Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
凄まじい奇声をあげながらアーケードゲームに熱中する少年たちの存在を後方に感じながら、ケイスケヨシダのプレゼンテーションが始まるのを待っていた。会場は池袋の「ロサ会館」。池袋駅西口の、壁が一面ピンク色のビルと言えばピンとくるだろうか。
ビルの入り口を入ってすぐ、1階にあるゲームセンターの(現存する最古のものらしい)「タイトーステーション」の前で、さびれた通路にあるコインロッカーを眺めながら壁に背をつける。祝日の昼下がり。なんだか誰かと待ち合わせをしているような気分になってくる。

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そんな思考を巡らしているとライトがつき、目前にふらりふらりとスローモーションのようにモデルがゆっくり歩いてきた。TSUTAYAのある2階から階段を降り、無表情のまま、周囲の喧騒は耳に入らないような様子でゲームセンターへと静かに吸い込まれていく。その後ろ姿を見送る感覚は、街中で偶然見た素敵な装いの人をつい目で追ってしまう時に似ていた。

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心の中のエレガンスを現実に引っ張り出す
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吉田自身の内面を発端としながらも、そこから大きく飛躍し「ケイスケヨシダとしてのエレガンス」を確立していった2023年秋冬からの数シーズン。確固たる理想が形作られていく一方でどこか「現実に足がついていないような感覚もあった」ことから、「吉田の心の中のエレガンスを現実に引っ張り出してくる」感覚で作られたのが今シーズンだ。
吉田にとっての「どうしようもない程の現実」のイメージとして、緩やかに社会と繋がりながらも閉塞感があり、それでもひとりひとりの居場所を担保した場所がロサ会館だった。TSUTAYAがあり、映画館があるこの場所で、鍵っ子だった小学生時代から、1人の時間を過ごしてきた吉田。「本を読んだり映画を観たり、自分なりの孤独を埋める時間が自分の知性となって、今ここにある。そう考えると、孤独はネガティブなものでなく自分を救ってくれていたのかもしれません」。

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ブランド創設から先シーズンまでがブランドの第1章だとするなら、10年目を迎えた今シーズンは新章の始まりになるはずだった。しかし振り返ってみると、学生時代の自身のコンプレックスから始まったブランド初期から現在までをひっくるめて、同氏の自分史の根源でもある「孤独感」を捉え直すことは、新たなスタート地点であると同時に「第1章の余韻のようなコレクションでもあった」と吉田は話す。
アーカイヴをウェアラブルにアップデート
今シーズンは、過去のアーカイヴをよりリアルクローズに落とし込んだアイテムが多数登場した。直近の数シーズンでの「自身のパーソナルな出発点からいかに遠く離れた場所にクリエイションを着地させるか」というアプローチを通して、「逆に身近なところにあった“品”」を発見。シェイプの極端さを抑え、生地はより肌馴染みの良いカジュアルなものに転換した。

Image by: KEISUKEYOSHIDA

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従来のトレンチコートは、緊張感や厳かさのメタファーとして硬質で艶やかな素材を使用していたが、軽やかな素材で日常風景に馴染むように仕上げ、猫背をイメージしたジャケットやコートは、よりウェアラブルなシルエットにアップデート。思春期の鋭敏な自意識が投影されたリボンシャツは、シルエットをタイトにすることで成熟した印象を与える。

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「どうしようもなさ」すら、エレガンスと呼べるように
現実と向き合う中で「街中に存在する装いや佇まいのどうしようもなさすら、エレガンスと言えるブランドにならなければいけないと改めて考えました」と吉田は言う。
吉田が日頃から使用しているベッドマットレス柄のキルティングジャケットは、シーツを洗濯する際に何気なく目に入ったマットレスにエレガンスを感じたことから製作。このほか、実家の絨毯の柄に着想したコートも登場し、生活の身近なものに対する吉田の感情や眼差しが美意識、エレガンスとして昇華された。

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人間的であり、社会的である佇まい
アイテム、スタイリング、そして人物の佇まいに対して、直近数シーズンと明確に異なる「リアルクローズ」が追求された今シーズン。そしてその「どうしようもない日々の佇まいや装いをエレガンスと捉える」眼差しを語る上で、「バレンシアガ(BALENCIAGA)」や「アクネ ストゥディオズ(Acne Studios)」などを担当するスタイリスト、レオポルド・ドゥシェマン(Leopold Duchemin)のスタイリングにも注目したい。

Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)

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コレクションルックとして服と人間像を見せるためのスタイリングというよりも、そこに存在する個人の息遣いや、アーカイヴピース同士のマリアージュを感じさせる抜け感を感じる。どこか生活感のあるモデルたちは、とにかく池袋という雑多な街によく似合っていた。

Image by: KEISUKEYOSHIDA

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なんでも揃う便利さがありながら、雑多で騒々しくて、俗っぽさが拭えない。色々な路線が乗り入れ、世代もジャンルもバラバラな人々が、交錯するその池袋の風景には、着飾ることの手前に人間たちの現実と生活が存在している。そんな「街=社会」との接続や人間の息遣いを感じるモデルたちの佇まいは、コレクションをよりリアルクローズとして実感させるために機能していた。そして、そうした雑音の中に存在しても霞まない品の良さこそ、この数シーズンで獲得したブランドのエレガンスの証明なのだろう。

Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)

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1年前のショーは吉田が小学校から大学までの16年間を過ごした立教大学のキャンパスが舞台となった。夜の校舎から昼間の繁華街のゲームセンターへ。同じく学生時代を出発点に、同じ池袋という街の中で発生した2つのコレクション。地理的には小さな移動のようで、象徴的なものから現実的な表現まで全く違った意味を持つ。それはクリエイションの多面性と同時に、表裏一体な自己と社会の有り様を浮き彫りにするようでもある。

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「自分の過去をありありと語るのは、もうこれで十分です」。コレクションノートの最後はこのように締め括られている。しかしそれはもう十分に達成されているような気もする。今回のテーマになった「孤独感」は、吉田個人の思い出にとどまらない”普遍性”を持つ。だからこそリアリティを感じる佇まいが生まれ、リアルクローズに落とし込むことが可能だったのではないだろうか。今シーズンの「現実」という出発点は、これまでのデザイナー自身が腕を振り上げて遠くに飛ばすような表現とは違い、生活や社会と接続されることでその可能性を観るものに委ねる自由な発展性も感じられた。
着実に各シーズンを糧に前進しているブランドだからこそ、それが一本道に前に進むだけでなく、確固たる軸足から様々なベクトルに飛距離を伸ばすことができる未来が示唆されているように感じたのだった。
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