FASHIONSNAPの新春恒例企画、経営展望を聞く「トップに聞く 2023」。本年は、アフターコロナにシフトする中で各企業に求められている「イノベーション」をテーマにお送りする。
ラストとなる第20回は、大丸松坂屋百貨店の澤田太郎 代表取締役社長。コロナ前の実績を上回る店舗もあれば、都心の店舗でも淘汰が始まるなど、コロナ禍で大きく変化した百貨店業界。アフターコロナ時代の百貨店のあるべき姿を聞いた。
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■澤田太郎(大丸松坂屋百貨店 代表取締役社長)
1960年神戸市生まれ。1983年に滋賀大学経済学部を卒業後、同年大丸に入社。大丸松坂屋本社経営企画室部長、大丸神戸店長、大丸心斎橋店長、J.フロントリテイリング役員などを経て、2020年5月から現職。
都市部はコロナ前超え、地方は消費回復に影
―昨年はどんな一年でしたか?
コロナの感染が始まった2020年度が一番厳しかったのですが、2021年度もコロナが長引き、想定していたよりも売れ行きがよくなかったので苦戦を強いられました。その流れから、2022年は年始こそまん延防止等重点措置があったので苦しいところがありましたが、解除されて以降は客足が随分と戻ってきて、コロナ以前の実績を超えた店舗も出てきたりと「完全復活への道筋が見えた一年」と感じましたね。
―都市部では消費が戻ってきました。
当社は札幌から博多まで全国に店舗を構えています。ターミナル立地の東京店と梅田店で言うと、人の流れによって売上がものすごく左右されたというのが改めてわかりましたね。一方で、大丸札幌店や神戸店、松坂屋名古屋店といったお店はそこまで大きく影響を受けず、強さを発揮しました。ただし、大丸下関店や松坂屋静岡店、高知大丸店などの店舗は外出自粛の動きが継続しているところもあり、今も戻りが鈍い状況です。
―インバウンド消費も回復を見せていると思います。
中国のお客様はまだ来られない状況が続いていますが、台湾や韓国、香港、シンガポールやタイといった東南アジアのお客様のお買い上げが好調で、2月の札幌店や東京店といった東日本の店舗はコロナ以前のインバウンド売上を超えました。一方で、心斎橋店や梅田店などの大阪地区は関西国際空港の国際線旅客数の回復が遅く、3〜4掛けの水準です。
―現状を率直にどう捉えていますか?
中国のお客様が来ていない割には動いているというのが意外でしたね。それだけ台湾や韓国を中心としたお客様にお買い上げいただいているということ。シンガポールに関しては国内でラグジュアリーブランドのバッグなどの在庫が不足していたようで、その反動で日本でお買い求めになられた方が多かったみたいです。しかし2019年ごろと比較すると消耗品が売れにくい傾向がありますね。特に化粧品。
―インバウンドで言えば、コロナ前は売上の半分以上を化粧品が占めていました。
当社の過去のデータを見ると、心斎橋店はインバウンド売上の8割ほどが中国大陸からのお客様によるお買い上げで、そのうちの大半が化粧品という世界でしたから、当社として化粧品の売上が落ちているのはそこに1つ要因があると思います。でも国内のお客様による購入も少しずつ戻ってきていますし、店頭でのタッチアップも再開されているでしょう。外資系ブランドも攻勢をかけてきていますから、これからまた回復すると思いますよ。
―化粧品ではオウンドメディア「デパコ(DEPACO)」を立ち上げるなど、デジタルと掛け合わせた取り組みもありますね。
正直、思っていたほどの伸長はまだ見られていません。年間売上30億円を一つの目標にしていますけど、到達するのは少し遅れてしまいそうです。ただ2022年度はローンチの年度でしたし、スピーディに立ち上げようということでやりながら改修しているところです。メディア機能をもたせたことで、オンラインストアのみをやっていた実績も超えてきていますよ。今年度から本腰を入れて成長につなげて、2〜3年で30億円達成を目指したいですね。
ラグジュアリーも細分化で「強いブランド」だけが残る時代に
―ラグジュアリーブランドも化粧品に力を入れていますね。
ラグジュアリーブランドの方々はいま新しいことに挑戦していますよね。日本の漫画やアニメとのコラボも多いですし。それらすべてを違和感なく実現していけるのがラグジュアリーブランドの力。
でもこの先は“何でもラグジュアリー”という時代は変わり、細分化されていくと思いますよ。「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」や「エルメス(HERMÈS)」「カルティエ(Cartier)」のようなブランド表現として自由なクリエイションをしていかれるところや、若者をターゲットに目指していくところなど、いろいろと分かれていく。いずれにせよ細分化された結果、「強いブランド」が残っていくという気がしています。
―ラグジュアリーは国内客の消費も活発でした。
それも富裕層だけという話でもないんですよね。
―若年層の来店も目立っている?
そうですね。大丸神戸店近隣の神戸旧居留地に「ルイ・ヴィトン」が昨年3月に移転オープンして、我々も一緒になって開発を手掛けたのですが、オープンを前に告知を兼ねて婦人靴売り場でポップアップを開かれたんです。そこにいらっしゃったのは、既存の外商のお客様だけではなく、新規のお客様も多かった。若い方もいらっしゃって、ブランド側も驚いていましたよ。路面店の方もいま絶好調です。
―若者から富裕層まで、ラグジュアリーのファンは広がっています。
でも売れる商品というのは、二極化していると思うんですよね。「ユニクロ(UNIQLO)」のように手の届きやすい価格でリアルクローズが支持される一方で、「ルイ・ヴィトン」のような高価なものも支持されている。中間価格帯の商品が売れづらくなっているということは言える気がするんですよ。ただそれはすなわち中間層がいなくなりました、とはイコールではない。
―所得を問わず、選ぶプロダクトが二極化している?
僕はそんな気がしていますけどね。
また話が抽象的になっちゃうけど、最近しみじみ思うのが、大量消費を前提とした大量生産の商品群が一番マーケットが大きいはずなんですよ。それだけの規模の経済が動くから。ただ、大丸松坂屋百貨店や(同じJ. フロント リテイリンググループの)パルコは限られた店舗数しか展開していませんから、大量消費型マーケットで勝負するのはなかなか難しい。仮に僕たちが大量生産・大量消費型の商品を扱っても、それを求めているお客様はもっと便利な場所で買うわけです。だから僕たちがやらなくちゃいけないのは、反対の発想で、少量・中量生産の商品を取り扱っていくこと。その判断軸の一つに「日常生活に役立つかどうか」というのがあります。キーワードは「クラフト」と「アート」です。クラフトでもお茶碗やお箸、お鍋、カシミヤのセーターなど様々で、デパ地下も安心安全を担保した、そこにしかない商品を提供しているという意味では「クラフト」と呼べると思います。
「クラフト」と「アート」、その2つの軸を兼ね備えているのがラグジュアリーでもあると思っていて。ただ、それだけを百貨店は追求するべきなんだろうか。そこをいま見直さなくてはならない。付加価値を追求していくことで我々らしさが出てくるので、「クラフト」と「アート」の2軸で僕たちの会社の特徴付けをしていけたらと思っています。
―「アート」では現代アートに注力していますが、「クラフト」の軸で想定している具体的な取り組みは?
一例で言うと、オンワードグループさんが取り組んでいる「クラハグ※」に注目しています。オンラインをベースにしていますが、我々の店舗でポップアップを開くと好評なんですよ。あの路線はこれからも伸びる可能性は十分あると思います。クラハグを通じて伝統技術やSDGsに貢献できるという考え方もできるし、これからも一緒に取り組めることがあればやっていきたいです。昔とは違うやり方だから、古くからアパレルを担当してきた営業さんや職人さんには理解されにくいところもあるとは思うけれど、我々は応援したいですね。
※クラハグ:オンワードグループによる日本のものづくり支援を目的としたD2Cサポートプロジェクト。ファクトリーブランドに加えて、国内の工場によるオリジナル商品の開発から販売までをサポートする。
―澤田社長も百貨店業界歴が長いですが、「新しいこと」への挑戦に戸惑いはあったりするんですか?
そうですね。僕がかつて紳士服の売り場を担当していた時は「1ブランドで売上100億円規模を目指したい」となれば、それだけ多くの売り場をつくらなくてはならない、という時代でした。でも結局何が起きたかといったら、どこの百貨店に行っても同じブランドが並んでいるという状況になるんですよね。当時はそれで良かったけれども、健全だったのかは疑問です。そういったブランドは今後は限られてくると思います。
これからは各百貨店、各店舗で「いいな」と思ったものを扱っていく。そういう形でやっていくことでお店の特徴づけして「どこに行っても同じ」にならないことが重要です。そのために少量生産のブランドを扱ったり、ブランドの魅力を伝えるために販売スタッフの存在も欠かせません。そういった販売スタッフと話しながらお買物をするという体験は楽しいと思いますよ。
日本のクリエイターブランドの出店を強化
―覚悟を持って変化することが今の百貨店に求められている。
そういうフェーズに入っていると思いますよ。店舗自体はスペースが限られているので、新陳代謝しながら新しい価値を問いかけていくことは必要。ただ営業面積が増えない以上、それだけでは伸びていかないので、オンラインや外商をうまく使って成長していく。その伸びしろはあると考えています。
―“売り場改革”はどういったかたちで進めていく計画ですか?
現時点では松坂屋名古屋店で大きなリモデルを考えています。大丸神戸店でも一部、リモデルの計画を進めていますが、この間プランを聞いた段階では「昭和の百貨店でも作るんかな」という感じだったので「ちょっと神戸としては違うんじゃないの」とは言いましたけどね。いま人気と実績のあるブランドを配していく、というのはあるんでしょうけど。それでは5年くらいは保ったとしても、その先は難しくなりますから。
―新しい百貨店の姿を形にしていく作業もプレッシャーですね。
でも、僕は「付き合う相手を変えなくちゃいけないよ」「いままで付き合ってきた人たちが変わろうとしているのはしっかりと見に行かなくちゃいけないよ」と伝えていて。例えば、オンワードさんみたいに新しく変わろうとしているところには我々も勉強して共感できるところはしていくべきだし、今まで僕たちがお付き合いしていなかったプレイヤーさんとどこで接点を持てるのかというのも大事。アパレルの工場でも技術をうまく活用して新しい付加価値を提案しているところがたくさんあります。そういうものも僕たちは丁寧に拾い上げていくべきだと思いますし。
そういうのを見つける一つのプラットフォームが、大丸東京店に作った「明日見世※」です。あのプラットフォームはまさに「実験」。でもああいった場があるからこそ、小規模のブランドを丁寧に拾い上げることができる。今後はより面積を広げ、カフェを持ってきたりとパワーアップする予定です。
※明日見世:大丸松坂屋百貨店初のショールーミングスペースとして2021年10月にオープン。リアルでの販売機会が少ないD2Cブランドを集積している。
―ショールーミング形式に関しては様々な意見があります。
明日見世でも出店業者さんからも要望があり物販スペースを設ける計画がありますが、物販ありきになってしまうと、せっかく「買わなくてはいけない」というプレッシャーがない環境が台無しになってしまうので、どういった形で展開するかは検討しているところです。
―このほかにもファッションサブスク「アナザーアドレス(AnotherADdress)」や、インフルエンサー事業など百貨店の枠を超えた取り組みが目立ちますが、今後特に注力する事業は?
2023年度は中期経営計画の最終年度なので、コロナ前の実績は越えたい。コロナ禍の3年間はラグジュアリーや時計、アートに集中的に投資してきたので、今年度はしっかり収益を出していかないとと思っています。引き続き投資を継続していくものもあるので、できるだけ速やかに実行していきたいですね。
後半からはいよいよラグジュアリーや時計、アート以外に、売り場のあり方を模索してきたファッションやリビングも構想を形にしようと考えています。いきなり全部の店でというのは難しいですから、例えば名古屋店や神戸店でトライアルでやってみることになると思います。今年度はプランを考え、来年度で実現させていきたいですね。
―ファッションの売り場で導入を計画しているものはありますか?
先ほど「クラフト」「アート」のお話をしましたが、ファッションにも極めてクリエイティブなアート寄りのお洋服ってあると思うんですよ。アバンギャルドであったり、エッジの効いたデザインであったり。「着ることに意味がある」ような服ですね。
我々は保守的に思われているかもしれませんが、そういったお洋服もしっかり扱える世界観を出していきながらトライしたいんです。今、京都店でご縁があって「コム デ ギャルソン ポケット(COMME des GARÇONS POCKET)」に出店していただいて、その流れで「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」のメンズ複合ショップもオープンしました。やはり反響がとても大きい。コム デ ギャルソンのような日本のクリエイターブランドは、僕たちの若い時からずっと衰えずに今も第一線で活躍されている。こういったブランドは今まで我々がやってこなかったのですが、今後出店が増えていくと思います。
アナザーアドレスに次ぐ新規事業発表へ
―外商売上の見通しは?
どうでしょう。きっと海外旅行にいく人が増えてくると思いますから、お金の使い方が変わってくる可能性はありますよね。今までは「マイナスはない」という状況でしたけど、こんなにずっと順調にいかないと思いますよ。今年からコロナの影響が極めて下がってくるでしょうから、前年比実績をしっかり見て気を引き締めていかなくてはなりません。
―そういう意味では、やはり「大丸松坂屋百貨店らしさ」が重要になりそうですね。
僕たちは本店っていうものがないんですよね。でも札幌から九州まで、テレビのキー局があるところにお店がある。つまり、そのエリアで生活している人たちがいて、我々も地域にコミットしてやってきているので、ローカルコンテンツを強化して海外ラグジュアリーブランドだけに頼らない店作りが必要です。
ローカルコンテンツは大事になってくると僕は思うんですけどね。ラグジュアリーブランドもローカルコンテンツに注目して一緒に取り組んだりしていますが、本来は僕たちがやらなきゃいけないことですよ。そういったことに取り組んでいきたいし、そうしないといけない。僕たちはこれまでラグジュアリーを重点的に投資してきましたけど、クリエイティブなことをやりたいと思っている人たちにも振り向けていきたい。この3年間でキャッシュフローが好転していますから、そこで「やりたいことあったらやろうよ」というフェーズになると思いますし、そうなってくれるのを願っています。
―百貨店業界では地方店舗の閉鎖が相次いでいます。
コロナが去った時に、コロナが影響したから業績が悪かったのか、ひょっとしたらコロナに関係なく悪かったのか、ということがわかると思うんですよね。高知大丸も大丸下関店も投資をかけてリモデルして、収益構造も変えています。これがいよいよどうかっていう真価が問われるのではないでしょうか。結果が出るのは怖いですけどね。
―地方の店舗が生き残っていくために必要なことは?
僕はやはりローカルコンテンツだと思っている。ローカルコンテンツを深掘りすることで商域を広げないと、大都市と同じような百貨店を作っても意味がないですから。下関店では「獺祭」のフェアをやると、地元民だけではなく博多からもお客さんがたくさん来るんですよ。「そこに行かないと味わえないローカルコンテンツ」をもう一捻り、ふた捻りバリューアップさせていけると広がっていく。そこが勝負どころだと思いますね。そういった意味ではパルコが得意なんですよね。パルコのコンテンツを持ってくる力は僕たちも利用させてもらっていますし、パルコが持ってきたコンテンツをうちの外商が売るっていうこともしていますし。心斎橋店なんかもいい循環が生まれていますよ。
―最後に「2023年のイノベーション」について検討していることがあれば教えてください。
アナザーアドレスに次ぐオンラインが主軸の新規事業をいま開発していて、5月中旬頃にローンチを予定しています。楽しみにしていてください。
(聞き手:伊藤真帆、福崎明子)
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