Image by: Jason Lloyd-Evans
ロンドン・ファッションウィークにて発表された「アーデム(Erdem)」2024年秋冬コレクションのテーマは、ギリシャ系アメリカ人のソプラノ歌手、マリア・カラス(Maria Callas)。1977年に亡くなった彼女は2023年に生誕100年を迎え、アンジェリーナ・ジョリー(Angelina Jolie)主演での伝記映画も製作中とされるなど、最近話題に上ることが多い。
ファッション・アイコンとしても名を馳せたマリアは、ファッションデザイナーたちの時を超えるミューズであり、これまで「ドルチェ&ガッバーナ(Dolce&Gabbana)」「ヴァレンティノ(Valentino)」「ステファン・ローラン(Stéphane Rolland)」といったショーで度々取り上げられてきた。それらのクリエイションは、マリアの人生の側面に焦点を当てているのに対し、今回のアーデムはその"光と影"の両面に眼差しを向けている。彼女の人生は、一世を風靡したオペラ歌手としての実力だけではなく、家族や恋仲にまつわるスキャンダラスな逸話とともに語られてきた。
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大英博物館に響き渡るマリア・カラスの歌声
コレクションタイトルは「MARIA MEDEA MYTH」とされ、マリアとギリシャの関わりにオマージュが捧げられた。両親の生まれ故郷であり、マリアが音楽教育を受け、キャリアの初期を過ごしたギリシャは、彼女の根底に流れる血統なのだ。ランウェイの会場となった「大英博物館」の第18展示室は、ギリシャにあるパルテノン神殿の彫刻の一部が展示されている部屋で、今回のテーマにとってこれ以上ない場所だった(ちなみに、彫刻の返還をめぐってイギリス政府とギリシャ政府の間で現在議論がヒートアップしている)。
天井高くから柔らかな自然光が降り注ぐ空間にマリアの歌声が響きわたると、襟の大きなピスタチオグリーンのオペラコートをまとったモデルがゆっくりと歩いてくる。そのコートの中は、優雅なドレスといったオペラの正装ではなく、花柄サテンのブラレットとパイピングでインサイドアウトが表現されたペンシルスカートだ。足元には、フェザーのあしらわれたフラットなスリッポンが合わせられている。マリアが好んだキャットラインの力強いメイクアップ、ピタッと固められた髪とヘアネットは、舞台から降りてウィッグを捨て去ったかのようなオフステージを思わせた。
ドレープの美しいヘリンボーンウールのドレスは、その裾を見ると始末がされていない。コクーンシルエットのセットアップには、バラのプリントの上に、霞がかかった不完全なハウンドトゥース柄がオーバープリントされている。(ちなみにマリア・カラスはバラの品種名でもある)。フローラルのタフタドレスには、マリアが出演した映画「王女メディア」の衣装にインスパイアされた大胆なブラシストロークが施され、アムナリスのメタルサテンはクラッシュ加工仕上げ。変形ケープのスリーブは、床まで垂れて引きずられながらランウェイを一周し、サテンのパジャマにはブロークン・クリスタルが散りばめられた。
Image by: Jason Lloyd-Evans
はみ出るほどのオーストリッチ・フェザーを合わせたミリタリーグリーンのワックスコットンコートや、毛足の長いコクーンコートのボリュームの出し方にも目を見張るものがある。
Image by: Jason Lloyd-Evans
Image by: Jason Lloyd-Evans
Image by: Jason Lloyd-Evans
葛藤とアンビバレンス 不完全の美
マリアの活躍した1950年代の華美な王道グラマラスを表現しながらも、全体を通して不完全で荒々しく細部に残されたタッチがどこか不穏な空気を醸し出す。神話と現実、舞台上と舞台袖、ペルソナと私生活を行き来し、時代の象徴であると同時に生身の人間でもあるマリアの葛藤とアンビバレンスをディテールに充満させているのだ。
結果としてその着眼点は、下手をすればコテコテのコスチュームに陥りかねないテーマに現代性をもたらした。不完全を認め、祝福さえするようなアプローチは、マリアが完璧なアイコンを演じることを求められたあの時代には叶わなかったものだ。
プレスリリースの冒頭には、マリアが1957年にアテネで放った言葉が添えられていた。「...私は世界中で称賛されてきたかもしれないが、私の血はギリシャのものであり、それは誰にも拭い去ることはできない。... ありのままの私を受け入れてください。(... I may have been honoured around the world, but my blood is Greek, and this cannot be wiped out by anyone. ... Accept me as I am.)」。
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