ビューティ業界で注目を集めるトップランナーとして走り続ける人たちの、幼少期から現在までをひも解く連載「美を伝える人」。企業編の第4回は「クラランス(CLARINS)」のコミュニケーション責任者のマリエレン・レア(Marie-Helene Lair)氏。根っからの人好きで幼い頃から「人の役に立つ仕事に就きたかった」と語り、働くことも学ぶことも常に全力で人生を謳歌するレア氏のルーツと、「天職」と言うPR業、そしてクラランスの逆発想の新製品「ダブル セーラム ライト」について聞いた。
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■マリエレン・レア(Marie-Helene Lair)
クラランス コミュニケーション責任者。パリ大学で薬学博士課程修了後、グローバルな大手製薬会社に入社。1992年ドクターズコスメブランド、2002年外資系大手化粧品会社のインターナショナル コミュニケーション ディレクターを経て、2015年クラランスに入社。先進技術を採用した商品開発力や植物の専門知識・ブランドの歴史などを、1人でも多くの人に理解してもらえるよう、日々努めている。
目次
将来の夢は「誰かの役に立つ仕事」
ー幼少期はどのようなお子さんでしたか?
パリで生まれ、ブルターニュで育ちました。川や海といった自然に恵まれていて、夏は毎日、海辺で遊んでいたんです。海に囲まれていて水が豊かなところは日本と似ていると感じます。海や土地からもらうエネルギーの波長がブルターニュと通じるものがあります。
9歳のころ。母、弟、妹と
ー海でずっと遊んでいるようなお子さんだったようですが、学校の成績はどうだったのでしょう?
絵に書いたような優等生でした(笑)。「いつか役立つ時がくるかもしれない」と、英語、ラテン語、ギリシャ語を学んでいましたから。その後、薬学の勉強をした時、植物の名前がラテン語だったのですが、「このために(外国語を)学んでいたのね!」と。物事にはきちんと理由があって、すべてにリンクしている、と実感したんです。
性格的には、人と触れ合うことや話すことが好きでしたね。幼いころから「誰かの役に立ちたい」という気持ちが強く、将来は医者になろうと思っていました。
ーでも医者にはならなかったんですね。
大学に入るまでは医者になるとばかり思っていたのですが、早く働きたいという思いが強くなり、医者にこだわらなくてもいいのでは、と。それで薬学の道を目指そうと思ったのですが、健康や化学に興味を抱いていたし、病気や不調の原因を解明するのも好きで性に合っていたと思います。
パリの近く、カメリアグリーンハウスにて。今でも海や土地からエネルギーをもらうという
ー大学卒業後は?
大手製薬会社に入社しました。化粧品をつくる研究所で働いていましたが、仕事としては消費者ニーズと研究員をつなぐような役割で、話を聞いて伝えること。化粧品の観点から消費者のニーズに触れることで、製品情報の効果的な伝達方法を学びました。身振り手振りをつけて視覚的に情報を伝える手法はものすごく勉強になりましたね。
医者の夢から薬剤師へ、そしてPRの道へ
ーそこからPRの道へ進むのですね。
そうですね。そのころから周りの人の相談を受けることも多く、アドバイスをすることもありました。また薬局で薬剤師として働いていたこともあり、その当時、来店する患者さんの話をじっくり聞いてカウンセリングしていたら、「カウンセリング時間が長すぎる」とオーナーによく叱られていました(笑)。そういったことから、私は他の人たちに比べ、コミュニケーション能力が長けていると実感し、それを活かせる仕事に興味を抱くようにもなったんです。
ーPR業に目覚めた瞬間ですね。
話を「聞いて・伝える」という仕事も形は違えど、治療のひとつだと思いました。誰かの助けになることに変わりないですからね。
ーその後、コミュニケーションのスペシャリストとしてフランスの大手化粧品会社のインターナショナル コミュニケーションディレクターに就任します。その時に今の仕事が確立されたとか?
スポークスパーソンという仕事はものすごくやりがいがあります。その一方で「正しく伝えること」の難しさも…。どうしたら正しく伝えられるのか、その当時は試行錯誤だったと思います。そんな中で自分なりに導き出した答えは「コミュニケーション力」。言葉以上に相手を知ることが大切で、謙虚であることも大事なことなんです。
インドでの経験がその後の礎に
ーそう感じた、印象に残るエピソードがあれば教えてください。
インドで初めてスキンケアの発表会を行い、現地の美容ジャーナリストの方々にリンクルクリームについてのプレゼンテーションをしたときのことなのですが…。これまでフランスで行っていた経験を元に、準備万端で挑み完璧なプレゼンだったはずなのに、全ての人がまさかのノーリアクション(笑)。
ーそれは驚きですね…。
最後にジャーナリストの1人の方がこう言ったんです。「あなたのストーリーは意味をなさない。このクリームはリンクルクリームだと言いましたが、われわれの国ではシワは美しいものなんです。年齢を現す、賢さの証。だからシワを改善するという概念はありません。さらにあなたはカシミヤのようなテクスチャーと言いましたが、インドの気候から、求めているのはローション的なテクスチャーか、ボディや髪にも使えるオイルなんです」と。
ーなるほど、とても納得します。
国や文化が違うのだから美容に関する習慣や情報が異なって当たり前。なのに、インドの美容様式やトレンドを調べもせず、こちらの伝えたいことを一方的に伝えるだけでは本当のPRとは言えません。コミュニケーションの難しさを実感し、同時にやりがいにもなりました。この時に得た経験は今の私の礎になっていると言っても過言ではありません。
50歳からの学びと出会いは人生をより豊かに
ー50歳でもう一度、学びの世界に飛び込んだとか。その理由は?
順風満帆に人生を歩み充実した毎日を過ごしていましたが、50歳という節目を迎えた時に、「残りの人生をどう生きるか」を自問自答したんです。幼いころからの夢だった医者になりたい? それとももっと別の仕事? 考えた時、もう一度、植物について学びたいという情熱が湧いてきたのです。
ーもう一度、植物を学ぶというのもすごいですね。
そう思いますよね。薬学はフランスでは臨床的にも実証されている分野であり、フィトセラピーの資格も取りたいと思いました。さらに、なかなか証明が難しいといわれている、古来の植物治療やそこで使われていた植物の研究もしたいと思うようになったのです。
そこでクラランスの民族植物学のスペシャリストであるジャン‐ピエール・二コラに、伝統的な植物の知識を学べる機関を教えてもらい通いました。
フィトセラピーとは
薬草(ハーブ)をお茶にして飲む、チンキ剤や浸出油を用いる、アロマセラピー、森林浴やガーデニング、植物栄養素を取り入れた食事など、植物の力を活用して心とからだの健康をサポートすること。
ー2度目の学生生活で得たことはありましたか?
人との出会いだと思います。私の(仕事の)世界にいない人たちばかりで個性的でユニークな人が多かったですね。教えてくれた講師陣も本職は登山ガイドだったり、第一線で活躍している方々の“生きた”話を聞くことができたのは嬉しかったです。それからジェモセラピーを学べたことも楽しかったですね。
ージェモセラピーとは?
樹木の生態や性質に合わせてその成長エネルギーとなる、新芽やつぼみのエキスを抽出し、体を整えていく自然療法です。アルコールとはちみつを混ぜてその中につぼみを浸し、そのエキスを水に15滴ほと混ぜて飲むというものです。樹木によって効果・効能は異なるのですが、たとえば水分を多く蓄える性質を持つ白樺にはドレナージュ効果が期待できます。デトックスしたい時に良いですね。
余談ですが、15年ほど前に、北インドまで植物を探しに行く機会があったのですが、その時にチベットの女医にお会いしてチベットに伝わる古来の治療法を教えてもらいました。チベット由来の植物で作られた漢方のようなものを処方してもらったのですが、自然と寄り添う古来の医学が現代でも通用することに深い感銘を受けたことを鮮明に覚えています。
インド北部にあるラダックにて
植物への愛と才能にあふれたクラランスに入社
ー前職の化粧品会社の職を離れ、2015年にクラランスに入社しました。
転職のきっかけは、共通の友人を通してオファーしていただきました。経験やバックグラウンドを重視して選んでいただいたようです。クラランスは植物への愛にあふれていて、フランスではNo.1のプレステージスキンケアブランドです。オファーはとても嬉しかったですね。植物の専門知識を始め、ユニークな視点、先進技術を採用した製品開発など、クラランスが持つ素晴らしさを1人でも多くの方に伝えたいと感じました。地球温暖化の問題も自然や植物に寄り添い、共存共栄する努力をしていななければならない。その中でクラランスの思想や活動はとても共感できますし、ここで多くの方にシェアしたいと感じています。「ようやく自分の経験や知識、人脈を還元する時がやってきた」と思っています。
ークラランスにまつわるエピソードがあれば聞かせください。
そうですねえ。以前、息子と一緒にドメーヌクラランス(自社農園)に行く機会があったんです。ドメーヌクラランスは、アルプスの標高1400mに位置し、大気や土壌の汚染と無縁のクラランスの理念を体現する自然環境が整った農園です。ここでクラランスの化粧品の原料となる植物を栽培し、また環境に負担を与えない農業を提案している、クラランスのブランド理念を体現する場所でもあります。
当時、息子は自分の進路について悩んでいたのですが、この農園で研修したことで、自然を愛し、敬い、体を使って仕事をする「職人」の仕事に興味を持つようになりました。結果、大工の道へ進むことを決めたというエピソードがありますね。
お客の声に寄り添い逆転の発想で新製品開発
ーブランドの代表商品である「ダブル セーラム」から新アイテムが登場しますね。
ダブル セーラムは世界中で愛されているロングセラーの美容液です。ですが、もっと多くのお客さまに使っていただきたい。そのためにはどうしたらいいのかを考え、私たちは前へ進むことを選びました。「環境や肌質の変化によって、ダブル セーラムが『重い』と感じることがある」というお客さまの声を元に、機能はそのままに軽いテクスチャーにできないかーー。
注力したのは3つです。まずは「混合肌&オイリー肌」の方でも使用できる美容液であること。2つ目は「男性」でも手に取ってもらえるような仕様であること。最後は「高温多湿の環境」でも一年を通して心地よく使えること。気温が一度上がると皮脂分泌量が10%高くなると言われています。基本のフォーミュラと肌効果はそのままに、軽くみずみずしいテクスチャーを叶えることで、今の愛用者の方はもちろん、より幅広い層の方にも手に取っていただける。通常の開発とは正反対、逆転の発想で開発して誕生したのが、「ダブル セーラム ライト」です。
ーダイバーシティ&インクルージョンが注目を集める今、世の中に出すべき革新的な商品ですね。
コロナの影響で私たちの生活様式も大きく変わらざるを得なくなりました。クラランスは創業者であるジャック(・クルタン・クラランス)の時代から、常にお客さまの声に耳をかたむけ、情熱を持ってモノ作りに励み、お客さまに寄り添う“身近なブランド”であったはずなのに、店舗の閉鎖でお客さまとの距離がどうしても広がってしまった…。この危機に対し、どう乗り越えていくかを考えました。EコマースやSNSの強化、バーチャルで発表会を開くなど新しいことも積極的に取り入れ、クラランスの製品をほしい人に届けていこうとまい進する中で、商品においては、さまざまな層に刺さるダブル セーラム ライトがまさに時代の流れに適応した象徴的な商品であると考えています。
ー新しい時代の幕開けとなる商品。なんだかワクワクします。
より多くの方に使用してもらえるようにいろいろな施策も考えてプロモーションを仕掛けていく予定です。今まで大切にしてきたお客さまはもちろん、お客さまとスタッフ、またスタッフ同士のコミュニケーションを強化して、ブランドと一緒に成長していきたいですね。
ー最後に、レアさんの夢を教えてください。
方向性は変わりません。クラランスを定年になり勤め終えたとしても、そこで止まるつもりは全くなく、ずっと学び続け、そして伝え続けたいと思います。
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