ダブレット 2025年秋冬コレクション
Image by: doublet
冒頭から私的な話になるが、「ダブレット(doublet)」井野将之さんと最初に出会ったのは2013年、ファッションの合同展示会「JFW インターナショナル・ファッション・フェア(JFW-IFF)」だった。クレイジー刺繍について熱く語ってもらい、その後東京で行った初のショーで密着。記者・編集者人生の中で、一番大変だった1ヶ月の密着は、今思うと井野さんのためというより自分の成長のためという側面が大きかった。
その後はご存知の通り、日本人で初めてLVMHプライズを受賞するなど、ダブレットは瞬く間に世界が知るブランドにまで成長。半年に一回新しいコレクションを発表するファッション業界は、そのサイクルの短さについてさまざま議論があるが、井野さんは言い訳もせず、毎シーズン新しいアイデアを(それも1つではなく複数)出し続けている、稀代のデザイナーだ。
パリメンズファッションウィーク2025年秋冬の最終日に開かれたショーで、ダブレットのパリコレ参加は12回目となる。ショー5時間半前に公開されたフイナム(HOUYHNHNM)のブログに心境を書き綴り、パリコレに参加する意味を自問自答したという同氏だが、今シーズンのダブレットは初心に返り、パリで為すべきことを最大限のクリエイションにのせて表現した。そんな井野さんに感化され、筆者も出会った当初を思い返し、本稿をまとめたいと思う。
「パリだと世界からバイヤーがその時期集まっていて多くの人に見てもらえるから。ショーの後、世界に情報が広がるスピードが早いから。パリコレ参加をやめると、ブランドを忘れられちゃうかもしれないから」とショー前に公開されたブログでは、赤裸々にパリコレ参加に関する心境が綴られた。それでも尚、出した答えは「パリで三ツ星を獲る」ために果敢に挑戦することだった。
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もちろん、パリコレに12回も参加すれば、どんなブランドでもマンネリ化は進んでしまう。毎回全力投球するダブレットだが、知らず知らずのうちに井野さんの中でも手段が目的化している部分があったのかもしれない。それに対する自分自身への鼓舞か、パリという限られた条件の中でやりきれていなかった部分への省みか、ダブレットの2025年秋冬コレクションショーは原点を見直し、全てを”意味”あるものにという想いを形として表現した。
ダブレット 2025年秋冬コレクション
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ショーは、小雨が降るパリの寒空のもと、リュクサンブール公園の近くに位置するパリ薬学部で開催。会場には「SOMEONE'S HEART(誰かの心)」と書かれたハート型のスクイーズ(握りつぶしたり、伸ばしたりしてストレスを発散する玩具)が置かれた。特にブランドから説明はなかったが、恐らくは人の心を踏み躙って悦に浸る現代人を憂い、隠喩として表現したものだろう。
2025年秋冬コレクションのタイトルは「VILLAINS(悪役たち)」。リアルに雨が降る中、雨音と雷音のBGMからショーはスタートした。以下はコレクションノートの全文だ。
下敷きを曲げるとしわが白化する。
その部分が繊細なひび割れによって破壊されるから。
工業的 " 欠陥 " は決して許されない悪である。
曲がってしまった下敷きは、破棄されねばならない悪者だ。
その悪者からヒントを得て生まれた繊維があった。
欠陥の穴に " 機能 “ を閉じ込めたのだ。
例えば防虫効果を閉じ込めて、マラリアから人を救えたり。
そんな素材と出会うことが出来た。
世界には深い割れ目も持った人間がたくさんいる。
彼らは、誤解され、周囲からズレていると否定される。
人は彼らに正しさを押し付け、役立たずな存在だと決めつける。
その秘められた可能性に見向きもせずに。
正しさとは何か。
誰目線の正しさなのか。
そんなものに自分を押し込む必要なんてない。
曲がったままでも、曲がった部分にきっと何かが生まれる。
ダブレット 2025年秋冬コレクション
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建築物等のひび割れや不同沈下、雨漏り等の不具合現象のことを「欠陥現象」と呼ぶが、ダブレットは今シーズン、欠陥現象を有効に利用した素材との出会いが制作の軸となった。世間的にはダメとされているものが、視点を変え、手を加えることで輝くことができる。ニーチェの「善悪の彼岸」ほどの超人思想をダブレットが提唱するとは思えないが、多様化する価値観の中で受け手に届いて初めて完結するクリエイターによる表現の肝は、独りよがりにならず受け手がどう感じ取るかまで具(つぶさ)に配慮することだと、ダブレットの軌跡をたどると見えてくる。
ダブレット 2025年秋冬コレクション
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コラボレーション相手も多岐に渡る。ダブレットではお馴染みの「キッズ ラブ ゲイト(KIDS LOVE GAITE)」「PZ Today」「817 BLANC LNT」「シンフラックス(Synflux)」「アシックス(asics)」をはじめ、「エー レザー(A LEATHER)」「ベータ ポスト(beta post)」「レボマックス(REVOMAX)」「AddElm TECHNOLOGY」「ファイバークレーズ(FiberCraze)」「majotae」「スパイバー(Spiber)」「ストラタシス(ストラタシス)」「ワコール(Wacoal)」とバリエーション豊かだ。
ダブレット 2025年秋冬コレクション
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その中で、前述した欠陥現象を有効に利用した素材を生産するのが、繊維やフィルムの多孔化技術を用いた、高機能性素材を開発するスタートアップ「ファイバークレーズ」だ。社名にもあるクレーズとは、プラスチックなどの高分子材料に開いた微細な穴や亀裂のことを指し、ひび割れや完全な破壊が起きると材料には空隙(クラック)が生まれるが、初期段階で意図的に破壊を止めると内部の素材が絡み合った状態で保持され、その隙間にナノサイズの穴が生まれるという。プラスチックの下敷きに力を加えると、パキンと折れる前に白くなることがあるが、まさにその白化部分にクレーズが発生しており、このクレーズに有効成分を含ませることで、防虫や保湿などの機能を付与することができる。こうした素材との出会いは、どの生地展に行っても井野さんの名前が出るほど新しい素材を求めて全国各所に足を運ぶ生地オタクな気質と、ユニークなデザインゆえに求められるプロダクトクオリティへのこだわりが成就させたのだろう。
ダブレットのデザインには、腑に落ちる理由がある。例を挙げれば、2021年秋冬で登場し、話題を集めた頭までを覆えるコートも、一見ネタを追求したものに見えるが、闇雲に作るビッグシルエットでは納得感がないと、別途用途を設けることであのフォルムは作られた。シーズンテーマに沿わせながら、デザインに意味を持たせるため、ここでは素晴らしい素材を世に広めるため、ファイバークレーズの機能素材は、ダブレットにかかれば「打舞列島 狂熱繊維」という文字と同素材についての「ヤン詩」を刺繍した特攻服に仕上がる。
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「悪役たち」のモチーフは特攻服のヤンキーにとどまらず、ハリー・ポッターの「スリザリン」が着想源かのような蛇をモチーフにしたパーカの紐、キッズ ラブ ゲイトとコラボ製作した怪物の口のようなデザインの靴先が開いたレザーシューズ、怪物の口がプリントされたシアリングブルゾン、ドラキュラのような高い襟と長く広がった袖など、ダブレットらしく表現した。
ダブレット 2025年秋冬コレクション
他にも某コンビニのレジ袋を思わせるバッグは、ワコールのブラパッドに使われる素材を用いて再生可能なものに。環境問題の観点から嫌われ役に回るレジ袋にも、ダブレットは可能性を与える。
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ダブレットのクリエイションの軸でもある「笑い」が起きる要因は、桂枝雀によれば「緊張状態から解放されることで人は笑う」だという。近年は、ダジャレで人が笑う理由についての説明に「情報の間違いを発見する喜びから笑いが起こる」という言説もあるが、後述に関してダブレットはこれまでも存分に体現してきている。ブログでも書かれていた「日本から来た、小さなブランドの、世界のどこにもないクリエイションを見てもらうために。そしてパリで一番になるために」という井野さんの言葉は、ラグジュアリーブランドと同等以上の地位を目指す意思表示とも一見読めるが、おそらく真意はそうではない。顧客のために、自身が納得のいくクリエイションをするために、立場がありながら真面目にふざける"展開の裏切り"としての「緊張と緩和」が、ダブレットのクリエイションをさらに引き伸ばすと考えているからだろう。悪役たちがもつ緊張も、ダブレットは優しく緩和へと導く。それは詰まる所、ブランドチーム、ショースタッフ、卸先、メディア、顧客など、ダブレットに関係するあらゆる人たちをインクルードしてしまう、有名になっても変わらない井野さんの人間性に尽きるように思う。
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