「ぬるま湯に浸かっている」と日本のアパレル業界に警鐘を鳴らすのは、国内外で40年以上ファッション流通分野に携わり、クールジャパン機構の初代社長を務めた太田伸之氏。1990年代は15兆円を超えていた国内アパレル市場だが、今や10兆円を割り縮小し続けている。旧態依然としたファッションビジネスに、今すぐ必要な変革とは。
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クールジャパン機構を振り返って
ーデザイナー協議会の議長やイッセイ ミヤケ社長など長くファッション界に携わっていますが、2018年6月までクールジャパン機構の代表を務めました。まずは在籍した5年間を振り返って頂けますか。
色々な業界と関わって細かい部分まで見ることができたのは、経験として大きいですね。「世界に売る」ということが、日本の会社はいかに苦手かということもわかりましたから。ただやはり、官民ファンドという性質上の難しさはありました。あくまでも投資会社ですから、成功するかどうかわからない部分があるし、結果もすぐには出てこないものです。ご指摘を頂くことが多々ありましたね。民間の投資会社や銀行が助けてくれなかったなら我々が支援するといった役割や哲学を、理解して頂くのがなかなか大変だったように感じます。
ーファッション関連の出資案件は「45R」のみだったようです。
在籍中に決定したのは「45R」だけですが、仕込んでいるものはありました。退任後でしたが、クモの糸の遺伝子から繊維などを作るベンチャーのスパイバーへの投資など。現社長の北川直樹さんとはたまにお会いして、色々と話しています。
ーアパレル企業への出資は難しいのでしょうか。
そういったことはないですよ。ただ、分野を問わず古いビジネスモデルだったら支援しません。例えば、卸だけではなくBtoCを具体的にできるかどうか。その点「45R」は、日本の技術を生かした物作りが強みで、直営店を持つ小売業でもある。彼らが元気になれば地方の企業も生き残れるのではないか。そういった理由から出資に至っています。反対する人はいませんでしたね。
ファッション流通業界は相当傷んでいる
ー独立後は新会社MD03 Inc.を立ち上げて本業のファッションに戻ったとのことですが、どういった事を手掛けていますか?
コンサルティングにも近いですが、主には方針やアイデアを提供して、その実働まで考えたり教えることですね。例えばアパレルメーカーから相談を受けて、処方箋を出していくような。この5年で他の業界にも関わってきたので、ファッション以外にも広げたいと思っています。
ー国内外の市場も見てきているかと思いますが、今気になることは?
例えば映画産業はすごいことになっています。Netflixが急成長して全米の映画館が次々と閉鎖。それと同じようなことが、おそらくファッション業界でも起こっているんです。でも当事者は危機感がないし、真剣に考えていない。そのうちに潰れていくでしょう。他の業界も色々と見てきましたが、やはりファッション流通業界は相当傷んでいると思いますよ。
ー特にどういった部分で危機を感じていますか?
まずは人材。面白いことを考えようという人が減ってしまったように感じますね。戦後のファッション産業は人間的な魅力がある面白い人たちによって作られてきたと思うんですが、遊び心がある人は今、ITや食の分野にどんどん流れています。
ーアパレルメーカーなどの相談を受けているとのことでしたが、どういった改善をしているのでしょうか。
体質改善ですね。仕組みや制度、人事といったことも全て。あとは考え方を、BtoBからBtoCにしていくことです。いかにBとCの距離を背中合わせに持っていけるか。アパレル業というのは、アパレル製品を扱う小売業であるべき。ビジネスモデルとしても、どこも究極はBtoCだと思います。
ーそれはメーカーだけではなく。
ブランドに対しても、卸はやめなさいと言っています。特に海外卸は販売価格が跳ね上がるし、代金の未払いに気をつけないといけない。
ー確かに、海外卸のトラブルはよく聞く話ではあります。
皆さんがイメージしているよりも、はるかにひどいですよ。業界人なら誰もが知っているようなお店でも、支払いがないというケースがありますから、従来型の商売だと痛い目を見る。小さくてもいいから直接お客様に売る商売をやるべきです。ネットでもポップアップでも移動型ショップでも、別に良い場所ではなくとも方法はいくらでもあるはず。ダイレクトにお客様と接すれば顧客情報も集まるし、それをクリエイションにも活かすことができる。これが今の時代の小売のあり方だと思いますね。
ー商売で苦戦しているブランドについては、どのようなサポートが有効だと考えますか?
オンラインも含めてダイレクトに売る新しい小売の仕組みを作ることや、そのサポートは良いと思います。海外のファッションウィークに出ても、展示会でバイヤーからオーダーを取るための資金を補助するだけでは、本当の支援にはならないでしょう。
ーファッションウィークも、卸だけがビジネスではないと。
ファッションウィークも合同展も、参加する目的がしっかりと定まっていれば良いし、結果的に小売に活用できれば有効ですよ。パリでも成功しているトップブランドのほとんどは、直営店で売り上げを立てていますから。前衛的と言われている「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」も、店舗を見るとVPからして基本を大事にしています。いずれにしても、しっかりと研究して取り組まないと意味がないということです。
"直接売る"ビジネスへ
ー太田さんはアメリカで急成長しているオンライン専門ブランドの「エバーレーン(EVERLANE)」に注目していますね。
ファッション界のNetflixになると思っています。アマゾンなどもそうだと思いますけど、業界からすると異端児だから、最初に出てきた時には理解されないものです。でも気がついたら巨大な勢力になっていた。エバーレーンはそういう存在だと思います。
ー今やD2Cブランドの代表格となっています。
サンフランシスコに出している実店舗に行って色々と買ってみましたが、モノも良かった。エバーレーンは工場の情報や生産背景を公開していますよね。一般のお客様が良い工場かどうかを判断することは難しいでしょうが、公開することで安心感が生まれる。そして少品種でコストに見合う量しか作らない。追加生産もなし。直接売るからコストが抑えられて原価率が高い。良いモノを適量作るのは、本来の考え方なんですよ。旧勢力は片っ端から潰れていくように思います。
ーアメリカの小売については、すでに「ギャップ(Gap)」が店舗を縮小したりと厳しそうです。
NYなど大都市の百貨店もダメですね。売り場にお客さんがいないから店員も少ない。店だけ大きくて大量に在庫があって、セールばかり。どうやって儲けるんだろうと誰でも思いますよ。
ーなぜそうなったのでしょう。
コスト削減して安いものばかり大量に作って売っていれば、当然ブランドの価値が下がる。第一、お客様の心理をちゃんと読めていないのでしょう。電卓を叩いて、業者から買い取ったトレンド情報でそれっぽいものを作っておけばなんとかなる、というものではないんですから。
ー日本のアパレルメーカーにも通じる話ですね。
ビジネスのやり方が古いんです。例えば1つのブランドに、原料調達も縫製工場も何十社も使っているとか。だから品質のわりにコストが高くなる。20世紀の仕組みは、もうやめましょうよ。
ー太田さんは百貨店にも携わってきましたが、現状をどのように見ていますか?
日本の百貨店こそ新しいことをしないといけませんね。私の考えですが、百貨店のワンフロアをサービスフロアにした方が良いと提案しているんです。
ーサービスとは、例えば?
美容サロンは百貨店に一つは入っているものですが、閉店時間が早いのもあって顧客は年配者が多いんですよね。美容院やネイルサロン、エステサロン......そういったサービスを充実させて、営業時間を伸ばして仕事帰りにも寄れるようにするとか。あとはカフェも良いけど、万人受けするつまらないコーヒーショップじゃダメですよ。
ーこちらのお店「炭火焙煎珈琲・凛」は、カップも素敵ですね。
ここは客に合うカップを選んでくれるんです。コーヒーが好きであちこちで飲むんですが、ここは一杯850円して安くはない。でも味はもちろんとして、カップのデザインや店の雰囲気、接客とかサービスの対価として払っているわけです。こういうサービスが素晴らしい店を百貨店が見つけて誘致するとか、できることはあると思いますよ。ただ言い訳をつけてやらないだけ。
ー百貨店はインバウンド消費があっても厳しいでしょうか。
インバウンドが売上の3割では厳しいでしょう。世界の都心型百貨店の数字から考えると、5割はないと。銀座はまだインバウンドのご利益がありますけど、他の地域は期待できませんね。だから頭の中をBtoCに変えて、ちゃんとお客様の方を見て商売をしないと、続かないでしょう。
本気で世界に売るには
ー東京のファッションウィークについてはどうでしょうか。時期を早めた方がいいとブログにも書かれていましたが。
まず、世界に売っていきたいインターナショナルブランドはコレクションの発表時期を早めるべき、という考えは20年以上言い続けていることです。プレコレクションも含めて、コレクションシーズンの前半で世界のファッションビジネスのほとんどが終わると言ってもいい。
ーではなぜ、東京の日程は世界のコレクションの中でも遅いのでしょう。
本気で世界に売っていくなら早めるでしょうが、まだそういう人たちが少ないんでしょう。日本国内だけで売るなら問題ないでしょうから。スケジュールを変えることは簡単ではないですが、今のままだとドメスティック過ぎるとは感じますね。ファッションに限らずですが、時差も国境もない時代に、国内だけで商売するということは前近代的。アジアだとすぐに中国に負けますよ。
ー中国のファッションウィークや市場は急速に国際化しているようです。
今やファッションの名門校も中国系が増えていて、才能ある人材をどんどん輩出していますね。私は最近、中国のファッション関連のビジネスマンにも色々と教えていますが、みなさん本当に真剣に勉強されています。
ーどんなことを教えているのですか?
良いものを作ればコストが上がる。でもそれを高くしない方法を考えることはできるでしょう、といったことです。例えば一反50Mの生地で何着のシャツが作れるのか。20着以下のブランドもあれば、用尺を調整して25着以上のブランドもある。自ずと単価が変わりますよ。回転寿司屋に例えたらインドの冷凍マグロを分厚く切って出す店と、冷凍ではない本マグロ使っていて美味しいけどネタが小さい店、いずれもあっていいじゃないですか。でも日本のアパレルメーカーがよくやってきたのは、インドの冷凍マグロを薄く切って出すようなことなんです。それではちゃんと売れるわけがない。
ーそういったやり方がメーカーの不振に繋がっている?
そう思いますね。その点でユニクロは、本マグロを使っているんです。ラグジュアリーブランドと同等の素材を使いながら、あの低価格を実現している。効率良く数を多く作ることもそうですが、生産から流通まで独自の仕組みを作っていますから。いずれにしても、やり方次第なんです。
ー国内で今、注目している企業はありますか?
ゾゾ(ZOZO)は何かと話題ですが、私は前澤社長のスタンスについては素晴らしいと思います。バッシングもあるかと思いますけど、気にせず新しいことをどんどんやって頂きたい。
雑貨8割、服2割
ー太田さんはMDの専門家でもありますが、ブランドのMDについてアドバイスするとしたら。
一つは雑貨の比率を上げることです。上手くいっているところは、雑貨の売上が8割で服が2割。服だけでは安定した収益をとれず、海外のブランドを見ても雑貨比率の低いところは儲けが悪いと思いますよ。ただし片手間で作ったエコバッグのようなものではダメ。半年のシーズン単位の発想ではなく、2〜3年単位でロングセラーを叩けるものを開発しないと。作り続けるということは、覚悟や我慢が必要です。
ー日本のブランドは雑貨が苦手なのでしょうか。
そういうところは多いでしょうね。もちろん海外のブランドも同じ悩みを抱えていますが。雑貨を重視して最も成功したと言えるのは「マイケル・コース(MICHAEL KORS)」でしょう。1996年にデザイナーのマイケルが「セリーヌ(CELINE)」のチーフデザイナーを経て、マイケル・コースに戻ってきた時には服が9割で雑貨が1割だった。その後に中国系の企業がブランドを買収して、経営者が服1割で雑貨9割にしようと転換したそうです。結果的には、17億円で買収されたブランドが10年も経つと2,000億円の規模になった。今では「ヴェルサーチェ(VERSACE)」や「ジミー チュウ(JIMMY CHOO)」を買収するまでになりましたからね。経営者の知恵と、それを理解したデザイナーの組み合わせが良かったんだと思います。
ー服作りに真摯なデザイナーほど、雑貨作りには消極的になりそうですが。
マイケル・コースの話も、普通に考えると雑貨メインに転換するなどデザイナーとして反対しそうなものですよね。服屋からしたら「服はたった2割でいいんですか?」となる。でも縮小しろということではなくて、服はしっかり作って2割の売上を立てて、あとは雑貨で収益を上げるということです。それが今のアパレルの現状ですから。デザインだけではなく、ビジネスもクリエイションなんですよ。それをデザイナーが理解して、ビジネスで変革を起こすこと。でないと何も生まれないでしょう。
ーものづくりの起点となる川上や川中、産地の衰退も問題になっています。
同じ産地でも、仕事があるところと無いところの差が激しい。自分たちの技術と感性とお金で頑張ってきたところは、生地工場も縫製工場も世界から注目されていますから。もっと世界に売っていくべきだと思いますね。ただしオマケして安売りはしないこと。
ー日本の技術力の違いは何でしょう。
例えば、フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)が手掛けていた「セリーヌ」の生地の約7割は、日本からの調達だったといいますね。なぜかというと、例えば構築的なフォルムを作るために上質な生地をあえて硬く仕上げることを求めていた。イタリアも品質の高い生地を作りますが、デザイナーの欲求に応えたのが日本の職人だったんです。その柔軟さは日本の良いところ。今の時代に、日本の技術や職人気質はピタッと合っている。そこに若いクリエイターたちも気づかないといけません。良質な物を国内で調達できるというのは、チャンスなんですから。
ー企業やクリエイター自身が自国の産地や業界の現状を理解し、考え方から変えていくということでしょうか。
そうです。本気になれば伸ばす方法はいくらでもある。それができないのは、ただ腹を括る勇気がないからですよ。
1953年、三重県生まれ。
明治大学経営学部を卒業後、渡米。8年間ニューヨークでジャーナリストとして活動。1985年に東京ファッションデザイナー協議会(CFD)設立のために帰国、東京コレクションを開始。1995年に株式会社松屋 営業本部顧問、株式会社東京生活研究所 専務取締役を経て、2000年より10年間株式会社イッセイミヤケ 代表取締役社長を務める。2006年(社)日本ファッション・ウィーク推進機構理事、2013年に株式会社海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)代表取締役社長に就任。2018年に株式会社海外需要開拓支援機構の代表取締役社長を退任。同年株式会社MD03を立ち上げる。著書に「ファッションビジネスの魔力」(毎日新聞社、2009年)など。
(聞き手:芳之内史也)
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