センスのいい人が絶対に手放すことができないアイテムとは?人柄や嗜好が存分に反映された多岐にわたるラインナップから、セレクターのB面を紐解いていく連載「マイエッセンシャルズ」。暮らしに欠かせないものをエッセンシャルズと称し、アイテムにまつわるストーリーと共に紹介します。第2回は、「シーオール(SEEALL)」のデザイナーを務める瀬川誠人さん。中国茶器やもの派のアート作品など7つのエッセンシャルズを鎌倉にあるご自宅で伺いました。
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1976年京都府出身。大学時代にアンダーグラウンドの音楽やアート、映画、デザインに傾倒し、イギリスに渡った後イタリアに移住。2015年にイタリア企業と共同で「メゾン フラネール(MAISON FLANEUR)」を設立。デザイナーとクリエイティブディレクターを兼任した。2019年秋冬シーズンより「シーオール(SEEALL)」をスタート。
自由に組み合わせる楽しみを味わえる、中国茶器
―中国茶を習っていると伺いました。始めたきっかけはなんだったんですか?
自分のお店で扱っている作家さんと会うたびに中国茶を淹れてもらうことが多くて、それがきっかけで気になったのが最初です。日本茶はどちらかと言えば「形式や作法」などの様式を習うのに対して、中国茶は角ばった様式美だけではなく、ちゃんと味自体も追求するんですよね。大きく分けると6種類のお茶があって味も違えば淹れ方も違うし、器も自分の好きなように選ぶことができるので、その自由さが面白くて。お茶を淹れるという行為の前提にはあくまでもおもてなしの想いがあり、作法は美味しく飲むために存在しているので、無理強いさせられている感覚がないんですよね。
―中国茶を習うとは具体的にどのようなことをするのですか?
お茶の種類や味の勉強です。日本茶のように作法を習うというより、茶葉の種類や入れ方、利き茶など、お茶の種類を学びます。簡単に言うとワインのソムリエを目指すというのに近いかもしれませんね。
―今回ご用意いただいたこのセットは全て同じ作家のものですか?
いえ、基本的には同じ作家のものは一緒にしないようにしているので、アンティークのものもあれば、現代の作家さんのものもあります。
―セットを組むときに意識していることは?
「シーオール(SEEALL)」でもそうなのですが、ごちゃごちゃした感じが嫌なので、ワントーンで凛とした佇まいになるように意識しています。ガラスのセットや白を基調にしたセットもあり、お茶の種類や色によって使い分けています。
―古いものも新しいものも混在していますが、選ぶ時の基準は?
個人的に奇を衒ったデザインが施されているものが苦手なので、シンプルでありながら、ディテールや質感に惹かれるものを選んでいます。たとえば今回紹介した茶器も一見すると至ってシンプルなデザインなのですが、それぞれよく見ると、ものすごく薄く作られていたり、持ち手が特徴的なカーブを描いていたりと、よく観察し使っていくうちに認知できるディテールが盛り込まれていて。一見しただけでは美しさの理由がわからないものに、知らず知らずのうちに惹かれていっている感覚があります。
ものを黙らせるために必要な、箱
ー物が出てるのが嫌いとおっしゃってましたよね。
よくあるおしゃれな家だと、いろんなものがいろんなとこに置いてあるじゃないですか。僕はああいうところでは生きられなくて(笑)。ものが出ていると関係性が生まれてしまうので、それを極力シンプルにするには隠すしかない。そのことを僕は黙らせると言うのですが、それに役立つのが箱たちというわけです。
ー「黙らせる」って面白い表現ですね。
箱の中に仕舞えば物体になるので語らないし、箱だとまとめて置いても嫌な感じがしないんですよね。棚だと家具になり居場所が決まってしまうのですが、その点箱は変幻自在だから、それも魅力的。自由でふわふわしている存在だから、場所を決めなくても収まってくれるので重宝します。
ー今回ご紹介いただくものは基本的に古いものが多いんですか?
明治、大正ぐらいの古いものもあれば、新しいものもあります。現代のものも確かに美しいけれど、古いものには敵わないですね。
ー具体的にどんな点が違うと思いますか?
「なんでもやっていいよ」と言われたら人は意外に美しいものを作れなくて、 制限の中で自分が目一杯できる美しさとはなんだろうと考え抜いた時にすごくいいものが生まれると思っていて。当時は今ほど加工する技術も発達しておらず、選べる素材も少ないなど制限がある中で、職人が考え抜いたデザインを採用しているので、その点で優れていると感じます。制限の中で生まれたデザインというものが、針のように人の心に刺激を与えてくれるんだと思います。
ーなんでも入れてるとおっしゃってましたよね。例えば?
お茶を淹れる時に使う道具や茶葉、筆記用具など、シチュエーションやカテゴリごとにまとめています。この作業をする時はこれ、のように完結させる全てのアイテムを一緒に収納するようにしています。大袈裟に言えば、箱がないと仕事もできないくらいなので、本当に生活に欠かせないですね。
暮らしの空白を埋めてくれる、アンビエントのレコード
―続いてはレコードです。瀬川さんは無類の音楽好きとしても知られていますが、いつ頃から好きだったんですか?
小学生の頃から好きでした。しかも一番最初にハマったのはハードコアパンクで(笑)。
―すごい小学生ですね(笑)。聴き始めたきっかけは?
友達のお兄ちゃんなど周りの人からの影響を受け、半ば刷り込まれる形で好きになりました。しかもパンクって洋服も音楽もシンプルでわかりやすいじゃないですか。なので小学生の僕でも理解できて、そこからハマり音楽自体も好きになりましたね。
―でも今回選んだのはアンビエントですよね。どのような遍歴があったんですか?
パンクに始まり、クラブミュージックやハウス、テクノ、ジャズなどの色々な音楽も聞くようになったのですが、これらのジャンルは全部積極的に聴く音楽であり、聴くという行為を楽しむジャンルだと思うんですよ。クラブで踊るために聴くなら良いですが、家のなかで踊るわけではないのに、どうしてテクノやハウスを聴く必要があるんだろうと思って。踊ることを前提にしていないテクノがあって、その派生でアンビエントも聞くようになりました。要は積極的にリスニングしなくてもいい音楽が心地よいと気がついたのがきっかけですね。
―なるほど。今かかっているのも?
そうです。別に音楽を聴いている訳ではないけど、空間を埋める役割としては役に立っている。エリック・サティ(Erik Satie)が提唱した「家具の音楽」という考え方なのですが、家具と同じように存在していることを意識させないのが、アンビエント。今こうしてかけていても会話を邪魔しないし、ただここに存在しているだけという感覚なんですよね。
―個人的に「シーオール」の洋服もアンビエントに似通った感覚があると思っていました。着る人や空間に馴染むというか。
シーオールではパーソナリティを邪魔しない洋服を目指しているので、そう言ってもらえると嬉しいです。何かデザインが施されているとそれ自体がデザイナーの意図となり、着る人のパーソナリティを薄くしてしまうような気がするんですよね。だから、僕はできるだけ無味無臭なものを作りたい。でも無味無臭とは味気がないということではなくて、いい塩梅で物が成立しているということを指していて、言い換えるとそれはミニマルということだと思います。
―ちなみに家にいるときは、基本的に音楽はずっとかけているんですか?
家にいるときはわりとずっとですね。
―全部レコードで?
もちろんサブスクも使っていますよ。いろんなジャンルを聴くので、レコードだけだと溢れてしまうので。でも、物として持っておきたいと思ったものはレコードで買うようにしています。
―やっぱりレコードは特別なんですか?
僕ら世代には特別かもしれない。厳密に言うと音の音圧が違うなど機能的な面もありますが、やっぱり僕らはレコードで育ってるから。針を落とすっていう行為も、一度気持ちが切り替わる感覚を味わえますし。
―先ほどの中国茶しかり、瀬川さんは一手間すらも愛おしく思える人なんだと思いました。
簡単に成立するものって、自分にとっては魅力的に映らないというか、淹れるプロセスがあるからそのお茶が美味しく感じるし、自分でレコードを選んで針を落とすからその音楽がよく聴こえたり、生地作りから始めるから格好いい洋服ができるんだと思っています。ただ利便性だけを追求するだけであれば過程を無視してもいいと思いますが、 僕が魅力的だと思うものは絶対に長いプロセスが存在しています。現代では省略されがちですけど、僕は過程にすごい意味があると思っていて、そういう意味では自分はいつまで経ってもアナログなのかもしれません。
庭の手入れに欠かせない、ガーデニングツール
ー次はガーデニング用具。たくさんありますね。
ガジェット的な要素もあるのでついつい買ってしまい、気がついたらたくさん集まっていました。オランダの「スネーブル(SNEEBOER)」やイギリスの「バーゴン&ボール(Burgon&Ball)」、「スピア&ジャクソン(Spear&Jackson)」などいろんなブランドのものがあります。どれもガーデニングツール専業ブランドなのでリアルな使い勝手を想像しながら作られているところが惹かれるポイントです。
ーリアルな使い勝手が想像されているとは?
使ってみて初めて本当に理解できるデザインが隠されているというか、一見するとどうしてこうなっているんだろうという形も、使ってみたら納得できる。機能がデザインと結び付いてるという意味では、ガーデニングツールはすごく優れているんですよ。変にオシャレにしようとかカッコよくしようとか余計な意図が一切なく、意味があるデザインしか施されていないのが惹かれる点でしょうか。
ーこれだけ大きな庭をご自身で手入れしてるのすごいですよね。普通だったら庭師にお願いしたりしそうですけど。
庭師の方は、上手すぎるんですよね。 上手すぎるが故に、人工的に整えられた感じが出てしまうというか。逆に下手なぐらいの方がいいと思っているので、自分で手入れしています。綺麗にすることが目的ではなく、自分にとって心地いいものを目指しているので、それくらいがちょうど良くて。
ー庭づくりにテーマがあったりするんですか?
全然何もないです(笑)。種類ごとに花が咲く季節が違うので横並びになるものは意識しますが、基本的にはノーコンセプト。試行錯誤を繰り返していて、なので当然失敗もあるのですが、それも含めて楽しんでいます。
ー今までずっと自然が身近だったんですか?
京都の中でも京都市生まれなので、身近というわけではないかもしれませんが、近くには山が見えたりして、意識していなかったけど実は近くにはあったのかもしれません。今は山梨にも畑を持っていて自然農で作物を育てていますが、日々変化があるのでとても面白いです。
庭仕事終えた後に腰掛ける、ループチェア
―ガーデンツールに続いて、次も庭関連のものですね。
これはウィリー・グール(Willy Guhl)というデザイナーが作ったループチェアです。ウィリー・グールは家具も作っていたのですが、外で使うアイテムが有名で知られているデザイナー。狭いカテゴリーのものをひたすら作り続けた人って単純にすごいですし、好きなデザイナーの一人です。このループチェア以外にも、犬小屋だったりフラワーベースだったり、主に外で使うものに特化してデザインしているんですよね。
―デザイナー自身が好きなんですね。どのようなきっかけで買うことに?
最初は植木を入れるためのベースを探しはじめたところから始まり、そこからどんどん広がっていって最後はループチェアまで行き着きました。少し前までは比較的見かけたのですが、重量のこともあり輸入するのが大変で、今はほとんど国内では見かけなくなりましたね。
―どんな時に腰掛けるんですか?
庭の手入れが終わった後は、これに座って写真を撮る。 一服の場所兼、見渡す場所みたいな。
―これを暮らしに欠かせないものとして選んだ理由とは?
いわゆる庭仕事の最後の場所なんです。3時間ぐらいかけて綺麗に整ったら、これに座る。僕にとっては楽しみな場所、要は監督の椅子みたいなものです(笑)。
リセットボタンとして機能する、李禹煥や榎倉康二のアート作品
ー次はアート作品ですね。これはどのようなジャンルのものなのでしょうか?
もの派というカテゴリーに分類される作品です。基本的に世の中にあるもの、例えば石ころや木とかそういうものを使って成立させ、もの同士の関係性を想起させるアートのジャンル。これは、ただ点が2つあるだけなのですが、この2つの空間における相互関係を考えさせるような作品です。
ー奥深い世界ですね。
簡単に言ってしまえば両端に点があるだけじゃないですか。でもこの2つの点があることで真ん中の空白を意識するようになる。この相互関係はどんなものにも存在し、ポケットとラペル、生地とデザインのマッチングなど洋服にも落とし込むことができて、それが最終的な美しさに繋がると思っています。僕は、もの派の考え方にすごい影響を受けていますね。
ー明快な答えがあるものより、考える余地のあるものに惹かれる?
そうですね。こういう作品は見る人によって解釈の差が生まれ、作者が答え合わせも強要してこないので、その余白が魅力的。これはシーオールの洋服にも通じることで、アイテムのルーツはあるけれど、それに則った着こなしをしなくてもいいし、ルーツを知らなくてもいいと思っていて、僕自身も答えを提案することはしたくないと思っています。それぞれの解釈に基づいた、それぞれの答えで楽しんでもらえたら嬉しいです。
ーこれを暮らしに欠かせないものとして選んだ理由は?
この絵が自分の中でのリセットボタンのような役割を果たしているので選びました。ものづくりを進める中で自分を見失った時やモヤモヤした時に、これがあると初心に帰れるような感覚があり、自分の好きなのはこれという答えを常に示してくれているような気がします。作品としての美しさではなく、もの派というアートの精神性が自分を律してくれるので、これは生活には欠かせません。
特徴的な色味に惹かれる、トルマリンガラスベース
ー綺麗なガラスベース。ずいぶんたくさんありますね。
モダンデザインの走りであるバウハウスのデザイン理念がずっと好きで、これらを作ったデザイナーのヴィルヘルム・ワーゲンフェルト(Wilhemlm Wagenfeld)もバウハウス出身の有名デザイナーの一人。このトルマリンガラスは掘っても掘っても新しいものが見つかるのが面白くて集めています。今だと効率が求められるので型を絞って展開することがほとんどだと思うのですが、これは未だに見たことがない形の物が出てくるので、その底無しな感じに惹かれています。
ーなかなか手に入らないものなんですか?
当時は大して珍しくなく比較的よく見つかる物だったのですが、今はもう新しいものを作っていないので、だんだんと少なくなってきている印象です。
ー特にどの点に惹かれるんですか?
トルマリンガラスの独特な色味が自分の好みなのだと思います。きっとこれが透明だったらそこまで惹かなかったかもしれません。絶妙な色の違いや形の違いなどの個体差があるのでそれも集めたくなるポイント。徐々に揃っていくと世界が広がっていくような感覚を味わえ、それがコレクションしたくなる理由の一つだと思います。
ーいつもはどこに置いてるんですか?
普段はベッドルームに置いています。全部が集まって1つの集合体のように見えるので、配置が変われば、また全く違う新しいものに見える不思議な感覚があって。多分誰も気にしないことなのですが自分には価値のあることで、その究極の微差を楽しんでいます。
ーこのガラスベースからインスピレーションを受けたコレクションもあると伺いました。
この色味を再現したウールシルクの生地を使ってセットアップを作りました。置物だから成立する色味かなとも思い、洋服にしたら癖がありすぎるかと心配しましたが、意外と良いものができたので満足しています。
ラインナップを振りかえって
ー改めてラインナップを拝見して、洋服だけではなく多岐にわたるジャンルに関心があるんだと思いました。
大人になっても好奇心は尽きませんね。昔から物事を調べることに躍起になっていたので、その名残が今でも残っているのだと思います。当時は今ほどインターネットで情報を収集することが当たり前ではなかったので、自分から猛烈に手を伸ばしていかないと情報が手に入らなかった時代だったんですよね。だからそこで必死になった人は情報を得るという行為に対して免疫が出来ているので、今は本当に楽勝です(笑)。
ーその好奇心はどこからきているんですか?
自分の中で必ず糧になると信じているからでしょうか。洋服のことだけを知っていれば、洋服を作れるのかと言われたらそうではないような気がしていて。特にシーオールでは、音楽や映画のバックグラウンドをインスピレーションにして作ることがたくさんあるので、そういった時に役立つんですよね。 「あの時代のあの映画のあのシーンのあいつが着ていたようなジャケットを作りたい」ということが出来る。だからデザインをしているというよりは、むしろ生地と得た情報をマッチングさせて洋服を作るようなイメージに近いと個人的には思っています。 なので自分はデザイナーではなく、エディターと呼ばれた方がしっくりくるかもしれません。
ー沢山のインプットをどうやって整理しているんですか?
頭の中にも箱を作っていて、残したいと思うものはちゃんと仕舞うようにしています。地引網の漁みたいにたくさんの情報を一度取り込んでから取捨選択をしていくと、自然と自分の中で必要なものだけ残っていく。そうすることで精度が上がっていき、だんだんと失敗することがなくなるんだと思います。
「シーオール」のアイテムはF/STOREで販売中
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