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曲がりなりにも、ファッション媒体で文章を書くことを仕事にしているにもかかわらずこんなことを言うのはどうかと思うが、筆者は時々、とりわけランウェイで繰り広げられる“ファッション”というものが、しばしば普通の人間の普通の生活とその実感とはかけ離れたものであることに、戸惑いや手放しで称賛しきれない感情を抱いてしまうことがある。ファッションの持つ美しさや力強さ、人の心を動かすエネルギーに希望を感じる気持ちは確かにある一方で、日々の生活とは本来地道で、慎ましくて、泥臭いものであるからこそ、どうしても少々心理的距離を感じてしまうのだ。
そのような中、デザイナーの竹内美彩が手掛けるブランド「フォトコピュー(PHOTOCOPIEU)」の服は、着た時のシルエットや細かいディテール、佇まいがとても美しいのに、日常生活とその感覚によく馴染む。一見した色味や装飾が控えめな「ワークウェア」がデザインのベースになっていることがその理由だろうか、とこれまで漠然と思っていたが、2018年のブランド設立以来初めて開催された展示を見て、その理由がはっきりとわかった。
それは、竹内が着用者の人柄や暮らしを“まだ見ぬ友人”のものとして一着一着丁寧に想像し生み出した「働き生活するための服」であるとともに、着る人が「男や女ではなく“人間”であること」を目指すような服作りをしているからなのだ、と。
今回、ブランド設立から6年目にして、初めて東京ファッションウィークに参加したフォトコピューがコレクション発表の形式として選んだのは、ショーではなく「エキシビション」だった。デザイナーの竹内はその理由について、「私たちはきれいに繕ったものよりも日々の生活の中に潜む隠された美を好みます。ショーでの一瞬の表出よりも、着用者の内面に関して想いに耽る時間を取ることが、翻って奥行きのある服のストーリーを伝えていく術になるのではないかと思いました」と語る。
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フォトコピューというブランドは、元々デザイナーの竹内が渡仏中に、自分や周りの友人たちのために制作を始めたドレスがきっかけで誕生したのだという。その成り立ちから派生するように、会場にずらりと並んだ28体のマネキンに着せられた服には一着ごとに名前が付けられ、「ジョイはレコードショップのオーナーだ。彼女は物理的なものしか信用しない」「ジュリアンは図書館司書だ。彼女は口が悪い」といった具合で、職業とその人についてのちょっとした情報が短いテキストで記されていた。
マネキンたちは、それぞれスーパーのビニール袋や紙袋、パリのメトロの切符、煙草と新聞、飼い犬などを手や小脇に抱えており、それらは全て架空の人物でありながらも、記された言葉と相まって、まるで一人ひとりの人物像や日常生活の風景が目の前にゆっくりと浮かび上がってくるかのような、不思議で感動的な体験だった。
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今回の展示の主旨は、あくまでブランドに一貫するコンセプトや思想、人物像を提示することに重きが置かれていたものの、2024年秋冬シーズンのテーマとして掲げられていたのは、「見過ごされがちなものへの愛」。北欧デザインの巨匠 アルヴァ・アアルト(Alvar Aalto)の側で、自分を犠牲にしながらアルヴァを支えた妻でありデザイナーでもあったアイノ(Aino)という女性の存在と、ブランドの象徴的アイテムである“名もなき大衆のための服”としての「ワークウェア」をリンクさせながら、何気ない日々の暮らしや人々の営みの中で、見過ごされてきた光景やものごとを拾い上げ、可視化することを目指したという。
散らかったアトリエに美しい光が差した光景を思わず撮った写真を、ゴブラン織でファブリックにしたという一着
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ブランドのアイコンである「ワークドレス」は、デザイナーのある個人的な体験から生まれたそうだ。パリの古着屋で、それぞれの持ち主と過ごした時間の痕跡を色合いに残したワークウェアたちが群像劇のように佇む美しさに魅了された竹内は、自身も袖を通してみたものの、女性である自分の身体には全く馴染まず不恰好だったことから、「女性の体や精神がもっと魅力的に見えるワークウェアが欲しい」と自ら手掛けることにしたという。
そんなワークウェアやワークドレスをはじめとして、フォトコピューが提案する服たちは、一見すると平凡で大衆的な印象を与えるアイテムに思えてしまう。しかし、近くでじっと目を凝らしてみると、ハイエンドで表情豊かな生地や、大量生産の大衆服では決して見ないようなユニークなディテール、美しいシルエットやバランスにはっとさせられる。フランスでの服作りを通して「シルエットの重要性を強く感じた」という竹内は、服としての全体のシルエットだけではなく、シームやポケット、襟といった服に必要なディテールやパーツを全てオリジナルでデザインし、「原型から作る」ということを大事にしていると話す。
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“気持ちの向かう先は、いつも陰ながら努力をする人。
誰も見ていなくても、自分の信念のために手を抜かない人。
とても美しい、理想の姿。
服を、どんな人に着て欲しいかと聞かれる。
おしゃれに無頓着に泥臭く働く人にこそ、その姿を讃える佇まいを付与したい”
(PHOTOCOPIEU 公式サイト「DIARY」2023年2月3日の投稿「本当のミューズ」より)
今回披露された一着一着の服からもわかるように、竹内はランウェイを歩く浮世離れした容姿を持つモデルのためでも、煌びやかで華やかなファッションのイメージのためでもなく、すぐ隣で日々働き生活する友人や隣人、まだ見ぬ誰かの姿や日常を想像し、一人ひとりの誰かのために、細部にまでこだわってその服を作っている。だからフォトコピューの服は、「ファッション」でありながら同時に「生活するための服」であると感じられるのだと、筆者は受け取った。
余談だが、筆者はフォトコピューの公式サイト上で時々更新されている日記の密かなファンだ。そしてその中で、竹内が度々「フェミニズム」との出会いと、それがもたらした気づきや変化について言葉にしているのが印象に残っていた。
今回、展示を終えた竹内に、日本のアパレル企業からフランスへと渡って服作りを行ってきた中での「気づき」について訊ねてみた。すると、日本では仕事でもプライベートでも男性が上で女性が下という、固定化されがちな男女間の立場や上下関係とそれに伴う振る舞いがあるものの、フランスでは性別問わず、よりフラットで対等な関係性や価値観がベースとして根付いていることに気がついたと、明かしてくれた。そして、その気づきを踏まえて自身のクリエイションに反映しているのは、「偽物みたいなものを作らない」ということだという。
“例えば、ジャケットの袖口の仕立てがメンズだと本切羽なのにウィメンズだと開き見せになっていたり、内側の仕様も簡素でいいとされていたりすることが多い。でもそういう部分って、だんだん感覚に根付いてきてしまうと思うんです。だから私は、何でも本気で作る。その分値段は高くなってしまうけれど、そこをないがしろにしたくないと思っています”
フォトコピューの服が着ていてとても心地よく馴染みよく感じられるのは、それが「男」でも「女」でもなく、“対等でフラットな「人間」でいさせてくれる服”だからなのかもしれない、と腑に落ちた。フェミニンさを敢えて強調するわけでもなく、男性のために仕立てられた服をそのまま着るわけでもなく、女性の身体や感覚に自然と馴染みながらも、性別を意識せずに「人間」としていさせてくれるように感じる服というのは、実はあまりないのではないだろうか。
今回の東京ファッションウィークで見た数々のブランドの中で、フォトコピューが見せてくれた世界や人物像は、控えめながら最も心に残る体験の一つとなった。
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