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歳を重ね経験を重ねるほど、人は強さや逞しさを手にし、大人らしく振る舞うことを覚えていく代わりに、いつしか人に弱さを見せることが難しくなっていく——ファッションの世界においても、「美しくありたい」「強くありたい」「洗練されていたい」「エレガントでありたい」といったポジティブな大人の理想像を叶えてくれるブランドは数多くあり、実際そういった服の存在に日々助けられ、力や自信をもらっている人は多いだろう。しかし、家に帰ってひとたびその服を脱いだ時、ふと我に返ってこう思うことがある。「自分の中に確かに存在するこの弱さやままならなさは、大人らしくない恥ずべきものとして、秘匿しなければならないのだろうか」と。
今シーズン、「アキコアオキ(AKIKOAOKI)」は、「自室で服を脱ぎかけ(着かけ)ている女性の姿」という、女性がファッションという「武装」を解く過程に美意識を見出したコレクションを発表したが、村上亮太が手掛けるブランド「ピリングス(pillings)」は、大人の理想像とは対極にあるような、「不器用で、社会との折り合いがなかなかつかず、生きづらさを感じている人」という人間像を、これまで一貫して提示し続けてきた。そのような人間像は、一般的に社会の中では決して褒められた姿ではないはずだが、その内向的で、不恰好で、人付き合いや生活のままならなさが表出したような世界観とデザインは、着実に人々の心に寄り添い、支持を集めてきた。
そんなピリングスも、昨年12月にサザビーリーグの仲間入りを果たした。大きな後ろ盾を得て初めて臨むコレクションでは、いったいその人間像にどのような変化が生まれるのか。期待と一抹の不安が入り混じる中、今回村上のクリエイションから受け取ったのは、「自分の中の弱さやままならなさを肯定し受け入れることは、他者の弱さや痛みを想像し受け入れることのできる強さや包容力に繋がるのではないか」という示唆と、「これまで大切にしてきたものは何も変えず、それらを全て携えながら未来へ進んでいく」という、ブランドとしての明確な意志だった。
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2024年秋冬コレクションの出発点には、「今の世の中には創造性が必要だ」と感じた村上の思いがあったという。そして、村上がイメージした“創造性”とは、農業指導者として農民生活の向上に努める傍ら、東北地方の自然や生活を題材に創作活動を行った、詩人・童話作家の宮沢賢治とその作品たちから連想されるもののことを指す。昔好んでよく読んでいたという宮沢の作品に、「どんな過酷な環境や不条理の中でも創造することは誰にでもある権利だと教えてもらった」と語る村上は、その作品内に通底する「○か×だけではない世界」や「分からないものは分からないまま大切にしまっておこう」といった心の有り様の重要性を感じ、見た人の創造のきっかけになるようなことができないかと考えて、今回のコレクションを製作したそうだ。
ファーストルックから3体続いた、どこか見覚えのある鮮やかな青にカラフルな柄が印象的なセーターは、かつて村上がニッターのいる関西に向かうために週に何度も乗っていたという「夜行バスのシートの柄」であることが明かされた。いつのまにか乗らなくなっていた夜行バスに久しぶりに乗ってみると、当時身体も痛く、眠く、ボロボロになりながらも、バスに乗りながらデザインやショーのことを考えている時間が何よりも好きだったことを思い出し、そういった気持ちをすっかり忘れてしまっていた最近の自分に気がついたという。
“今は便利だし効率も良くなっているけど何か大切なものを失いつつあるなと思った時に、ふとバスの座席の柄が流れ星に見えたんです。そこから『銀河鉄道の夜』を思い出して、宮沢賢治に繋がりました”
今回のショーは、村上が創作の原点や初心に立ち返るような、そんな思い出深い場所からスタートした。
これまでピリングスは一貫して、「不器用で社会との折り合いがつかず、生きづらさを抱えている人」や「生活のどうしようもなさ」といった“ままならなさ”や“不恰好さ”を、その服作りを通して表現してきた。2023年秋冬コレクションに続き、今季も歪な形のジャケットやパンツをはじめ、縮絨がかかったゴワゴワとした風合いのウールと、そこから内面がまろび出てしまったかのようにはみ出る白い裏地、病葉(わくらば)のように空いた穴など、従来“美しい”あるいは“スタンダード”とされてきたアイテムのシルエットや素材、ディテールからは随分とかけ離れた印象のアイテムが多く登場した。今回特に象徴的だったウエスト部分に“嫌な布の溜まり”があるパンツも、「わだかまりを抱えて歩いているようなイメージで作った」という村上の言葉通り、やはり何かしらのもがきや葛藤といった生きづらさを抱える姿が、デザインとして落とし込まれている。
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今回初登場したレザーのコートには、アーティストの長雪恵が手掛けたという、宮沢賢治の作品「よだかの星」の主人公「よだか」が描かれていた。よだかは醜い容姿のために他の鳥たちから忌み嫌われ、いじめられているという背景のあるキャラクターなのだが、よだかが抱える痛みや傷つきも、やはりピリングスが表現する人物像との繋がりを感じる。
では、村上はなぜ、不器用さや歪さ、ままならなさといったネガティブな要素や人物像を継続して提案し続けるのか。「見た人に創造(想像)してほしい」という言葉を受けて筆者が考えたのは、村上はピリングスというブランドとそのクリエイションを通して、必ずしも格好良くなくても、強くなくても、美しくなくても、洗練されていなくても、スマートじゃなくてもいい、“◯か×だけではない”オルタナティブな大人の在り方を提示しようとしているのではないか、ということだった。
そういった人物像を肯定し表現し続けることは、決して「逃げ」や「甘え」などではない。むしろ、自分の中の弱さや不恰好さを肯定して受け入れ、その中で必死にもがき続けることは、ひいては他者の弱さや痛みを想像し受け入れることにも繋がっていくのではないかという、可能性や希望のようなものを筆者は感じた。
先シーズン、モデルが自分の身体をセルフハグするようにしてランウェイを歩いた姿や、蛾のモチーフが多く登場した印象などから、ピリングスの服には「着用者の心と身体を守る繭」というイメージを持っていた。今季もその印象はやはり変わらず、弱さを認め受け入れているからこその強さや優しさといった包容力が、そこにはあると感じる。ハンドニットアイテムにこだわるブランドだからこそ、ニッターがひと編みひと編み作り上げた、時間と思いの込もった質量や強度がもたらす部分も間違いなく大きいだろう。
そして、「ものづくりの愛おしさ、背景を創造性を持って表現していくこと」をブランドコンセプトに掲げている通り、協業するニッターたちをイメージしたという、“ニットを編んだりお花を持ったりしている天使のモチーフ”をあしらったアランニットカーディガンなど、作り手であるニッターへの愛や敬意がものづくりにも反映されているところにも、好感と信頼を覚える。
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さて、これまでピリングスの「変わらない部分」について話をしてきたが、今回のコレクションにはもちろん変わった部分も存在する。村上の原点とも言える「深夜バス」のセーターからスタートしたショーは、幼虫(もがいていたかつての村上)が繭に守られて蛹になり、最後に蛾として羽化するという、これまでのコレクションとは明らかに異なる、何か一つ突き抜けたような、新たなフェーズに足を踏み入れたような開放感や喜びを感じた。羽化したばかりの蛾は、今にも光に透けて消えそうな、神秘的で儚い美しさと繊細さを併せ持っていた。
今回のピリングスのショーには、生きづらさを抱える人の姿を表現し寄り添う姿勢は今後も変わらず、ものづくりの原点にあった気持ちや感覚、失ってはいけない大切なものは改めて胸に留めながら、それらを全て携えた上で、これからはより遠くへ、より広く明るい方へ進んでいく」という、ブランドの未来についての村上からのメッセージや態度が、はっきりと込められているような気がした。希望の光に透ける羽化したばかりの蛾は、これからどのように世界に羽ばたいていくのだろうか。村上とピリングスがまだ見ぬ光へと向かっていく道筋を、楽しみに見守っていたいと思う。
“ひさしぶりに乗った夜行バス。
名前の知らない座席の柄が懐かしかった。
みんなが寝静まった後、腰やお尻をくたくたにしながら
創作について考える時間が好きだった事を思い出した。
今では時間が無いやら、効率的で無いやら、とんと乗ることもなくなった。
歳を重ねるにつれて忘れてしまった事が増えたように思う。
破れたフェンスの秘密の抜け道。
アイスクリームみたいなお城の雲。
アリさんの行列。
味の薄いおかんの味噌汁。
嫌いだったスイミングスクールの匂い。
知らない街で迷子になる事。
全て忘れてしまった。
そんな事を考えていた大阪行きの車内で、宮澤賢治の事を思い出した。
彼の残した作品達からは、どんな過酷な環境や不条理の中でも
創造することは誰にでもある権利だと教えてもらったように思う。
○か × だけでは無い世界。 分からないものを分からないまま大切にしまっておいたり
不思議なものを不思議まま楽しんでみたり そんな心を今必要としているのではないかと思った。
私たちはコレクションを通し、創造する事への入り口(きっかけ)を模索した。
奇しくも名前を知らないバスの座席が天の川に見えてきたような気がする。”
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