「エレガンス(Elegance)」。日本語に直訳すると「優雅」を意味するが、その優雅さとはどこから来るのだろうか? 2019年のデビューから一貫して「エレガンス」を軸にコレクションを発表してきた「ハルノブムラタ(HARUNOBUMURATA)」が、2024年秋冬コレクションでは、「人間臭さ」を内包させ、新たなエレガンスを提案した。
不安な気持ちを煽るような低音のピアノの音楽とともに、ショーは幕を開けた。ファーストルックに登場したのは、大ぶりの襟に木の実のようなボタンをあしらったブラウスにオーバーサイズのジャケットを重ねたスタイル。その後も、ブラックのハイネックやグレーのウールコート、ケープに、定番のハンドバッグ「ピアーダ(PIADA)」を小脇に抱えたモデルが続々と登場。シンプルで無垢な佇まいには、ハルノブムラタが提案してきた芯のあるエレガンスを感じさせるが、ただ無垢なだけではなく、バッグやボタン、シューズに控えめに、でもはっきりと光るゴールドのパーツは、ハルノブムラタらしい軽やかなエッセンスを加える。
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同コレクションのインスピレーション源となったのは、写真家のアウグスト・ザンダー(August Sander)の作品「舞踏会に向かう三人の農夫(THREE FARMERS ON THEIR WAY TO A DANCE)」。タイトルの通り、慣れないタキシードに身を包み、シルクハットを被り杖をついた3人の若い農夫を捉えた写真作品だ。ハルノブムラタといえば、2023年秋冬コレクションでは写真家のジャック=アンリ・ラルティーグ(Jacques Henri Lartigue)、2024年春夏コレクションでは写真家のスリム・アーロンズ(Slim Aarons)や映画監督のルカ・グァダニーノ(Luca Guadagnino)が切り取った情景や女性のスタイルなどをインスピレーション源に挙げ、洗練された女性像をなぞらえるようなコレクションを発表してきた。そこから一転、今回は“おしゃれを知らない”田舎者の農夫をイメージしてコレクションを製作し、そのままコレクションタイトルにも名付けたのは、一体なぜなのか。
舞踏会に向かう3人の農夫は、一体どんなことを考えながらカメラの前に立ったのか。たった一枚のモノクロ写真には、もちろん色も匂いも音もないが、不思議にも、装いによる彼らの高揚感は伝わってくる。お気に入りの服に袖を通すと背筋が伸びるような、純粋なファッションの楽しさ。村田は「ザンダーは、人々の写真をまるで生物図鑑のように人間味を消しながら切り取った写真作品を残している。しかし、人間味を消そうとする中にも感じ取れる人間臭さに惹かれて、そこを出発点としてコレクションの製作にあたった」と話す。作品を通して人々の人生や人間味を切り取るザンダーの姿勢は、村田の“服そのものではなく、その服を着る女性”、つまりリアルな人間にフォーカスしたものづくりに通ずる部分と言えるだろう。
コレクションの中で特に目を引いたのが、光沢のあるコートやダウンジャケットだ。一見して、ダメージ加工のようにも見えるそのディテールは、よく見るとかすれた花のようなプリントが施されている。アウグスト・サンダーが撮影した、戦地に向かう飛行士が着用していたアビエータージャケットから着想したというこのシリーズでは、戦争に向かう男の未来への希望と絶望、またザンダーが積極的に写真に残していた都市の繁栄と退廃といったコントラストを比喩的に表現したという。
コレクションのキーアイテムとなったロングブーツなどのシューズは、全てオリジナルで製作。ザンダーが切り取った当時の農民が実際に使用していた木靴の型をベースに現代的なデザインに昇華した「バウアー(BAUER)」をはじめ、ブランドのアイコニックなゴールドのモチーフをあしらった厚底シューズやロングブーツなどが登場した。
Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
ジュエリーなどの装飾はあえて少なく、これまで以上にミニマルなスタイルに仕上げたが、村田はそれを「冷たさを感じるのではなく、人間味に溢れたミニマリズム」と表現する。そんなミニマリズムの表現はモデルのヘアメイクにも現れ、無造作に掻き上げたショートヘアやタイトに結んだ髪、流れるように下ろしたロングヘアなど様々。男性性と女性性の介在として、あえてどちらの性にも偏らないスタイルにしたという。
Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
村田はかつて、ブランドの中心にある「エレガンス」の概念を「余裕から出る色気」と説明していた。しかし、今回の着想源ともなっている見栄を張る人間味溢れる様というのは、余裕のある姿とは相反するもの。それでは、少し背伸びをして正装に身を包んだ三人の農夫の姿はエレガントではないのだろうか? 余裕から生まれる美しさはあるが、そもそも美しくいようとする姿勢がなければ、どんなスタイルも生まれない。真に優雅なスタイルとは、派手なヘアメイクや華美な装飾がなくとも成立するもので、むしろ、人間味溢れるリアルな生活から滲み出るスタイルにこそ、真のエレガンスは宿るのではないか、村田が提示したかったのはそうした美意識なのだろう。
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