ルイーズ・ブルジョワと《短刀の女》(1969-70)、シャリマーの香水瓶、母の鏡、1980年 Photo: Mark Setteducati, ©The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY
長年に渡り、モダンアートを⽀援し、創造的な現代アーティストとの共⽣関係を結んできた「ゲラン(GUERLAIN)」が、森美術館で開催されている「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ ⾔っとくけど、素晴らしかったわ」(2025年1月19日まで)に協賛し、アートとゲランの⾹りや⾹⽔の魅⼒を発信している。このアート展をきっかけに日本でのゲラン独自のDNAを伝えるため、ゲラン ヘッド オブ アート・カルチャー・アンド・ヘリテージのアン・キャロライン パラザン氏が来日。パラザン氏が語る、ゲランを代表するフレグランスの1つ「シャリマー」とブルジョワとの関係、そしてゲランとアートとの関係とは⎯⎯。
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◾️アン・キャロライン パラザン:ヘッド オブ アート・カルチャー・アンド・ヘリテージ
INSEEC School of Business and Economicsで国際マーケティングとファイナンスに加え美術史を学ぶ。ファイナンスの分野でキャリアをスタート。1990〜2000年、「バレンシアガ(BALENCIAGA)」の⾹⽔部⾨のマーケティングやオペレーション開発リードのほか、さまざまな役職を経験。2000年にメゾン ゲランに⼊社。フレグランスグループのヘッドを経て、2005年にメゾン ゲランのマーケティング ディレクターに就任し、シャンゼリゼ通りにある同社のブティックのリニューアルオープンを指揮した。その後、ゲラン唯⼀のオート パフューマリー フレグランスを開発。「ラ プティット ローブ ノワール」や「ラール エ ラ マティエール コレクション」などが生まれる。2011年、インターナショナル フレグランス マーケティング ディレクターに、2015年にシャンゼリゼ通りのブティックのアーティスティック ディレクターに就任。2021年から現職。
今回の協賛は、20世紀を代表するアーティストの1⼈であるルイーズ・ブルジョワの作品「蜘蛛」に、シャリマーが⽤いられていることが起点。ゲランとアーティストが、互いにさまざまなインスピレーションを受けてきた(また今後も受け続ける)、深い影響力と親和性を理解してもらうことを目的としている。パラザン氏は、ゲラン唯一のオート パフュマリー フレグランスなど多くのフレグランスを開発、さらには200年近くにおよぶゲランの歴史とヘリテージの発信、さらに創業からこれまでの2万5000点ものアーカイブを管理する、ゲランのキーマンだ。
パラザン氏は、シャリマーを解説する前に、ゲランというブランドについて語った。「1828年、創業者のピエール フランソワ・パスカル・ゲランは、当時エレガンスといったイメージのなかったパリを『世界のエレガンスの中心にしたい』と宣言し、ショップをオープンしたのです」。そこからゲランは始まったという。創業からスキンケアやメイクアップ、フレグランスを取り扱い、クリエイターとしても優れていたピエール フランソワ・パスカル・ゲランは、“中身と同じぐらい、ボトルなどのデザインも大切である”との考えの下、さまざまなアーティストとコラボレーションし、美しいパッケージを作り上げてきた。
ゲランは、当時の“常識”とはかけ離れていた、革新的なアイデアを落とし込み作品を制作。たとえば世界で初めて歯ブラシを作り、また化粧品では1870年に繰り出し式リップスティックを初めて世に送り出した。フレグランスでいえば、1853年に皇帝ナポレオン3世と皇后ユージェニーの結婚を祝福するため、フレグランス「オーインペリアル」を創作したことからピエール フランソワ・パスカル・ゲランが皇室御用達調香師となり、そこから世界のパフューマリーへと名を馳せた。そして三代目のジャック・ゲランが、今回の展覧会の主人公、ルイーズ・ブルジョワの作品「蜘蛛」に登場する、世界初のアンバーフレグランス、シャリマーを1925年に作り出した。「ジャックは『世界一の香水を作るために、美しいものに囲まれていたい』という言葉を残しています」とパラザン氏。ゲランには脈々とアートへの思いが受け継がれている。
シャリマーは2025年に誕生から100年を迎える。「フランス女性の誰にとっても特別な香りだと思います。強さと自信を呼び起こしてくれます。私自身、重要なミーティングやプレゼンテーションがある時は、“自分の香り”としてシャリマーをつけます。最近では20代からも注目の香りとして名前が上がる香りです。背景にある物語や精神が、多くの人に響く、タイムレスなフレグランスなのではないでしょうか」と語る。
ルイーズ・ブルジョワについても「彼女はまさに『ゲラン ウーマン』。フェミニストのシンボルでもありとても強い女性で、同時に弱さも持ち合わせていた。クリエイティブで想像力豊かな女性でありながら、少しだけクレイジーでダークサイドもある。でもそこがたまらなく素敵なのだと思います。彼女は家族について、また家族から受け継いできたものについて多く語っています。これはゲランとの共通点であり、それゆえ湧き上がるエモーションを感じます」。
今回のこの展覧会の協賛をきっかけに、新しい写真との出合いがあったという。「ニューヨークのイーストン財団にあった写真は、長くゲランでこの仕事をしていながら、今まで見たことがないものでした。とても素晴らしい出合いでした。アーカイヴの1つに加え、今後200年残っていくことになるでしょう」と、ゲランの歴史にまた新たな1ページが刻み込まれた。
「今回の協賛は、もちろんシャリマーのボトルを使った作品があるというのもありますが、大切なのは、ゲランがアーティストの近くにいて、そして後ろから見守り支えていくということです。ゲランのロゴを前面に出したり、何かを強く主張したりすることはしたくありません。アーティストを心からリスペクトし支援したい。これはゲランが200年続けてきたことであり、今後も続いていくことだと思います」と語り、ゲランのアーティストへの揺るぎない“愛”が、これからの100年、さらには200年と続いていくと語られた。
⎯⎯TOPICS
パラザン氏に4つの質問
⎯⎯20年以上のゲランの活動の中で、一番思い出深い出来事は?
私はゲランというブランドが、パリジェンヌの象徴であると思っています。そのため、もっと若い女性にゲランを知ってもらうことがミッションの1つでもありました。どうすればと考えた時にふと、10代の女の子が大人の女性への転換期を迎えた時に、必ず身につけるようになるリトル ブラックドレス(仏語:ラ プティット ローブ ノワール)。これを名前にしたフレグランスを作ろうと思いついたのです。「ルール ブルー」が好きだったことから、その形を採用し、リトル ブラックドレスをボトルに描きました。香りはローズ エッセンスとハチミツのような香りのローズ アプソリュを合わせた香りをシグネチャーに、アーモンド、レッドベリー、ベルベットとともにブラックベリーが洗練された甘さとフルーティなアクセントが加わります。誕生したフレグランス「ラ プティット ローブ ノワール」が世に放たれた時、本当に嬉しかったのを覚えています。
⎯⎯パラザンさんの、お気に入りのゲランの香水は?
ずっと使い続けているのは「ルール ブルー」です。3番目の娘を出産して産休から戻った時、CEOを含むゲランチームとの最初のミーティングの際に「ルール ブルーが帰ってきた!」って言われたぐらいですから(笑)。ゲランの香水はすべて私の“赤ちゃん”のような存在ですが、中でもルール ブルーは私の“セカンドスキン”とも言えますね。
⎯⎯子どもたちにはいつから香水を教えていますか?
もちろん生まれた時からです。1番下の娘は調香師になりたいと夢を語っていますが、とても誇りに思います。
⎯⎯子どもたちは、ゲラン以外の香水をつけたことはあるのでしょうか?
ありません。1番の娘は、「ゲラン エリクシール シャルネル」を使っていましたが、廃盤になりずっと泣いていました。今は「ラール エ ラ マティエール」を使っています。2番目の娘はラ プティット ローブ ノワール、1番下の娘はラール エ ラ マティエールやシャリマーを使っているようです。もちろん夫もゲラン愛用者です。わが家はゲランの香りでいっぱいです。
■ゲラン:公式オンラインブティック
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