「ダイエットプラダ」のインスタには今日も多くのコールアウト投稿が並ぶ
「世界中、すべてのデザイナーがフォローしているだろうね」。元「ランバン(LANVIN)」アーティスティックディレクター、アルベール・エルバス(Alber Elbaz)にここまでの影響力を認められたInstagramアカウント、ダイエット・プラダ(@diet_prada)は、こうも形容される。「ファッション界でもっとも恐れられる番犬」。
(文:辰巳JUNK)
Instagramアカウントとしてのダイエット・プラダ(以下、DP)は、運営者トニー・リュー(Tony Liu)とリンゼイ・スカイラー(Lindsey Schuyler)のもと、2014年に始まった。目玉コンテンツは大手ブランドに対する「デザインコピー指摘」。「ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)」からカニエ・ウェスト(Kanye West)の「イージー(YEEZY)」まで、メゾンの旧作や中小デザイナーのクリエイティブのコピー品であると指摘しつづけるのだ。「インスピレーションを受けることと、自分自身のものであるように偽装することには違いがある」。そう語るマーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)のように、彼らの「コピー」糾弾を疑問視する人々もおり、議論は尽きない。ただ、確かなのは、これといった後ろ盾も持たなかったDPがソーシャルメディア時代に大いなる成功を納めたということだ。2017年には「グッチ(GUCCI)」のInstagramをジャックする公式コラボレーションを行い、2020年8月現在、ナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)やファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)を含むフォロワーの数は222万を超えている。有名ブランドを模したマーチャンダイズ販売も好評だという。「ファッション界が最も恐れる番犬」という二つ名を授けられた彼らのことを、著名デザイナーも無視できない。グッチのアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)は、DPに批判されたことにより、2018年クルーズコレクションがダッパー・ダンの「オマージュ」だと認めたことがある。特に激しい対立を繰り広げたのは「ドルチェ&ガッバーナ(Dolce&Gabbana)」のステファノ・ガッバーナ(Stefano Gabbana)で、DPのマーチをコピーしたTシャツを12倍の値段で売ることもあった。
ADVERTISING
人気が拡大するにつれて、DPはジェンダーや人種にまつわる社会正義を語る政治的プラットフォームの色を増していった。最大のトピックは、宿敵ガッバーナを相手取った中国市場追放危機だろう。2018年、ドルチェ&ガッバーナのキャンペーン動画を人種差別的だとする議論を盛り上げたのも、のちにガッバーナがDMで放った中国人罵倒をリークしたのもDPである。同年、グッチのフェイスマスクも人種差別的だと糾弾した彼らは、賛否両論を呼び起こしつつも、攻撃の手をゆるめることはなかった。その矛先は、ファッションが専業ではないセレブリティにも及ぶ。2019年には、米歌手アリアナ・グランデ(Ariana Grande)のツアー衣装の資料集をリークし、そこにリアーナなど黒人アーティストの写真が多く掲載されていることを理由に「アリアナが黒人の美学を盗用している証拠」だと突きつけた。マジョリティたる白人がマイノリティ文化とされるクリエイションを流用する「カルチュラル・アプロプリエーション(文化の盗用)」批判と言える。この概念には西洋でも賛否がある為、DP側の主張に頷けない人も多かった。そのうちの一人であるアリアナのスタイリスト、ロウ・ローチ(Law Roach)は、黒人男性である自分が当該資料を制作した旨を説きながら「盗用・盗作」批判に怒りの反論をぶつけている。「ファッション産業にリアーナから影響を受けていない人間が存在するとでも!?」。このような経緯によって、DPはファッションにおける「キャンセルカルチャー」の象徴となった。DPの運営者が「コールアウト」と呼ぶその活動は、おもに問題とされる言動をとった人物や企業を公的に批判して罰を下す手法だ。インターネットを介した「炎上」が増加した近年、こうした"告発"は、批判対象のキャリア自体を"キャンセル"しようとする「キャンセルカルチャー」と呼ばれることが多い。
ただし、DPの存在を「キャンセルカルチャー」の一言で終わらせることはできない。彼らは、進歩的な「草の根運動」の象徴でもあるためだ。運営者はファッション産業の格差問題にも熱心で、大都市部での無給インターン制度など、裕福な家庭に生まれていないとキャリアを積みにくい労働システムの是正も呼びかけている。ビッグブランドの「コピー」糾弾にしても、中小企業やインディーデザイナーは大手を訴えることができない不平等な構造への問題視がもとにある。加えて、重要なことに、このアカウントは、権力を持たないモデルなどのセクシャル・ハラスメント被害告発を拡散する役割も担っている。2019年、写真家ティムール・エメック(Timur Emek)からの被害をDPにリークしたへーリー・ボーマン(Haley Bowman)は、以下のように語った。「ずっと罪悪感を抱いていました。彼が性暴力の常習犯ということはわかっていたから」「だけど(被害に遭った19歳のころは)ダイエット・プラダのようなプラットフォームやリソースが無かったんです」。
「ファッション界で最も恐れられる番犬」どころか「最も影響力を持つファッション批評家」とも言われるようになったDPは、2020年、月額5ドルからなる定額制購読サービスをPatreonにてローンチした。そこでは、よりディープなファッション史の深掘りや「文化の盗用」からインフルエンサーの問題まで追う論説が供給されるようだ。
ただし、DPの失速を予想する声も出てきている。まず、近年、特にリベラルな社会正義の観点にもとづく「キャンセルカルチャー」への問題視は、バラク・オバマ前大統領すらコメントするほど盛んになっている。そんな中、「ギャップ(GAP)」とパートナーシップを結んだカニエ・ウェストを人種差別的なドナルド・トランプ大統領支持者だと攻撃したDPは批判を集めることとなった。糾弾ポストでは、新型コロナウイルス危機によってギャップとのコラボレーションがキャンセルされてしまったクィア黒人デザイナー、テルファー・クレメンス(Telfar Clemens)の名も挙げられている。DPからすれば「政治的に問題ある」カニエに巨額の契約金を払ったにも関わらず、彼よりもパワーを持たない黒人デザイナーを「打ち捨てた」ギャップへのコールアウトだったが、ソーシャルメディア・ユーザーから「攻撃のため(不平等な立場にある)黒人デザイナーたちを利用している」と反発され、自らがバッシングされる窮地に陥ってしまったのだ。結果、DPは謝罪文をリリース。現在は削除されているその投稿には、こんな言葉が記されていた。「コールアウトするアカウントがコールアウトされる皮肉」。こうしたかたちのアイロニーは、ファッション版「キャンセルカルチャー」の象徴となった彼らがスタンスを崩さない限り、今後も降り掛かってくるだろう。
DP失速予想の一因には、少なからずファッション産業の変化も関係している。米GQによると、ハラスメントや不平等への問題視が増えた結果、「Black In Fashion Council」など、同産業の包括性をチェックする団体が目立ち始めている。これまではDPにリークするしかないと思えた問題も、専門的な組織に対処してもらえる環境が生まれつつあるというのだ。ブランド側も変化を見せようとしている。たとえば、グッチのマスク問題と同時期、猿のようなキーホルダーが人種差別的だとしてNY市人権委員会から問題視されたプラダ・グループは、和解案として教育トレーニングやダイバーシティ責任者の起用を決定した(この件にしても、NY市委員会への批判は起きているが......)。
DPの興隆がつづくにせよ、そうでないにせよ、この「番犬」がひとつのソーシャルメディア時代を反映する存在であることは間違いないだろう。裏返せば、ソーシャルメディアが無ければ生まれていなかった存在と言える。Instagramは、インターネットに流れる膨大なアーカイブを用いた「コピー」検証を多くの人々の目に届け、DPにインフルエンスを授けた。不平等やハラスメントにまつわる告発の増加にソーシャルメディアの普及が関係していることは、DPを出さずとも#MeToo運動やブラックライブズマターが証明している。批判的に言及される「キャンセルカルチャー」的事象にしても、結局のところ、そのコールアウトに同意するフォロワー郡なくして実を結ばなかっただろう。
【参考文献】
・「Diet Prada Sounds Off on 2018's Biggest Fashion Controversies」by W Magazine(2018年12月28日掲載)
・「Will Diet Prada Save Fashion From Itself?」by PAPER (2018年3月21日掲載)
・「Here's What Ariana Grande's Stylist Has to Say About the Stolen Style Drama」 by Eonline(2019年9月6日掲載)
・「Two fashion photographers are being accused of sexual misconduct」by DAZED(2019年7月26日掲載)
辰巳JUNK
平成生まれのポップカルチャー・ウォッチャー。アメリカを中心とした音楽、映画、ドラマ、セレブリティに関する記事をWebメディアに寄稿している。著書に「アメリカン・セレブリティーズ」(スモール出版)がある。
Twitter @TTMJUNK
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【フォーカス】の過去記事
RELATED ARTICLE
関連記事
READ ALSO
あわせて読みたい
RANKING TOP 10
アクセスランキング
銀行やメディアとのもたれ合いが元凶? 鹿児島「山形屋」再生計画が苦境