神的・肉体的な質感や、特に美しくもなければ洗練されてもいない、素朴で切実でありふれた生々しい生活の手触りがある。

Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
それらは、世間の人々が一般的に「美しい」「好ましい」とする姿や在り方とは対極にあり、“普通”の感覚や言葉で村上の手掛ける服を形容しようとすると、「野暮ったい」「不恰好」「みにくい」「暗い」と言われかねない部分がある。しかし、内面の葛藤や心身が経てきた時間、内向的な人が生きづらさの中で、もがきながらも懸命に生きている姿、必ずしも美しく楽しいだけではない生や生活をありのままに表現しているさまに、筆者は好ましさや愛おしさ、深い共感の念を抱く。それと同時に、我々が想定する「美」や「こうあるべき」といった概念や基準というものが、いかに偏ったものであるかを改めて思い知らされるような気持ちにもなった。
ピリングスのショーでは、これまで服での表現と同様、モデルの仕草や佇まいにも意味を持たせてきた。2023年秋冬には自分自身を守り、安心させるようにぎゅっとセルフハグをするような姿が、2025年春夏では内向的で陰鬱なさまが俯きがちな視線や佇まいで表現されていた。しかし今回は、自然に前を見つめ、片腕でそっと身体を支えたり、腹部のこぶやひだに優しく手を添えたり、スカートをそっと持ち上げたりといった仕草が多く目に入った。

Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
村上は今回、はじめてコンテンポラリーダンサーの山田うんを起用してモデルの仕草や佇まいをクリエイションし、「“当たり前”や“普通”であるさまを表現した」と話す。その言葉の通り、これまではどこか後ろめたさのようなものを感じて素直に開示できていなかった内面的な葛藤やわだかまり、生きづらさが、今季は服のデザインとしてもモデルの振る舞いとしても、より自然に体の外に現れているように見えた。「内向的であっても、生きづらさやわだかまりを抱えたままであってもいい。それがピリングスとしての“普通”」──今シーズンのピリングスのコレクションやショーからは、そんな心強いメッセージが伝わってくる。

Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
そして、メッセージや価値観だけではなく、ニットによる多様で新しい表現や技術を常に果敢に追い求め続けてきたブランドとしての姿勢や矜持と実力が、そこには確かに体現されていた。そういえば、今回のコレクションは団地を意味する“Housing Complex”がタイトルだという。「子どもの頃に母が作ってくれた手編みのセーター」や「着古した部屋着」を彷彿とさせるアイテムやディテールが多く見られるということもあるが、村上によって綴られたコレクションノートの最後には、こんな言葉があった。
“ぼんやりとした古郷のようなものを作りたいという思いがあったのかもしれません”
10年や10回目という節目を迎え、ピリングスはこれから本格的に世界も視野に入れた、次のステージへと歩みを進めていくとき。今回、村上がピリングスとしての“クラシック”に改めて向き合うことを決めた背景には、「手仕事によるものづくりの愛おしさや背景を創造性を持って伝えていきたい」という、ブランドのはじまりにあった切実で熱い気持ちや、本当に好きで大切にしたいもの、いつでも立ち返るべき原点としての“古郷”をきちんと確かめ、示しておきたいという思いがあったのではないだろうか。
年数や経験を重ね、どれだけ国内外から注目が集まろうとも、決して変わらぬ価値観や信念とともに誠実に服づくりに向き合うピリングスの在り方に、筆者は疲れたときや自信を失いかけたときに帰りたくなる“ホーム”のような、信頼と安心を覚えた。今回のコレクションに向き合った過程とその結果得たものを足場に、村上が目指していると度々口にする「本当にあるかどうかわからないけれど頑張って作ろうとしている“城”」がどのようなものであるのか、これからも楽しみにしていたい。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)
collection note
これまで、ピリングスとして10個のコレクションを手掛けてきました。
私たちの服づくりには、社会との関わり方や向き合い方が根底にあり
心の角に溜まったホコリの名前を探し続けてきたような気がします。
11回目のコレクションでは
これまで作り上げたものや記憶、想像の断片を繋げ
ピリングスなりの普遍性を探しました。
ぼんやりとした古郷のようなものを作りたいという思いがあったのかもしれません。
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