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FASHIONSNAPの新春恒例企画、経営展望を聞く「トップに聞く 2023」。本年は、アフターコロナにシフトする中で各企業に求められている「イノベーション」をテーマにお送りする。
第9回は、オンワードホールディングスを率いる保元道宣社長。2015年に同社の社長に就任し今年で9年目。2022年の国内外事業について「いずれも前進できた」と語る老舗企業のトップは、2023年に何を考え、実行していくのか。
■保元道宣(オンワードホールディングス 代表取締役社長)
1965年生まれ。1988年に東京大学法学部卒業後、通商産業省(現:経済産業省)入省。2001年にエヌ・ティ・ティ エックスに入社。2006年5月にオンワード樫山(現:オンワードホールディングス)に入社。同社常務執行役員や取締役、オンワード樫山取締役専務執行役員などを経て、2015年3月にオンワードホールディングス代表取締役社長に就任。2022年3月からオンワード樫山の社長を兼務している。
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事業構造改革の成果が顕著に
ー2022年はどんな一年でしたか?
一言で表すと「激動」でしょうか。コロナ禍前の2019年度から取り組んできたグローバルな事業構造改革が峠を越えて、成果が出始めたように感じます。
ー具体的にはどのような部分で手応えを感じているのでしょうか。
業績的な部分で言うと、粗利率の改善(2023年2月期第3四半期の実績で前年同期比3.1ポイント増の55.7%)です。商品の企画から生産、販売までの流れで無駄を減らしたことが要因だと考えていますが、不採算事業を思い切って整理したことで、収益性の高い事業に集中して取り組めていることも好調の理由です。
ー事業構造改革は完遂に近づいてきたというイメージでしょうか。
そうですね。構造改革に乗り出した当初に考えていた大半は実行できたかなと思っています。2022年は日本で比較的コロナの影響が落ち着いてきたこともあり国内事業、とりわけ中核事業会社のオンワード樫山において「23区」「自由区」などの基幹ブランドが復調するなど、事業構造改革の成果が顕著にみられた一年だったように感じます。もちろん事業構造改革には痛みも伴いましたが、振り返れば取捨選択は正しかったと考えています。
ーこれまで赤字が続いていた海外事業についてはどのように見ていますか?
海外事業は2022年も苦戦が続きました。中国ではゼロコロナ政策もあり生産・販売の面でかなり影響を受けましたし、ヨーロッパではウクライナ情勢を受けてロシア向けの事業が止まるなど、思うようにいかないことも多かった。ただ、先ほどお伝えしたように構造改革はしっかりと実行することができたので、アメリカの「J.プレス(J.PRESS)」やヨーロッパの「ジョゼフ(JOSEPH)」、アジアでの生産・販売事業など、それぞれのエリアのコア事業には注力できています。昨年は新型コロナウイルスのダメージが色濃く残っていましたが、2023年は昨年の国内事業同様、本格的な海外事業復活の年になると思いますね。もちろん新型コロナウイルスの感染拡大とウクライナ情勢、この2つがある程度落ち着くことが大前提にはなりますが、手応えを掴める一年になるのではないかと考えています。
ー足元の商況について教えてください。
主力事業であるオンワード樫山の業績は前年比10%増と右肩上がりで推移しており、ライフスタイル事業も引き続き好調です。海外事業については赤字ではあるものの、赤字幅は圧縮できている。2023年は黒字化できると見込んでいます。オンワードホールディングスは国内アパレル・国内ライフスタイル・海外事業、この3本柱で成り立っているので、いずれも前進できたと言えると思います。
また、従来から力を入れているEC事業も10%増収するなど、伸長しています。コロナ禍の2020年、2021年頃はEC事業だけ突出して伸びて、リアル店舗が落ち込むというアンバランスな状況だったのですが、2022年は実店舗とECの両方が領域を問わずバランス良く伸びている。企業として健全な形を作れたというのは大きな一歩だったと思います。2023年もそこのバランスは大事にしていきたいですね。
カスタマイズビジネス、女性からの需要高まる
ー多くの企業でイノベーションは必須課題ですが、2022年のイノベーションについて教えてください。
2022年は、主に「物作り」についての革新を進めました。1つは「PLM(Product Lifecycle Management)」と呼ばれるシステムの導入ですね。「PLM」とは簡単にいうと、製品の企画から販売に至るまでの流れを一元管理することを指します。服を作るプロセスでは、間にいくつもの企業が携わっていることもあり、これまでは情報伝達が十分ではなく無駄が多かった側面もありました。加えて、お客様にトレーサビリティを説明する必要性がより高まったことで、各取引先と製品に関する情報やお客様の声を共有し合い、質の高い物作りに繋げていくという流れが強まってきたように思います。もちろん取引先と情報を共有するというのは相互に信頼関係がないと成り立たないので簡単ではありませんが、ここを進めていかないとファッション業界が新しい時代に適応できないというのは明白でしょう。我々が業界をリードするくらいの気持ちで、2023年も引き続きシステムの確立を推し進めていきたいと思います。
もう1つはカスタマイズビジネスです。お客様の体型にジャストフィットするものをオーダーメイドで製作するというもので、メンズのビジネススーツで先行して多く展開されているサービスですが、実はウィメンズのオーダーメイドスーツにもすごく需要があることが分かったんです。オーダーメイドブランド「カシヤマ」では、現在ではウィメンズのオーダー数が全体の3割に達するなど、かなりの伸びを見せています。ウィメンズスーツに関してはまだ工場への設備投資が十分に行き届いておらず、ご提案できるラインナップが十分とは言えない中でこの数字なので、今後サービスを充実させていけばメンズとウィメンズのシェアが逆転すると思いますね。
ーカスタマイズサービスをスーツ以外にも拡大していく予定は?
将来的には、ビジネススーツだけでなく、カジュアルウェアを含めた既存のブランドにもカスタマイズサービスを広げていくことに挑戦したいと考えています。量産品を作るだけなら最後は価格の勝負に陥ってしまいがちなので、オンリーワンの価値をどうやって付与していくかということが大切。アパレル企業としてのイノベーションとはそういうことでしょうから。高いクオリティでお客様の希望に合わせた製品を工場と協力して作るというのは簡単なことではないですが、100年近く事業を続けてきた老舗企業だからこそ、これまでの知見を活かして実現できることもあると見ています。
極力セールはしない、プロパー販売に注力
ー先日は2023年2月期第3四半期の決算発表がありましたが、通期の業績についてはどのように予想していますか?
余程のことがない限りは当初の目標を達成できると思いますね。初売りも好調で、セール品番を絞り込むことで高い収益を確保できました。昔は「初売り=バーゲン」みたいなイメージでしたが、近年お客様のマインドは安いものを買うというより「今年初めての買い物だから少しお金を出してでも目新しいものを買いたい」といったものに変わってきているように思います。安売りをしないことでプロパー消化率が高まり、収益に繋がるといった流れは2月まで継続していくと思うので、今期の数字に関してはあまり心配していないです。来季以降もセールは極力減らしていく方針です。
ー売れ残りを作らないよう生産数を抑えていく?
ここ数年はコロナ禍で意図的に生産を抑えていた部分があったのですが、来期以降は徐々に生産数を増やしていきます。とはいえ、闇雲に増やしてもセールにかけることになってしまうので「何をどれくらい増やすのか」といった匙(さじ)加減が重要になってくると思います。
ー中長期経営ビジョン「ONWARD VISION 2030」の進捗は?
現時点では順調に推移しています。数字で言えば、2023年度の営業利益は70億円を目標に掲げていますが、2022年度の見通しは50億円。この調子で成長を続ければ、目標は十分達成可能であると考えています。「ONWARD VISION 2030」を2021年春に公開した時、最初の3年間はコロナの影響が残る中で基盤を固め、残る7年間で成長を加速させるイメージを描いていました。3年目となる今年は、基盤固めの最終年度になるので大きな意味を持つ1年。構造改革など、将来の飛躍のための準備はこの3年間である程度終えられるかなと見ていますね。
ー「ONWARD VISION 2030」では4年目以降「成長フェイズ」に入り、2030年度までに営業利益250億円と目標数値が高くなります。
2024年以降ギアを入れて成長を加速できるよう、これまで準備をしてきました。アパレルやライフスタイル事業では商品のクオリティがかなり上がってきましたし、OMOなど新しいサービスの開発も佳境を迎えています。そして、商品とサービス以外にもう一つ重要なのが店頭です。2022年にはオンワード樫山の社長も兼務することになったので、国内約800店舗のうち半数の400店舗ほどを実際に見て回ったのですが、スタッフの士気が高く、非常に心強く思いました。リアルとオンラインは表裏一体で成長していくものなので、店頭にパワーがあるというのは中長期経営ビジョンの達成に向けても自信に繋がりましたね。
ーここまで概ね計画通りに進捗しているとのことですが、2023年度の懸念点があれば教えてください。
心配の種はやはり海外ですかね。政治的なことを含め国内以上に予見が難しいので。現在、アメリカの金利が急上昇したことにより景気が後退しています。この利上げが世界経済にどんな影響をもたらすのかは色々な意見がありますが、多くは「不景気がやってくるのではないか」といった不安の声です。世界の事業は全て繋がっていますし、特にアメリカはその中心なのでやはり心配ですね。ただ、良くも悪くも日本のマーケットは欧米とはやや違った動きをするので、国内では企業としての成長を加速させつつ、不透明な部分が多い海外では堅実に事業構造改革をもう一段進めるといった形で方針を分けようと考えています。
M&Aも視野、好調なライルスタイル事業
ー引き続き、ライルスタイル事業が好調です。
バレエ・ウェルネス用品の「チャコット」、ペット用品の「クリエイティブヨーコ」、ギフトの「大和」、オーガニック系商品の「ココバイ」がライフスタイル事業の中核を担っていますが、これらの事業はコロナ禍でも堅調に成長しており、今後も安定成長を期待しています。ライフスタイル事業をさらに伸ばしていくために、場合によってはM&Aも視野に入れていくことになるかと思います。
ー新たにM&Aを考えているのはどのような領域でしょうか?
今の段階で具体的にお話できることはありませんが、現在取り組んでいる分野を補強できるような事業が見つかれば積極的に検討していきたいですね。本業のアパレルでは、2020年にデビューした「アンクレイヴ(uncrave)」や2021年にデビューした「アンフィーロ(UNFILO)」が好調ですし、2023年春には新たなD2Cブランド「ネイヴ(NAVE)」がデビューします。アパレル事業では自社開発のものを増やしつつ、ライフスタイル事業に関しては、M&Aも有力な選択肢として考えていく方針です。
ー2022年、円安が進行したタイミングで値上げはあったのでしょうか。また、2023年は円高が進むという見方もありますが、その場合値下げに踏み切る可能性はありますか?
今期の秋冬商品では、原材料や為替の都合で若干価格を引き上げた商品もありました。ただ、お客様の購買にはそこまでの影響はなかったように思います。そして、仮に円高が進んだ場合でも価格を下げるということは考えていないですね。コロナ禍を経て、お客様がより上質な物を求める傾向が強まっているので、クオリティの部分でお客様に還元していきたいと思っています。
ー価格が引き上がる可能性がある一方で、商品の質を向上させていくということですね。
上乗せした分、満足していただけるクオリティに仕上げる方針です。原材料そのものの価格がかなり高騰していますので、若干円高に振れたとしても以前と比べると価格が高い水準になることは避けられない。今後も元の水準に戻ることは考えにくいのかなと思っていますし、その前提で物作りをしていく必要があると考えています。
新業態OMO型ストアが存在感
ー2023年に新ブランドを増やしたり店舗拡大するなどの予定はありますか?
コロナ禍で新業態OMO型ストア「オンワード・クローゼットセレクト」が売上を伸ばしているので、出店拡大する予定です。「オンワード・クローゼットセレクト」では、全店舗でオンラインストアの在庫を実店舗に取り寄せて試着・購入できるサービス「クリック&トライ」を導入しており、近くに店舗がなく試すことができなかったブランドや在庫切れの商品を気軽に手に取ることができるのが強みです。
ー「クリック&トライ」で取り寄せた商品の購入率はどのくらいなのでしょうか?
今は大体5割くらいです。1人のお客様が複数点を取り寄せてその中から良いものを選ぶというケースが多いので、大体3割くらいになるかと思っていたのですが、当初の見込みより購入していただける割合は高いですね。また、「クリック&トライ」の利用回数自体もかなり増えており、2023年2月期第3四半期は、第1四半期・第2四半期の倍以上のご利用がありました。このサービスは現在、オンワード樫山の4割を超える店舗に導入しているのですが、導入店舗では未導入の店舗に比べて2割ほど売上が高くなっていることも分かっています。
ー「オンワード・クローゼットセレクト」はどのような場所に出店を増やす予定ですか?
単一ブランドの店舗を撤退させたエリアへの再進出を進めています。元々の業態では不採算でも、ブランド複合のコーディネートやオンラインストアからの取り寄せが可能になることで売上が見込める場合もありますから。また、「オンワード・クローゼットセレクト」に限らず、都心やアウトレットなど、これまで我々が手薄に感じていた場所への出店を進めていきたい。観光客の方が訪れるような場所に「世界への旗艦店」という位置付けで積極出店したいですね。オンワード樫山ではこれまで百貨店への出店が主でしたので、採算性を考えながら色々な販路を開拓していきたいと考えています。
ー今後、単独店よりも複合店の出店に注力していくことになるのでしょうか?
それぞれのブランドの個性をしっかりと打ち出したいという考えもあるので、一概にそうとも言い切れないですね。「23区」や「J.プレス」、「ジョゼフ」など規模の大きいブランドや、グローバルに展開するブランドは引き続き単独店で出店していくことが多くなると思います。一方で、地方では複合店の方が採算が取りやすいので、店舗数で言えば複合店が多くなっていくでしょう。単独店と複合店、2段構えの出店戦略を考えています。
ー百貨店への出店については?
さまざまな販路を開拓していきたいとは言いましたが、今後も百貨店出店は進める予定です。OMO店舗を実現して、ある程度売り場を集約してもお客様に満足を届けられるということが分かってきたので、複合出店の可能性も探ることで百貨店さんと我々双方にシナジーのある展開ができるのではと考えています。最近では北から南まで地方の百貨店を見直して、一度撤退した取引先に再出店の話もさせていただいています。地方によっては百貨店クオリティの服を買える場所は少なかったりするので、チャンスを見つけて出店したいと考えています。
ー2023年アパレル業界はどう動いていくと考えていますか?
業界全体としては回復基調に向かうと見ています。ただ、やはり世界情勢に関しては不透明な部分が多いので、急回復とまではいかないかなと。2022年と同じく、緩やかな回復が続いていく一年になるのではないかと思います。
ーその中で、企業としてはどのように1年間戦っていくのでしょうか?
商品の面では高品質の追求とカスタマイズサービスの充実をテーマに、他社との差別化を図っていきます。価格で勝負するのではなく、付加価値をつけることで顧客満足度を高めていくということですね。販売面では、先ほどお話ししたOMOサービスと、店頭スタッフのおもてなし力。この2つを融合させ、企業の強みとしていきたいと考えています。武器になるものも明確になってきたので、2023年も良い一年になるのではないかと思います。
(聞き手:村田太一、伊藤真帆)
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