「ドリス ヴァン ノッテン(Dries Van Noten)」が、6月22日、パリ・ファッションウィークにて2025年春夏メンズコレクションを発表した。ドリス・ヴァン・ノッテン本人は今年3月にデザイナー引退を表明しており、1986年のブランド立ち上げから38年、150回目のコレクションにして129回目のランウェイショーとなる今回のメンズが、彼がデザインする最後のコレクションとなった。
会場はパリ郊外の巨大な倉庫で、ショーの前には来場者をカクテルパーティーでもてなした。広告のためのポップスターが招かれることはなく、来場者の多くは、自前の「ドリス」を自己流に着こなしてショーに参加。中央の巨大スクリーンには過去のコレクションの映像が映し出され、誰もがさまざまな物思いにふけっていたことだろう。ショー開始の時間が近づくと、巨大な空間を仕切るカーテンが開かれ、ランウェイスペースが姿を現した。そこに照らされていたのは、一筋の銀色の道だ。よく見ると、道の上には銀箔が、会場の熱気の中でひらひらと揺れている。
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Image by: FASHIONSNAP
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ゲストの着席後にショーは始まり、最初にその銀の道を歩いてきたのは、アライン・ゴッスアン(Alain Gossuin)だった。ドリスと同じくベルギー生まれで、現在62歳である彼は、ブランド初のランウェイとなった1992年春夏メンズショーでも歩いたモデルだ。そのほか、クリスティーナ・デ・コーニンク(Christina De Coninck)やデブラ・ショー(Debra Shaw)、カースティン・オーウェン(Kirsten Owen)など歴代のモデルから初起用の新星まで、幅広い年代のモデルが登場。「ブランドを共に築き上げてきた“ファミリー”が、この祝祭のときに一堂に会することが重要だった」とドリスはバックステージで語った。
クリスティーナ・デ・コーニンク
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デブラ・ショー
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カースティン・オーウェン
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ドリスいわく「ベスト版にはしたくなかった」というコレクションは、おなじみの刺繍や日本伝統技術の墨流しなど、随所に自身の過去のコレクションへのリファレンスが盛り込まれる(往年のファンは、これらを発見するのも楽しいだろう)一方で、新素材による新しいボリュームや組み合わせが試みられてもいた。現代のエレガンスを探求する、近年のメンズのドリスのムードを進展させたコレクションだ。
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「素材は感情を伝えるもの」とドリスは言う。ベルギーの現代アーティスト、エディス・デキント(Edith Dekyndt)の作品からインスピレーションを得ており、たとえばクリアな生地の中に見える中綿はリサイクル・カシミアだそうだ。透けるオーガンザは、クラシックなブリティッシュウール生地で仕立てられたジャケットと合わせられるなど、細長いシルエットを中心に、素材、色彩、質感のコントラストを効かせ、偶発性を楽しみながらシャープなスタイリングは健在。ウィメンズモデルは多数登場したが、彼女たちがまとっているのはメンズ服だ。メンズウェアから始まったドリスは、メンズコレクションで締めるのがふさわしい。そして、ドリスはジェンダーの固定概念にとらわれるデザイナーではない。
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ファッションへの愛、服そのものへの愛。生地や縫製工場、染色や刺繍の職人に至るまで、それを生み出す人々への愛と感謝。服から演出に至るまで、そのすべてが“ドリスらしい”最後のランウェイだった。自分らしさを貫き続けるのが難しいこの業界で、それを愚直に続け、ファッションを通してピュアに人々のエモーションを掻き立てることのできた稀有なデザイナーだと改めて実感した。ブランド初期から共に歩んできたモデルたちの闊歩は、時の流れを物語る。モデルがランウェイを往復するたびに銀箔ははがれ、宙へと舞い散り、計69体のフィナーレが終わった後には、轍(わだち)ができていた。ドリスとその“家族”が38年をかけて作った”道”とも見てとれる。そこに、誰が続くのだろうか。後継者はまだ発表されていない。
今年66歳になるドリスは、ベルギーの定年である65歳に合わせて引退する準備を以前から進めていた(1年遅れたのはコロナのせいだ)。2018年に、ブランドは「プーチ」傘下に入ったが、今後もアントワープを拠点とすることに変わりはなく、ひとまずは大胆な路線変更は起きないだろう。ドリス自身もブランドから完全に退くわけではなく、ビューティーラインや店舗デザインに携わり、アドバイザーとして活動するそうだ。「これまでできなかったことをする」というドリスの新たな活動、そしてドリス抜きの新生「ドリス ヴァン ノッテン」を楽しみにしたい。
最後に、特にドリスのメンズにおいて、ショー音楽はコレクションを読み解く重要な要素であることを述べておきたい。今回のショーの幕開けは、ドリスのアイドル、デヴィッド・ボウイによる朗読「Time… one of the most complex expressions…」と「Ian Fish U.K. Heir」で始まった。ドキュメンタリー映画「デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム」(2022)からのこの朗読は、“時間”をテーマにしたものだ。Soulwaxがミックスを手掛け、先述の曲に続き「Space Oddity」や「Life on Mars?」のフレーズや、フィリップ・グラスによる「The Light(Excerpt)」が挿入されながら、最後にはボウイの「Sound and Vision」(ピアノアレンジの2013 バージョンから、オリジナルへと移行)が高らかに鳴り響いた。モデル総出のフィナーレが終わり、ドリスが最後に会釈をすると、その背後に巨大なミラーボールが現れ、ドナ・サマーの「I Feel Love」が響き渡る。ドリスの長い軌跡を祝福するパーティーの合図だ。しかし、センチメンタルにならずにはいられない。心の琴線に触れたパーティーこそ、終わってしまうのが切ないものだ。
ボウイの朗読「Time… one of the most complex expressions…」は、こんな言葉で締めくくられている。
All is transient (すべては儚い)Does it matter? (それは重要か?)Do I bother? (気にする必要があるのか?)
この朗読のチョイスに、ドリスらしさが詰まっているように思える。
花はその儚さすら美しく、散った後も私たちの中に残り続ける。
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