
左:ケイスケヨシダ 2016年春夏コレクション、右:ケイスケヨシダ2025年秋冬コレクション
Image by: 左:FASHIONSNAP、右:FASHIONSNAP(Ippei Saito)
ケイスケヨシダは2025年3月20日のショーを以って、ブランドの歴史を一度区切り、第一章をこれで終わらせようとしていた。ならば、創設当初から見てきた私もブランドの振り返りを最後にしようと思う。ゲームセンターにいる少年に始まったブランドは、時を経てゲームセンターに回帰した。吉田圭佑氏にとって池袋のゲームセンター「ロサ会館」はただの背景でなければ、ノスタルジーでもない。それは、クリエイションの原点である。第一章を終え、第二章を迎えようとしている今、ブランド創設時と向き合わなければならない。
まず、ケイスケヨシダを振り返るために押さえなければいけないのは16年春夏でショーデビューしたファーストルック。「ゲームセンターにいる少年」としてSNSで盛り上がり、一夜にしてファッション以外の界隈からも大注目される。
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ケイスケヨシダ 2016年春夏コレクション ファーストルック「ゲーマールック」
Image by: FASHIONSNAP
ファッションショーという浮世離れした世界に、冴えない少年が現れたことで大衆の男性の心を掴んだのだ。当時のコレクションには少年時代の等身大をありのままに映し出しており、吉田氏の主体性が強く出ていたからであろう。ブランドはやがて変化し、ターゲットは洗練された大人の女性へ。シルエットは整い、生地は上質に、色は落ち着きを帯びていった。彼は幼少期から教養のある学校出身であるゆえに、気品ある身だしなみ、博識ある聖女、そんな大人を見て育ってきた。だからこそケイスケヨシダが演出する女性像は気品の中にエロティズムを纏っている。しかし、クリエイションを続けるにあたって、地に足がつかないぼやっとした不安があったのではないか。それはここ数シーズン手放していた思春期より抱える孤独感、SNSを騒がせたあのゲームセンターにいる少年。吉田氏の人格を作る上で手放せないあの頃。もう一度、主体性を取り戻す必要があったのだろう。

2025年秋冬コレクション ファーストルック
Image by: KEISUKEYOSHIDA
ときに成長とは、新しく手に入れることと同時に、何かを手放すことでもある。ブランドが洗練を追求することで得た美しさと、距離を置いていたデザイナーの根底にある少年時代の葛藤や孤独。多感な思春期を過ごしたロサ会館は、吉田氏にとって現在と過去の自分を遠くから眺めるためのタイムマシン。あの頃の自分を振り返りながら、当時の感情を手のひらに取り戻すようだ。
光が点滅し、電子音が飛び交い、タバコと汗の匂いが混ざったあの場所には、学校や職場という社会規律から離れ、自分の居心地を求めた彼・彼女らの土着的なスタイルが根付いている。エレガンスとは、ただ洗練されたものだけを指すのではない。時に生活の匂いが染み付いたもの、不完全で、不規則なものの中にも美しさは宿る。それを伝えるためには服だけでなく、”あの”少年が孤独を埋めるために通った生々しい空気感を体感してもらうことが必要だった。混沌とした空間でゆっくりと歩くモデルたちはまるで見廻りに来た生徒指導員。ケイスケヨシダの”あの”少年を探しているかのような緊張感が漂い、ドラマチックなシーンとして私の脳内に再現された。

Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
世界でも通用する「成熟した大人のエレガンス」と土着的で日本人男性が共感する「未熟で垢抜けない”あの”少年のスタイル」そのどちらも吉田氏自身であり、どちらも否定することはできない。このタイミングで孤独を孤独でしか消化できなかった少年の居場所に立ち戻ったのならば、もし、孤独な自分を愛でることができるのならば、当時の自分を純粋に肯定できるのならば、ブランドとして成熟した今、吉田氏しかできない「エレガンス」の再定義ができるのではないか。規律という社会性から逃避するゲームセンター、成熟と未熟、洗練と野暮、気品と混沌、どちらの要素も交差するスタイルは気品を保ちながらも、現代的なリアリティを持った人物像が浮かび上がるだろう。それが世界でも類を見ないブランドの強みとなり、エレガンスだけでは掬い取れない現代人の心情にアプローチできるはずだ。

Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
過去の自分と向き合うことは、未来へ進むための通過点。成長と回帰、自由と規律、そのすべてが交錯するショーは吉田氏の人生が投影されたドラマに没入するかのよう。これは新たに始めるための序章であり、第二章の幕開けに向けた予告映像である。今季はウィメンズのみだがどこか冴えないあの頃の少年が垣間見えるルックがある。洗練と野暮が混じったあの瞬間、吉田少年がいたのかもしれない。
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