「ゲラン(GUERLAIN)」5代目調香師のティエリー・ワッサー氏が3年ぶりに来日した。2008年に創業一族以外で初めて専属調香師に任命され、現在までの14年間、数多くの名作を世に送り出してきたワッサー氏に、調香師を目指した理由や4代目調香師のジャン=ポール・ゲランとの思い出についてインタビュー。加えて、ワッサー氏と、長年の友人でもある醸造家リシャー ル・ジョフロワとのトークセッションで語られた、日本酒とフレグランスの共通点と違いについてーー。
■ティエリー・ワッサー
1961年スイス生まれ。スイスのヴェルニエに本社を置く、世界最大の香料メーカーのジボダン社のパフュマリースクールを卒業後、パリでジボダンの調香師として活動。1993年に渡米しニューヨークで香料メーカー、フェルメニッヒの調香師をへて、2002年にパリに戻り、2009年にゲラン5代目調香師に就任。
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調香師になったのは運命ではない
ーそもそもですが、なぜ調香師になったのでしょうか?
実は運命づけられたわけではなく、香水が好きというわけではなく、ただ勉強が好きじゃなかったから。だから15〜19歳はスイスのハーブを扱っている会社に見習いとして働き、ハーブの勉強しました。19歳で世界最大の香料メーカー、ジボダンの学校に入学して「とにかくやってみよう」と。そしたら楽しかったんです。
ージボダンで調香師として活動していたころ、すでに有名調香師だったジャン=クロード・エレナ氏らがいらしたと思いますが、同じ会社で働いていると、同じような調香の組み立て方になるのでしょうか?
エレナ氏は俳句のように削ぎ落とす調香を得意とする人ですが、私はオーケストラをまとめるような、ファンファーレをならすような調香を得意としていると思います。
ーオーケストラをまとめるような調香とは?
ゲランという1828年に誕生した、まもなく200年が経とうとするフレグランスブランドで、名香と呼ばれるフレグランスを多く抱え、そしてその名香をずっと愛してくださるファンがいます。そのファンの方々のためにも、同じ名香を長く出し続けるには、香料などの絶妙なバランス感覚が必要になります。それはクラッシック音楽をオーケストラが同じ音調を作り、奏で続けることと同じなんです。
創業以来のゲランの精神である、美への探求心を体現する「ラール エ ラ マティエール」コレクション
ーオーケストラでも同じ人が奏でても楽器が違うと、その全く同じ音調を作り続けることは難しいのと同様に、ましてや香りは全く同じ香料というわけにはいかないのではないでしょうか。同じ香水を調香するとき、時代とともに違う香料を使うこともありますか?
例えばですが、3代目調香師のジャック・ゲラン(Jacques Guerlain)は、第二次世界大戦前まではブルガリアンローズを使用していましたが、大戦後にブルガリが共産圏になり、ブルガリアンローズの使用が難しくなってターキッシュローズを使っていたようです。その後月日が経ち、1989年にベルリンの壁が崩壊し、ブルガリにも渡航できるようになりました。なのでジャックと共にブルガリアンローズを求めてブルガリに行き、使用することができるようになったということがあります。
インスピレーション源は顧客と素材
ー新たに香りを作るときのインスピレーション源は?
2018年の創業190周年のとき、お祝いとして新しい香水を作ることにしたんですが、その時は、190年続いた理由を考えたんです。その答えはやはり「顧客」だと結論付けました。ずっと愛してくれている顧客の方々がいるからここまで続いてこれたと思う。われわれの顧客はとてもおしゃれで素敵な方々です。だから女性を称える香りを作ろうと思いました。
創業190周年記念「190 アニヴェルセル オーデパルファン」
トップノートのオレンジ、オレンジブロッサム ノート、アーモンドの香りに、ハートとベースノートのサンダルウッド、ベンゾイン、そしてイランイランという伝統的なゲラン独自のノートが調和したウッディ フロリエンタルの香り。
またインスピレーションとしては原材料が語りかけるというのもあります。2017年に誕生した「モン ゲラン」は女性のシンプルな美しさ、真実を表現したいと思って作った香りです。ラベンダーが誠実でシンプル、真実であると語りかけてくる。そして愛のしるしや希望、変わらない友情が込められるインドのジャスミンサンバッグなどに、母性が現れるバニラも加えました。
未発表の40以上のフォームらは机の中に
ー過去に発表できなかった香水はあるのでしょうか。
とても良い香りができたと思っても、マーケティングなどの視点から、今ではない、との判断で出せなかったものもあります。机の中には、これまで出せなかったフォーミュラが40〜50はありますが、時代が変わって出せるものもあるかもしれませんね。
ー日本の印象を教えてください。
日本からは学ぶことが多いと思います。細部までのこだわり、他人への思いやり、人を大事にする…そういうところでしょうか。日本は歴史や伝統を抱えつつも、度を超えたといっても良いほどのクリエーションがあり、相反するものが共存していると思います。
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