「天才になれなかった全ての人へ」――大手広告代理店で働く駆け出しのデザイナー 朝倉光一や、天才アーティストの山岸エレンらによるクリエイター群像劇を描いたシリーズ累計100万部突破の人気漫画「左ききのエレン」。今回、作中でエレンが着用するファッションブランド「AK5」のコート「新月(ニューブラック)」を完全再現し、実際に発売する。原作者かっぴーと、アイテムを共同で製作した「BIN」ディレクター阿久津誠治に、コラボレーションの裏側や、漫画家とファッションデザイナーの共通点などについて聞いた。
「左ききのエレン」:大手広告代理店出身のかっぴーによる初の長編漫画。「cakes」にて2016年に連載をスタートし、現在は第2部「左ききのエレン HYPE」を連載中。「少年ジャンプ+」では、nifuni作画によるリメイク版が公開されている。シリーズ累計発行部数は100万部を突破。2019年には神尾楓珠と池田エライザによるW主演で実写ドラマ化。2020年には舞台「左ききのエレン~横浜のバスキア篇~」、今年1月には舞台化第2弾「左ききのエレン -バンクシーのゲーム篇-」が上演された。
「AK5」:岸アンナが手掛ける世界的なラグジュアリーブランド「アンナ・キシ」から派生した超高品質・超高価格帯のストリートファッションブランド。
「新月」:AK5が製作したブラックのロングコート。作中では、フラッシュを反射して光るリフレクション仕様のエレン着用モデルと、映画監督を目指す情報屋 ルーシー・ピグローが着用する量産バージョンの2種類が登場する。
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ーお二人が知り合ったきっかけと、今回のコラボレーションの経緯を教えてください。
かっぴー:友人から「すごく良いブランドがあるから」と紹介してもらい、展示会で初めて阿久津さんにお会いしました。とにかくめちゃくちゃかっこいい服を作る方だなという印象で、最初はただのファンでしたね。実は今日着てきたセットアップは、初めて会った時に購入したものなんですよ。
阿久津誠治(以下、阿久津):出会ったのは確か2年位前かな?ご飯も何回か一緒に行きましたよね。色々と話す中で「一緒に何か面白いことやりたいね〜」という話はしていました。
かっぴー:最初にお会いした時から「一緒に何か作れたらヤバいな」という気持ちがありました。色々な企画やコラボ商品を作ってきましたが、実は僕は自分からお声掛けするのが苦手で...。なので、「(阿久津さんと)一緒に何かしたいと思っているんだよね」と友達に言って、その友達から阿久津さんに「どうですかね?」みたいな感じで遠回しに聞いてきてもらうという(笑)。
ー絶妙な距離感ですね(笑)。
かっぴー:きっかけは「一緒に何か作りたい」というふんわりした話から始まりましたが、やっぱり僕の漫画でいうと「新月」のコートが一番キャッチーなので、折角作るんだったら新月でいきたいなと。
阿久津:自分の中でどうせやるならとことんやろうという気持ちがあったんですが、お互いそこが合致したんでしょうね。話がどんどん進んでいって、気付いたら僕が思っている以上に壮大なスケールのプロジェクトになっていました(笑)。
かっぴー:僕の場合ラッキーなのが、ふわっとアイデアを話したらなんとかしてくれる人が周りに沢山いること。今回「新月を作っちゃおう」ってなったのは阿久津さんのおかげだし、展覧会もやろうかとか、どうやって売ろうかとか、アイデアを膨らませて引っ張ってくれる方に本当に恵まれたと思います。
ー今回製作したコートは、フラッシュが反射して光るリフレクション仕様と、防水・防風・浸透性を実現した高級綿生地「ベンタイル」を使用したベンタイル仕様の2種類がありますが、デザインでこだわった部分は?
阿久津:エレンが着るサイズのアイテムを単純に再現するだけだと、ただの細身のコートになってしまうし、コスプレっぽくなってしまうので、日常で着られるデザインやシルエットに落とし込む必要がありました。かっぴーさんは服が本当に好きで、とてもお洒落なので、その辺りの感覚がそもそもある。自らお店でリサーチをしてきて、「これくらいのサイズ感の雰囲気がほしい」といった感じで具体的なアイデアを出してくれたおかげで、スムーズにサイズ感などの細かいディテールを調整することが出来たんですよ。
かっぴー:漫画作品のコラボアイテムって、編集者とアパレル企業との間で話が進んで、最終チェックだけ作者が入るみたいなことが多いんですよね。今回のように作者本人が初期から携わることはほとんど無いんじゃないかな(笑)。
阿久津:あと、漫画に登場するアイテムと完璧に同じにするか否かについて、かなり話し合いを重ねました。「実際着る際はここまで襟が付いていた方が綺麗なのでは?」など色々な細かいやり取りの末、このバランス感に仕上がったんです。
「AK5 新月」と作中に登場するリーボックのポンプフューリー
ー派生アイテムとしてベストも発売するそうですね。
阿久津:それぞれ単体でも着られますし、新月の内側のループに取り付けて着ることもできます。
かっぴー:別アイテムとして出していますが、一応これも新月の一部として作りました。エレンがグラフィティアートをやるとしても、やっぱりこれくらいの機能性がないと現実的じゃないなと。あとは、最近フィッシングウェアに注目が集まっていますが、こういうギア感のあるアイテムってファッション好きに刺さるポイントですよね。ただの一コラボグッズではない、純粋にファッションとして着られるものを前提にして作ったので、シンプルにかっこいいと思える服になったかなと。
ーどのような人に着て欲しいですか?
かっぴー:ルーツは漫画ですが、それ以前に"アーティストのためのワークウェア"をプロダクトとして突き詰めたというものでもあるので、極端な話、「左ききのエレン」とか「AK5」を知らない人が買ってくれたらすごく嬉しいですね。着る人がアーティストでないといけないという訳ではなくて、この服のルーツに魅力を感じてもらいたい。「ああ、元は漫画なんだ」ってくらいで全然良くて、むしろそういう人が増えてほしいですね。
ー6月19日からはアイテムの予約販売や描き下ろし漫画を展示する「左ききのエレン展 − 新月の誕生 −」が帝国ホテルでスタートします。
かっぴー:服の展示会をやらなそうな場所であえて開催したいなと考えて。ラグジュアリーブランドの「アンナ キシ」が本気で作ったストリートラインという、その世界観にふさわしい歴史と格式のある場所を選びました。
ー阿久津さん、かっぴーさんそれぞれの意見を反映させたアイデアはありますか?
かっぴー:一番はフードと襟ですね。エレンは正体不明のグラフィティアーティストなので、顔を隠せる方が良いなと思って。一般的なアパレルのフードよりも大きく、襟を立てることで顔を覆うことができるようにしました。襟は寝かすとまた違った雰囲気ですし、フードを下ろした状態もかっこいいんです。
阿久津:パタンナーと一緒に細かい調整を行い、作中のものに近づけましたが、それだけで終わらないようにしようということで、僕らからの提案としてこだわったのは裏側のディテールです。グラフィティアーティストのエレンが着ることにフォーカスして、右サイドと左サイドにスプレー缶やマーカーなどの道具を収納できるポケットをつけて機能性を担保しました。ファスナーをあえて長めにしたのもエレンっぽさを意識したことで。
かっぴー:コートの裏側のディテールは作中で描かれていないので、いい具合にボヤかして描いていた「AK5」というブランドの「新月」という服をある意味再解釈したかたちです。
阿久津:それこそデザインについては結構な時間話し合いましたよね(笑)。
かっぴー:「こういう経緯で生まれた服だとしたら、こういうディテールになるんじゃないか」とか...漫画で出した服を本当に存在させるために試行錯誤しましたね(笑)。というのも、僕は服のルーツにまつわる歴史やうんちくが好きなんですよね。例えば「トレンチコートの肩の部分に施されたディテールは、戦時中に水筒をかけるためのもの」とか。そういった話を聞くとグッと来るんです。服にはそれぞれルーツがあって、時を経てもファッションとして成り立っている。「グラフィティーアーティストのために作られたプロダクト」というルーツは、アーティストではない純粋にファッションが好きな人にとってもグッとくるポイントになってくるかなと思っています。
ー現在「AK5」ではロゴ入りのキャップやプリントTシャツなどを展開していますが、今回のコラボを機に本格的なファッションアイテムを量産していく?
かっぴー:まずは自分が出来る範囲でやってみようということで、既存のボディを使って作ったのがTシャツや小物などです。あくまで作品の世界観を楽しんでもらうといった趣旨でやっている、いわば実験の場ですね。新月では、これまでとはまた違った本気の"THEアパレル"なものを作っているので、これまでが"実験"だとすると今回は"本番"という感じ。上手く棲み分けはしていきたいとは思っています。仮に今後、BINとTシャツやキャップのコラボ商品を出すとなったら、今AK5で展開しているTシャツやキャップ等の既存アイテムは下げるつもりですよ(笑)。
ークリエイター集団「UNTRACE」の立ち上げや「ルーシーのパルクール動画」の制作など、作中で起こった出来事を次々に現実の世界で再現しています。そのほか、新たに準備していることはありますか?
かっぴー:まずは今夏に法人化するUNTRACEは「左ききのエレン」の作中ではラスボス的な存在なので、現実世界でも最強のクリエイターチームにしたい。UNTRACEでもアパレルアイテムの製作や、飲食のプロデュースなどをやりながら、中国市場への進出を目指します。果てしない挑戦にはなるのですが、ひとまずそこが大きなテーマですね。そして、僕はその過程を一番良い席で見せてもらえるから、それを漫画にしちゃおうと思っています。現実の出来事が漫画にして、漫画の出来事を現実で再現して...といったサイクルが作れたら面白いなと。
エレンを一躍有名にしたルーシーのパルクールシーンを再現した「EREN THE SOUTHPAW」
ー漫画家とデザイナー、クリエイターとして共通点を感じる部分はありますか?
阿久津:僕は、何かしら新しいモノを作る、企画するといったことをしていないと落ち着かない性分で。常にワクワクしていたいんですよね。その点は話しをする中で「似ているな」と感じましたね。
かっぴー:確かにそこは共通項としてあるかも(笑)。あとは、遊ぶ時は遊ぶ、仕事する時は仕事する、というオンオフをはっきり分けている点ですかね。良いもの作るために何かを犠牲にしたりせずに、お互い結果それがいいモノづくりに繋がっているタイプなのかなと思います。
ーデザイナー、漫画家それぞれに最も必要な能力は何だと思いますか?
阿久津:デザイナーはディレクション能力だと思います。僕は天才ではないので、俯瞰で見たときに世の中からどう見られているのかとか、本当に必要なものってなんだろうといったことを感じ取って、いかに演出できるかどうかで。デザイナーとして長生きできるかは、ディレクション能力に左右されると思いますね。
かっぴー:漫画家は、極端な話世の中をどう見ているかという目があれば出来る仕事だと思っていて。「全ての表現は世界の二次創作」で、一次創作は神様しかできず、作者が世の中や自然にあるものを見て何か作ったのとしてもそれは全て二次創作になる。そう思ったらある種、オリジナリティという言葉に悩まなくてすむというか。
ー「左ききのエレン」ではエレンと光一の二人をはじめ、様々なキャラクター同士の因縁が描かれています。お二人はどうしても意識してしまう存在はいますか?
阿久津:明確なライバルはいないですね。「エフィレボル(EFILEVOL)」をやっている時はちょうどドメブームの終わりかけの頃でしたが、あの時代にいたデザイナーたちはファッションを面白くしようとする"同志"だと思っています。比べたりはしなかったですね。
かっぴー:すごく分かります。僕も売れている、売れていないという競争には参加しないようにしています。誰かを意識して比べてしまったら、新しいことはできない。一番売れる漫画家にはなれないけど、一番新しい漫画家にはなろうと決めた。誰もやっていない、比べられることのない面白いことをやっていきたいんですよね。そもそも、駆け出しの漫画家が「鬼滅の刃」や「ワンピース」と競争しようなんて意識してたら死んじゃいますよ(笑)。
ーかっぴーさんは漫画「アントレース」などファッション業界を題材にした作品を描かれていますが、自身にとってファッションとはどういった存在ですか?
かっぴー:祖父がいわゆる街の仕立て屋さんで、当時は仕事する姿をよく分からず見ていましたが、僕が大学生頃の時に亡くなった際に葬式で親族一同が祖父が仕立てたスーツを着ていたことが印象的で。それまで服というものにそこまで強い興味は無かったんですけど、そこで「服ってこういうことなのか」と思うようになって。あとは、気に入ったチラシとか葉書を取っておく癖があったんですけど、今思うとモデルがかっこいい服を着こなしたチラシを収集していたんですよね。なんだかんだファッション業界には元々、憧れのようなものがあったのかもしれないです。
ー今後ファッションを題材にする作品を描く予定は?
かっぴー:ファッションの漫画ってウケないんですよね...ファッションがサブカルチャー化してしまっているというか。でも服ってどんな人も着るものだから、決して無視できるジャンルではない。新連載は準備中で、キャラクターたちが着ている服は作画の先生と相談していますよ。「このキャラクターはジル サンダー(JIL SANDER)のコレクションライン着てるよ」「このキャラクターはポール・スミス(Paul Smith)を買ってそう」など...キャラクターを創造する上でファッションは切っても切れないものなんですよね。そういう意味では、これから書いていく作品全てにファッション要素があると思います。新連載の詳細についてはまだ言えませんが、クリエイターや表現者にまつわる話です。
ー「左ききのエレン」のキャッチコピーは「天才になれなかった全ての人へ」。ファッション業界ではいわゆる"才能"や"センス"などで評価されることが往々にしてありますが、この業界を志す人や今まさに業界に携わる人たちへ、一言伝えるとしたら?
阿久津:僕らの時代はまだ楽しめたし、やりたいことをやっていたら評価されたので、今の子たちが置かれている状況には正直可哀想に思ってしまう部分はありますね。極論、服が本当に好きなら既存のシステムに身を置く必要はない。どこかのブランドに所属するのではなく、自分たちで発信して、自分たちで売れる分だけ作るなど、やりたいようにやるのが良いのかもしれない。そういう意味では勿論応援はしたいし、面白いことがあれば一緒にやっていきたいなと思います。
かっぴー:僕はファッション業界の人間ではないので、おこがましくてメッセージなんて発信できませんが、ただ今回のコラボを通じて初めてハイブランドクオリティーのアイテムに触れた漫画ファンの方が、「ファッションって面白いじゃん」ってなってくれると嬉しいです。かつてビョークが履いたことで「インスタポンプ フューリー(INSTAPUMP FURY)」の人気に火が付いた時のように、「エレン読んでファッションに興味持ちました」っていうムーブメントが少しでも起きれば嬉しいですね。良い服に出会って、それを着るのは楽しいし、着ている自分も好きになる。何かしらのきっかけになれたら嬉しいなと。
(聞き手:長岡 史織)
かっぴー:漫画家・漫画原作者。1985年神奈川県出身。武蔵野美術大学を卒業後、大手広告代理店 東急エージェンシーにてアートディレクターとして勤務。面白法人カヤックへ転職後、2015年にはnoteで公開した漫画「フェイスブックポリス」が一躍話題に。2016年に自身が代表を務める株式会社なつやすみを設立。これまでに「おしゃ家ソムリエおしゃ子」「アイとアイザワ」「SNSポリス」「アントレース」「左ききのエレン」など多数の作品を発表している。
阿久津誠治:2006年4月にデザイナー飛世拓哉と共に「エフィレボル(EFILEVOL)」を設立し、2016-17年秋冬コレクションをもってデザイナー兼ディレクターを退任。エフィレボルをはじめ、「クリーナ(CLEANA)」や中目黒のセレクトショップ「ビン(BIN)」などを運営する株式会社 カタチ代表を務める。デザイナーとしての活動のほか、プロデュース・ディレクション業務、ブランドコンサルティングを手掛けるなど多岐にわたり活動。
■左ききのエレン展 − 新月の誕生 −
期間:2021年6月19日〜7月10日
場所:帝国ホテルプラザ東京 2階 Collection.jc
「AK5 新月」の試着・予約販売と描き下ろし漫画を展示。
特設サイト
■販売予定価格(いずれも税込)
・ベンタイルコート 9万9000円
・リフレクターコート 24万2000円
・ベンタイルベスト 4万4000円
・リフレクターベスト 11万円
(左から)「BIN」ディレクター阿久津誠治、「左ききのエレン」原作者 かっぴー
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