ビューティ業界で注目を集めるトップランナーとして走り続ける人たちの、幼少期から現在までをひも解く連載「美を伝える人」。企業編の第8回は2018年に誕生したフランス発フレグランスブランド「メゾン クリヴェリ(MAISON CRIVELLI)」創業者 ティボー・クリヴェリ(Thibaud Crivelli)氏。共感覚の持ち主であるティボー氏が手掛ける香水は「五感の作品」と表現し、嗅覚だけでなく視覚や触覚、味覚といった全身の感覚をフルに研ぎ澄ませ、自身の体験を香りに落とし込んでいる。ティボー氏の生い立ちや環境を通して、まだ誰も体験したことのない香りが生まれるそのプロセスに迫った。
ティボー・クリヴェリ(Thibaud Crivelli):フランス生まれ。中国・インドネシア・香港・シンガポールなどで10年ほど在住。また、十数年にわたり香料会社で香料の調達などの仕事に従事し、五感で受けた刺激が現在のクリエイションの原点となる。好奇心旺盛で感性豊かなティボーの、自然のすばらしさに対する共感が、フレグランス創作に息づいている。
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⎯⎯10月に伊勢丹新宿店で開催された香水の祭典「サロン ド パルファン 2024」に、2022年に続き参加しました。反響はいかがでしたか?
美容業界関係者をはじめとする来場者から好印象をいただけたようで安心しました。新商品のひとつである「チュベローズ アストラーレ エキストレ ド パルファム」や、海藻とみずみずしいバラのコントラストが楽しめる「ローズ サルティフォリア オードパルファム」の香りが好評でしたね。ブランドがターゲットとしているのは、「現代のPerfumeの探訪者たち」と位置付けているので、自分のライフスタイルや生き方に合った香りを探している人にとって、これらのフレグランスはこれまでにない香りに感じていただけたのではないでしょうか。
⎯⎯メゾン クリヴェリは、「まだ誰も体験したことのない香りを届けるために誕生したフレグランスブランド」と謳っています。誰も体験したことのない香りとは、どういう香りなのでしょうか?
出合ったことのない香りと言いましょうか、驚きを与える香りということですね。
⎯⎯そういった香り作りの出発点はどこなのでしょうか?
クリエイションの始まりは、私の“経験”がベースなのではないでしょうか。それは私自身でも驚くほど思いがけない予想外の状況で感じた瞬間であること。そしてその香りの“経験”は、嗅覚だけではなく視覚や触覚、味覚など全ての五感をフルに目覚めさせて感じたものであることが重要です。
⎯⎯例えば具体的に、「ローズ サルティフォリア オードパルファム」の出発点は?
海辺の散歩ですね。海の香りはもちろん、海辺に咲いていたローズの香りも、そして夕焼け空もきれいだった。そしてフラミンゴも見えましたね。そういった五感に訴えかけてきた、その情景をフレグランスに落とし込みました。
⎯⎯フラミンゴ!
ローズの香りだけでない、フラミンゴの羽が柔らかくなびく感覚や、砂やサンゴのかけらの感触、夕焼けの色合いなど全てが詰まっています。
⎯⎯そういった体験を、なぜ「フレグランス」という形で表現しようと考えたのですか?
私はパリ生まれですが、コスメの中心地でもあるラ・ロッシュ=ポゼ村で育ちました。父が薬学出身で薬局を経営していたのですが、その傍らで小さなコスメブランドを作って販売もしていました。それを見て育ったというのもあります。
遡ると、クリヴェリという名字からもわかると思いますが、私はイタリア系なんです。祖先は約1000年前にイタリアからフランスに移り、その後もオーストラリアやモロッコ、レバノンなどさまざまな国で暮らしていたため、家の中には各国のあらゆるモノにあふれていたのです。私自身、2006年に中国に移住し、その後10年間、アジアのさまざまな国で生活しました。自分の“体験”や、先祖の冒険の話を聞きながら過ごし、そういった環境で育ってきたというバックグラウンドがあります。
さらに言うと、私には「共感覚」があります。
⎯⎯共感覚?
共感覚とは、ある1つの刺激に対して、通常の感覚だけでなく 異なる種類の感覚も自動的に生じる知覚現象のことです。例えば色を見ると音を感じたり、食べ物を食べると形を感じるなど、本来の感覚とは別の感覚を感じるのです。そんな自身の感覚の特殊性、そして起業家でもある父の姿を見て8歳の頃から自然と「父と同じような化粧品関連のブランドを作ってみたい」と思っていました。
⎯⎯幼い頃からとても感受性豊かだったんですね。
すぐそばに森がある場所で育ち、自然の中をよく散策したことで感性が磨かれました。さらに、とても勤勉でもありましたね。両親とはたくさん話もしていましたし、また家族の歴史も頻繁に聞いていました。私の祖先には長く大きな歴史のストーリーがありますが、クリエイションに影響を与えたのはやはり祖父母や両親の存在が大きいですね。
⎯⎯その磨かれた感性を香りというカタチで発揮されているんですね。
私にとって香りは嗅覚だけではなく、五感の作品だと考えています。料理の要素も、絵の要素も、文学の要素もある。もしかしたら俳句もかもしれません。わたしの作ったフレグランスのファンの人たちは冒険心を持っているため、五感を総動員した作品にとても関心を持ってくれています。特に日本の料理人には理解してもらえるのではないでしょうか。日本食は味はもちろん、素材の組み合わせや見た目の美しさに、毎回驚きがあります。それは私のクリエイティブと共通している点だと思いますね。
⎯⎯確かに共通点がありますね。
生きている中で感じたことをフレグランスというカタチにしているため、正真正銘の本物が作れています。しかし、だからといって私は私小説に満足し、自分語りをみなさんに押し付けているわけではありません。本物に触れることで共感し、みなさんそれぞれが自分の生まれ育ったライフスタイルを思い起こしてほしい、楽しんでほしいという思いを込めています。
⎯⎯2018年にブランドデビューしましたが、最初に作った香りは何ですか?
ブランド誕生時は、「ローズ サルティフォリア オードパルファム」、「サンタル ヴォルカニック オードパルファム」など4種のフレグランスを作りました。それまで約10年間フレグランス業界で仕事をしていたため、スムーズに進めることができましたよ。なぜなら、開発にあたり3つの条件を決めていたからです。フレグランス開発には、調香師との打ち合わせの中で自分のアイデアをプレゼンし、出来上がった香りの中から完成に近いものを選ぶという流れがあります。
その際、①打ち合わせ時に自分の気持ちをうまく言葉にできているか、②フレグランスの方向性に適した調香師を選べているか、③調香師と自分に信頼関係が成立しているか。以上、3つの条件を重視して制作に取り組んでいるため、フレグランスを作るのは最初から難しいことではなかったですね。
⎯⎯その後、「イビスキュス マハジャ エキストレ ド パルファム」のヒットにより、ブランドの認知が拡大しました。
これはジェムストーンマーケットでハイビスカスティーを飲んだ“経験”から生まれた香りです。香りそのものももちろん人気ですが、ふわっと香りが広がり長持ちする点も多くの人から愛されている理由です。香りを長持ちさせるには、含まれている香料の割合=賦香率(ふこうりつ)が高くないといけない。これは32%の賦香率なので香りが長持ちする。あとは調香師が持つ知識や技術の腕も必要です。
⎯⎯そのため、調香師選びは非常に大切なんですね。クリヴェリさんが“経験”したことで、作りたいけど、まだ表現できていない香りはあるのでしょうか?
いくつかありますね。次回を楽しみにしていてください。
⎯⎯教えてくれないのですね(笑)。楽しみにしています。では“経験”を、苦労して作り上げた香りはありますか?
特に難しかったのは「ウード マラクージャ エキストレ ド パルファム」ですね。オリエンタルなウードは好き嫌いが別れる香りだと思うのですが、そのため多くの人に驚きを与える香りに仕上げるのには時間がかかりました。まず私が“経験”したことを言葉に置き換えることに時間を費やし、ブリーフィングまでに1年かかりました。ただ、調香師が私の言葉、そして感性をすぐに理解してくれたおかげで、わずか1ヶ月で調香が叶いました。しかも1回のやり取りでOKを出せるほどの素晴らしく天才的な調香で、調香師の技術にも感動しました。
⎯⎯では、日本の滞在中にインスピレーションを得たものはありますか?
2008年に初来日し、これまで10回は日本に来ていますが、山、森、寺、苔、落ち葉、そして日本料理からインスピレーションを得ました。ヒノキやワサビ、そしてシソの香りは独特です。山は土壌や湿度、木の種類も環境によって違うためそれぞれの国で受け取り方が異なってきます。
旅とは一線を画したい、“経験”を香りに
⎯⎯フレグランスにしたい日本での“経験”はありましたか?
私のフレグランスは、エキゾチックな異国情緒など旅の要素を売り物にしたいとは思わないんです。そのため、住んでいた土地以外で、「こういった“経験”をした」とは伝えても、それがどこの国のどこなのかは言わないようにしています。異国の旅とは一線を画したいと思っているので。そのため、日本でのさまざまな音や味など感性を刺激する体験を商品化することがあっても、それが日本であることまでは言わないと思います。
⎯⎯なるほど。では香りを受け取る側である、日本の人たちについてどう思いますか?
日本のフレグランス市場は潜在力が高いと思います。若い世代は新しいモノを探したいし自身に合ったモノを追いかけている。さらに日本人は勤勉です。フレグランスにおいても、フレグランスができる背景までをも知りたいと思う人が多い。
現状は、日本の化粧品市場でフレグランスの占める割合は小さいですが、潜在能力は高いはずです。また、新しい香りの楽しみ方としてロングセラーの「イビスキュス マハジャ エキストレ ド パルファム」、「ウード マラクージャ エキストレ ド パルファム」の2種の香りをキャンドルにしたアイテムも発売しています。賦香率が高く、部屋に置いているだけで空間全体を香りで包み込んでくれるでしょう。地震の多い日本でも、火をつけなくても楽しむことができるのではないでしょうか。
⎯⎯キャンドルに続き、今後はフレグランス以外のアイテムの広がりも検討していますか?
2~3年後を目処に、キャンドルをメインとしたルームフレグランス系、石けんやハンドクリームなども考えています。やはり「香り」を1番大事にしたいので、化粧品までは考えていないですね。自身の“経験”をフレグランスにして提供することが使命だと感じていますから。
(写真:豊田和志、文:中出若菜、聞き手:福崎明子)
■ブルーベル・ジャパン公式フレグランスサイト:ラトリエ デ パルファム
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